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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第八章 私の入隊編

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70.入隊後初めて羽根を伸ばしました。あの人と。

「ネモ」


名前を呼ばれて振り返ると、彼が自分の腕の中に私を閉じ込めた。

私はそれに抵抗するはずもなく、彼の胸に自分の身体を預ける。


「エンデ先輩――今日も会えましたね」


ただ会えただけなのに、それはなぜか奇跡のようで。

私が噛み締めていった言葉に、彼は柔らかな笑顔とともに、そっと私の髪を梳いていく。


「私、先輩とこうして会えるから、毎日頑張れるんです」


つらい訓練も、あなたのためなら乗り越えられる。


「だから、早くあなたに会いたい――」


そう口にした途端、彼の手が止まった。


(あれ?)


どこか、違和感に気付く。


私は今、こうして彼に会って、彼に抱き締められてるというのに、なんでそんなことを口走ったんだろう。

慌ててばっと顔を上げると、彼の顔が見たことがないくらいに悲しいものに変わっていた。


「あ……」



――ビービービー



突如として、場違いなアラームが響く。


薄っすら開いた視界に入ったいつもの天井を見て、一気に現実へと引戻された。


「あ~……」


けたたましくなる目覚ましを止め、しばらくぼうっとする。


「ああ、今日もなんかいい夢見たはずなのに……また忘れた」


何か幸せな夢を見たことは覚えてるのに、どうしてもそれを起きたときまで覚えていることができなかった。

でも、毎朝幸せな気持ちで起きることができるので、たとえ昨日つらいことがあっても、全て翌朝にはリセットされる。

この夢のおかげで、毎日の厳しい勤務に耐えることができているといっても過言ではなかった。


(今日で入隊から一カ月か……。自分が軍に入ったなんて、まだ実感ないや)


一週間に渡る新人指導で、身体も性根もボッコボコにへし折られ、強制的に根性を叩き直された。


指導後も早朝訓練、合同訓練、巡回、外回りと、私は魔法使いとして採用されたと思っていたが、ガッチガチの肉体労働に、毎日身体が悲鳴を上げていた。


キリク班は緩そう!なんて、思った私は馬鹿の極み――

やはり、第一部隊は第一部隊だった。


(でも、ついに! ついにだ! 今日は念願のお休み!)


前からシャノンさんと休みの日にお出かけしようと言っていたのだけど、これまで二人の休みが合うことはなかった。

というのも、基本的に私の休暇は不定期だから。

でも、今日になってようやく私とシャノンさんの休みが重なり、久しぶりに二人で会うことになったのだ。


「何着ていこうかな~」


前回急なプロポーズを受けてから、彼にはまだ何の返事もしていない。

返事をしないまま会うのは若干気まずい気もするけれど、シャノンさんは一年は待つと言ってくれていた。

だからこそ私も変に意識しないほうがいいだろう。


(早く会って、軍の話を色々と共有したい!)


それくらいに、積もり積もったものがあった。




「ネモ、お疲れ様」

「シャノンさん! 一カ月ぶり!」


軍本部からほど近い場所にある、少し栄えた街で待ち合わせをしていた。

シャノンさんが住んでいるところとも、程よく近く、勝手がよかった。


シャノンさんはいつもの大人の装いで、一カ月前に見たときと様子は変わらない。

それに対して――


「なんかめっちゃ引き締まったね?」


彼は私を上から下まで眺めて言った。


「ヤバい日々を過ごしてるからね……あとでじっくり話聞いて」


げんなりしながら答える。

日々の成果が身体にも表れているようで何よりだけど、口にした通り本当にヤバいのだ。本当毎日よく倒れないな自分、と思う。


「ふふ、いくらでも聞いてあげるよ。

それじゃあ、立ち話もなんだし、どこかお店でも入ろうか」

「うん」


二人で歩き出したとき、自然と手を取られた。


(あ……)


そのまま指を絡めて、緩く握り込まれる。


「し、シャノンさん?」


今までにない予想外の動作に、戸惑いながら問いかける。


「ん?」

「いや、手……」


(なんで繋いでるの)


私の視線を受け流し、彼は飄々と言った。


「たまにはいいでしょ。天気もいいし」

「て、天気は関係ないよ」

「じゃあ俺の気分ってことで。久しぶりにネモに会えたからね、こう見えて、喜んでるんだよ」

「そう、なんだ……」


おかしい。

一年は待ってくれるはずでは無かったのだろうか。


(こんな風に露骨にアピールされると、どうしていいかわかんない……)


これまで師匠と弟子だったポジションから変わりつつあることに、気恥ずかしさがこみ上げる。

私の顔はきっと赤い。

俯きながら無言で歩いていく。

早くどうにかしたくて、直ぐ側にあったお店に入って、冷たい飲み物を頼んだ。



「軍はどう? やっていけてる?」

「うん! なんとか食いついてるよ」


手が離れた途端、すぐにいつもの調子を取り戻すことができた。

さっきまでとは打って変わって、前のめりで話をしていく。


「私、第一部隊の第三班ってところに配属されたんだけど、そるがめちゃくちゃ厳しいんだよ!

みんな普段は優しいのに、訓練や任務中は人が変わったように怖いの。私はいっつもボロクソにやられてるよ。

しかもさ、『最初は期待の新人フィリアス』って言われてたのに、今じゃ『ポンコツフィリアス』って呼ばれてるんだけど、ひどくない!?」


「はは! 良かったじゃないか、『ポンコツ』はネモの称号だろ? まさか、軍に入っても同じあだ名がつくとは」


「全然よくないよ! 私はポンコツは学園時代に卒業したつもりだったの! まさかここに来てカムバックしてくるとか、本当にない……」


実際、新人指導の後、すぐにこのあだ名はつけられた。


「フィリアス……きみ、本当に魔法学科の優等生だったんだよね?」


キリク班長を含め、みんなにこぞって言われてしまった。


(どうせ私は結界とクロの使役以外は平均以下ですよ!)


何かを人より極めればそれは武器になる。

そうやってシャノンさんに鍛え上げられ、卒業時には魔法学科代表にまで選ばれたのだ。


……逆をいえば、他はポンコツのまま。


「でもこの一カ月、その厳しさにちゃんとついて行ってるだけでもエライよ」

「そうかな?」


確かに、根性だけは褒められた。

実はビリー先輩の後にも毎年新人を取ってたらしいけど、すぐに根を上げて異動や退所をしてしまったらしい。


私が軍のあれこれを話していると、頼んでいた飲み物がテーブルに置かれた。

クリームの乗った冷たいココアを一口飲み、ほっと息をついて本題に入った。


「それで、ダリオさんのことなんだけど……」


グラスを置いて、改まって話し始める。


「第一部隊に……ダリオさんの所属は確認できなかった。それに、先輩隊員に名前を言っても、誰も彼のことを知らなかった」


私の言葉に、シャノンさんは視線を伏せた。


「うん」


「……なんとなくだけど、そんな予感はしていたよ」


彼は手元のカップをソーサーへ置き、首を傾げて私に尋ねる。


「第一部隊って花形って言われているくらい、目立つ部署なんでしょう?」

「うん、そうだね。実戦がメインだから、そういったことを希望する人にとっては、なんだろうけど」

「もしダリオが普通に入隊してたら、間違いなくそこへ配属となったかもね。遠征授業中も、確か第一部隊の隊長からスカウトが来てたくらいだから」

「え、それ初耳なんだけど!? ダリオさんがスカウトを受けてたのって、第一部隊だったの?」


当時、ダリオさんが軍からスカウトを受けていたっていうのは有名な話だった。けれど、どこの部隊から、というのまでは聞いていなかったように思う。


「じゃあ尚更、第一部隊にいないとなると――」

「いや、正確には、当時第一部隊に所属していた隊長個人から、かな。あのとき、ダリオが連れて行かれた最前線には、特別編成が組まれていたらしいからね。

だからもし、その隊長が別の部隊に異動していたなら、そこに引き入れられた可能性はある」

「なるほど、個人的な関係でスカウトされているとすると、確かにそうですね」


納得した私に、シャノンさんは続けた。


「そしてそこは、軍の内部でも表には出ないような部隊なのかもしれない」

「え?」


どういう意味だろうか。

彼が言った内容に理解が追いついていない私に、シャノンさんは噛み砕いて理由を説明していく。


「入隊試験の途中で、受験記録すら書き換えられてるんだ。個人の存在を抹消した者しか入れないような、秘匿にされた部隊があってもおかしくない。そしてダリオはそこにいる、と俺は想像してる」

「個人の存在を抹消……秘匿部隊……」


シャノンさんの言葉を口の中で反芻する。

確かに、言われたことに妙な説得力があった。

五年前、シャノンさんとイリス平原近くの軍施設に行ったとき、私たちを追い払った事務員の対応は、明らかに何かを隠しているように思えたから。


「私、先輩隊員に聞いてみます。そんな部隊があるのかって」

「一応注意しておくけど、聞く相手は慎重にね。腐っても軍だ。もし、何かダリオの件が機密にあたるようなものだとしたら、最悪……消されるよ」

「ひっ」


消される、と聞いて身震いする。

入隊してわかったことだけど、軍なら本当にやりかねない。

平然と倫理的にアウトなことをやってのける特殊な団体なのだから。


「まあ、まだ一カ月しか経ってないし、今はダリオのことより、自分のことをしっかり優先して」

「……ありがとう、シャノンさん」


まだ、一カ月。

でも、もう一カ月も経ってしまった。


なんの手掛かりもないまま働いている日々に、時々不安になるのだ。

このまま――彼のことを忘れてしまうんじゃないかと。


「……」


少し気分が沈んでしまったので、ココアを一口飲んで、甘さで気持ちを落ち着ける。


そしてふと、「そういえば」と重くなった話題を変えるべく、気になっていたことを口にした。


「話が変わるんだけど、軍に、フェニックスを使役してる人がいるの。最近夜になるとずっと敷地内を巡回してるんだけど、ダリオさんの伝書鳥にそっくりなんだよ!

シャノンさんも見たらびっくりすると思う」


初日に炎の鳥の幻獣をチラっと見てからというもの、毎晩のように彼の鳥は飛んでいた。

まるで何かを探しているかのように。

最初、ノラなのかと思ったけど、首に従属契約の赤い首輪が見えたので誰かに使役されているらしい。

キラキラと綺麗な炎を燃やしながら夜空を飛んでいる姿は、星空よりもよほど綺麗だ。


「へえ。軍に上位種を従えてる奴がネモ以外にもいるってことか。やっぱり軍は面白いな、色んな人材がいる」

「今からでも魔法省辞めてこっち来る? シャノンさんならいつの間にかトップまで上り詰めてそう」


魔法省のエリートのチート先輩は、間違いなく軍でもエリートコースに乗れるに違いない。


「俺は訓練とか大嫌いだからね。向いてないよ」

「あ、納得」


確かに、突飛なやり方を好む彼は、地道な訓練は向いてない気がする。

 


その後、シャノンさんの方の近況を聞いたり、街歩きをして一日を過ごした。


そのときも手を繋がれてしまい――

まるで、シャノンさんとデートをしているような気分だった。


最初は複雑な気持ちでいたけれど、二人で過ごす時間は楽しくて、久しぶりに思い切り羽を伸ばすことができた。




――そんな大満足な時間を過ごした日の夜。

また、夢を見た。


隣には先輩。

場所はいつものあの場所。


先輩が私の手をとって指を絡める。そのまま手を繋いで、二人で森の中をゆっくりと歩いていく。

今日一日を過ごした彼とは違う感触で、なんだか()()()()()()……なんて思ってしまった。


「ネモ」


耳元で低い声で囁かれる。

「どうしたの?」と彼を振り向くと――


「俺を忘れないで」


手の感触が――消えた。




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