54.初デートの場所は、二人の共通事項から。
今日は待ちに待った週末日。
魔法学科に入ってからも週末は課題に追われ過ぎて出かける余裕がなく、一日家着で過ごすなんて当たり前だったけど、今日は違う。
久しぶりに私服のワンピースに袖を通し、髪もアップにして薄く化粧もする。
(今日は先輩と最高の一日を過ごしたいから、絶対にはずせない。だって……待ちに待った初デートなんだもの!)
いつもの支度とは気合の入れようが格段に違う。
普段はつけないハンドクリームもつけて、手を握ったときの対策すら怠らない。
「うんうん、いいんじゃない? いつものジャージとは大違いだね~」
「ほんと? 変じゃない?」
「大丈夫、ちゃんとかわいいよ、ネモ」
カタリナに頷かれ、お墨付きをもらう。
鏡の前で再度おかしなところはないかチェックし、「よし」と出発前の気合いを入れる。
「じゃあ、行ってくる!」
「楽しんできてね~」
待ち合わせ場所は、寮の共用部のロビーだ。
今から行ったらまだ少し早いけど……部屋でソワソワするより、先に着いて心を落ち着けておきたい。
(ああ、心臓がうるさい)
朝から鳴りやまないドキドキと緊張混じりで、先輩との待ち合わせ場所へと足を進めた。
◇
(……え? 早くない?)
ロビーに着くと、先輩が待合いのソファーに座って待っていた。
私に気付いた先輩が片手を振って立ち上がる。
「おはよう」
「お、おはようございます」
(せんぱいの私服……初めて見た……)
白いシャツに黒いズボンというシンプルな装い。
それなのに、スタイルと着こなしが抜群にいいため、頑張ってないのに自然とオシャレに見える。耳には制御具とは違ったこれまたシンプルな銀のピアスを付けていた。
――簡単に言うと、めちゃくちゃカッコいい。
私がぼうっと先輩に見とれていると、先輩は自身の手元に手をやり、ぼそっと呟いた。
「かわいい」
「!」
たった一言。
それなのに先輩が少し照れながら言うせいで、抜群の破壊力があった。
「しょ、初っ端から心臓持たないんで控えてください……」
「ごめん、思わず口から出た」
いや、素直過ぎる。
先輩もカッコいいと言いたいのに、照れすぎて言葉が出てこない。
「二人とも早めに集合したから、一本早いのに乗れそうだな。さっそく行くか」
「あ、そうですね。行きましょう!」
どちらからともなく手を繋ぐ。歩く先は、寮の前から出ている魔導バス乗り場だ。
そこから三十分くらい乗りっぱなしで、目的地に着く。
初デート先は、もちろんあの人に相談してから、二人で決めた。
◆
「え!? デートの場所!? やだー何それ! 聞くだけで心躍るやつじゃん!」
オーレリアさんの元へ相談に行くと、振り切れんばかりのテンションで話を聞いてくれた。
「でも、意外~。付き合い始めてしばらくたつのに、まだ外に出かけたことがなかったなんて。
ま、初デートなんてどこ行っても楽しいでしょ!」
「それでも、一番ベストなところを教えて欲しいんです! お願いします!」
「んーベストなところなんて人によって違うと思うよ~?」
「じゃ、じゃあ、参考までに、オーレリアさんとアージュン先輩の初デートはどこだったか教えてもらってもいいですか?」
今はとっかかりゼロ。なので何でもいいからヒントが欲しかった。
先輩に聞くと「ネモの行きたいところで」と言われたので、何の参考にもならなかったのだ。
「私たちの初デートの場所? 確か、近くのビーチに行ったかなぁ。私が泳ぎたいって言って、海に連れてってもらったんだよねぇ~。水系の幻獣を召喚してもらって、海中散歩を楽しんだなぁ……ふふ、懐かしい」
「海中散歩……なかなかアクティブですね……」
さすが召喚科。
デートに幻獣も取り入れるらしい。
そして今の時期、海に入るには少し肌寒い。
「ほら、参考にならないでしょー? 二人の行きたいところが一番ベストだと思うよ~。 ネモちゃんとダリオ先輩で共通の趣味とかなんかないの?」
「趣味、ですか……」
なんだろう。
まず、私自身これと言った趣味を持ってない。
先輩に至ってはまったく知らない。
(え、むず……)
「特に無いなら、二人の好きなものとか、好きなこととか」
「ううん……何でしょう……、あ」
一つだけ、思いついた。
(先輩と、私の共通の好きなこと)
「何? なにか思いついた?」
「はい! それは――」
◆
バスに揺られて辿り着いた先の建物を見上げ、思わず「大きい!」と声をあげた。
「こう言っちゃなんですが、思ってたよりも立派な造り……」
「仮にも博物館だもんな。俺もここへは初めて来た」
今、私たちの前にある大きく厳かな建造物。
『幻獣博物館』
幻獣の歴史から生息地や生態、それに学芸員の持つ契約獣とのふれあいコーナーまであるという、小等部の子の遠足にでも使われそうな場所だった。
そう――私たちに共通する好きなことといえば、クロをモフモフすること――
私は動物全般が好きなのだけれども、聞いたところによると先輩も動物に限らず生き物が好きらしかった。
そこで何かしら生き物と触れ合える場所を探して辿り着いたのが、この博物館だった。
「はやく中に入りましょう!」
「あ、おい引っ張るなよ」
先輩を急かして、チケットを買ってから中へと入っていく。
私たちの他にもチラホラと家族連れのお客さんたちが中にいたけれど、それほど混雑はしておらずゆっくりと展示品を眺めることができる。
(すごい……見たいものばっかり……)
最初に発見された幻獣から最近見つかった新種のレプリカ、世界各地の召喚書、鳴き声のサンプルや技の模擬体験……
先輩のほうも興味深々で、二人ともじっくりと見ているので、足の進みは遅い。
先輩は解説を詳細に読むタイプらしく、私は解説はほぼ流し見で、展示品を隅々まで見るのが好き。
お互いに好きに周って、あとで合流したほうがいいのでは、と思ったけれど……先輩が私の手を離そうとしなかった。
「見て。コイツが発見されたの五千年も前だって」
「めちゃくちゃ古い! このときってローズ王国はまだ建国されてませんよね。あ、こっちはもっと古い」
こんな感じでお互いにぽつりぽつりと会話を交わしながら、展示室を周っていく。
(なんだか、変な感じ……)
ほんの少し前まで、ジャックナイフのようなおっかない先輩にびびりながら課題を見てもらってたと思ったのに、
今はこんな風にして仲良く手を繋いでデートしているだなんて。
そんな風に展示以外のことに意識を飛ばしていると、顔を覗き込んできた先輩と目が合った。
「? 疲れた? 少し休憩する?」
「え、いいえ、大丈夫です!」
「あちこちに椅子も置いてあるし、疲れたら遠慮なく言って」
「はい!」
……以前のナイフのような鋭さはどこへ行ってしまったんだろう。
先輩の雰囲気はとことん柔らかく、めちゃくちゃに優しい。
いや、優しいのは前からだったけど。
(さっきまで展示品に夢中だったのに――)
誤魔化すように手をにぎにぎする。
すると、先輩も同じように反応を返してくれた。
それからも他のお客さんたちの倍の時間をかけて、のんびりとフロアを見て回っていく。
ようやく展示の終盤に差し掛かったところで、現存する高位種の展示エリアへとたどり着いた。
「あ、クロ! ダリオさん、"フェンリル"がいる!」
「顔こわっ。これアイツが見たら怒るんじゃね?」
私が指し示した場所には、フェンリルの現物大のレプリカが置かれていた。
いわゆる成体の大きさで、恐ろしいくらい鋭く尖った牙をむき出しにしながら今にも喰いかからんとするポーズをとっている。
たぶん――これを子供の頃の自分が見たら、確実に泣く。
「最初に使役した人はローズ王国の人だったんですね」
「みたいだな。何々……『高い知性を持つ巨大な狼で、基本は物理攻撃を得意とするが、口からは炎を吐くこともある』。
この辺は知ってることしか書いてねぇな」
「黒いモフモフで、森を走り回るのが好きって付け加えちゃう?」
「光る球に目がないって言うのも忘れずに」
二人してフフっと笑いあう。
クロが聞いていたら、二人とも跡がつくくらいに噛みつかれていたことだろう。
「あ、こっちは不死鳥"フェニックス"ですよ。なんかこの幻獣、ダリオさんの伝書鳥に似てる?」
展示されていたのは、フェニックスという炎の幻獣。
死と復活を象徴とするこの鳥は、先輩の伝書鳥より遥かに大きいけれど、姿かたちは既視感を覚えるほど似ていた。
「あー……。たぶん、伝書鳥の魔法を初めて使ったとき、コイツをイメージして使ったからだと思う」
「え、じゃあ、ダリオさんの伝書鳥のモデルってことですか」
「うん……」
毎晩おやすみ、と伝えてくれる伝書鳥は、伝言を伝え終わったと同時に、キレイな炎となって消えていく。
その儚い炎は、先輩の中のフェニックスのイメージを表しているらしい。
(私の伝書鳥は、実家の農園によく現れるピーピーと鳴く名もなき鳥にそっくりなのに……すごい違いだ……)
私が自分の緑の伝書鳥を思い浮かべていると、先輩がポツリと溢した。
「実は俺、本物に会ったことがあるんだ」
「え? フェニックスに、ですか?」
「ああ、しかも二回……だから余計に影響を受けたのかもな」
高位幻獣は契約済であることがほとんどで、自然に出会えることなんて皆無に等しい。
(誰かが使役したものに会ったってことなのかな?)
「フェニックスが誰かの契約獣になってたときに会ったんですか?」
「いや……」
先輩はどこか歯切れが悪い言い方をするので、何か事情があるのかもしれない。
これ以上は深掘りしないほうがいい気がして、別の話題に移ろうとしたところ――
「よかったら、話を聞いてくれないか」
先輩の方から、話を振ってきた。
(珍しい)
こういうとき、話が流れてそれっきりということが多かったように思う。
だからこそ、よほど先輩にとって大事な話なのかもしれない。
「はい、もちろん。ちょうど足を休めたいと思ってたので、向こうに座りましょう」
本当はまったく疲れてなかったけど、二人で壁際まで移動し、側のベンチへと腰掛ける。
展示コーナーからは場所が離れているので、少しの間雑談をしていても他のお客さんの邪魔にはならないだろう。
しばらくして、先輩がおもむろに口を開いた。
そしてその内容に――私は思わず言葉を失った。
「あの鳥――フェニックスに初めて会ったのは……
家族がみんないなくなった日のことだった」




