80.第0部隊の人と対決をします。(1)
(なんだか妙なことになってしまった……)
私たちは親玉を討伐するメイン部隊とサポート部隊の仲間であるはずなのに、実際は幻獣の引き渡しをかけた敵と味方みたいな構図になっている。
「お!? 良いじゃねえか! 初めて見直したぜ、班長さん」
「私たちは初めてグリモア先輩にガッカリしてますけど!?」
「そう言ってくれるなよ、そろそろ腹に据えかねてたんだ」
気まずそうに視線を逸らすグリモア先輩に、まったく反省の素振りはない。
(他にもやり方がいっぱいあるでしょう!
こんな安い挑発にまんまと引っかかるなんて!)
けれど、やると言ってしまったのだからもう後戻りはできない。
はぁっと小さく溜息を吐きつつ、向こうの説明を黙って聞いた。
「それじゃあ、早速始めるか。細かいルールはない。
俺らは適当に結界を張るから、おまえらは俺ら四人全員の結界を崩せたら勝ち。それだけだ。
俺らが結界を張り終わったら、そこからゲームスタートだ」
「あ、あのその前に……そこの捕虜と契約獣、死んじゃったりしません?」
チゼット先輩がおずおずと意見した。
確かに、第0部隊の面々に踏まれてる彼らは、見るからに瀕死。
制限時間一時間のゲームをしてる間に、天に召してもおかしくはない。
「私らがそんなヘマするわけ無いでしょ~? 私が死なないギリギリのラインで回復させてあげてるから、余計なこと考えないで大丈夫だよっ」
女性隊員が何言ってんのコイツ、と鼻で笑うようにして言った。
「……」
チゼット先輩は言うんじゃなかった、と後悔しているのが顔に出ている。うん、私も彼らに何かまともな疑問をぶつけるのは止めとこう。イライラが増すだけだ。
「それじゃあ気を取り直して――」
第0部隊の面々があーでもないこーでもないとペチャクチャ言いながらそれぞれ結界を張っていく。
そんな中、眼鏡の隊員だけ何も動こうとしない。
ただひたすら――私のほうに視線を向けている気がする。
「よし、俺らの準備は完了だ。今から一時間、ゲームスタートだ」
結局、眼鏡の隊員を放置して、ガタイのいい隊員の合図でこの対決はスタートした。
「グリモア先輩、どれからやります? 俺、あの若いやつが張った結界を担当していいですか?」
「了解、トロイはそっちを頼んだ。チゼットは?」
「僕はあの女性隊員のものを担当します」
「わかった。俺はフィリアスとあの隊長っぽいデカい男の結界を担当しよう」
「了解です!」
みんなで一つずつ、という訳ではなく、一人が一つの結界を担当する作戦らしい。
確かに、その方が互いのやり方がぶつかり合わなくて効率がいい。
「フィリアス、あの結界は何の属性だと思う?」
グリモア先輩が私を試すようにして問いかける。
「ううん……見た目だけなら、火属性にも見えますが……ぶつけてみないことには、なんとも」
結界には属性ごとに魔力の色がほんのりと見える特性がある。ただ、無色透明の場合が多いので、魔法をぶつけて確認するのが、一般的な確認方法だったりする。
現に、トロイ先輩とチゼット先輩はそれぞれ結界に軽く魔法を放ち、さっそく属性確認を行っていた。
(けど、属性を確認したところで、やることは一緒なんだよね)
私の結界崩しのやり方は、術式を解析し、無理矢理全部書き換えるという方法を取っている。そこに属性は関係ない。
学園時代はヨシュア先生からよく、『乱暴で雑』と言われていたものだ。
「俺も火属性の結界だと思ったよ。火属性なら俺がやってみよう」
「わかりました」
グリモア先輩の言葉に甘え、私は隣で応援に徹することにした。
◇
「――なあ。こんなん言うのもなんだけどさ」
「なんすか」
「あ、私わかったかも! 『暇』じゃない?」
「さすが、よくわかったな」
「カードゲームでもします? 俺、実は持ってきてたんすよ!
空き時間にでもやるかなぁって」
「マジか、おまえ最高だな! ポーカーしようぜ」
結界崩しのゲーム開始から三十分。
一向に崩れない結界に、第0部隊の面々はカードゲームを始めてしまった。
(いや、余裕過ぎでしょ……)
一方のグリモア班はというと。
「グリモア先輩、すみません、半分まで解析したんですが、やった側から書き換えられて終わらないです」
「僕も同じ状況です。一部崩しても、すぐ修復される上に、別物に書き換わってるので、イタチごっこをしてる状態です」
「……俺も実は似たような状態だ。むしろ、解析にメスを入れたら弾かれる。力技でいっても向こうの魔力に押し戻されて刃が立たない。正直、詰んでるかもしれない」
めちゃくちゃに手こずっていた。
(みんなここまで何も言わずに黙々と取り組んでたから、てっきり、そろそろ終わりかと思ってたのに……まさかほとんど進んで無かったとは――)
「フィリアスは結界崩しが得意だと言っていたが、この三つで対応できそうなものはあるか?」
グリモア先輩から聞かれたので、素直に答えた。
「たぶん、全部対応可能です」
「ほう?」
生意気を言ったつもりではなく、事実だ。
(だって、制作者が違うくても、全部同じ結界なんだもの)
「じゃ、じゃあ、まず俺が担当してる結界、試しに崩して貰ってもいいか?」
残り時間が半分になったことを気にして、トロイ先輩が頼む、と焦った様子で譲ってくれた。
「了解です! ただ、久しぶりなんで、失敗したらゴメンなさい」
一応、保険をかけておくが、本音を言うと、自信があった。
(よし、やるぞ)
ぐっと気合いを入れて両手を組んで呪文を詠唱していく。
そんな私の様子を、眼鏡の隊員が食い入るようにして見る視線を感じた。
ゲーム開始から何もしてないのは、彼と私だけだったから、私が動き出してびっくりしたのだろう。
(集中!)
向こうに意識を取られてしまっては失敗する。意識を目の前の結界へと集中させ、一気に術式を可視化した。
――結界はその人の癖が出るから面白い。
この人はかなり大雑把で、でも細部はしっかり練り込まれてるから、ムラがすごい。
「お、あの子が動き出したぞ」
結界を展開している若い隊員が私の結界崩しに気付いてポーカーの手を止めた。
(さっきトロイ先輩は解析した側から書き換えられていくって言ってたけど、解析なんていらない。適当に向こうの術式を落書きすればいい)
ぐちゃぐちゃに塗り潰すようにして、術式を上書きする。
でも、手の動きは正確に。
――昔、ダリオさんから教わったことだ。
「げ、やべ。めっちゃ崩される」
若い隊員が焦ったようにして修復を試みてくる。
が、私の落書きのほうが早い。だって、展開と違って、崩すのは何も考える必要がないから。
目に見えてたわんだ結界を、最後の一押しで塗り潰す。
「これで終わりっ!」
エイッと腕を振ると、パンッと音をたてて最初の結界が消えた。
「げぇっ、俺のやつ壊された!? マジかぁ」
「ダセェな。修復が遅いんだよ」
「ちなみにカードの方も、ダメダメだけど、大丈夫?」
結界を一つ崩されたところで、第0部隊は相変わらずマイペースな様子だけど、グリモア班は喜び一色だった。
「おおおお! すごい! あんなに手こずってたのが嘘みたいだ!」
「さすが新人なのに今回の討伐隊に選ばれただけあるな!」
「立て続けで申し訳ないが、この通り、残り二個も引き受けてくれないか?」
「もちろんです。全力で対応します。それで彼らをぎゃふんと言わせましょうっ!!!」
一つ成功すると波に乗ってくる。
次は女性隊員の結界。彼女の場合、修復と書き換えのスピードが早いとのことで、チゼット先輩と二人がかりで取り掛かる。
チゼット先輩は彼女が書き換えた術式を新たに可視化し、私はひたすら可視化されたものを潰していく。
「連携プレーかぁ。面白いことするなぁ~」
女性隊員は崩されているのにも関わらず、こっちの作業に興味津々だ。
むしろ崩されるのを面白がっている。
(あと少し――)
ポンッ! ボフッ!
最後の術式をぐしゃりと潰すと、ファンシーな音を立てて、結界が消えた。
「やだ~破られちゃった!」
テヘペロとしながら言う彼女は、まったく残念そうではない。
「やったな!」
「やりましたね!」
チゼット先輩とハイタッチして、喜びを共有する。
「えーここへ来て逆転かぁ? あの嬢ちゃんすげぇな」
ガタイのいい隊員に感心されたように言われて、ほんの少しドヤぁっという気にさえなった。
残り十五分。
あとは隊長格のガタイのいい隊員の結界のみ。
ちなみに、眼鏡の隊員はなぜか結界が崩されるたびに、小さく拍手をしてくれていた。
……彼は一体、どっちの味方なんだろう。
「いっとくけど、俺のは固いぜ?」
ガタイのいい隊員がニヤリとして言うが、やり方は同じだ。
「――受けて立ちましょう」
ここは負けられない。
本来の目的は、"瀕死の契約獣にトドメを刺すか刺さないか"というものだったけど、私の中で、いつの間にか"この人たちをぎゃふんと言わせる"というものにすり替わっていた。
(これが終われば、私たちの勝ち!)
気合いを入れて、ガタイのいい隊員の張った結界を可視化する。
「うわぁ……」
すると、彼が言ったとおり、他の二人の術式の何倍もの量が組まれていて、何重にも折り重なっていた。
この人が念には念を入れる性格だというのが、この結界からひしひしと伝わってくる。
(崩せるのは崩せるけど、時間がかかりそう……制限時間内に終わるかな)
初めて焦りを見せた私に、ガタイのいい隊員が口の端を吊り上げた。
グリモア先輩も心配そうにして私に問いかけてくる。
「フィリアス、いけそうか?」
「正直、時間との勝負です」
たぶん、私が上書きしてる間、向こうも抵抗して書き換えと修復をしてくるだろう。
ただ、さっきから一つ気になってたことがあった。
(私はさっきチゼット先輩と組んで女性隊員の結界を崩したけど、誰も女性隊員に手助けはしなかったんだよね……)
だから今回も――第0部隊側は単独で動くんじゃないかと賭けに出ることにした。
「グリモア先輩。あの結界、炎属性です。私が結界を可視化したあと、どんなものでもいいんで、威力強めの水属性の魔法をぶつけて貰えませんか?
トロイ先輩と、チゼット先輩も。
その間、私は内部から崩していきます」
(連携プレーが反則とは聞いてない。私たちはチームワークで勝利を掴む!)
「よし」
「了解した!」
私が結界の可視化に成功すると、先輩たちが一斉に詠唱を始め、三人が一気に結界に魔法をぶつけた。
その隙に私がガンガンと上書きし、さらに先輩たちも攻撃の手を緩めない。
――パキッと一筋のヒビが入る。
「うっわ、マジか。すっげぇ力技」
ガタイのいい隊員は感嘆の声をあげつつ、結界の修復の手を止めない。
何度もその応酬が続いたけど、一度ヒビが入ったらこっちのもの。強度は脆くなっているはず。
結界を書き換える手を止め、私も先輩たちと同様に水属性の魔法を最大限に練り上る。
そして、全員で一気に結界へぶつけた。
パーンッとガラスが割れたような音が辺り一面に鳴り響き、結界は木っ端微塵に砕けた。
みんな額に汗を流し、顔を見合わせる。
そして、「よっしゃあ!!」と全員で万歳をした。
「おお! 割れた!」
「はー、破られちゃったか~!」
「やるぅ」
なぜか第0部隊の人たち全員が「おおー」とこちらに向けて拍手を送ってくる。
とりわけ一番大きな拍手をしてるのは、今のところ何もしてない眼鏡の隊員。――彼は本当に何なのだろうか。
「よし、これで俺らの勝ちでいいか!?」
グリモア先輩が興奮気味に第0部隊の隊員達に向けて勝利宣言をする。
すると、ガタイのいい隊員が耳をほじりながら呆れた顔を向けた。
「あ? 何言ってんだよ」
彼は親指をクイッと隣に向けて、言った。
「うちの隊長のんが、まだ残ってんだろ?」
その言葉に、私たちの誰もが動きを止めた。
「……は?」
そのまま、ゆっくりと彼の指の先に視線を合わせる。
視線の先にいた――
眼鏡の隊員が、極小さな頷きを返す。
その様子を、私たちは口をあんぐりと開けて見ていた。




