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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第十章 彼の執着編

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82.私の探している人は、あなたですか?

残り10話です。

最初の異変は味覚からだった。


(あれ?)


トマトのスープを飲んでいたはずなのに、何の酸味も旨味も感じない。それが始まりだった。


何を食べても『何かが口にいる』。そんな感覚しか残らない。

そのうち、食事に興味が無くなった。

軍から支給される栄養剤と、学生時代から癖で食べていた飴が毎日の食事になった。


みるみると細くなっていく身体。


『先輩って意外と筋肉あるんですね』と言われていたことが懐かしい。

痩せた貧相な身体は、ローブで隠した。


食事に充てていた時間を余暇に使う。

といっても、読書や魔法くらいしか、これといった趣味がない。

彼女から貰った栞をどうしても使いたくて、厚めの本を読むようになったのだが、なぜか視界が霞むようになった。

遠くも近くも見えにくくなり、視力が大幅に低下していることが分かった。仕方なしに眼鏡を掛けるようになるも、中々に煩わしい。

なるべく目を使わないでいいよう、空いた時間は決まって昼寝をするようになる。


そうしてるうちに、言葉が出なくなった。

頭で思ってることが、うまく口に出せない。文章を喋っているはずなのに、声に出すと途端にたどたどしくなってしまう。

聞き取ってもらえないことが多くなり、自然と口数が減った。


口数が減ると表情も乏しくなる。

さらに、いつのまにか、髪に白いものが混じるようになっていた。

気付けばそれは黒から灰色に、灰色から真っ白に。


転げ落ちるように、人としての自分が退化していく――


(制御具の副作用が、ここまでのものとは思っていなかった)


それに加え、あらゆる欠落と反比例するかのように、魔力だけはグングンとその量を増やしていき、制御具が手放せないという悪循環に陥った。

契約獣に魔力をたっぷりとやることで、なんとか身体の中で渦巻いているものを逃していく。それでもあり余るものは放置した。


夜は怖くなくなった。

少し寂しくなったら、あの栞を見て思い出すのだ。

モフモフした毛並みとブランケットに包まれて、寒空の下で温かいココアを飲みながら彼女と二人でいた時間を。

そうすると、暗がりの地獄のような光も、あのときのランタンのほんのりした灯りに変わり、心が落ち着いた。


離れたのは自分。

それなのに、まだ自分は彼女をしつこく思っていて、彼女も自分をここまで追って来てくれた。


――そう思っていたのに。


(彼女はオッサンを探しに……向いてないと言っていた軍に入隊しただと――?)


衝撃だった。

夢で感じた絶望の比ではない。

しかも、目の前にいて、名前まで名乗ったのに、本人だと気付かれなかったことが一番堪えた。


言語に支障を来してから、「エンデ」がうまく発音できないことも一因だろう。

現に、オッサンは俺のことを「エッディ隊長」と度々愛称のような名前で呼んでくる。

訂正しようにも自分ではどうにもできないので放置しているが、まさか彼女にまで聞き取ってもらえないとは。


「隊長~、いつまで泣いてるんですか。そろそろ本部帰りましょうよ。俺もう待ちくたびれてるんですけど」

「……ぅるさぃ」


しばらくそっとしておいて欲しい。

まだまだ、絶望の淵から這い出れそうもないのだから。





私は今、北東支部の仮設拠点に行き、これまでずっと会いたいと願っていた人に、会わせてもらっている。

会わせてもらっているはずなのだけど……


「どちら様でしょうか?」

「それは私のセリフです」


目の前にいるのは、五十過ぎのオジサマ。

グレーの薄くなった頭を搔きながら、困惑顔を浮かべている。


とりあえず自己紹介しましょうかと、お互いに名乗り合ってみることにした。


「初めまして、今年度より特務部隊の事務員担当となった、ドビッシー・オサンです」


「初めまして、第一部隊第三班のネモフィラ・フィリアスです。今年度の新人です」


「……」


「……」


そうしてみたものの、で、どちら様でしょうか、という感じだ。「ドビッシー・オサン」なんて、「ダリオ・エンデ」と掠りもしない。


どうしたらいいんだと頭を抱えていると、オサンさんの方が先に口を開いた。


「それで、今日はどうされたのですか? 他の隊員から、あなたが私に会いたいとわざわざアポイントを取ってきたと伺ったのですが……」


戸惑うようにして言うオサンさんに、私も戸惑いを隠せない。

眉間に指をあて、むむむと考える。


(待って、そもそもどうしてこんなことになったんだっけ?)


「ちょっと待ってくださいね。自分なりに経緯を整理してみようと思います」

「はぁ……」


呼び出しておいて申し訳ないが、これは必要な時間だ。


じっと待つだけのオサンさんの視線が痛いけど、ここまでの経緯を最初から思い出していく。



まず始めに、私は特務部隊――第0部隊にダリオさんがいると思った。

それはシャノンさんが彼は秘密裏の組織にでもいるんじゃないかと推察したから。


そして、特務部隊である彼らに会ったら、四人の隊員がいた。

その中に眼鏡をかけた隊長がいて、彼の作った結界は、学園の森に張られた術式とまったく同じものだった。


それに、焼け野原になっていた元・湖畔。あの火力と威力は、演習室をドロドロに溶かした彼の魔法に酷似していた。


あとは――背の高さは、記憶の中の彼に近いと思った。


これらを材料に、あの隊長さんがダリオさんかと思ったけど――

決定的に違うのは、髪の色、体型、喋り方、そして名前。


それらを総合した結果、私は隊長さんをダリオさんに影響を与えただけの赤の他人だと理解した。

しかも、隊長さんは「白い死神」と呼ばれ、契約獣はフェニックスを従えてると聞いた。ダリオさんはフェニックスと契約していなかったし、ここでやはり、隊長とダリオさんは別物と思ったのだ。

加えて、第0部隊にはあの時あの場にいなかった隊員がもう一人いると聞いて、その人がダリオさんなのだと確信した。


――で、その人に会った結果が、今。

ダリオさんに似ても似つかないオジサマを前にして、困り果てている状況だ。


「ええと、私、実は人を探してまして……」


とりあえず本当のことを言って、この場をなんとかしなくてはいけない。

すると、


「ほう。人、ですか。それが私の知っている方なのかわかりませんが、どんな方なのか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


オサンさんは乗りかかった船です、となんとも快い返事をしてくれた。

あの癖強の第0部隊の一員なのに、なんて協力的でいい人なんだろう。

じゃあ、と遠慮なく話を聞いてもらうことにする。


「まず、年齢ですが、彼は五年前、十九歳だったと思うので、今は二十代半ばくらいになっていると思います」


「ふむふむ、二十半ばの男性ですね」


「顔立ちは整っていて、真っ黒な髪に赤い瞳が特徴です。よく見ると筋肉質な体型で、背はそちらの隊長さんくらいだったと記憶してます」


「うーん……、ヒルデンさんのことかな……黒髪だし、年齢も合うし。でも、彼の瞳は青だし、背もそんなに高くないから、違うか……」


オサンさんはブツブツと該当者を思い浮かべてくれているが、そのまま続きを話す。


「口調は荒いけど、優しくて面倒見がよくて、逆に彼が弱っているときは、周りの人から世話を焼かれてもいました。人に好かれる魅力がある人だったように思います」


「うーん、ノールさんかなぁ? 面倒見はいいしなぁ。でも年齢が合わないし、人に好かれてるのかは疑問だなぁ」


「炎の魔法が得意で、たまに魔力暴走でボヤを起こしてました。学園内では制御具をつけて押さえてたんですが、体調に影響が出たり……あ、これは関係なかったですね」


「……」


「あとは――とある事情で夜眠れない人だったんですが、よくソファや地面に寝転がって昼寝してました」


「それと、棒付きの飴を常にポケットに入れてて、ストックがたくさんありました」


「他には……」


次から次へ、彼のことを話す口が止まらない。


(私、ちゃんと覚えてる。彼は――過去の人なんかじゃ、ない)


いつの間にか、オサンさんが黙り込んでしまっていた。

その様子を見て、慌てて彼に謝罪する。


「すいません、余計なことまでベラベラとお伝えしてしまいました!」


すると彼は小さな声で呟いた。


「まさか……彼の妄想嫁は現実に……しかも、軍にいた、だと――?」

「え?」

「あ、すみません。今度は私からいくつか確認の質問をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

オサンさんから問われ、「もちろんです」と首を縦にふる。


「フィリアス隊員が探している人が、私の知ってる人なら――なんですが。

その人は押し花の栞を宝物のようにして持っています。あなたはそのことについて、何か心当たりはありますか?」


「……え」


思わず目を見開く。

オサンさんが言う、押し花の栞が、私が彼に最後に会った、あの夜にあげたものだとしたら――。


「私……五年前、その人に手作りの栞をプレゼントしたことがあります」


声が震えた。


「――ネモフィラの花です。私の名前と同じ花なんです。それを押し花にして、栞にして、彼に渡しました」


合格祈願のお守りなんて言ってプレゼントしたのだけど、試験で離れてる間、少しでも私のことを思い出してくれるといいなぁ、なんて淡い期待を込めて贈ったのだ。


私の返答を聞いてすぐ、今度はオサンさんの方が目を見開いた。


「そんな馬鹿な……"ねも"……だと? まさか嫁の名前を呼んでたなんて……」


彼は額に手を当て、本人にしか聞こえないくらいの声音で何かを呟いている。

そして、私を見て言った。



「あなたが探している人物は――



間違いなくうちの部隊の隊長、『エッディ隊長』で間違いありません」



彼の言葉に、今度は私が額に手をあて考え込む番となった。


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