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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第五章 すれ違い編

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49.二人の距離感を考え直したら、暴走し始めました。(2)

私の大きく叫んだ声とともに、一本の蔦がもの凄い勢いで地面を這う。

目にも止まらないスピードで進んでいった先は先輩の足。

ぐるぐると一気に巻き付き、膝下までを覆ってしまった。


細い蔦なのに強度はそれなりにあったのか、足を取られた先輩は前に進むことが出来ず立ち止まる。


さっきみたいに燃やしてしまえば簡単に振り切れたはずだ。

けど、先輩は魔法を使おうとはせずに私の方を振り向いて困った顔をした。


どうしたらいい?といった視線を向けられるけど、私もどうしたいのかわからない。


それでも――


「ええと……」


すうっと息を吸ってから一息で伝える。


「やっぱり、ここにいて欲しいです」


それから、小さな声で付け加えた。


「できれば――隣で」


蔦が緩む。


足が自由になった先輩は何も言わず引き返して、私が転がっている横に腰を落とした。

……人ひとり分くらいの間を空けて。


「きゃん」


〈ダリオが付いててやるなら、私は戻る。その方が主の魔力の回復も早いだろう〉


「え、あ」


引き止める間もなく、クロは姿を消してしまった。

この場に残ったのは先輩と私の二人だけ。


前はクロがいなくても先輩と二人で平気だったのに、今日はソワソワしてしまう。

ちらっと隣を見ると、先輩は私の方は見ずに、真っ直ぐどこかを見つめていた。


「……呼び止めてすみません」

「いいよ」


先輩の返事を皮切りに、ポツリと会話を交わしていく。


「先輩が遠い」


「さっきの話聞いて反省してるから」


「なんで反省するんですか」


「そりゃ、おまえに対して匙加減を間違えたから」


「間違えてないです。私、一回も嫌がったことないです」


まるで貧血になったときみたいに力が入らない。

それでもなんとか先輩のほうへと腕を伸ばす。指先が先輩のローブへ触れ――


(よし、届いた)


裾を掴むことに成功し、クイッと引っ張る。


「……」


でも、先輩はそのままの位置から動かない。


(ああ、私が余計なこと言ったから……)


掴んでる手に力を込めて、今度は強く引っ張る。


"私の距離感"を先輩が嫌じゃないなら、いつものように隣にいてほしい。頑張って手を伸ばす距離じゃなくて、簡単に触れ合うくらいの間隔で、だ。


それでも先輩は動かないから、最終手段に出ることにした。


「あ、おい」


ゴロンと寝返りを打って、先輩のローブへ顔を埋めた。

たぶん、私のローブは灰と煤でどえらいことになっているだろう。

でも……それでもかまわなかった。

また逃げられないように、ローブの端を両手で握りしめる。


(ちゃんと気持ち伝えなきゃ……)


「私……魔法学科に入ってから感覚おかしくなってるかもですが、私にとっての先輩との距離感はこれくらいが"普通"です」

「……」


やっと、先輩の視線が私のほうへ向いた。

先輩は膝をかかえ、はぁっと息を吐いた。


「――言い訳させてもらっていいか?」

「言い訳? どうぞ」

「おまえも知ってのとおり……俺は遠征から帰ってきて、精神的にかなり参ってた。

誰かに触れることで……その不安を解消してた」


その"誰か"というのが私やクロを指していることはすぐにわかった。


「いまは、だいぶ安定してて……」


先輩は少し言いづらそうにして続けた。


「だから、冷静に振り返ってみると……相当おまえに対してバグってたって、改めて気付いた。だから、ごめん」

「謝らないでください!」


最初こそ急に手を繋がれたり、私を抱え込んで眠ってしまったりしたことに驚いたけど、振り返ってみても、全部嫌ではなかった。


「私は嫌じゃなかった。……先輩も嫌じゃなかったなら、"私たちの普通"はやっぱり今までのものなんだって思うんです」


寝返りを打った身体をさらに近付けて、膝を抱えていた先輩の腕に触れる。

びっくりした顔を向けられたけど、先輩は私の手を振りほどこうとはしなかった。


「先輩は……遠征から戻ってきて、私以外の人ともたくさん触れ合ってきたんですか?」


――モヤモヤしていた最大の原因を口にした。


ごくりと唾を呑む。


「……ネモだけだ」


「!」


「あとは、クロ」


先輩がぶっきらぼうに付け足す。

どちらかというと動物枠に私が流れ込んだ感じがしたけど――それでもやっぱり嬉しかった。


さっきまで先輩の足を拘束してた蔦に、一斉に小さな花が咲き乱れる。


「あ、おい。魔力回復してるところなのにまた漏らすなよ」


「すみません、つい……」


こんなに自分で制御できなくなるなんて、いつ以来のことだろう。

小さい頃はよく感情の高まりとともに、魔法を爆発させていた。

学園に入ってからは落ち着いてたはずなのに。


「制御具、いる?」

「遠慮します……私が付けたら魔力が回復しても動けない気がします……」


言いながら両手で顔を隠した。


「昔はよく、怒ったり、泣いたりしたときに今みたいな感じで暴走してたんです。子どもの癇癪を今になってもやっちゃうなんて、恥ずかしい……」

「花咲かせるくらいなんだったら、かわいいもんだろ」

「あ」


確かに、魔力を大暴走させて辺り一面を灼熱地獄にする人の前で言うセリフではなかった。


「家族も別に怒ってなかっただろ?」


「うーん、困ってはいましたけどね。うち、実家が園芸農園なんで、時期じゃないときに蒔いてもない花を咲かせてしまったり、逆に収穫期に枯らせてしまったりもしてました」


一度大きな癇癪を起こして、家を蔦で覆って家族の誰も中に入れなくしたときは本気で怒られたけど。敢えて言う必要もないから黙っておく。


「確かに、仕事に影響が出るんなら困っただろうな」

「そうですね……一時は私が転ぶたびに泣いて魔力を暴走させてたんで、繁忙期は農園を出禁にされてましたよ」


先輩が袖で顔を隠して笑いを堪えている。

……いたたまれないからどうせ笑うなら堂々と笑ってほしい。


「そういう先輩はどうなんですか?」


たまらず反撃に出てみた。


「俺? 俺はむしろ昔のほうが安定してたよ。逆に……家族がいなくなった後は、わりと魔力を暴走させてたかな」


「……っ」


あまりにさらっと言うので、一瞬、言葉に詰まってしまった。


「――前に弟さんと妹さんがいらっしゃるって言ってましたけど、どんな家族だったんですか?」

「どんなって、普通のどこにでもいる家族だったよ。弟や妹にはしょっちゅう魔法を見せてってせがまれてた。親からは暖炉の火付け役に任命されたり……」

「ふふっ。火付け役ですか」

「人のことマッチ代わりにしてたんだ」

「斬新なお手伝い係ですね」


自然と先輩家族の光景が目に浮かぶ。

どこにでもいるありふれた、でも幸せな家庭。

穏やかに話している様子からも、家族仲も良好だったのだろう。


「家族で魔法が使えたのは俺だけだった。親は二人とも軍医だったから応急処置が得意でさ。色々叩き込まれたよ。治癒魔法はそのときの知識がベースになってるんだと思う」

「ええっ、ご両親ともにお医者さんだったんですね……」


なぜか大いに納得してしまった。

先輩が特待生制度を使えるくらい頭がいいのは、間違いなく遺伝……。


そして私の捻挫を治してくれたのも、先輩のご両親の教育のおかげだったらしい。

でもたとえ私が先輩の立場だったとしても――親に色々叩き込まれたところで、それを治癒魔法に転用するなんてことはまず思い付かないのだけど。


「先輩はご両親のように医者を目指そうとか、幻術科に入って治癒師の道に進もうとは思わなかったんですか?」

「そりゃもちろん昔は"親よりも立派な医者になるんだ"、って漠然と思ってたよ。でも段々と魔法で何かするのが面白くなって、自然と医者になりたいって言わなくなってたな」

「やっぱり先輩は魔法が好きなんですね」


そうでもなければ、今みたいに巧みに魔法を使いこなすことなんて出来なかったはずだ。

それに、私があのとき初めて見た"ただの炎"の魔法だって、先輩が魔法を愛してたからこそあのような綺麗な光景になっていたのだろう。


先輩は私の言葉に少しだけ驚いた顔をして。


「ああ」


それから、目を細めて言った。


「好きだよ」


「何回暴走しても、何回やらかして失敗しても、次はどうしようかって考えるくらいに」


そう断言する先輩は――眩しい。


私も魔法を使うのは好きだ。

けれども、それを突き詰めるくらいに好きかと問われたら、それはまた別の話。


「そこまで言い切れる先輩は本当に素敵だと思います」


ほとんど無意識に、ポロリと本音がこぼれた。


(げ、心の呟きが漏れた)


やってしまったと口を両手で塞ぐ。


「……ありがとう」


けれど先輩は茶化すでもなく、私の言葉を素直に受け取ってくれた。


(こういうところも、素敵)


私がしみじみと感じていると、先輩が腕時計を見ながら言った。


「もう起きられそうか? 昼休みもあと少しだけど」

「あ、もうそんな時間なんですね。すみません、もう大丈夫だと思います」


手をついて身体をよいしょと起こす。

まだ脱力感みたいなものはあったけど、立ち上がることができるくらいにまで回復していた。

二人してローブについた灰を払っていく。


「あ、髪に灰がついてる」

「先輩も後ろのとこ、煤だらけです」


お互いについている汚れを手で払う。

それから――私は思い切って、今日一番の勇気を出した。


「先輩、手のひら見せてください」

「ん?」


広げた手は灰と煤で真っ黒だ。


「うわ、すごいことになってる」

「私だって負けてないですよ!」


私も掌を先輩の方へ向ける。

言った通り真っ黒な手に、先輩が顔を顰めた。


「やばいくらいお互いに汚ねぇな」

「戻ったらまず手洗いですね」


そう言って――先輩の手を取った。


「おい……距離感の話どこいったんだよ」

「これが、私にとっての普通です」


それから、ごく小さな声で付け足した。


「………………………………先輩限定で」


めちゃくちゃに大胆なことを言ったし、大胆なことをやってのけている自覚がある。

言ってから恥ずかしくなり、顔を下に向けた。


(嫌がられるなら、それまで)


でも、なんとなく確信していた。


先輩にも、私限定の距離感があって。

それは……私と酷似してるんではないかと――


「……」


先輩は何も言わずに私の手をにぎにぎする。

私も負けじと握り返す。


魔法塔に着いた頃には、お互いの手は同じくらいに真っ黒になっていた。



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