88.先輩を通じて、彼のことを知ります。
本日2話更新。
自分と同年代くらいの女子が着慣れない軍服を着て、ウサギみたいにぷるぷると震えている。
どう考えても場違いな雰囲気に首をキョロキョロさせ、終始顔を青くしながらこちらの説明を聞く姿は、既視感を覚えるくらいに見慣れた光景だ。
「ひぃぃぃっ! わ、私、死にたくないですぅぅぅ」
「死にたく無けりゃ、死ぬ気で任務をこなせばいい話だ。簡単だろ?」
「うぅ、私、こんなはずじゃなかったのに……うぅ……」
大抵の奴は『こんなはずじゃなかった』と必ず一度は口にする――こっちを選んだ自分の責任を嘆くのだ。
ここにいる彼女も、ノールさんに嗜められるも、さっきからずっと後悔を口にしていて、聞いてるこっちが嫌になってくる。
(俺と違って選択の余地があっただけマシだろうが)
「ほら立って。向こうで私と手合わせしよ。私が色々ここのルール教えてあげるからさ!」
「ひぃぃぃ、手合わせなんて、私できないですぅ……」
自分の苛立ちを察したヨランダさんが、新人の手を引き外へ連れ出してくれた。
助かった、このままここでぐずぐずされていたら、せっかくの新人を危うく燃やしてしまうところだった。
「あれはたぶん、一月も持たないだろうな……」
「……」
ノールさんが苦笑交じりに言うが、全く同意見だった。
上から言われたことは絶対で、どんなに使えない奴でも受け入れざるを得ない。けれども、あの子はどう考えても第0部隊に向いてない。
きっと今日の夜にでも脱走し、罰則を受けることになるんだろう。脱走は三回まで。四回目以降、姿を見た奴はいない。
(俺の知ったことじゃないが)
「――ここ数年、抜けるばっかで誰も定着しないな」
ボソっと呟いた言葉に、ノールさんがおや、という表情でこっちを見る。
「おい、首の制御具は?」
「最近、付けずに安定してるから、付けてない」
「……そっか。よかったな。油断すんなよ? すぐカッとなって吹っ飛ばすんだから」
「努力してる」
自分で言うのもなんだが、本当に努力していると思う。
何かにつけてイライラしっぱなしだったけど、彼女に会ってからというもの、首輪なしでもかなり自分を抑えられるようになっていた。
(「徐々に慣らしていきましょう」って言われたんだ、その通りにしてやるさ)
「もしかして、任期が明けるのを見越して準備し始めてるとか? 俺より後に来たくせに、そうはさせないぞ」
「――そんな日が来ることなんて無いのを知ってるくせに、よく言う」
「はは、そうだな。誰より業が深いアンタが、降りられるはずがないもんな、うちの隊を」
挑発するように言うが、ギリと唇を噛むだけに留める。
「お、ほんとに努力してるじゃねぇか。せっかく刑期を伸ばしてやろうとしてやったのに」
「…………ぉまぇ……ぁとで、コロス……」
焼け石に水だとしても、刑期がこれ以上伸びるのは本意ではない。
ひたすらに彼女の顔を思い浮かべ、湧き上がる破壊衝動を抑えるのに全力を注いだ。
◇
「約二か月の派遣、お疲れ様! 一応先方からフィリアスの活躍は聞いている。どうだった? 北東支部は?」
「あ……えと、」
出勤早々、キリク班長に向こうでの様子を聞かれ、一瞬言葉に詰まる。
「はい、どこまで貢献できたかはわかりませんが、自分なりに全力で対応させてもらいました」
無難な反応に、キリク班長もうんうんと頷きを見せる。
その後、いつ言おうか迷っていた昨日の朝に起きた出来事を、このタイミングで伝えることにした。
「その……キリク班長は、私が配属されていた臨時班の方たちの話を、お聞きになりましたか? 昨日の朝のことなんですが……」
「ん? ああ、処分されたんだってな」
「……え?」
あまりにもアッサリしたキリク班長の物言いに、反射的に問い返す。
「そういうことはこの軍では日常茶飯事だ。……もうフィリアスは臨時班じゃない、キリク班の一員として復帰したんだ。何も気にすることはないぞ!」
明るい表情ではきはきと私を励ますキリク班長に、猛烈な不信感が生じる。
「あの、処分って、」
「今日から早速、第一部隊として魔獣討伐の任務が入ってきた。得意の結界を思う存分発揮してくれ。
――……いいな? この件は終わりだ」
顔は朗らかなのに、目が笑っていない。
有無を言わさない彼の物言いに、私も「承知しました」と言わざるを得なかった。
「なんか、フィリアスちゃんったらこっちに帰って来てから元気ないわねぇ……。向こうで何かあった?」
任務開始までの空き時間、バースィマ先輩が近くまでやって来て私の顔を覗き込んできた。気分が晴れないことを言い当てられてしまい、慌てて何もない風を装う。
「元気ないように見えました? まだ移動の疲れが残ってるのかもしれません。
あ、そうだ、北東支部はご飯が美味しかったんですよ! 本部よりも、野菜が甘くて、食堂のレパートリーもこっちと全然違ってて、すごく新鮮でした」
「そうなの? 私があそこに行ったときは……二十年くらい前かしら? なーんもない田舎で、ご飯もそんなにって感じだったけど、随分変わったのね?」
二十年前……私が産まれたくらいの年なんだけど、一体この人はいくつなんだろうか。
「バースィマ先輩って、ここへ来てからずっと第一部隊に所属してるんですか?」
「ん? 私? いいえ、違うわ。私は四年くらい前に、第一部隊にやってきて、この第三班に配置になったのよ。実はビリーの次にここの歴は浅いの」
「え、そうだったんですね。ちなみに、その前はどちらに?」
「あら、それ、聞いちゃう?」
ふふっと笑いながら勿体ぶるので、余計に気になってしまう。
「もしかして、医療部隊とかですか? バースィマ先輩の治癒魔法は本当に凄いと思うので」
「残念、はずれ」
「うーん、じゃあ、第三部隊でイベントのお姉さんとか?」
「それも違うわぁ」
全然想像がつかない。
でも、今は第一部隊でゴリゴリにやっているということは、前も第一部隊に似た部隊にいた可能性が高い。
「たぶん、当たらないと思うわ。……かなり、特殊な場所にいたから」
「特殊な場所……あ」
それを聞いて、ピンとくる。
そして、彼女の方も私が気付いたことを悟ったらしい。
「詳しくは言えないんだけどね。第一部隊よりも、もっとエグイところだった。全ての任務が、生きるか死ぬかの無茶振りの嵐で……同僚も随分といなくなったわ」
遠い目で語るバースィマ先輩に、確信してしまった。
「あの……これは私の独り言です。だから、返事も期待してません」
そう前置きをした上で、答えを問う。
「その……前の部隊というのは、どこの所属でもない――『第0』のことでしょうか」
私の直接的な問いに、バースィマ先輩は目を細めた。
「ふふ、まだ新人なのによく知ってるのね? せっかくだから、私も独り言を言っちゃおうかしら? これ、今まで話したことないのだけど」
「――独り言なら、耳に入っても、仕方がないですよね」
「ええ、仕方がないわよね。でも、この独り言を聞いた子が、ショックを受けないか心配だわ~……」
「たぶん、その子は割と図太いので大丈夫ですよ」
暗に聞かせて下さいと伝えると、バースィマ先輩は隣に腰を降ろし「じゃあ、ちょっとだけ」と、話を始めてくれた。
「――当時私が結婚した相手って、とんでもなく暴力をふるう人だったのよ」
「!?」
唐突に彼女の口から彼女の夫の話が出てきた。予想外のスタートに、戸惑いの言葉が口をついて出そうになった。
けれど、これは彼女の独り言なので相槌や質問をすることもできず、そのまま黙って耳を傾けることにした。
「付き合ってたときは気が付かなかった。だからこそ、変わった彼に心が追いつかなかった。
……知ってた? 治癒魔法ってね。実は毒にもなるのよ? 過剰な治療は、本人が持っている免疫を低下させ、虚弱体質を生み出すようになる」
バースィマ先輩はふふ、と懐かしむようにして笑う。
そして――
「私は、彼を――殺めた」
「!」
「自首したわ。いくら暴力を振るわれていたとはいえ、一線を越えてしまった。子供もいたのにね……耐えることが、出来なかったの」
まさかの暴露に、独り言とはいえ思わず彼女の方を振り向いてしまう。バースィマ先輩は、どこか悲しみをたたえた表情をして俯いていた。
「普通ならそこで即刑務所行きなんだけど……。そのとき、軍の人から、『スカウト』を受けたのよ」
(スカウト?)
「私は刑期十年が言い渡されていたのだけど、刑務所で十年過ごすか、軍の犬になって刑期を短くするか――二つに一つの選択を言い渡された。
私も若かったから、もちろん後者を選んだわ。短い若い時期を、あの糞みたいな夫に台無しにされたくないって」
バースィマ先輩は俯いていた顔を上げ、空を見上げるようにして言った。
「ただ、その選択は間違いだったと――すぐに思い知ることになったのだけど」
その何とも言えない表情に、堪らずごくりと唾を呑み込んだ。
……このフワフワした先輩の重い過去に、動揺を隠せない。
「連れて行かれた先は、犯罪者たちの吹き溜まり。上からの指示を黙々とこなし、軍に飼殺されてるだけの、生きてるか死んでるかわからないような連中が集まる場所だった」
それから彼女は自分の両手を見て、首を振る。
「人に言えないようなことも沢山したけど……そのときの私、戸籍がなかったから、何しても許されたのよね。だって、"いない人"だったから。
結局……解放されたのは、十年どころじゃない、随分と経ってからよ。ふふ、刑務所で大人しく服役してたほうが、よほど良かったと後で後悔したわ」
泣き出しそうな顔で小さく微笑む彼女に、私では計り知れないくらいの壮絶な何かが、彼女の中に蓄積されているのを感じた。
「……これは私の独り言ですが。バースィマ先輩は孫がいらっしゃると言ってたし、今は戸籍もあるんですよね……?」
我慢できず、口を挟んでしまった。バースィマ先輩は私の独り言に、すぐさま反応する。
「あるには、あるわ」
「でも……子供は私が生きてることを知らないし、孫も、直接会ったことは無いのよ。フフ、たまに、匿名で贈り物をしてあげてるの、契約獣を使って……。今の私の名前、昔のものと全く別物になってるしね?」
「……」
「任期を終えたら、静かに暮らそうと思ってたけど、軍の生活にすっかり慣れてしまったのよね~……。本当、慣れって怖いわぁ。結局、そのままここに籍を置くことになった。
――"第一部隊所属・バースィマ隊員"として」
そこで彼女の話は途切れた。
それから見透かすようにして私に問いかける。
「私が言うのもなんだけど……あそこの連中と関わってはダメ。
彼らは亡霊。
罪を犯して、過去の罪を清算しようとしている最中なの。あそこから解放されてやっと――亡霊から、人間に戻るのよ。
もし、フィリアスちゃんがあそこの誰かに囚われてしまっているのなら、悪いことは言わない、手を引いたほうがいい」
そして、胸元で組んでいた手を首へ持っていき、こきっと鳴らす。
「じゃないと――、
あなた、消されるわよ?」
彼女の真っ黒な瞳が、こちらを真っ直ぐに見据えた。
心配している様子なのに、消す、消されるに関してだけ、仕方がないことのように言ってのけるそのアンバランスさは、酷く奇妙なものに映ってしまう。
「私……それでもいいんです」
視線を逸らさず、彼女に答えるようにしてポツリ、ポツリと一つずつ本音を漏らしていく。
口に出してみると、尚さら、すとんと胸に落ちる。
「あの人の手にかかるなら、それで良いのかもしれない」
「むしろ……そうしてほしいのかもしれません」
そうしたら、もう追いかけなくて済む。
また会えるなら、それでいい。
狂おしいまでに――私は彼を求めているのだから。




