55.先輩の家族と幻獣との出会いに耳を傾ける。
◇
この場で話すには少しばかり――いや、かなり重いかもしれない。
けれど、自分の中でずっと蓋をしていたことを、彼女にだけは聞いておいて欲しかった。
「シャノンから聞いたかもしれないけど、昔、俺の家族はシャノンの家の近所に住んでたんだ。
でもある日、そこから引っ越すことになった」
全然聞いたことも無い場所へ引っ越すと両親から聞かされたとき、最初は戸惑った。
生まれ育った場所から、ほとんど出たことがなかったから。
「引っ越しの理由は、軍医だった両親が医療チームとして、とある地域に派遣されることになったからだ。派遣は長期に渡るから、家族帯同でそこへ向かうことになった」
淡々と話を進めていく。
「けれども――
その"とある地域"にたどり着くことはなかった」
当時の記憶が、静かに蘇る。
「移動途中に、事故に巻き込まれて……気付いたときには、乗り物に乗っていたはずの身体は、外に放り出されていた」
そこまで話すと、強張った様子の彼女の手が自分の手に添えられた。
その手を緩く握り返し、話を続ける。
「正直、その前後の記憶はほとんど無いんだ。
たぶんいろんなショックが起きたせいだろうって、当時の医者は言ってた」
――覚えているのは、衝撃と痛みで、身体がうまく動かせなかったこと。
何かが燃えているような煙の匂いと、自分が咳込んでいる音。
家族の誰もが静かで、みんな動かなかったこと――いつもうるさくて全然じっとしてない、弟と妹でさえ。
「事故からしばらくの間、誰もその場から動かなくて、そして誰も助けに来なかった。
俺も意識は虚ろで――ただ、そのとき、一匹の赤い鳥が傍に飛んできたことだけは鮮明に覚えてる」
外が暗くなる中、ぼんやりと近付いてきた真っ赤な炎。
「普通の鳥よりもはるかに大きくて、全身に赤い炎を纏っていた。そいつは俺の傍まで飛んできて目の前で止まって――何かを囁いた。
内容ははっきりと覚えてないんだけど……なぜかそいつと会話をしたような記憶だけは、しっかりと覚えてるんだ」
あれは夢だったのか、現実だったのか――
「次にちゃんと覚醒したときには、ベッドの上で……」
自分だけが病院にいて、
自分だけが助かったと聞かされた。
「みんないなくなったっていうのに、どこか他人ごとのようだった。
けどさ、身体は正直で――そのときに、とんでもない魔力暴走を起こした」
このときの記憶も曖昧だ。
自分ではない不思議な感覚で……
いつの間にか――辺りを燃やし尽くしていたのだから。
「幸いにして、人的被害は出なかった。
けれども、退院後――俺の新居は施設になった」
親戚連中の誰も、引き取り手がいなかったらしい。
それもそうだろう、これまで疎遠だった上に、災害レベルの魔力暴走を起こすような子供など、厄介者でしかない。
幸いなことに、送り込まれた施設は、決して悪い場所じゃなかった。
魔力持ちの子供が集められたところで、生活の面倒を見てくれるだけでなく、そこの職員が魔法を教えてくれたりもした。
「そこで出会ったのが、"アンドリュー・ブラック"だ」
アンドリューの名前を出したとき、彼女の手に力が入った。
思えば、アンドリューの名前を彼女の前で出したのは初めてのことかもしれない。
「そいつは会ったときからフェンリルと契約してて、俺とは驚くほど気が合った」
いつも黒い狼を連れて、朗らかに笑ってたアイツの顔を思い出す。
「アンドリューはフェンリルのことをフェンと呼んでたんだけど……。
気付けば、アンドリュー、フェンが俺にとって第二の家族みたいな存在になってた」
アンドリューとの仲は良かったけれど、もちろん喧嘩もたくさんした。何度も拗らせて、何度も元の仲に戻った。
それこそ、まるで兄弟のように――本当の家族のような絆がアイツとの間にはあった。
「その後、一緒に学園の中等部に入学して、高等部は一緒に魔法学科に入って――」
少し間を置く。繋いでいる手に力が籠もる。
「そして……遠征授業だ」
彼女が、ごくりと喉を鳴らしたのがわかった。
(――思ったより、大丈夫だ)
"遠征授業"という言葉に、凪いだ気持ちでいられる自分に驚いた。
以前は口に出すだけで、自分の中の暗い部分が蠢きだして止まらなかったというのに、今は少し胸がざわつくだけに留まっている。
それは間違いなく――隣にいる彼女のおかげだった。
そのまま、静かに当時のことを口にする。
「遠征授業の終盤。
俺たちは最前線に飛ばされてたんだけど……ガラナの最後の襲撃を受けた夜、――俺はあのときの鳥にまた会うことになった」
おびただしいくらいの死体を処理し、
アンドリューのこともフェンに任せ、
全てを終え……全身の感覚が麻痺しかけたとき。
あの暗くて恐ろしい夜に――あいつは姿を現した。
「少しの残り火が燻る残酷な光景の中で、場違いなくらい綺麗な炎を纏って、辺りを旋回してたんだ。
そのときも、確かそいつは俺の元までやって来て、何か囁いた気がしたんだけど――」
もしかしたら、幻覚だったのかもしれない。
気が狂う直前の、都合のいい幻。
現にあの場にいた軍の誰も――戦場に舞う炎の鳥を見た人はいなかった。
「ごめん、聞いてもらっててなんだけど、改めて思うと幻覚っぽいな……」
「――そんなことないと思います」
これまで黙って話を聞いていた彼女が、静かに口を開いた。
「フェニックスは……"ダリオさんの家族の"弔いに来てくれたんですね」
「……」
"家族の弔い"
その言葉は、驚くほど胸にしっくりきた。
「うん、きっとそう。そのために、フェニックスは姿を現してくれたんですよ」
「……おい、泣くなよ」
気付けば、彼女の目から涙が溢れていた。
「……すみません、これでも、大分我慢してたんです……」
ポロポロと雫が流れ落ちる。
「ごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ」
「泣かされたんじゃないです、私の涙が勝手に飛び出してきただけです」
「……そっか」
なんとか必死に涙を堪えようとしてるその姿に、心が揺さぶられる。
気付けば人目も憚らず――彼女の華奢な身体をぎゅっと抱き寄せていた。
今までは、どちらかというとドライな付き合い方をしてきたし、
人前で触れ合うことは避けてきたというのに。
ネモに対してだけは、自分でも引いてしまうくらい、遠慮がなかった。
(どうかしてる――)
それでも。
自分ごとのように涙を流してくれる彼女を、腕の中に捉まえて、いつまでも離したくなかった。




