81.第0部隊の人と対決をします。(2)
「え、隊長って……え? こっちの人が隊長じゃないの?」
しばらく言葉を失っていた私たちだったが、トロイ先輩がみんなの言葉を代弁してガタイのいい隊員を指差す。
「あ? 俺? 俺は副隊長。隊長サマはこっちだよ。てか、おまえらがここに来たときからこの人ずっと結界張ってんのに、まさか気付いてなかったわけ?」
「え」
彼の言葉に周囲をぐるりと見渡すが、そこには何の変哲もない山の中の景色が広がるのみ。
正確には、戦いのあとで悲惨なことになってはいるけど、魔法の気配は一切感じない。
(結界――え、どこに?)
訳がわからない様子の私たちに、眼鏡の隊員は欠伸を一つかました。
そして、いそいそと姿勢を変えたかと思うと――
「!?」
捕虜を枕にして、寝てしまった。
「ちょっと~、隊長が退屈のし過ぎで寝ちゃったよ」
「お昼寝の時間だ。休ませといてやれ」
「制御具つけときます? 最近の寝起きの悪さ異常でしょ、あの人」
ほんと、ここの隊員たちはみんなマイペース過ぎやしないだろうか。
(私、もしこの隊に配属になったら、一日と持たない自信があるな……)
臨時班がグリモア先輩配下で良かったと心の底から思った。
「フィリアス、彼らの言う結界がどこにあるか、君ならわかるか……?」
グリモア先輩も、他の二人の先輩も、首を傾げている。
そして、それは私も同じだった。
「いえ……魔法の気配を一切感じません。本当に結界があるのか疑いたくなるレベルです」
そこまで言って、「ん?」と引っかかるものを覚えた。
(あれ、この感じ、結構最近にあったような)
まったく気が付かなかった結界。
ごく自然に溶け込んでいて、けれども、それのおかげで、『特定の人物しか入ってこれない空間』になっていた――
「あ……!」
再度辺りを見回す。
そう――ここへ来て、やけに周囲が静かなのだ。
もちろん戦いがあったから、この辺の魔獣たちが逃げていったのはわかるのだけれど、鳥の囀りすら遠くの方で聞こえてくる。
(まさか……)
眼鏡をかけたまま昼寝をする隊長に目を向ける。
胸が上下している様子から、本当に寝てしまったようだ。
その姿は――森の木の麓で、のんびりと昼寝をしている"彼"を思い起こさせた。
「わかったかも……しれません」
「何!?」
「残り時間は?」
「あと五分だ」
五分。
――「前回」。
たぶん、壊すのに五分以上はかかった。
でももし、これが初見ではなく、「二回目」になるなら――
「ギリギリになるかもですが――。ここは私一人に任せてください」
「もちろんだ。サポートが必要なら言ってくれ」
グリモア先輩の言葉に、頷きを返し、意識をこの場に集中させる。
範囲はきっと……あの場所と同じくらい。
かなり目測になるけど、当たりをつけた周辺に意識をじっとこらすと、僅かではあるけど、魔力の気配を感じた。
(やっぱり、あった――)
そこからの動きは早い。
すぐさま呪文を詠唱していく。
既視感のある、火、水、風、土の複雑かつ難解な術式が目の前にずらっと可視化され、たった二ヶ月前のことなのに、懐かしさで目を細める。
(――やっぱり、何度見ても難解だけど、綺麗……)
この芸術のような法則を崩したくないなぁと思いつつ、時間がない。
全力で腕をぶんぶんと振り回し、大雑把にガッシャン、ガッシャンと壊していく。
さっきまでの慎重さはどこに行ったんだと、グリモア先輩たちが唖然とした様子でこっちを見ていたけど、私も必死だ。
タイムアップが迫っている。
そのうち、空にピシッとヒビが入り、向こう側の景色にも伝線していく。
(きたきたーっ!)
結界崩しはこの瞬間が、一番気持ちいい。
眼鏡の隊長はいつの間にか起きていたらしく、寝転んだまま肩肘をついてこちらを眺めていた。
彼には書き換えや修復をする気は一切ないらしい。
じっと、私が壊す様子を眺めているだけ。
それはまるで――私の成長を見守ってくれているかのようだった。
「十」
「九、」
いつの間にか第0部隊の隊員たちが口を揃えて数字をカウントダウンしていく。
対して先輩たちが「いそげ! もう少し!」と手を振り上げながら応援してくれているのが視界の端に見えた。
(あと少し――)
「……七、六、」
(間に合って!)
「三、」
バリバリバリバリ――ッ
空のてっぺんから一気に四方にヒビが入り、パンッと弾けた。
パラパラと光の粒となって結界が辺り一面に砕け落ちていく。
「……ゼロ」
カウントダウンが終わった瞬間、眼鏡の隊長が、ボソッとこの試合の最後を告げた。
「まけた」
途端。
「よぉっしゃぁーーーーー!」
グリモア先輩たちの喜びの声が辺りに響き渡る。
全員が私を抱き締めに来て、健闘を称えてくれた。
「やった、やったぞ!」
「すごいよ、よく結界に気づけたね」
「間に合ってよかった! 最高だよ!」
「やりましたね! 最後緊張した~!」
みんな口々に良かった良かったと言い合って、喜びを分かち合う。
そんな、私たちの後ろでは――
「待て待て待て。え、なんでキレてんの? 負けたから? いや、その割に見守ってたように見えたんだけど、え?」
「ひっ、隊長、やめて、マジで肌が燃える。お風呂で染みるから勘弁して下さいよ!」
「ちょっと~首の制御具、早く嵌めてー! とばっちりで始末書書くのもう、嫌なんですけどぉ!?」
「ぁぃっら……かってに、だきしめやがって……。ぉれのだろぅが……」
「かー! ここに来て寝ぼけてんすか!? ほら、いつもの首輪つけるぞ!
ったく、やっと終わって帰れるってのに、こんなところで爆発されたら溜まったもんじゃねぇ」
何やら、第0部隊の隊員たちが隊長を中心に盛大に揉めていた。
そんなことなどつゆ知らず、みんなで興奮しながら肩を叩き合っていたのだけど、眼鏡の隊長から仮面越しに刺すような視線を感じ、ふいにそちらに目を向けた。
振り向いた途端、視線が合う。
瞬間――ドクン、と胸が大きく鳴った。
(まさかだけど……。でも――)
気付けば……第0部隊の面々に囲まれた彼に、ゆっくりと一歩、また一歩と近づいていた。
軍の表に出ない組織。
辺りを焼け野原に変える圧倒的な火力。
そして――学園の森に施されたものと同じ、結界。
自分の中で確信が積み上がり、真っ直ぐに彼を見据える。
仮面越しに彼も私を見つめ、互いに視線が交わる。
レンズの奥の瞳の色は分からない。
けれど、きっと――燃えるような炎の色を宿しているはずだ。
私が急に第0部隊に向かって行くもんだから、「フィリアス!?」とグリモア先輩が慌てた様子で引き留める声をかけてくる。
が、私の足は止まらない。
「あの」
彼の目の前に立ち、はっきりとした声で尋ねた。
「あなたの――お名前を、お伺いしてもいいですか?」
さっきまで無かった首輪をした隊長は、私の言葉にピクリと反応した。
そして、仮面の下半分から見える形のいい口を小さく開くと、蚊の鳴くくらいの声量でゆっくりと答えた。
「――ェッディ」
時が、止まった気がした。
「………………………え?」
(え、えっでぃ? え、誰?)
予想外の返答に、「え、ええ?」と戸惑いながらその場に立ち尽くす。
「何なに!? 隊長の名前なんか聞いて、どうすんの!?
告白!? この人、強いし顔はいいけど、それ以外終わってるよぉ!?」
あはぁ、と女性隊員が冷やかしの声を上げる。
「いや、どうせ決闘の申し込みしに来たんでしょ? それ、俺も参戦するから、声かけてね! 大丈夫、こっちのお姉さん、治癒の腕は最強だから半分死んでも生きててられるよ!」
若い隊員は、興奮気味に決闘の申し込みだと勘違いして物騒なことを言ってくる。
「あーもし、第0部隊に入りたいなら、うちの採用めっちゃ特殊だから、副隊長の俺に言ってくれ。この人じゃ何の役に立たねぇから」
副隊長には第0部隊に興味を持ったと勘違いされる。
――誰も彼も、検討違いにもほどがある。
というか、ショックで何も耳に入ってこない。
(え、待って待って。この人、本当にダリオさんじゃないの!? いや、確かに色々違うけど。眼鏡だし、声小さ過ぎだし、なんかカタコトだし。
でも――)
そのとき突然、あたり一帯に大きな風が吹いた。
結界が無くなって、外の空気が入ってきたらしい。
ぱさっ、と彼のローブが風に煽られる。
それと同時に目深に被っていたフードが後ろに脱げてしまい、彼の髪が露わになる。
「あ……」
(ちがう――)
目に入ってきたのは、真っ白な白髪。
長めの前髪や後ろ毛まで――全てが混じりっ気のない白い色をしていた。
私が想定していた、濡れ羽のような漆黒の髪はどこにも見当たらない。
(ダリオさんじゃ、ない……)
よくよく見ると、仮面の下に見えている顎のラインも、記憶にある彼よりも随分とシャープだ。
極めつけは、
「し、白い死神……?」
グリモア先輩の呟き。
その言葉に、はっと目を見開く。
秘密裏の組織の隊長で、フェニックスの契約者。
(もしかして彼は……五年前、ダリオさんを拉致したかもしれない人物!? それで、拉致されたダリオさんは別の場所にいるのかも!?)
間違いない。
けれど、念のため確認する。
「あの……第0部隊って、ここにいる四人以外にも、隊員の方っていらっしゃいますか?」
私の問いかけに、隊長が静かに頷く。
「――ぃる」
(やっぱり!)
やっと、辿り着いた。
ダリオさんはこの部隊に所属しているに違いない。
なぜ今回彼がこの場に招集されなかったのかは分からないけど――
「あの……今度、その方に会わせて貰えませんか?
ずっと、探してたんです、その人を――」
「え? 探してた? ずっと?」
このとき、私は知らなかった。
隊長を含め、第0部隊の隊員みんなが、「オッサン」と呼んでいる事務員のおじさまを思い浮かべていたことなんて。
そして、目の前の眼鏡の隊長が、仮面の下で今にも泣き出しそうな顔になっていたことなんて、これっぽっちも気付くことがなかった――。
第九章終わり。
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