64.先輩が消息を絶った場所へ行きました。
ラース先輩に試験地まで手掛かりを探しに行きたい旨を相談したところ、彼はすぐに快諾してくれた。
突撃訪問では軍事施設だし門前払いされるだろうと、ヨシュア先生の協力を仰いで、現地に学園の生徒二人が訪問すると、事前に先方へと連絡を入れてもらった。
そのときに併せて先輩のことを問い合わせてもらっていたのだが、まだ向こうからの回答は来てないらしい。
結局、現地に行くのはその週の週末日になった。
本来なら列車とバスを乗り継いで三日はかかる距離を、半日で行く弾丸ツアー。途中、魔力の回復が必須なので、近くの宿で一泊するプランだ。
カタリナにそのことを伝えると
「え、それ、エンデ先輩以外の男の人と旅行することになるんじゃ……」
と心配されてしまった。
(これは旅行じゃない。調査だ――ダリオさんが、無事かどうか確かめるための――)
◇
「おはよう、ネモ。体調は万全かい?」
「おはようございます。ラース先輩。はい、体調も魔力もバッチリです!」
休暇中に食欲が落ちて貧血気味だったが、今週はなんとか食事を詰め込み、先輩のことを思い出しながら無理矢理に寝た。
おかげで、ここ最近で一番調子がいい朝を迎えることが出来たと思う。
「よし、じゃあそこの魔法陣の中に立ってもらえる? 行き先はもう設定済だよ」
「わかりました」
今いる場所は、ラース先輩の所属する研究室の一角。
大人四人くらいが入れる大きさの魔法陣が、床に描かれている。
ラース先輩曰く、卒業研究で造った試作品の魔法陣があれば、呪文だけのときと違ってより遠方に転移できるのだそうだ。
帰りは勝手知ったる学園が座標になるから、その場で即席で魔法陣を作るらしい。
(うん、天才怖い)
これがあれば列車やバスなんかの輸送業は廃業になるんじゃないだろうか。
実用化にはまだ何十年とかかるってラース先輩は言っていたけど、逆を言えば何十年か経てば、世間に出回っている未来が待っているのだ。
先輩も魔法陣の中に立ち、荷物を持つ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
私の言葉を合図に、ラース先輩が呪文を唱え出す。指パチンの省略ではなく、しっかりと両手を合わせ長い呪文を詠唱していく。
そのうち、目の前が真っ暗になり――
瞬きする間に、目の前の景色が変わっていた。
空はさっきまで朝日が差し込んでいたのに、すっかり日が傾いている。
室内だったはずが何にもない広場に二人だけ立っており、転移が完了したことがわかった。
「やっぱり遠いねー。俺の魔力すっからかんだよ! いま魔獣とか現れたら対処出来ないから、そのときはネモ、頑張ってね」
「遭遇しないことを祈ります」
私の使える攻撃魔法なんて、たかがしれてる。
逃げ切るような足の速さも持ち合わせてないので、運悪く出くわさないことを願うしかない。
「というか、さっきまで早朝だったのに、もう夕方前になってるんですが」
「物理法則を曲げて来てるからね。そりゃ時間も経つよ」
「……」
さも当然でしょ、という風に言われるが、私の頭ではまったく理解出来そうもない。
「それより、試験を受けた奴らの話では、ここに施設があるはずなんだけど……」
ラース先輩は眉根を寄せて辺りを見渡す。
私もぐるりと一見し、見たままのことを口にした。
「……焼け野原ですね。まるで、激しい戦いがあったかのような」
私たちが立っている広場というのは、石と植物が燃えたような煤、炭化した木々、それが遠くまで延々と続いている。例えるなら、戦場跡、という感じだった。
「一応、こっちは建物跡みたいな基礎部分が残ってるけど、最近まで建ってたのかな。それにしては、瓦礫が少ないけど……」
「人の手が入って撤去でもしたんでしょうか。でも、これだと誰に話を聞けばいいのやら」
ここに来る前まで、試験会場となった場所は、何百人と言われている受験者を収容する施設が軒を連ね、その中の一つに事務所が構えられてる、なんていうものを想像していた。
だけど、ここは建物はおろか、人っ子一人、動物も、魔獣すらいない。
「教えられた場所、本当に合ってます?」
「もちろんだよ。俺は疑い深いから、あらゆる人に聞いてちゃんと試験地の場所を特定したんだから」
「ですよね……」
ラース先輩がミスをするとは思えない。
じゃあ、やはりここが試験地だったのだろう。
一カ月もしない間に、軍が撤退したのか、それとも。
「ねえ、ネモ」
一人思案していると、ラース先輩に呼び掛けられた。
「はい」
「ちょっとクロを呼んでくれないかな? 気になることがある」
「? はい、いいですよ」
急にクロを要求されたので思わず眉をひそめてしまったが、先輩の言葉に従ってクロを呼んだ。
〈――なんだここは。主の実家でも学園でもない……戦場か?〉
「ううん、軍の入隊試験の会場となった場所」
私たちが会話をしていると、ラース先輩がクロに近付いて問いかけた。
「クロ、悪いんだけど、この場所からダリオの魔力の匂いを嗅ぐことはできるかな?」
クロは鼻をすんと背ける。
〈……嗅ぎ分ける必要などない〉
「どういうこと?」
私の問いに、クロは低く唸る。
そして次に告げられた内容に、ラース先輩と二人、言葉を失うことになる。
〈この場所からは、ダリオの魔力の匂いしかしない――〉
◇
トントン
「はい」
「俺だよ。入ってもいい?」
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、ラース先輩。
普段明るい茶色の髪が少し湿って焦げ茶になっている。どうやらシャワーを浴びたばかりらしい。
「明日どうするかを話しておこうと思って」
「はい、あ、そこ座ってください。私はベッドに座るんで」
そう言ってサイドテーブルの椅子を勧める。
ラース先輩は「じゃあ遠慮なく」と椅子へと腰かけた。
今、私たちはあの焼け野原から移動し、近隣の町の宿までクロに連れて行ってもらっていた。
「今日はお疲れ様」
「いえ、一番疲れたのはラース先輩だと思います。魔力の回復具合はどうですか?」
なにせ長距離転移をやってのけたラース先輩だ。その後、辺りをウロウロと徘徊したこともあり、相当疲労が蓄積しているに違いなかった。
「順調に回復してるよ。明日までには満タンになってるだろうから転移は任せて」
「本当に、ありがとうございます……」
声のトーンは元気なものの、やはりその顔は疲れているように見えた。
「結局、クロでも、魔力の跡は追えませんでしたね」
「そうだね……」
あの後、先輩の魔力を辿れば、今いる場所に辿り着けるのではないかとクロの鼻を頼りに歩き回ってみたのだけど、その痕跡はすぐに途切れてしまっていた。
日も沈みかけており、治安の面からも危ないということで、早々に移動した。
その際、焼け野原をずっと駆けていったのだけど、相当な範囲が燃えているようだった。まるで、何日もの間、山火事が続いたかのような……
「明日は、ヨシュア先生から聞いていた、もう一つの軍事施設に早朝から行く予定だけど、集合時間は何時にしようか。
ここからクロに連れいってもらったら、三十分もかからないと思うんだけど、」
「ねえ、ラース先輩」
ラース先輩の言葉を遮って、彼の顔を真っ直ぐに見つめる。
「ん?」
どうしたのかと先輩は首を傾げるが、その顔を見るに、私が今から言い出そうとしてることなんて、きっと想像もしていないのだろう。
「……ダリオさんは」
名前を口に出すと手に自然と力が入り、思わずシーツを掴む。
これまで決して言いたくなかったことを言おうとしている。
「もしかすると……」
自分の口から出た声は、ほんとに微かなもの。
「……あそこで……、死んじゃったのかな……」
「ネモ!」
――ずっと頭の片隅で考えていたことだった。
届かない伝書鳥。
誰もわからない行方。
途切れた魔法痕。
もう――そうとしか考えられなかった。
目の前が歪んで揺れる。
ポタリ、と熱いものが頬を伝ったのがわかった。
「あ、明日……本音を言うと、行きたくないんです。
もし、軍の人から、本当にそうだと伝えられてしまったら……わたし……」
きっと、正気じゃいられない。
そんな最終宣告だけは、どうしても聞きたくなかった。
「ネモ、しっかりして。まだ決まったわけじゃない」
「でも、ラース先輩も一度は思いましたよねっ!?」
涙が流れているのにも構わず、感情のまま叫ぶ。
「私、宿に着いてからも、伝書鳥を送ってみたんです。
でもやっぱり結果は同じ、『受信先不明』でした!」
ここからならちゃんと届くかも、と思った伝書鳥も、結果は一緒だった。
飛んでいかない伝書鳥が消える様は、まるで彼の命の灯火を表してるかのようで――
「もう」
「あの人は――」
「……ネモ」
低い声でラース先輩が私の声を遮った。
「それ以上言うと……俺は本気で怒る」
初めて見るラース先輩の怒りをたえた表情に、一瞬息を呑む。
「もし、ネモが明日関係者に会えないというなら、ここで待っててもらってもいい。俺一人で話を聞きに行く。
ただ……」
「そのときは、結果がなんであれ、ダリオは生きてるって俺は君に伝える」
「!」
「いいね?」
「……」
(私は……本当にそれでいいの? 真実から目を背けて、私は満足なの?)
「……ごめんなさい。私、甘えてました」
腕で涙を拭う。
「集合時間は、軍事施設が開く時間に合わせたいです。――私も一緒に行きます」
「……うん。いいね」
そう言うと、ラース先輩は椅子から立ち上がった。
ほんの少し――躊躇うように立ち止まったあと、そのまま私の横へ歩を進め、ぎしりとベッドへ腰かける。
「あ……」
その距離の近さに、身体がピクリと反応する。
カタリナからは、宿では十分に気を付けてと言われていた。
『ネモは無防備だから、あっという間に食べられちゃいそうで心配』と。
「大丈夫、何もしないよ」
ラース先輩は私が警戒を強めたのを感じとったのか、苦笑を漏らす。
「ただ――今度こそ本当に胸を貸そうかと」
「……」
拭ったはずの頬はまた濡れていたらしく、ラース先輩の指が優しくそれを掬う。
そして流れるような動作で、身体をぐっと引き寄せられ、あっという間に胸の中へと顔が埋まってしまった。
「このままだとネモは寝ないし眠れないだろ。
今日はクロも成体で出してもらったから、魔力の回復のためにもう呼べないだろうし――クロの代わりだよ」
ラース先輩の服がじわりと濡れていく。
「先輩の服、濡れちゃう」
「そんなもの、すぐに乾くから」
優しい声が響く。
「全部、吐き出していいよ」
この言葉が、合図になった。
「…………っう」
そこからはもう止まらなかった。
堰き止めていたものが一気に溢れ出し、子供のように声を上げて泣いた。
魔力の暴走こそ起きなかったものの、自分の中の感情が暴れ回っていて、収まる気配がなかった。
ラース先輩も疲れているだろうに、私をなだめるようにして「大丈夫」と繰り返しながらずっと優しく頭を撫でてくれた。
そしていつの間にかウトウトしてきて――そのまま、意識を失っていた。
目を覚ましたときには、一人ベッドの上で腕に枕を抱いた状態で。
窓を見ると、カーテンの隙間から、外がほんのり明るくなっているのがわかった。
(私、あのまま寝ちゃったんだ――)
部屋に備え付けの洗面へ行き、鏡を見ると、見事に目を腫らした自分が映っていた。
すぐに水で顔を洗って、目を冷やす。
昨日の夜、盛大に泣いたせいか、気持ちは随分と落ち着いていた。
(私は本当に甘えてばっかりだ――)
ラース先輩だって、現場を見て思うことがあったに違いない。
それなのに私にだけ感情を吐き出させて――
きっと謝罪は受け付けてくれないだろうから、感謝の気持ちだけ伝えよう。
そして――今日はどんな結果が待っていても、ちゃんと受け止める。
(もう、逃げない)
真実を掴むべく、気合いを入れて朝の支度にとりかかった。




