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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第八章 私の入隊編

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71.正常な思考は一瞬です。

私は真面目さと勤続年数が取り柄の一介の事務員だ。

一カ月ほど前、より給与のいい本部勤務に異動願いを出し、特務部隊である第0隊の事務に配置されてしまった。


しかも、特務部隊は何かと極秘任務を扱うことが多いので、秘密保持により私は特務部隊勤務を解除されるまで、家に帰れないときた。

しかしこれも、娘たちの持参金を稼ぐためだ。

例え家族と離れて暮らすことになろうとも、いっときの我慢と思って、なんとかしがみついている。


ただ、なんとかしがみついてはいるのだけれども――一つだけどうにも我慢ならないことがある。


「私、事務なのに、なんで毎度出張先に帯同しないといけないんですか……」


北の僻地の駐屯地にて、一人ぼやく。

いや、一人ではない。

ここには副隊長がいたんだった。


「いいじゃねぇか。オッサンいたら何かと便利なんだよ。俺、隊長のお守りはオッサンに引き継いでいくつもりだから」


「……何度もいいますが、私は"オサン"です。"オッサン"ではありません」


俺らはマシな方といいつつ、気に入らないやつをボコボコにして帰ってくるキチガイな副隊長ノールは、いつも私のことをオッサンと呼ぶ。

彼も三十代半ばなので、若い子から見れば充分にオッサンなのだが、それを口にしたらボコボコにされたので二度と言わない。


「そういえば、朝から隊長を見かけませんが、今どこにいらっしゃるんです?」

「昨日の夜から一人で任務中だ。たぶん、帰ってきたら相当に荒れるぞ。覚悟しとけ」

「……」


「荒れる」という言葉は、ちょっと荒々しくなるなんてものではない。

むしろ、「暴れる」というほうが正しい。


一週間前、こことは別の拠点で任務に帯同したときは、彼の魔力暴走で滞在先の建物が文字通り吹っ飛んだ。

近くにいた隊員がとっさに結界を張らなければ、私は今ここにいなかっただろう。

ちなみに、隊長は建物を吹っ飛ばした後、副隊長に叱られて、状態再生なんていうおとぎ話の中の魔法で完全再現させていた。

叱る方も、叱られて異次元なことをする方も、私からしたら非常式な存在だった。


「最近気付いたんですが、隊長は本部から離れると機嫌が悪い傾向がありますよね」

「あー、言われてみれば確かにそうかもな。これまでそんなことも無かったんだけど、ここ最近は出先で百パーやらかしてるもんな」


彼のプライベートがまったく想像できないが、本部近くに大切な人がいるのかもしれない。

――いや、ちがう。妄想嫁がいるくらいだ、きっと別の理由があるのだろう。



さてそろそろ本部から持ち込んだ書類を処理するか、と立ち上がった、その瞬間。


「伏せろっっ!!!」

「!?」


突然、副隊長の怒号が響き、全力で床に身体を伏せた。

ほぼ間一髪のタイミングで、ドアから凄まじい爆風が飛び込んでくる。


(ああ、帰ってきちゃったんですね……)


こうなると書類仕事どころではない。

命を守るための行動を最優先しなければ、今日で人生が終わる。


ここへ配属されたときに配布された特級の防御石を握りしめ、身体を伏せたままの状態で、自分の周りへ結界を展開させた。

副隊長の方を見ると彼はすでに立ち上がり、対隊長の対策を講じようとしている。


「――クソがッ!」


吹き飛ばしたドアから入ってきた隊長は口汚い言葉を吐きながら、その辺に転がってる屑籠をガンと蹴飛ばす。

もちろん、木っ端微塵だ。


今日も禍々しいまでの魔力の渦が隊長の身体から漏れでているが、いつもよりどこか控えめであることに気付いた。


(あ、ちゃんと制御具を嵌めてる)


真っ白な髪から覗いている耳にはピアスが嵌められ、顔を押さえている指や腕にもそれぞれ制御具が嵌っていた。


「おお、エライな隊長。ちゃんと今日は任務後に制御具嵌めて帰ってこれたんだなぁ」


よく出来ましたと言わんばかりに副隊長が言うが、隊長は副隊長を眼鏡のレンズ越しにギロリと睨む。

これが私だったら失禁ものだが、そこはさすが副隊長、射殺すような視線を軽く受け流した。


そして「ただ、肝心の首輪がねぇじゃねぇか。減点だな」と余計なひと言を付け加える。


……本当余計だから止めて欲しい。

これは、さらに「荒れる」と身構えたのだが――


「意識を保っておきたいんだ……ノールさん」


(ん?)


今喋ったのは誰なんだと周りをキョロキョロと見渡す。


「あそこの地域の奴らの弔いのためだ。首輪があったら五感も思考も全部持ってかれるから、今日だけは勘弁して欲しい。せめて祈りを捧げてやりたい」

「あ、そうか。今日はあの封鎖地域に行ってたんだっけか。どうだった?」

「ちゃんと上の命令通りに跡形もなく消してきた」

「そうか。わかってるだろうが、その辺燃やすなよ?」

「ああ……ありがとう」


隊長、副隊長のやりとりを逐一見比べる。

あまりに普通に会話が成立してるので、自分がまともな隊に所属してるのかと錯覚してしまったほどだ。


この頭のおかしい隊長が、蚊の鳴くような声量で単語を喋るか、キレ散らかしながら娘たちには絶対聞かせたくない悪態以外の言葉を淀みなく発しているなんて。まあ、口にしてる内容は物騒だけれど。"跡形もなく"とは隊長のことだ、文字通りそうしたんだろう。


隊長はガリガリと頭を掻き、私を見て言った。


「……奥で仮眠してくるから、一時間後に起こしてくれ」


隊長が極々普通に頼んできたことに対し、なんともいえない感情がこみ上げる。


「は……はいっ! 了解ですっ!」


(やれば出来るじゃないか、隊長!)


ようやく反抗期を終えた息子に話しかけられた気分だ。

彼はそのまま奥のスペースへと姿を消した。


「いやぁ、今日の隊長はめちゃくちゃまともじゃないですか!」

「まとも、ねぇ……」


私の言葉に、なぜか副隊長は苦笑する。


「オッサン、念のため首輪用意しといて。俺の予想じゃ、たぶん持たないから」

「え、持たない、ですか?」


何を言ってるんだろうか。

さっきの様子ではかなり落ち着いていたし、仮眠すると言ってたのだから、より大人しくなると思うのだけれども。


そんな考えが私の表情に出ていたのだろう。

「やっぱオッサンに隊長のお守りを引き継ぐには、少し早いな。あの人の導火線は全身にあって、静電気のように一瞬で爆発するんだよ」なんて言われてしまった。


――そして、彼の勘は正しかった。


ドンッという既視感を感じる音が奥から聞こえてきた。


「ほらな」


言わんこっちゃない、と言わんばかりに副隊長が顎で奥を指すと、ゆらりとした足取りで白い死神がこちらへ戻ってくるのが見えた。白髪をぐしゃぐしゃと掻き、眼鏡の奥の赤い瞳に怒りが漏れ出ている。


「ぉれの――もってきた、ほんに、"しぉり"が、はさまってなぃ!」


イライラした様子でたどたどしく告げる彼に、副隊長は呆れたように言う。

……さっきのまともさはどこへ消えたんだ。


「どうせ本部のアンタの居室に忘れてきたんでしょ。こっち来てから俺は見てませんよ」


確かに、隊長は暇さえあれば本を読んで栞を挟んでいるが、今回はまだ本を開いてる姿さえ見てなかった。


「――ぁれがないと、ねれなぃ、だろうが……っ!」


そんなこと、こちらからしたら知ったこっちゃないが、彼にとっては魔力暴走するくらいに死活問題らしい。

みるみるうちに部屋の温度が上昇し、これはまた結界を張らないと死ぬな、と思っていたのだが。


「オッサン、首輪!」


(あ、そうだった)


慌てて副隊長に予備で持ってきた首輪の制御具を放り投げる。

彼はそれを素早くキャッチすると、手慣れた様子で隊長に装着した。


「忘れたもんはしゃあないでしょ。目瞑って横になっときな。徹夜で疲れてんだから、すぐ眠れるだろ」


副隊長に雑に言われた隊長はというと――


ポロポロポロ……


(!?)


なんと、涙を流し始めた。


「む、むり……ぁれ、なぃと、ねれなぃ……ゎすれられちゃぅ……」


この年の大人が忘れ物で泣くという衝撃で、口をあんぐり開けて固まってしまった。

――しかも、それがさっきまで爆発寸前だった隊長だから、余計に、である。


(制御具のせいとはいえ、情緒が不安定過ぎるだろ!)


「あ~だから前も言ったじゃないっすか。大切なもんくらい出かける前にちゃんとチェックしろって」


まるで母親のような言い方だ。うちの嫁も昔、娘たちが自業自得で泣いたときによく言っていた。


隊長の涙は止まらない。炎のような真っ赤な瞳から、大粒の涙が次から次へと溢れ出ている。

表情は薄いのに悲しいというのは痛いほど伝わってきて、思わずこの男をどうにかしてやりたい衝動に駆られてしまった。


(あ、そういえば)


ふと、今回の荷物に妻の押し花の栞の一部を持ってきたのを思い出した。

妻が自分の作品を軍で売って少しでも金入りを良くして欲しいと、配属前に大量に持たされていたのだ。


慌てて自分の荷物の中から、隊長が持っていた栞と似た花のものを探し、それを手渡す。


「た、隊長。これは妻が作った作品なんですが……隊長の栞と同じネモフィラの花です。今日はこれで代わりになりませんか?」


恐る恐る隊長へ差し出す。

首輪のおかげで大人しくなっているとはいえ、怖いものは怖い。

さながら狂犬にオヤツをあげる気分である。

隊長は私が差し出した栞を見て、パタりと泣くのを止めた。

震えるようにして栞を受け取ると、それを胸に抱き締めて呟く。


「ょヵった――ねもに……ぁぇた」


涙を拭かずに笑う顔は狂気。

それも無駄に整っているのだから質が悪い。


彼はネモフィラの花の栞を何度も「ねも」と呼んだ後、

「ぉっさん、ぁりがと」

とお礼を述べて再び奥へ引っ込んでいった。


「私はオサンです」


その背に向けて、いつも通り名前の訂正をさせてもらう。

すると、副隊長から背中をバシッと叩かれた。


「いやぁお手柄だな、オッサン! やっぱ俺の後継はアンタしかいねぇわ!」


「ほんと勘弁してください……」


情緒の波が激し過ぎる上司など、一介の事務員である私の手には負えない。


後半戦の序章となる第七章おわり。


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