87.結局、特務部隊とは何ですか。
残り五話。終章の始まりです。
「"生き残った俺ら"に、かんぱーい!」
グリモア先輩の言葉に、全員がジョッキを合わせ、エールをごくごくと飲み干していく。
私も例に漏れず、ごくごく行かせてもらう。……ここ最近、あまりにも色んなことがあり過ぎたから、お酒もついすすんでしまう。
「あの襲撃から一か月も経ったなんて信じられないな。復興活動もようやく目途が立ってきたし、臨時班も今日で解散と思うと寂しくなるよ」
「俺らは北東支部だから会おうと思ったら会えるけど、フィリアスは本部に帰るんだもんな。もし第一部隊が辛くなったら、こっち来いよ。面倒見てやるから」
「ありがたいお言葉です。もし本気でダメだーってなったら、連絡させてもらいますね」
臨時班の三人とも、この一か月で随分と打ち解けた。なにより、テラの町で命の危機を乗り越えた経験が、四人の絆を深めたと言っても過言ではない。
とりとめもない雑談をしながらお酒を飲み、話はテラの町のコカトリスの襲撃の思い出に移っていく。
結界が破られる間一髪のところで助かった場面をトロイ先輩が面白おかしく再現したり、ワームの見た目が本当に無理だということを私が熱弁したりしてるうちに、話の流れは救援に来たフェニックスへと向かった。
「結局、あのフェニックスは何だったんだろうな。支部曰く、救援は送ってないって話だったし」
「しかも、フェニックスってあの第0部隊の契約獣だろ? あのイカれた集団の眼鏡の隊長……白い死神が、俺らを急に助けてくれたってことになるんだよな……。正直、訳が分からん」
「確かに、あのときは、まだ親玉討伐の編成が組まれる前だったわけだし。どんな気まぐれなんだよな」
「……」
みんなは「アイツら頭おかしいから、俺らの頭じゃ理解できない何かがあったのかもなー」と言って、この話を終えたが、ただ一人、私だけは本当の理由を知っていたりする。
(確か……オサンさんの話では、ダリオさんはフェニックスで私の居場所を探してたんだよね……。
あのときも、きっと私のことを探して、飛んできただけだった、なんてオチ……言えるはずが無い)
「でもさ、まさか今回第0部隊と一緒に仕事するとは思ってなかったわ、俺」
トロイ先輩がつまみをもぐもぐと食べながら、今度は第0部隊へと話題を変えた。
「あ~、僕も思ってたよ。結局あいつら、僕らのサポート無しに任務を完遂したわけだろ? 噂では聞いたことあったけど、実力は本物だったな」
「考え方が違い過ぎて、二度と一緒に仕事したくないって思いましたけどね……」
私も本音を付け足した。
好奇心で、ダリオさんと一緒に働いてみたいと思ったことはあれど、あの隊に入れられたら、たぶん一日も持たない気がする。主に気持ちの面で。
げんなりしている私に、すでに五杯目に突入しているグリモア先輩が、ジョッキを置いてこの話に入ってきた。
「まあ、関わり合いにならないのが一番だ。だって、あいつら全員揃って《《受刑者》》なんだからな」
(――え?)
「? あの、今何と……」
グリモア先輩から出た物騒な言葉に、すぐさま聞き返す。
「つまり――第0部隊は犯罪者の集まりってことさ。サポート班の班長を任されたとき、支部長から説明を受けたんだよ。
軍の外で罪を犯して且つ、外に放っておいたら危険な奴らを飼い殺すための部隊……それが、特務部隊と言われる”第0部隊”なんだと」
グリモア先輩は声を潜めて付け足す。
「すまん、一応、これは機密情報らしい……他言無用だぞ」
そう言いながらも、お酒で口が軽くなっていることもあってか、ペラペラとお喋りは止まらない。
「刑務所で服役する代わりに何が何でも軍の任務優先。
だから彼らはあそこの所属から出られないし、退役もできない。もちろん、服役中だから任務以外で自由に外へ出ることもできない。戸籍は抹消され、彼らは個人としての過去も捨てて罪を償う。
ただ、任務をこなせばこなすほど、刑期も短くなるから、双方にメリットがあるシステムなんだとか。
まあ――この辺は支部長も噂程度にしか知らないって話だったから、真実かどうかはわからないがな」
グリモア先輩がそこまで話し終えると、トロイ先輩が軽口を叩いた。
「ええ~機密情報ってマジっすか……。てか俺、これ聞いたら消されるんじゃないですか?」
「はは、今んところ、俺が消されてないから大丈夫だろ」
そこにチゼット先輩も加わり、自身の疑問をグリモア先輩にぶつけた。
「でも、もし使えない奴があの部隊に来たら、どうしてるんですかね?」
「任務中に死んでるんじゃないか? 戸籍も無いし、誰も感知しない」
「こっわ。俺、絶対真面目に働く」
トロイ先輩たちがはしゃぐようにしている中、私は一人、背中を汗が伝っていた。
「――どうした、フィリアス? やけに大人しいな。こういうとき、絶対に『ひぃ、こわい!』とか言って乗って来るのに」
「あ、す、すみません……。ちょっとぼうっとしちゃいました。酔ってるのかな……」
「早くないか? まだ一杯目だろ」
「疲れで酔いが早く回ったのかも。ちょっとお手洗い行ってきますね」
「ああ、無理すんなよ。水頼んどいてやるよ」
「ありがとうございます――」
ふらふらする足取りで、席を立つ。
お手洗いに行くと言ったけど、向かった先は、お店の外。がやがやした雰囲気から一転、外は暗くなっているせいか、人通りも落ち着いていてお店の中とは対照的に静かだ。
ふうっと大きく深呼吸して、ざわざわする胸を落ち着ける。
――緑化活動を手伝った日から、ダリオさんには会っていない。
忽然とあの場から姿を消し、オサンさんと会った居室に行くも、そこもすべて綺麗に片付けられており、第0部隊の痕跡は跡形もなく消えていた。
もちろん、夜に現れるフェニックスすら見てなくて、ダリオさんと会って会話していたのは、本当に現実だったのか疑ってしまうくらいだった。
「戸籍を抹消……それに、服役中?」
口に出した途端、また胸の奥がざわつき出す。
彼と再会しても、五年前に何があったのかは結局聞けず仕舞いだった。
そのうち語ってくれるだろう、なんて呑気なことを考えていたし、また音信不通になるなんて、思ってもみなかったから。
(今すぐにでも会って、彼のことを抱きしめたい)
私を抱きしめて嬉しそうにしていたあなたの過去を、無かったことになんか――私が絶対にさせない。
「……いま……どこにいるの?」
暗がりで呟くも、私の声は誰にも届くことはない。
まばらな往来の人たちが、静かに震えている私を見て、不思議そうにして通り過ぎていく。
私はまた、彼を見失って――そしてまた、彼を追い求める日々が来たのを確信したのだった。
◇
翌日の早朝。
本部へ帰るための列車に乗り込む前に、キョロキョロとホーム内を見渡す。
昨日の帰り、出発前にグリモア先輩たちが見送りに来てくれると言っていたのだが、三人の姿が誰一人見えない。
(みんな完全に出来上がってたから、二日酔いで寝過ごしたのかな……)
もう出発の時間が迫っている。
彼らの到着を諦めて、列車に乗り込もうとした瞬間、一人の北東支部の隊員らしき人が慌てた様子で、私のもとまで駆けつけてくるのを視界に捉えた。
「あ、あの! ネモフィラ・フィリアス隊員ですか? グリモア臨時班の」
「え……はい、そうですが」
息を切らして近くまで駆け寄ってきた彼は全く見覚えのない顔で、服装からして事務員のように見える。
「出発前にお引止めして申し訳ございません」
「いえ、それで、私に何の御用でしょうか?」
「あの、驚かないで聞いてください……」
青い顔をしつつ息を整えようとしている彼が次に告げた言葉に衝撃が走った。
「実は今朝、グリモア臨時班の三人が、部屋の中で変死体となって発見されました。そこで同じ班員だったあなたの無事を確かめるべく、こうしてお伺いした次第です」
「……え?」
「詳しくはまた別途連絡が行くと思います。もう出発されるようなので、くれぐれも、道中お気をつけくださいませ」
急に起きた出来事に、頭がついていかない。
ただ、発車の音で反射的に列車へと乗り込み、覚束ない足取りで、指定された座席へ呆然としたまま腰を下ろす。
(変死体――? 三人とも、全員が――? 一体……なんで)
頭の中で、トロイ先輩のおどけるような言葉がこだまする。
『ええ~機密情報ってマジっすか……。てか俺、これ聞いたら消されるんじゃないですか?』
(消された……? でも、誰に)
そして、唐突に思い出す。
彼に最後に会った日にした、やりとりを。
『私は明日から今度こそシアトレの街の支援に行くんですが、ダリオさんは?』
『ひみつ』
『え、なんで』
『ひみつ』
絶対に考えてはならないことを頭の中に描き、全身が不安に震えた。
(違う。そんなはず、ない。お願いだから、嘘だと言って――)
――列車は、本部の最寄りまで何事もなく到着した。
暗い夜道を、大きな荷物を持って、とぼとぼと歩いて帰っていく。
グリモア臨時班の生き残りである私の身には、ベッドに入った後ですら……何も起きることはなかった。




