50.私が自覚したこと。
少し急ぎ足で魔法塔に戻ったのだけど、残念ながらご飯を食べる時間は残っていなかった。
ぐぅとなるお腹に、「ひもじい」とたまらず溢すと、先輩から棒付き飴を三つも貰ってしまった。
――飴と先輩の優しさのおかげで、なんとか午後の空腹は凌げそうだ。
先輩と別れ、飴を咥えながら教室に入ると、キアラが心配そうな様子でこっちへ駆け寄ってきた。
「ネモ!」
「キアラ、ごめんね。結局お昼時間内に戻れなかったや」
「……どこに行ったと思ったら……。その格好、外でエンデ先輩に燃やされて、餌付けでもされたの?
ううん、なんか自分で言ってて意味不明なんだけど」
「いや、概ねあってるよ」
煤だらけで飴を咥えてる私は、キアラから見たらさぞかし意味不明だろう。
手の汚れは洗ったら簡単に落ちたけど、ローブや制服についた煤汚れは洗濯しないと落ちそうになかった。
「私が魔力暴走させて、辺りが蔦だらけになっちゃったんだけど、先輩が魔法で全部燃やしてくれたの。その燃えた灰の中で寝転んだら、こんなことに。それで、お昼食べそびれた代わりに、先輩が飴をくれたの」
今言ったことをまとめると、キアラの言ったとおり"エンデ先輩に燃やされて餌付けされた"だ。
「中々ワイルドなことしてたんだね……。
でも顔色も戻ってるし、なんかよくわからないけど元気になってて良かったよ」
キアラには呆れたように言われてしまったけど、午前中と打って変わって「うん!」と力強く返すことができた。
◇
その日の夜。
「そんなわけで」
カタリナに向かい合い、姿勢を正して口を開く。
「先輩との適切な距離は、おかげさまで私なりの正解にたどり着くことができました」
スッキリして言う私に対し、カタリナは気まずそうに顔を俯かせた。
「う、うん……それは良かったんだけど……。
私が昨日言ったことのせいでネモを一睡も出来ないくらいに悩ませた上に、魔力まで暴走させてしまったことを私は猛烈に反省してるよ……」
「ううん、むしろ感謝だよ。カタリナのおかげで気付いたんだ。私、流されてただけじゃなくて、自分の意思で先輩に近付きに行ってたんだって」
森からの帰り道、繋いだ手は魔法塔の前まで離れることはなかった。
初めて自分から伸ばした手を受け入れてくれた嬉しさで、午後からずっと顔は緩みっぱなしだった。
「私ね、エンデ先輩のことはずっと憧れの先輩だと思ってた。
再会したときは、初めて会ったときと違っててびっくりしたし、クロを横取りしちゃった負い目もあって、ずっと考えないようにしてたんだけど……」
気心知れたカタリナと言えども、やっぱり改めて声にするとなると緊張する。ふぅっと息を吐いて言う。
「私――先輩のことが好き」
口に出すのは、これが初めて。
自分の気持ちを声に出して言ったことで余計胸にすとんと落ちた。
(うん、私はエンデ先輩が好き。憧れだけじゃなくて、ひとりの男性として)
私の渾身の告白を聞いたカタリナはというと。
「え……いまさら? う、嘘でしょ~?」
なぜか目を見開いてこっちを見ていた。
「ええ、今さらってどういう意味?」
「ネモ、本気で言ってる? 今まで気付いてなかったの?」
「いや、憧れの先輩で、いま一番仲のいい先輩って思ってはいたよ。でも男女としての好きっていうのとは違うのかなぁって……いままで恋愛経験も無かったし……」
ごにょごにょと言い訳していると、カタリナがぼそりと呟いた。
「手を握ったり、添い寝しといてそれか……。これはエンデ先輩も似たり寄ったりな気がするな……」
「ごめん、聞こえなかった、なんて?」
「あ、ううん、聞こえなくていい。それより、先輩に告白するの?」
「へ!?」
(告白? エンデ先輩に!?)
「いやいやいやいや……」
ぶんぶんと勢いよく顔を振る。
それは、ない。
私が好きでも、向こうはそうとは限らない。
好意は持ってくれてるとは思うけど、それが恋愛の意味なのかどうかは全く未知数だ。
それに、はっきり言って、怖い。
「ちょっと時期早々かな……心の準備ができてないもん」
「そんなことないでしょ。もうさっさとくっついちゃいなよ」
「それは向こうの気持ち次第でしょ。それに、先輩から断られたら、落ち込み過ぎてしばらく学校通えなくなるかも……」
先輩からちょっと距離を置いてみようとして魔力を暴走させたくらいだ。
失恋したら――たぶん、それどころじゃない。
「まあ、ネモのタイミングがあるんだろうから別にいいけど。後悔しないようにね」
「うん!」
苦笑交じりで言うカタリナに、強い頷きを返す。
(まだそのタイミングじゃない)
じゃあ、一体いつになるのか。
自分の中でもまだわからないけど、いつかは気持ちを伝えたい……漠然と、そう思った。
◇
「あー、ネモちゃんだ」
翌日、演習室に向かう途中の廊下で後ろから声をかけられた。
「オーレリアさん?」
振り向くと、ピンクブロンドの長い髪を揺らしながら、オーレリアさんが駆けてくるのが見えた。
彼女はスピードを緩めずどんどん近づいてきて……
「!?」
フンワリとした花のような良い香りが鼻をくすぐる。
「ふふ、華奢だねー」
「ええーっ?」
突然、彼女からぎゅっと抱き締められてしまい、どうしたらいいかタジタジになる。
「おーい、リア。誰かれ構わずベタベタするの禁止って言ったでしょー?」
オーレリアさんの背後から来た男子生徒が、彼女を窘めるように声をかけた。
(……あれ、この人どこかで……)
「別にいいでしょう? この前ダリオ先輩に絡みにいったときに顔見知りになったんだから」
「それでもダメ。見てみなよ、明らかに困ってるじゃん」
浅黒い肌にじゃらじゃらとしたピアス。
エキゾチックな雰囲気をしたこの人は――
「アージュンさんったら妬いてるの?」
「妬いてません。自分の彼女が変態容疑で逮捕される前に、優しく警告してるだけですー」
エキゾチックな先輩がオーレリアさんを私から引きはがすと、次は私に向かって謝ってきた。
「オーレリアがごめんね? 僕のこと覚えてる? 前にフェンの契約更新の儀で会ったと思うんだけど」
(契約更新の儀? ――あ!)
「あのときクロを召喚してた先輩!?」
やっと思い出した。
確か、召喚科のアージュンと呼ばれていた人だ。
そして、エンデ先輩、ラース先輩、アンドリューさんの仲良し四人組の一人でもあったはず。
「そうそう、それ。ダリオから話は聞いてるよ。フェンとはうまくやってるみたいだね」
「はい、おかげさまで。あ、そうだ久しぶりに会います?」
「私、会ってみたーい。今は子犬の姿なんでしょ? 絶対かわいいもん」
オーレリアさんがアージュン先輩に代わって、ニコニコと返事を返す。
アージュン先輩は「僕まだ何も言ってないのに……」とぼやいているが、会いたいと言われたのだから自慢のクロに会わせてあげたかった。
「じゃあ呼びますね」
心の中で「クロ」と呼びかけると、途端に黒い毛玉が姿を現した。
が、その姿に違和感を覚える。
(あれ? なんか……)
「なんだー! 子犬じゃないじゃん」
オーレリアさんががっかりした様子で呟く。
――そして私も、クロの姿に戸惑っている。
<やっと子犬も卒業だ>
クロがドヤ、と言わんばかりに首をツンと上に向ける。
(子犬卒業って、なにそれ)
「え、クロ。なんで大きくなってるの」
今日のクロは、大型犬くらいのモフモフになっている。
昨日今日で一気に成長し過ぎではないだろうか。
<主がレベルアップしたからな。まだ成体は維持できないが>
「ええ、私レベルアップしたの? いつの間に……」
よくわからないが、クロが大きくなれるくらい私が成長したということらしい。
「フェン! いや、今は"クロ"か。久しぶりだねー」
アージュン先輩が弾んだ声で声をかける。
それからクロの側に膝を曲げてしゃがんで、優しくクロの大きな背中を撫でた。
<久しぶりだな、アージュン>
クロもアージュン先輩の顔に自分の顔を近付け、すりすりと鼻先を擦り付けている。
(おお、ラース先輩のときとは大違い……。アージュン先輩とは仲がいいんだな)
ラース先輩に会ったときは、グルルと唸って威嚇しまくっていたのに、えらい差である。
「私も触らせて~」
オーレリアさんがアージュン先輩の横からわしゃわしゃとクロを触りだす。
クロも満更でもなさそうで、二人と一匹の素敵な空間が廊下に生まれていた。
その様子を見てると、なんだか――
(これは、まさに恋人たちの休日……)
「あ、あの……」
「ん?」
「お二人は、お付き合いされてるんですか……?」
一度気になると止まらず、思い切って二人の仲を確認する。
「そうだよ。リアが一年のときからだから、もう長いよね」
「ねー」
二人で顔を見合わせて相槌を打つ姿は、仲良しカップル以外の何者でもない。
(なんだ。オーレリアさんは、エンデ先輩が好きってわけじゃなかったんだ……)
ひゅるひゅると音を立てるように全身の力が抜けた。
……彼女とエンデ先輩の仲を疑っていたのが馬鹿みたいだ。
思わず、今まで思っていたことが口から零れ出た。
「私……前にオーレリアさんと食堂で会ったとき……実はオーレリアさんとエンデ先輩が付き合ってるのかと疑ってました……」
私の言ったことに、オーレリアさんは大きな目をさらに大きくして驚いた。
「えっ!!? 私とダリオ先輩が!? ないないっ! あの人は完全にお兄ちゃん枠でしょー!」
お兄ちゃん枠。
確かに、面倒見はいいけれども。
「はは。リアは誰にでもあんな感じだから、勘違いもするよねー?」
アージュン先輩の言う"あんな感じ"とは、オーレリアさんのパーソナルスペースの近さを指しているのだろう。
「やだー、アージュンさんったら、次はダリオ先輩に妬いてるのー?」
「もうその時期は過ぎたよ」
オーレリアさんの頭を撫で、悟ったようにして言うアージュン先輩の雰囲気は甘い。
オーレリアさんも、前にエンデ先輩といたときと違って、アージュン先輩に対してはなんというか……その表情から愛しさが溢れでていた。
「で? そういうネモちゃんこそどうなの?
食堂でおんぶしてもらってた彼と付き合ってるの?」
「……ん!? ユリシスですか!?」
まさかオーレリアさんから反撃が来るとは思わず、必要以上に大きな声を出してしまった。
「か、彼はただの仲の良いお友達です」
面倒見のいい、ポンコツ仲間。
それが私にとってのユリシスというクラスメートだ。
向こうも私のことを似たような感じに思っていることだろう。
「え、そうなの? そっかそっか! うん、わかった!」
「なにがわかったの、リア。またなんか企んでる顔してない?」
突然機嫌をよくしたオーレリアさんを見て、アージュン先輩が訝し気な表情を浮かべる。
「べっつに~。あ、ネモちゃん。私恋バナは大好物だから、なにか相談事があったら、いつでも頼ってくれていいからねー。こう見えて口は固いから」
フフフ、と笑うオーレリアさんの圧に負け、「は、はい」と返事をかえす。
オーレリアさんは私の返事に満足したのか、立ち上がってさっきと同様に私に軽いハグをする。
そしてそのまま、耳元でこっそり囁いた。
「……特にダリオ先輩のこととか、ね」
「!」
「さ、アージュンさん、そろそろ星見塔に行こうよ」
「そうだね。じゃあね、ネモちゃん。クロも、また」
オーレリアさんとアージュンさんは二人仲良く腕を組んで、その場を去っていく。
二人の後ろ姿が見えなくなったところで、大きくなったクロをワシワシしながら呟いた。
「……クロは二人と仲良しなんだね」
<あの二人のことは好きだ>
クロが終始尻尾をぶんぶん振っていた様子からも、彼らのことが好きだということは伝わってきた。
長く付き合っていてもずっと仲良しで、自然と触れ合っている二人。
「いいなぁ……」
ぽつりと口から零れ出た言葉は、何に対してのことなのか、私自身にもわからなかった。
思ったよりストックがあったので、来週から週4更新、今週は毎日更新です。




