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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第六章 恋人編

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56.夕陽の丘で、私たちの距離はゼロになりました。

不覚にも初デート中に涙をこぼしてしまった。


涙でよれてしまった化粧を直しに行ったあとは、気を取り直してお待ちかねの触れ合いコーナーへ。

そしてそこは――さっきまでの真面目な空間と違って、私たちの想像を上回る場所だった。


「私、今なら死んでもいい」

「同感だ。ここは天国に違いない」


先輩と私の膝の上には、猫型獣が気持ち良さげに目を閉じゴロにゃんしている。


猫型獣が今週の特集だったらしく、あらゆる種類の猫型の契約獣が室内に放し飼いになっていた。


みんなお客様サービスが素晴らしく、頭を撫でさせてくれるだけではなく、なんと一番懐いたものは膝に乗って目を瞑りだしたのだ。

それは先輩も同じで。

私たちは膝の上の可愛さの塊を撫でながら、今日一番の幸せを噛み締めている。


展示コーナーでも相当な時間を使った私たちだったけど、触れ合いコーナーでも相当な時間を費やすことになり、気付けばお昼の時間はとっくに過ぎていた。


「さすがに居座り過ぎたな……そろそろ移動しようか」


先輩に促されなければ、閉館時間までここにいたかもしれない。

後ろ髪を引かれつつも、やっとのことで博物館を後にした。





移動した先は、ほどよく栄えたショッピング街のはずれ。

オーレリアさん一押しのランチのお店がある場所だ。


彼女曰く、「少し行きにくい場所にあるから、穴場なの。博物館からなら近いし、ランチも遅くまでやってるから、絶対行って損はないよ~」とのこと。


その言葉のとおり、すでにアフタヌーンティーを楽しむような時間になっていたのにも関わらず、ランチ営業をしていた。


天気も良かったのでデッキに配置されているテラス席を選ぶと、庭園に植わっている色とりどりの季節の花が目に飛び込んできて「うわぁ素敵!」と思わず声を漏らしてしまった。


「さすがオーレリアさんがおススメするだけある……綺麗」

「オーレリアから聞いたんだ。というかいつの間に仲良くなってんだよ」

「女子なんてそんなもんです」


ちょっとした情報交換から話に花を咲かせると、あっという間に仲良くなる。今では授業のことも相談するような仲になっていたりする。


「私の貧弱なデータベースではいい場所が思いつかなかったので、その道のプロに聞くのが一番だと思ったんです。この後の行き先も、プロおすすめの場所なんですよ!」

「オーレリアは果たしてプロなのか……?」


そのときに、ランチのあとはこの近くにある見晴らしのいい丘に行くのがおススメと聞いた。この時期ならではの花が咲き乱れていることと、夕日が街に沈んでいくのを丘の上から一望できるとか。そんなロマンチックな場所、行くしかない。


ランチも食べ終わり、食後のお茶を飲んで一息ついたタイミングで、来週からのことについて尋ねてみることにした。


「今さらなんですが、試験対策はバッチリなんですか?」


ここまで付き合わせておいて聞くセリフでは無い気がしたけど、念のため確認する。


「ああ、一応。筆記や面接についてはOBから情報貰ってたし、実技はまぁ……なんとかなるだろ」


その余裕の回答っぷりに、少し安心した。

ちょっとでも焦った素振りがあったら、名残り惜しいけど今日のところは切り上げたほうがいいかと思っていたから。


「さすが……。

あの、こっちも今さらなんですが、なんで軍志望なのか聞いてもいいですか? 前にドレイクと話したときは、まだ迷ってるって言ってたと思うんですが」


こう思ってはなんだけど……酷い経験をしたばかりなのに、なぜまだ軍を志望するのかを不思議に感じていた。


(軍以外に、他の選択肢もいっぱいあるのに)


そんな私の質問に、先輩は少し困ったような顔をする。


「あのときは……精神的に無理だと思ってたからな。

でも俺、元々魔法学科に入った当初から軍志望だったんだ。

……前に、軍の救援部隊の人たちにお世話になったから、そっからの憧れだった」


「救援部隊の人、ですか」


「ああ。家族で巻き込まれた事故のときに、色々と。

病院に俺を見舞ってくれたり――親が顔見知りって言うのもあったんだろうけど。

それでも、凄い人たちだなって思ったんだよ。ただの戦争要員じゃなくて、人助けに尽力して……」


目を細めて懐かしそうに語る。


「ただ、俺が『将来あなたたちみたいな仕事がしたい』って言ったら、せっかく魔法の才能があるんだから、そっちを活かしたほうがいいって言ってくれてさ。

魔力暴走でやらかした後だったのもあって、軍の防衛部隊とかそっち方面を勧められたんだ。そっからは素直にその道の部隊への入隊を目指してた」


「先輩って……本当に真っ直ぐな人ですよね」


「どういう意味だよ」


「褒めてるんです」


先輩はどんな苦難があっても、道を踏み外すこともなく自分の信じた方へ進んでいる。

本当、眩しい。


「あの、入隊試験では危険なことはしないんですよね?」

「うーん、どうなんだろうな。

実技に関しては、情報ゼロなんだよ。先輩たちに聞いても、守秘義務があるみたいで試験内容を教えてくれないし」

「秘密にされると逆に恐ろしい⋯⋯」


「でも、試験で死者が出たとかいう話は聞いたことがないから、さすがにそんなに大したことはしないだろう」

「死人が出たら試験そのものが見直されそうですもんね……」


思わず口の端が引きつった。

軍に入る前の試験で死人が出るとか、さすがにシャレにならない。


(どうかどこも怪我することなく戻ってきますように……)


なぜこんなに心配してるのか、自分でもわからない。

きっと先輩はなんなく試験をこなし、余裕で合格をもらうことだろうに。


「ちなみに……試験期間中は連絡を取ってもいいんですか?」

「試験期間中はダメみたいだけど、それ以外は制限されてない。夜に伝書鳥を送るよ」

「……はい! あ、帰ってきてからも忙しいとは思うんですけど、ちょっとは私のことかまってくださいね」

「それは、俺のセリフな気がする」

「……」


間髪入れない率直な返事に、胸の奥がじんわりと熱を持つ。


そこで話が途切れ、しばらく二人して無言で庭園を眺める。


(――本当に不思議)


付き合う前は会わない日があっても平気だったのに、今は少しでも会えない時間があると思うと途端に不安になる。


(私、この調子だと、先輩が卒業したとき、どうなっちゃうんだろ……)


卒業なんてまだ先のことだけど、これから先に確実に待ち受けていると思うと、少しだけ憂鬱な気持ちになった。


「……」


(――よし)


ガタンと椅子から立ち上がり、先輩に向かって告げる。


「そろそろ行きましょう。オーレリアさんから教えてもらった夕日が見える場所、暗くなってくるにつれて混むらしいんで、早めに行っていい場所を確保しておきたいです」


「え? ああ。じゃあ行くか」


(今は余計なことは考えない。今の二人きりのこの時間を、めいっぱい楽しもう――)





夕日の見える丘へ辿り着くと、すでに何人かがちらほらと腰を下ろしていた。


「うわーみんな早い! まだ日の入りまで一時間はあるのに」

「逆を言うと、あと一時間で日の入りなんだから、のんびりしたい奴らにはちょうどいいんじゃないか?」

「そんなもんでしょうか」


目の前はどこも開けていて、景色を遮るものはない。

なので、他の人がいる場所からやや離れたところで二人腰を下ろした。


少しずつ日が落ちていってるけど、外はまだ温かい。

温かくて、気持ちがいい、つまり――


「……眠そうだな」

「そんなことないです」


咄嗟に否定するけれど、いつも一緒にいる先輩にはバレバレだった。


「寝てていいよ。ちゃんと起こすから」

「そんなもったいないこと出来ない! せっかく二人でお出かけしてるのに……」


ここで昼寝をしてしまっては、いつもの放課後と変わらない。

――なのに、瞼が落ちてくるのはなんでなんだろう。


「……」


少しうつらうつらしてしまうと、先輩の手が伸びてきて肩を抱き寄せられた。


「わ」


ドサリと後ろに倒れる。

けれども身体に思ったような衝撃はない。

それもそのはず――先輩の腕の中で、倒れたのだから。


「お出かけ先でこうするのも、特別なことだと思わないか?」


腕枕のような状態で、耳元で囁かれる。私のこめかみ辺りに先輩の鼻があたっていて、いつもより格段に距離が近い。


身体への衝撃はなかったのに、囁かれた言葉の衝撃が大きくて、全身がカッと熱を持ったのがわかった。


返事の代わりに、先輩の胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱き締め返す。

――今の二人の距離感は、ゼロ。


(あったかい……夢みたい)


ドキドキや緊張よりも、先輩への安心感が勝った。


そして残念なことに。


私の特技はこんなとこでも存分に発揮された。

目を閉じて五秒と経たないうちに、意識は夢の中へと旅立って行った。




「ネモ」


身体を揺すられながら、名前を呼ばれる。

薄く開いた目の隙間から、オレンジ色の眩しいくらいの光が入り込んで、思わず顔を顰めた。


「あ!」


(げっ、やっぱり寝ちゃってた!)


慌ててがばりと身体を起こす。

すると目の前に飛び込んできた光景に、息を呑んだ。


「きれい……!」


(なんて綺麗なんだろう――!)


寝起きにも関わらず、はっきりとした感嘆の声が自分の口から飛び出る。


空が青とオレンジと薄いピンクが綺麗なグラデーションを描いており、丘の下の街の建物に夕陽が反射し、絵画の一部のような光景が目の前に広がっていた。


まるでそれは――

初めて先輩に会ったとき、彼が使った魔法のようだった。



辺りを見渡すと、来た時よりはるかに多くの観光客が同じようにこの光景に目を奪われている。


隣の先輩を見上げると、眩しそうに目を細めながらも、黙って目の前の景色を眺めていた。

私も同じようにして、夕陽が沈んでいくのを静かに眺めた。


ずっと見ていると目が痛くなってしまうから、時折先輩のほうに視線を逸らしてやり過ごしていると……


(あ)


――視線が重なった。


ただ、いつもと違い夕陽に照らされてるのもあって、先輩の赤い瞳は本物の炎のように熱を持っていて……


先輩の手が、ゆっくりと私の頬に添えられた。


そしてそのまま――





「今日は丸一日、ありがとうございました」


寮の前で、ペコリと頭を下げてお礼を言う。

辺りはすっかり真っ暗で、昼寝をしたにも拘わらず、帰ってベッドに倒れ込んだらすぐに眠ってしまいそうだった。


「こっちこそありがとうな。楽しかった」


「私も、とっても楽しかったです!」


最後に一緒に見た夕陽は、たぶん一生忘れられないと思う。

まるで初めて先輩と会ったときに見た、あの魔法のような光景だったから。


「また、先輩が……ダリオさんが落ち着いたら、一緒にお出かけしてください。そうだ、合格祝いとか!」


「気が早いな。まだ試験が始まってもないのに」


先輩は苦笑するけど、私はやる気まんまんだ。


「ふふ。でも頑張ってくださいね」


「ああ……頑張るよ。

それじゃあ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


同じタイミングで背を向けて互いに寮に戻っていく。

チラっと振り返ると、向こうもこっちを振り向いているのが暗がりで見えた。


ふふっと小さく笑いを漏らし、ぶんぶんと手を振る。


(名残り惜しいけど――)


前へ向き直り、今度こそ女子寮へと真っ直ぐ足を進める。フワフワした足取りで、幸せな余韻を残したまま、夢見心地で帰っていった。



――その私の後ろ姿を、彼が真剣な顔で見つめていたことに、全く気が付かないまま。


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