68.配属先の決定と予想外のプロポーズに困惑気味です。
「はああ~……疲れたぁ」
シャワーを終え、髪が湿ったままの状態で、自室となった軍の独身寮のベッドへダイブする。
入隊式が終わり、新人たちはその場で自分たちの所属が告げられた。
私の配属先は、第一部隊。
内定後の第一希望通り、有事の際は最前線での戦いを強いられる部隊へと配属となった。
第一部隊は本部に拠点を置くため、第七~第十までの地方拠点と違って配属先までの移動の必要がない。そのため明日から早速勤務が始まる。
(順調、順調。良かった、女子だからって内勤部隊に配置されなくて)
新人のうちは、地方への配属が多いと聞いていた。さらに言えば、女性隊員は内勤の部署への配置が多いという噂も聞いていたので、少し覚悟していたのだ。
……だって、彼の行方を捜すのに出遅れてしまうから。
「でもまさか、花形部署って言われてる第一部隊にへっぽこの私が配属されるなんて……ほんと、世の中何が起こるかわかんないな……」
ここは学園寮と違って一人部屋なので、私の呟きは全て独り言だ。けれど、一人だからこそ気にせず呟きを声に出す。
「第一部隊に――ダリオさんは、いるのかな……」
五年経った今なお、彼を諦めることなど出来なかった。
むしろ、彼に会うのを諦めないために、これまで学園で必死で学んできたのだ。
途中何度か――特に四年生のときの遠征授業で心が折れかけたけど、ダリオさんに再会するためだと思うと、なんとか踏ん張ることができた。
ポンコツコンビのユリシスは、同じく本部に拠点を置く第二部隊の所属となったらしい。近くに友人がいるというだけで、かなり心強い。
ちなみに、元々軍への就職を希望していたキアラはというと、なんと一年のときの異学年交流授業で知り合ったゲルド先輩と、卒業と同時にできちゃった結婚をした。今はもう臨月に差し掛かっており、彼女は在学中の妊娠トラブルもなんのその、意地で学園を卒業した。
「私も軍希望だったのに」
と、夫婦で軍隊に就職するという念願が叶わず、ひどく残念そうにしていたが、なんやかんやで幸せそうである。
夫のゲルド先輩は軍の第三部隊所属らしいので、同じ本部に拠点を置く者同士、そのうちきっと会えるだろう。
そして、五年間ずっとルームメイトだった、私の一番の親友のカタリナは、入所試験を経て魔法省の薬剤部へと就職を果たした。
「私たちは離れていても友達以上血縁未満の友情で結ばれてるんだからね!」と、寮の最終日には肩を抱き合って泣いた。
たとえお互いに忙しくなっても、年に一度は会おうと約束をして――。
(それにしても、家族もカタリナもいない夜なんて、寂しすぎる)
今日は入隊式ということもあり、精神的にも肉体的にも疲れていたのだが、今度は寂しくて眠れない。
そんなときは――クロの出番だ。
彼との契約から早五年。
いまだに人恋しいときは、クロのお世話になっている。
『クロ』
すぐに呼び掛けに応えて姿を現したクロだったが、見慣れない部屋に顔をキョロキョロさせる。
〈――む、新しい部屋か。前より居心地は良さそうだな。他に誰もいないから、一人部屋か〉
「うん、学生寮と違って各部屋に洗面もキッチンもついてるよ。けど……寂しいよ」
そう呟くと、クロは大きな身体を私に擦り寄せ、顔を舐めた。
〈すぐ慣れる〉
「そうかな。当分、毎晩あなたを抱いて寝ることになると思うよ」
〈私は一向にかまわない〉
「ふふ、ありがとう。あ、そうだ」
抱きしめていたクロの身体を一度離し、私の配属先について共有する。
「私、軍本部の第一部隊に配属になったよ。たぶん、クロの出番もこれまでより増えると思うんだけど……大丈夫?」
〈今さらなんだ。気遣いは不要、主の思うようにこの身を使うといい。契約獣にとっては、主の望みが一番なのだから〉
「うん――ありがとう。それと、できれば……実体になってるときは、なるべくダリオさんの匂いを探してほしいの。
もし、彼の痕跡があれば、何を優先しても教えて欲しい。ただ、ここは学園と違って制限も多いから、厳しいかもしれないけど……」
〈承知した。ダリオの匂いなら、シャノンと違って嗅ぎ分けがいがある〉
「ほんと、いつまで経っても仲悪いよね……クロとシャノンさん」
「グルルルル」
唸るクロ。
シャノンさんの名前を出すたび威嚇するのはいつまでたっても直らない。
〈シャノンといえば……主はアイツをどうする気だ〉
「どうするって?」
〈番になるのか?〉
「へ!? いや、それは」
まさかクロからこんな話を持ちかけられるとは思ってなかった。ダラダラと冷や汗が流れ落ちる。
たぶん……卒業式の翌日、実家で話していたことを彼は気にしているのだろう。
(私、たぶんめちゃくちゃにずるいことしてる――)
そのときのことを思い出し、一人頭を悩ませた。
◆
退寮手続きも終わり、シャノンさんと実家へ転移したあと、私たちは二人で私の自室にいた。
私はクロをモフモフし、シャノンさんは窓際に立って母に入れてもらった温かいお茶を飲んでほうっと息をついて一息つく。
そうしているうち、彼が口を開いた。
「それで――。ネモは軍に入って、いつまでに片を付けるつもり?」
唐突に問われ、私はモフモフの手を止めた。
「いつまで、か。そうだなぁ……」
今までなら、「いつまでも」、と答えていただろうけど……。
内部に潜り込んだところで何の情報も得られないなら、別の可能性を探したほうがいいのかもしれない。
「じゅ、十年、とか?」
「長すぎる」
適当に言った結果、間髪入れずに否定されてしまう。
「一年だ」
シャノンさんが有無を言わさない口調ではっきりと言った。
「一年探ってみて、それでも手掛かりが得られないなら、見切りをつけて」
彼の言ったことに、驚きで目を見開く。
まさか、これまで協力的だったシャノンさんの口から、そんな言葉が出るとは。
「そんな……見切りって……」
ダリオさんのことは諦めろ、と暗に言われ、目の前が真っ暗になる。
「ああ、違うよ。何も、もう探さないでって言ってるわけじゃない。そうじゃなくて――」
シャノンさんはいつもの緩い微笑を潜め、真剣な表情で私を見つめて言った。
「一年経ったら、俺と結婚して欲しい」
「え」
(結、婚?)
彼の口から出た言葉に一瞬理解が追いつかず、思考が停止する。
ただ、頭とは違って、胸の鼓動はいつもの倍で動きはじめた。
「え、け、結婚? え、私とシャノンさんが?」
「そうだよ。家族になるんだ」
「え、ええっ!?」
私たちはダリオさんを探す同士であり、師弟関係。
これまで私は彼の胸を借りたことは何度もあったが、そこに恋愛感情はなかったし、今までにシャノンさんとそういう雰囲気になったことすらない。
「わ、私たちそういう関係じゃなかったよね!?」
彼が私に恋愛感情を持っていたとは思えない。
シャノンさんの意図がまったくわからなかった。
「そういう関係にならないよう、俺がずっとアイツに遠慮してたんだよ」
"アイツ"、というのはダリオさんのこと。
(遠慮って――じゃあ、この人はずっと)
「ネモ。俺は一年待つ。今のような、君の師匠であり同士といった関係を、一年は続けてあげる。でも――」
少し熱を持った視線が、私を捉えた。
「一年後、もう、遠慮はしない」
「……」
いつものからかい混じりの態度とは違って、シャノンさんはずっと真剣で。
(私も、正面から返事を返さないといけない)
「あ、えと……」
けど――
頭ではわかっていても、突然のことに気持ちが付いていかない。
うまく返事が出来ない私に、シャノンさんは「いいよ」と言った。
「まだ、焦って答えを出さなくていいから」
「また……人の考えを読まないでください」
「君は分かり易すぎるから」
クツクツと苦笑を漏らすシャノンさんは、いつもの彼に戻っていた。
「さあ、この話は終わりだ。落ち着いたら下に降りてこいってお兄さんから言われてなかったっけ?」
「あ、そうだった。なんか庭に雑草が繁殖してるからなんとかして欲しいって。帰ってきたばかりなのに、人使い荒いんだから……」
その後、何事もなかったかのように彼と私の家族で一日を過ごし、私は一週間の休暇を終えた。
◆
「まだ、家族になると決めたわけじゃないけど――。可能性は……なくは、ないかも」
だって、嫌いなわけではない。
今までシャノンさんのことをそういう目で見たことがなかっただけで、彼は包容力は抜群だし、何気に気も合う。しかも仕事面でも、魔法省の研究部門で順調に出世しており、容姿も悪くない彼は、結婚相手としては飛んでもない優良物件だ。
そんな彼は今まで一向に恋人を作ろうとしなかったので、恋愛ごとに興味がないのだと勝手に思っていた。
まさか……自分をそういう相手に考えてくれていたとは。
人間、好意を見せられたら多少なりともその相手を意識するだろう。今、まさに自分がその状態だ。
(でも――)
心に思い浮かぶのは、ダリオさんのこと。
最後に会ってからもう五年も経っているので、あのときとは容姿も変わっているかもしれない。
けれども、あの燃えるような炎の瞳は、いつまでたっても自分の頭の中から離れることはなかった。
腕につけっぱなしのブレスレットに目をやり、自分の心に問いかける。
(――彼を諦めたくはない、よね)
それなのに……
(私、本当にずるい)
黙り込んだ私に、クロがすんっと鼻を鳴らす。
〈まあ、最近のシャノンなら、私も許してやらんこともない〉
「なんか、お父さんみたいだね、クロ……」
大きなモフモフのクロとも、いつの間にか家族以上の絆が生まれている。
その一方で――ダリオさんとの関係は、五年前から止まったままだ。
(そろそろ、気持ちも前に進まないといけないのかな……)
そんな憂鬱な気持ちで、ふいに窓の外を見上げた、そのとき。
「え?」
視界の端に、何か赤い光が見えた気がした。
すぐに立ち上がって窓の方へと駆け寄る。
空の向こうへ、一羽の鳥が飛んでいくのが微かに見えた。
それは、ただの鳥ではなく、真っ暗な夜でも光を放っていて――
「炎の、鳥……」
私の言葉に、クロも身体をすくっと立ち上がらせ、窓辺へと身を乗り出した。
〈……ちがう〉
クロが否定する。
〈あれは幻獣だ。鳥でも、魔法でもない〉
「え。そうなの?」
てっきり、記憶の中にある、あの魔法だと思ったのだが――
〈ああ。大体、大き過ぎるだろう。しかも魔力じゃなくて幻獣としての実体がある〉
「うーん、実体かどうかの区別は私にはわからないんだけど、そうなんだ……」
頂点まで達していた気持ちが、ひゅんっと一気に萎んだ。
(一瞬、ダリオさんの伝書鳥かと思った)
でも、よくよく考えて見れば、ここは軍施設。
寮とはいえ、伝書鳥の使用は制限されているから、こんなところを飛んでいるはずがなかった。
きっと誰かが契約獣を飛ばしていたんだろう。
「……もう寝ようかな。じつは明日、めちゃくちゃ早いんだ」
〈わかった〉
二人してベッドへダイブし、いつものようにクロを抱き締める。
さっきまで眠気はなかったというのに、温かい毛並みのおかげですぐに睡魔がやってきた。
そしてその夜――
私は久しぶりに、夢を見た。
森の中で私が「エンデ先輩」と彼のことを懐かしい呼び方で呼び、二人してクロを追いかけ回すのだ。
そこに炎の鳥も現れて、手分けして二匹を追いかける。でも、全然捕まらなくて――
「捕まえた」
耳元で、彼の低い声が聞こえた気がした。




