51.先輩が自覚したこと。
二人して魔法塔に戻った後、真っ黒になった手を洗うと、もう午後の授業が始まる時間が迫っていた。
昼は食べそびれてしまったが、いつも食べたり食べなかったりなので、今日も飴で空腹をしのいだ。
「ネモちゃん追いかけて、それからどうなったんだ?」
「結局森まで行って、なんか……魔力暴走させてた」
「何だそれ、魔力の暴走ってダリオと同じじゃねぇか! ほんとお似合いだな、おまえら!」
「うっせぇな。一緒にすんなよ」
俺の魔力暴走と違って、彼女の暴走なんて可愛いもんだ。
足に蔦が絡まったときは、燃やすのを躊躇ったくらいだ。
しかも後でそれらが花を咲かせ、柄にもなくほっこりしてしまった。
からかってくるゲルたちを適当に追い払うと、次はシャノンが前に居座ってくる。
――こんなときに限って、なかなか授業が始まらない。
「魔力暴走させて、それで?」
「クロに魔力食わせておさまってたよ」
「原因はなんだったの?」
「めっちゃ聞いてくるな……」
「だって気になるじゃないか。食堂で会ったとき、あからさまにダリオのこと避けようとしてたでしょ? 無自覚にダリオがネモに何かやらかしてたのかと思って」
「……」
否定できない。
無自覚に距離を間違えてアイツに触れて、そのことで魔力を暴走させるくらいに悩ませてしまったのだから。
「図星だね。ダリオが気付かない間にネモに近付き過ぎて、向こうが困惑しちゃったって感じかな」
「……大体、そんなとこだよ」
誤魔化すのも違う気がしたので、素直に自分の否を認める。
というより、基本的にシャノンに隠し事はできない。
他の奴より恐ろしいくらいに聡い奴だから。
「はは、当たった。それに関してももう解決したの?」
「まあ、一応」
お互いの"普通"の距離感を確認し合った。
他と比べたら明らかに――"普通"ではないとは思ったけど。
「仲良く手を繋いでたもんね」
「…………知ってたんなら最初から言えよ」
一体どこから見てたんだ。
本当に油断ならない。
「ネモのこと、まだ"妹みたいな後輩"なんて思ってるの?」
「ほんと今日はグイグイくるな……」
「気になるからね。前までなら適当に付き合ってすぐ終わってたのに、今回はやけに慎重だからさ」
「……」
(そりゃ慎重にもなるだろ)
シャノンに言われたとおり、これまで告白されたら来るもの拒まずで、適当に付き合って適当に別れていた。
学生のときなんてそんなもんだろうと深く考えもせず、男女の付き合いを薄い興味だけで成り立たせていた。
けれど。
今回はそういうのとは違って、会える口実を探すくらい自分が向こうに構いに行っている自覚があった。
「前も言ったけど、気付いたときには側にいてくれなくなっちゃうかもしれないんだから、さっさとどうにかすることをオススメするよ」
「さっさとって簡単に言うけどな……、」
言い終わらないうちに遅刻してきた先生がやってきて、この話はここで打ち切りとなってしまった。
(そんなこと、自分が一番わかってる)
頬杖をつきながら、今後のことをぼんやりと考えた。
◇
「ダリオ先輩ー!」
「やあダリオ」
研究室から出て休憩をしようと廊下を歩いていたところ、オーレリアとアージュンに出くわした。
「二人ともこんなとこで珍しいな。何してるんだ?」
「本当は星見塔に行こうとしてたんですけど、せっかくアージュンさんがこっちに来てたんで、魔法塔の屋上にでも行こうとしてたんです」
「こっちは人気も少ないって聞いたからね。ゆっくりできるかなって」
「あー確かにそうかもな。魔法塔の屋上は普段は閉まってるから、行こうとする奴がそもそもいないから」
「星見塔の屋上は完全にデートスポットになってるから逆にカップルで溢れてるっていうのに、ほんと同じ学園内でも全然違うよねぇ」
「ねー」
二人が顔を見合わして相槌を打つ。
相変わらず見てて気持ちいいくらいに仲が良い。
「あ、そういえば、さっき久しぶりにクロに会ったよ」
「クロに?」
「そうそう、ネモちゃんに偶然会って、クロを見せてもらったんですよ~」
「そうなんだ。俺が言ってた通り、前と違って犬っぽくしてただろ? かわいい子犬だし」
「それがさ、ちゃんと成犬姿になってたよ~。まあ、ワンコ感はまだ残ってたけどね」
「――え?」
成犬?
昨日の昼まで子犬の毛玉だったのに?
「やだ、先輩ったらまだだったんですね。私たちのほうが一足先に大きくなったところ見れちゃったんだ。ラッキー」
「ネモちゃんも契約主として着々と成長してるんだね。最初はどうなることかと思ったけど、結果良かったんじゃない?」
「そうだな……」
いや、そんなことより。
(――先に見たかった)
この二人よりも先にクロの成犬姿を見て、アイツと一緒に驚きたかった。
そんなつまらない嫉妬が胸に巣食う。
「あ、そういえば、私ネモちゃんからいいこと聞きましたよ。ふふ、ダリオ先輩、聞きたい?」
「いいこと?」
何か企むように訊ねるオーレリアに、思わず眉を顰めた。
「ネモちゃんと一緒に食堂で会った彼、ユリシス君でしたっけ?
なんと! 二人は! "付き合ってない"らしいですよ~!」
「いや、知ってるけど」
そんなこととっくに知っている。
なんでさもとっておきの情報のように言ってくるんだ。
「――今はまだ、ですけどね?」
オーレリアが付け足した言葉に、ピクリと身体が反応した。
「ネモちゃんにも早く春が来るといいですねー」
「……」
煽るように言うオーレリアだが、あまりにも安っぽい挑発なので無視を決め込む。
「リア、それ以上からかうとダリオがキレるよ」
「わかってるよ~。それじゃ先輩、私たちはいちゃついて来ますね。先輩にもいちゃつける相手が早く現れますようにー」
「余計なお世話だよ……」
アージュンがオーレリアを窘めるようにして腕を引き、「またね」とその場を後にする。
オーレリアに振り回されてるように見えて、アージュンの方が奔放なオーレリアの手綱を引いてるのは一目瞭然だった。
仲の良い二人の背中を見て、頭の中で考えていたのは彼女のこと。
放課後になってから結構時間が経っているし、今日のところはもう会えないだろう。
……明日になら、会えるだろうか。
でも、自分には呼び出す理由がない。
(クロの姿が変わったらしいから見たい、とでも言うか?)
いや、違う。
なんとなく――、クロをダシにしたくなかった。
(俺は、アイツに――ネモに会いたいんだ)
シャノンの言葉がふと蘇る。
『気付いたときには側にいてくれなくなっちゃうかもしれないよ』
そんなことになる前に。
自分から動き出そうと、固く心に決めた。
第五章おわり。次は嵐の前のなんとやらの甘い六章が続きます。
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