夢で会えたから、よしとする。
後日談その1
ある日、まさかの訃報が届いた。
「嘘だろ……」
知らせの主は、かつて自分がプロポーズまでした相手。
親友の、恋人。
それが、軍の不慮の事故で、帰らぬ人になったと聞かされた。
そんなはずはない。
あの子が――そんな簡単に死ぬはずがない。
現実を受け入れたくなくて、しばらく塞ぎ込み、ついには仕事まで休んでしまった。
どうにもできない悲しみを誰かと分かち合いたい一心で、もう何度となく行ったフィリアス家へと転移する。
転移後すぐに、前に会った時より大きくなったアリアに遭遇した。
「アリア……」
まだ幼いアリアのことだ。大好きだった彼女に二度と会えなくなってしまったことで、ずっと泣き腫らしていたに違いない。
――そう思っていたのだけど。
こちらの予想に反して、彼女は突然現れた俺に動揺することもなく、呑気な声で手を振ってきた。
「あ、チート兄ちゃん。久しぶりー」
他のフィリアス家の面々も、至って普通。
なんなら、「久しぶりねぇ、シャノンさん。ゆっくりしてってねー」なんて言われる始末だ。
(みんな……なんでこんなに普通なんだ?)
普段と変わらないフィリアス家のあまりの違和感に、躊躇いつつも恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……。みなさんは、ネモのこと……まだご存じないんですか?」
まさか家族にまだ知らせが届いてないなんてことはないはずだ。
とはいえ、ここはかなりの田舎だから通知が遅れた可能性もある。
そう思って確認したのだが――
返ってきた家族の反応は、予想外のものだった。
「へ? ああ、ネモ。元気そうにしてるよね」
「まっさか、一年経たずして軍を辞めるなんてな~! 根性ねぇったら」
「会えないのは寂しいけど、そのうちあの子、ふらっと帰ってきそうよね。いっつも予想のつかない選択をして、こっちを驚かせるんだから」
――みんな一体、何を言ってるのだろうか。
彼女が死んだことを、誰も受け入れられていないのか。
呆然とその場で固まっていると、クイっとズボンを引っ張る感覚がして、下へと視線を向けた。
「シャノン兄ちゃんのとこには、まだ来てないの? ネモ」
「え?」
「その様子じゃ、まだみたいだな。まあ、順番ってやつだ。今夜にも現れるかもな」
ネモの父親がうんうん、と頷きながら俺の肩をぽんぽんと叩いてくる。
「俺としては、シャノンくんとくっついて欲しかったんだけどなぁ。でも、幸せそうだったから、親としてはアイツを応援してやらないといけないわけよ。ごめんな?」
「……」
なぜこの人に謝られないといけないのかと、つい苛立ちで眉を顰める。
けれど、みんなの口ぶりから――まるで、彼女はまだどこかで生きているかのようだった。
「心配しなくても大丈夫だよ、チート兄ちゃん」
アリアが屈託のない笑顔を携えて言う。
「きっとまた、会えるから」
その表情に、嘘はないように見えた。
フィリアス家から自宅に戻ったあとは、なんだか狐につままれたような気分だった。
けれど、帰ってきて一人になると、急激に現実が押し寄せてくる。
結局彼女は――ダリオに会えないまま、この世を去ってしまった。
自分の力が及ばなかったことを悔いる。
やりきれない気持ちのまま、ソファに寝転び両手を目にやって瞳を閉じた。
瞼の裏で、学園時代のこと、ダリオが去ったあとのこと、全ての彼女との思い出を走馬灯のように思い出しながら――
いつのまにか、眠りに落ちていた。
◇
青々とした木々が辺りに生い茂り、その中にポツンと小さな一軒屋が建っている。
軒先には洗濯物がたくさん干してあり、みな一様に風になびいて自然の中でやたらに生活感を出していた。
(ここは?)
なんでこんな場所に一人でいるのだろうと辺りを見渡そうとすると――
「あー! やっと会えた!」
「やっと来たか。おまえ、一体いつ寝てんだよ。おかげで全然会えなかったじゃねぇか」
耳に馴染んだ、けれども久しぶりに聞く声が届く。
(まさか――)
信じられない気持ちで振り向いた先に、二人の男女が並んで立っていた。
一人は、最後に会った時よりも、随分とふっくらとした様子のネモ。
もう一人は――もう何年も姿を見ていなかった親友。
ふくよかになったネモとは対照的に、親友の方は記憶の中の彼よりも痩せていて、髪は真っ白に、しかも眼鏡までかけているもんだから一瞬誰かわからなかった。
「二人とも、久しぶり」
けれど――なぜか自然と普通に挨拶ができた。
「シャノンさん、お久しぶり。元気だった?」
今日、彼女のことで落ち込んで損したと苦笑する。
それくらいに、いつも通りの彼女だった。
「うん。元気だったよ。ネモはなんていうか……太った?」
「ひどい! もうちょっと控えめに言ってよ! 軍の訓練が無くなったら一気にぷくぷくしてきて、これでも気にしてるんだから!」
これまでスレンダーな彼女しか見たことが無かったから、ぽちゃっとした姿でぷんすか怒っているのが新鮮だ。
「よぉ。久しぶりだな」
「ダリオ……おまえ、どこにいたんだよ……」
すっかりと見た目が変わってしまったように見えたが、相変わらず整った顔と鋭い赤い瞳は健在だった。
「地獄にいた」
「ちょっと、笑えないから」
ネモがダリオのことを小突いて笑う。
その様子をみて、自分もつい釣られて笑ってしまう。
「――幸せそうだね」
素直な感想が、ぽつりと口からこぼれ出た。
「ああ」
「うん。いま、一番幸せだよ」
「そっか――良かった」
心の底からそう思った。
たとえこれが、夢であっても。
二人はそっと俺に近づき、そして俺の身体を二人して抱きしめてくる。
「シャノンさん、泣いていいよ。嬉し泣き」
「俺も、仕方ないから胸を貸してやる」
「泣いてなんかないよ――」
強がって言うものの、声は震えた。
泣いてなんかやるもんか――そう強く思いながら、二人のことをぎゅっと抱き締め返す。
そうしている内に段々……薄っすらと辺りの景色が霞んでいくのを視界の端に捉えた。それと同時に、ダリオが「そろそろ目が覚める頃だ」と、すっと身体を離す。
「……身体に気をつけろよ」
「――元気でね。私たちも、幸せに過ごしてるから」
ダリオに続いてネモも、名残惜しそうにして言った。
二人は寂しそうにこちらを見て微笑む。
その様子を見て――
(まったく、何を言ってるんだ。
最後の別れみたいに言わないで欲しい)
「……それはないよ。俺は、きっとおまえらの居場所を突き止める。だって――」
晴れ晴れとした気持ちで、言ってやった。
「俺は、チートだからな」
目が覚めたとき、ソファの上でぼんやりと天井を見つめていた。
いつの間にか、外はほんのり明るい。
最近、仕事が忙しすぎて、まともな時間に寝て起きて、なんていう当たり前のことができていなかった。
(昨日はたまたま夜に寝落ちしたから、夢の中で彼らに会えたのか――)
勢いよく身体を起こし、ほぐすようにして伸びをする。
「さあ……魔力の痕跡を辿ろうか」
こう見えて、怒っていた。
何年も姿を見せなかったくせに、ちゃっかり幸せになってるダリオにも、
死亡と聞かされたのに、裏ではあいつをちゃんと捕まえていたネモにも。
二人に直接会って、直接自分の気持ちを言ってやらないと気が済まなかった。
(会って、絶対に伝える。夢じゃなくて、現実で――)
『二人とも、良かったな。末永くお幸せに』と。
今度こそ、二人の胸を借りて嬉し泣きをしながら。
(おわり)
今日夜1話、来週4話更新予定。




