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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第六章 恋人編

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57.出発前日、星空の下で穏やかな見送りを。

たかが試験。


たかが試験のくせに、期間は約ひと月。

その間、入隊試験を受ける第五学年の生徒は学園からごそっといなくなる。


よほどのことが無い限り、ローズシティナ学園の魔法学科の生徒は、これまでほぼ百パーセントで入隊を果たしているらしい。

しかも魔法学科の受験者は優遇され、受験に伴う交通費・宿泊費は向こう持ちだとか。


(なんせ遠征授業を乗り切った精鋭たち……軍にとっては、そこまでして欲しい人材なんだろうな)


彼らが復学してから半年以上は経っているけど、やっぱり第五学年の面子は見るからに入隊準備ができていそうな生徒ばかりだった。

――それは、先輩も含めて。


「なんでこんな筋肉あるんですか?」


前に抱きしめられたときに、不意に触れたお腹がガッチガチで、思わず尋ねてしまったことがある。


「なんでって、毎日筋トレしてるし」


どうやら、遠征授業に行ってからの習慣らしかった。そして先輩だけでなく、他のクラスメートたちも身体を鍛えるのは日課になってしまっているらしい。


いいことなんだろうけど――

人の習慣を変えてしまう遠征授業、怖い。


ちなみに、今年の第四学年の面々は先月から遠征授業に行っている。


昨年死者が出たこともあって、授業の参加辞退を申し出る生徒も中にはいたらしい。けれども今年は幸い戦争もなく、軍の魔獣討伐の任務に同行するという内容で、結局クラス全員が遠征先へと旅立っていった。


(私のときは、もっと簡単なやつがいいな……)


『簡単なやつ』というのが何なのか、ぱっとは思いつかないが、毎日筋トレをしないとついていけないような授業内容にならないことだけを祈った。



「さむっ」


吹きっさらしの屋上を、夜風がびゅんっと吹き抜け、ぶるっと身体を震わせる。

たまらずクロのフワフワな毛並みを抱きしめて暖をとる。


「あー、あったかい。大きくなってからのクロは極上の毛布だね……」


モフモフに身体を預けて感想を漏らすと、クロの耳がしゅんっと垂れて不満をぼやいた。


<主よ、あまり嬉しくない……>


「というか、こうも暗いとクロはほとんど見えないね。目だけでどこにいるか判断してるよ、私」


<暗闇に慣れてきたらじきに見えるだろう。それより、ダリオは一体いつ来るんだ>


「明日の早朝には出発だから、まだ準備に時間がかかってるんだよ、きっと」


試験場所へと旅立つ前日の夜、私は先輩と学園の星見塔の屋上で会う約束をしていた。


空を見上げると、やや曇ってはいるものの隙間から星が見えてなんともロマンチックだ。

オーレリアさん曰く、ここは昼だけじゃなくて夜も学園のカップルで人気だと聞いていたけど、時間も遅く、風があって肌寒いせいか、他に人はいなかった。


そのとき、屋上の扉のほうからカタンという音が耳に入った。

クロと同時に音の方を向くと、灯りを持った先輩が扉の向こうからひょっこりと顔を出した。


「ダリオさん!」


「悪い、遅くなった」


「ワンッ」


そのとおりだと言わんばかりに、クロがひと鳴きし、先輩は「待たせてごめん」と苦笑を漏らす。


「あれ、その袋なんですか?」


手に提げた大きな紙袋を見て尋ねると、先輩は袋を地面に置いて次々と中身を取り出していく。


「ブランケットと、あと寮のキッチンからココア貰ってきた」

「うわぁ準備が良すぎる! 私手ぶらです、すみません」

「俺が持ってきたくて持ってきただけだから、気にしなくていいよ。今カップに入れるから、ちょっと待って」


ちょっと寒いけどクロがいるからいっか!なんて思っていたけど、さすが先輩、私の五百倍は気が利く。


マグカップに入った温かいココアを受け取り、二人で壁際に腰を下ろした。

私たちの間にクロが寝そべる。その上に一枚の毛布を二人と一匹でシェアした。

温かいココアが冷えた身体にしみる。


「やっぱりこの時期、夜は冷えるな」

「あっという間に夏が終わっちゃいましたよね。王国の冬は長いからつらいなぁ」


ローズシティナ王国は夏が短く冬が長い。

積雪量もそれなりに多く、中等部の頃は冬が来たらほとんど寮にこもりきりになっていた。


「今年はクロがいるから、暖かさには困らないんじゃないか?」

「あ、確かに」

<私を暖房代わりと思うな>


文句を垂れるクロだけど、毛布代わりとして大いに期待してたりもする。


「もう準備は万全ですか?」

「ああ。そんなに持ってくものも無いしな。あとは明日の朝寝坊しないかどうか、それだけ心配かな」

「先輩が寝坊するっていうイメージがまったく湧きません……」


寝坊は日常茶飯事の私と違って、ショートスリーパーの先輩は、出発の一時間以上前には起きて支度を完了してそうだ。


「でも、やっぱりちょっとは緊張してるよ」

「ええ、先輩がですか? 全然そうは見えないけれど……」


いつでも余裕があって、なんでもできる先輩だ。

緊張なんかとは無縁な人だと思っていた。


ほんのり明るいランタンの光で、先輩の表情がはっきりと見える。その顔はどこか複雑そうで――


「試験自体は正直余裕だと思ってる。それよりも……」


手に持っているマグカップを横に置き、先輩はゆっくりとクロを撫で始めた。


「向こうでフラッシュバックが起きないか心配してるんだ」


「!」


"フラッシュバック"と聞いて、思い出したのは幻術科の治療室の前で起きた先輩の魔力の暴走。


カウンセリングを受けているときに、唐突に起こったもの。


(試験場所はさすがに戦地じゃないだろうけど……遠征授業で第五学年の面々がお世話になっていた施設の可能性は高いはず)


そうなると先輩がトラウマにしていることが、必然的に呼び起こされてしまうのかもしれない。


「クーン……」


クロが心配そうに鼻を鳴らす。

先輩はクロを安心させるように、身体を撫でるのを再開した。


「こっちに戻ってきたばかりのときは、毎日、普通に夜を過ごすことができなかった」


「暗がりの……ほんの小さな明かりを見るだけですぐに動悸がして、うまく息が吸えなくなってた」


言葉を切りながら話を続ける。


「寝てもすぐに目が覚めて。

また嫌な記憶が蘇って……そんな悪夢を繰り返してたんだ」


彼の話を聞いてるうちに、たまらず毛布をぎゅっと握り込んでいた。


(あの頃、先輩がそこまで苦しんでいたなんて……)


遠征授業で大変なことがあったから夜眠れなくなってしまった、それくらい単純に考えてた。

まさか毎晩息をするのが苦しいほどの時間を過ごしていたとは。


(治療室で涙を流していたときはきっと、心も身体も限界が来てたんだ――)


「でも、クロやネモのおかげで、段々とそれも無くなって……今は薬無しでも眠れるし、フラッシュバックが起きることもすっかり無くなった。

けど……」


「またぶり返さないとも限らない。――たぶん、二人と離れるのが不安で、緊張してるんだ」


複雑そうにしていたのは、ぶり返すかもしれない不安や懸念から。


「……」


先輩がクロを撫でている手に、自分の手をぴたりと重ねる。


「ダリオさん。大丈夫です」


正直、なんの根拠もなかった。

けれども、自分が思いつく限りのことを提案していく。


「たとえば、夜が怖くなったら、今日のこと思い出して。

クロと私が側にいて、一緒に毛布にくるまってココアを飲んでて……暗い夜空の下、ランタンの灯りがほんのり明るくて温かいの。

平和でのんびりした学園の中のこの光景が――先輩の"夜"です」


「あと、もしまた眠れないなぁと思ったら、前にも言ったとおり手足を温かくして下さいね」


「それから……」


言い終わらないうちに、重ねた手に指が絡まった。

そのままグイッと引き寄せられ、クロが慌てて私たちの間から退散する。


毛布が、膝からするりと落ちた。


「――ありがとう」


腕の中で小さく告げられた言葉はシンプルで。

先輩の力があまりにも強いから、いつもズレてしまう私のアドバイスは、今回こそ役に立ったのだろうと確信する。


私も負けじと背中に手を回し、ぎゅっと先輩の固い身体を抱きしめ返した。

少しでも彼の不安が取り除けますようにと――そんな願いを込めながら。


しばらく経って、お互いに抱き合っていた身体を離した。


……というより、除け者にされたクロがどんと間に割って入ってきて強制終了した、が正しい。


〈ちょっとは私にも構ってくれ〉


「おい……ここはちょっとくらい空気読めよ……」

「クロ、ごめんー」


二人してモフモフとクロを構い始める。

このモフモフタイムも、しばらくの間は先輩はお預けだ。


――そろそろ頃合いだろう。


実はあらかじめ用意していたものがあって、それを渡すタイミングを最初から見計らっていたのだ。


(よし、いまだ)


「ダリオさん。これ、はい」


ポケットからさっと取り出して、先輩へと手渡す。


「これは?」

「ネモフィラの押し花の栞です。合格祈願のお守りみたいな意味で作ってみました。

本当は何か魔法を付与できたらって思ったんですけど……試験にそんなの持っていったら怒られるかもしれないと思ったから、何のしかけもないやつです」


急遽作ったものだったけど、透明な袋に入ったそれは、我ながら上々の出来だった。

ちゃっかり自分の名前の花を渡すなんて、こっ恥ずかしいのだけど、恋人へのプレゼントなのでありかな?と思い切って作ってみたのだ。


ちらりと先輩の様子を窺うと、僅かに頬が緩んでいるのがわかった。――嬉しいときのいつもの反応だ。


「ありがとう――最高のお守りだ。

それに、移動中の暇つぶしに本を持ってくつもりだったから、明日から早速使わせてもらう」


「はい! たくさん使ってやって下さい!」


先輩が嬉しさを滲ませた声で言うものだから、自然と私の頬も緩んでしまう。


と、そこで先輩も私に向かって何かを差し出してきた。


「実は俺もネモに渡したいものがある」


両手を出してそれを受け取る。

手のひらに置かれたのは、赤と緑の魔石のついたブレスレット。

その色合いにすぐピンときた。


(先輩と私の瞳の色だ――!)


「火属性と地属性の防御を付与してあるから、課題で失敗しても、ちょっとした結界代わりになるはずだ」

「あ、ありがとうございます……」


頻度こそ減ったけれども、いまだ課題では失敗することもある。

もう学期末だというのに、まだまだやらかしを心配されるという情けなさ。

ちょっぴり複雑な気持ちになるけれど、向こうも自分のためを思って贈り物をしてくれたことが、胸をじわりと熱くさせた。


そこにクロがのそりと身を起こし、先輩の方へと顔を向ける。


〈私からは何もないが――今日は特別だ。腹を撫でさせてやってもいい〉


「うわ、とんでもないサービスだな!」

「ちょ、クロ! それはずるいよ! 反則!」


モフモフの前にはどんなプレゼントも霞んでしまう。


最終兵器を持ち出したクロの誘惑に先輩はもちろん抗うことなどできず、ゴロンと無防備に寝転んだクロのお腹を懸命にモフモフする。


「試験中、もし気分が悪くなっても、絶対に今日のこと思い出して乗り切れる自信が出てきた」

「今日のことっていうか、完全にモフモフの感触ですよね……」


大いに負けた気がして、私も一緒になってモフモフを堪能する。


少し肌寒くて星も時折隠れてしまう天気の夜だけど、いつもより長い時間を過ごして先輩を見送った。



――この穏やかな夜が、しばらくどころか、長い別れの前触れだなんて。


このときの私が気付くことは万が一にもなかった。



第六章おわり。第七章は重めです。

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