76.救いのヒーローはやっぱりあの人です。(2)
炎の鳥が、ぐるり、ぐるりと優雅に旋回する。
その度にコカトリスの群れはキイキイと怯えるようか鳴き声を上げ、空へと散り散りになって、飛んでいく。
空が、広くなった。
私たち四人は、その光景から目が離せず、ただ結界を張って炎の鳥を見守る。
そして――
「キュルルルル……」
澄んだ鳴き声が響く。
炎の鳥から発せられた美しい音色は、戦いの終わりを意味していた。
あれだけいたコカトリスはもう、一匹残らずあちこちへ飛び去ってしまった。
炎の鳥も興味を失ったのか、北の空へとゆったり飛び去っていく。その様子を見ながら、呟く。
「終わった……のでしょうか?」
コカトリスは、いない。
返ってくる可能性はもちろんあるが、今のところ近くにコカトリスは一羽も確認できなかった。
「みたいだな」
グリモア先輩の言葉に、やっと全身の緊張が解けた。
そのまま彼は話を続ける。
「とりあえず、一時間は様子をみよう。
魔力温存のため、一人が物理結界のみ展開。残りの者は休んで、一時間の様子見の後に支部の判断を仰ごうと思う。
最初の担当は俺がやる」
こうして、一時間の様子見をしたあと、支部宛に事態の収束を報告した。
すると、街の非常事態宣言はそのままで、支部から解除命令を出すまで、結界も維持したままにしろという通達が来た。
「一人二時間のローテーションで行こうか。それなら四人で充分持つだろう」
二時間程度なら余裕だ。
それに、次の交代まで相当休憩ができる。
「それじゃあ、フィリアスが最初の担当で。俺は偵察役でここに残るから、二人は休んできていいぞ」
先輩隊員二人は私が結界を展開したのを見届けたあと、休憩のため宿へ戻っていった。
「まだ入隊二ヶ月だっていうのに、怖い思いをしたな。大丈夫か?」
グリモア先輩は私を気遣うようにして問いかける。
「はい、あの炎の鳥が来るまでは、正直生きた心地がしなかったのですが、助かりました」
「本当、間一髪だった。フェニックスが現れなければ、今頃この街は地獄に代わっていたかもしれない」
先輩の言う通りだ。
圧倒的な数との持久戦に負け、侵入を許していたらと想像すると身体が震えた。
「支部もフェニックスの救援を送ってくるなんてな。
そんな隠し玉を持ってるなら、最初からフェニックスを討伐に向かわせればよかったのに……作戦をミスったのかな」
首を傾げながらぼやくグリモア先輩に、ずっと気になっていたことをぶつけた。
「あの、そのことなんですが……あの鳥、やっぱりフェニックスなんですか?」
「ああ。図鑑通りの見た目だったよ」
では本部の夜空を巡回するように飛んでいたフェニックスと、同じものなのだろうか。首輪を見ればわかったのかもしれないが、そんな余裕はなかった。
「じゃあ契約者の方は、北東支部の所属なんでしょうか?」
「いや、おそらく違う。どこの部隊なのかはわからないけど、フェニックスの契約者は"白い死神"だと言われてる。
聞いたことない? 白い死神が通った後は、塵一つ残らないって」
「いえ、初めて聞きました」
そんなたいそれた二つ名の存在がいることすら、知らなかった。
「その死神と、再生と復活の象徴のフェニックスが組んでるんだから、なんて恐ろしい奇妙な組み合わせだと思ってたけど……
味方だと、こんなにも心強いんだな」
「そうですね……」
相槌を打ちつつ、頭で考えていたのは、もちろん"彼"のこと。
……ダリオさんは昔、フェニックスに二度も会ったと言っていた。
まさか――彼はその"白い死神"に昔から目をつけられていたんだろうか。
そして、試験のときに拉致でもされた?
(話が飛躍し過ぎてるとは思うけど、何かしら繋がりはありそうな気もする。その物騒な二つ名のついた人に会えば、ダリオさんの行方がわかるかも――)
「いずれにせよ、この非常事態宣言が解除されたら、打ち上げしような。命助かりました、記念だ」
「……はい! 必ずやりましょう!」
◇
さすがに魔力が足りなくなり、指の制御具を全て外す。
また一段、すっと軽くなる感覚が全身を駆け巡っていく。
それと同時に、彼女が自分の元へ帰ってきた。
〈見て回ってきたわ。シアトレの街にはいなかったけど、代わりにテラの街で戦ってたわよ〉
『テラの街……近いな。そっちに派遣されてたのか。というか、戦ってた? コカトリスがそこまで南下していたのか?』
〈気付かなかったの? ここも通過したはずだけど……ああ、あなたがここに結界を張ってたおかげね。それにしても鈍感過ぎると思うけど〉
『……まったく気づかなかった。それで、テラの街は? 無事か?』
〈ええ、威嚇したら散ったわ。ついでに、集団で人里を襲ったら報復するって脅しておいた〉
『最高だな。ありがとう、フェン』
〈ふふ……可愛い坊やのためなら、いくらでも。それじゃ、還るわね〉
『ああ、また』
フェンが姿を消し、魔力が持っていかれる感覚が止まる。
ふうっと息を吐き、指輪はそのままに、首の制御具を取り付ける。本当ならそのままにしておきたいところだが、ふとしたときの暴走が怖い。
ずん、と全ての感覚が曖昧になるが、展開している結界だけは緩めないよう意識を保った。
(――テラの街に彼女はいる。シアトレには向かわず、このまま列車を降りて街を目指せば、会える)
「ふふ……ぁぇる」
自分の口から笑いが溢れる。
気持ちが浮き立つのは、指の制御具を外している影響だけではないはずだ。
と、そこへ見たくもない伝書鳥が飛んできた。
笑みを消し、舌打ちをする。
『任務。ただちに北東支部拠点へ急行せよ。ただちに北東支部拠点へ急行せよ。繰り返……』
耳障りな伝令を繰り返す伝書鳥を、ぐしゃりと握り潰した。
「ここまで、きた、のに……っ!」
目の前が真っ赤に染まる。
が、首輪のおかげで事なきを得た。
忌々しい鎖だが、役には立っているらしい。
だが、それでも抑えきれず、ガンッと壁を叩き、怒りの衝動を逃がす。
討伐にしくじった奴らを全員締め上げるまで、この怒りは止みそうもなかった。




