47.疑惑は続くよどこまでも。
「ネモ、今日はなんかご機嫌だね~」
机越しにカタリナがため息交じりで尋ねてくる。
今日は珍しくカタリナのクラスでも課題が出たらしく、机に向かってレポートを仕上げていた。
一方、放課後に課題を終わらせた私は、ベッドの上でにやにやしながら、寝る前の時間をのんびり過ごしていた。
「うん、わかる?今日ね、昼休みと放課後に先輩に会ったんだ。久しぶりに会えたからか、なんかずっとフワフワしてる。
しかも、私授業で捻挫して歩けなかったんだけど、先輩に治してもらったの! すごくない? 治癒魔法って魔法体系が違うから専門的にやらないと使えないのに」
幻術科で習うことができる治癒魔法は医学の知識が必須だ。
イメージが大事な魔法にとって、治癒魔法は人間の身体の作りを知っておく必要がある。
そのため、いくら魔力を持った人でも簡単には使えないのが治癒魔法だったりする。
にも関わらず、身体の見えない部分にある傷を、先輩はいとも簡単に治してしまった。
「え、治癒魔法まで? それは確かに凄いかも……エンデ先輩ってほんと何でもできるね……」
カタリナはすごいと言いつつ、やや顔が引きつっている。
本当に底が知れなくて、ある意味恐ろしい。
「というか、ネモは歩けなかったのに、どうやって先輩に会うことができたの? まさか先輩がネモのところまで会いに来たわけじゃないよね?」
カタリナが首を傾げて不思議そうに問いかける。
「え、うん。ユリシスって覚えてる? 私と底辺合戦を繰り広げてるクラスメート。
あの子が私をおぶって食堂まで連れてってくれて、そこで偶然会ったんだ」
「ユリシス君に、おんぶ? え、なに、彼は罰ゲームでネモを運ぶ羽目になったの?」
「ちょっと先輩と同じこと言わないでよ……ユリシスの方から運んであげるって言ってきたんだよ。
魔法学科の食堂は今日日替わりが唐揚げだったから、私が楽しみにしてたの知っててさ」
本当にユリシスは面倒見がいいと思う。
「ペアで近くにいたのに助けられなかったから」なんて言われたけど、あれは油断していた私が百パーセント悪いので、彼には何の責任もなかった。
それなのに、色々と世話を焼いてくれて……ただただ感謝しかなかった。
「なんかよくわかんないけど……。
ユリシス君がひたすらお人よしなのか、それとも打算ありの行動をとっただけだったのか……」
「打算だなんて。そんなんじゃなくて、めっちゃいい奴なんだよ、ユリシスは」
私の言葉にもごもごと口ごもるカタリナを置いといて、ふと思い出したことを口にする。
「あ……でも、そのとき、エンデ先輩は見たことない女の先輩と一緒だったんだ……」
エンデ先輩とやたらに距離の近かったオーレリア先輩の姿を思い出す。
仲良く腕を組んで一緒にランチを取っていて、先輩も彼女の積極的な挙動に嫌がる素振りは見せてなかった。
でも、放課後に確かめたとおり、二人は付き合ってるわけではないのだろう。
……今はまだ。
「……」
「あ、また百面相してる。そりゃ先輩も付き合いがあるでしょ。ネモだってユリシス君とは異性だけどお友達なわけだし」
「それはそうだけど……。ユリシスと私とはまた話が違うよ。こっちは友情、向こうはすごい男女って感じのオーラが出てて……。二人は付き合ってるわけじゃないらしいんだけど……
見ててなんかモヤモヤした」
そう、モヤモヤした。
それは、やっぱり先輩はモテるんだという知りたくなかった事実を突きつけられたからで――
もしかしたら、一番仲の良い異性は私なのでは、と勘違いしていた自分が恥ずかしくなるくらいに、ずん、と気分が沈んだ。
「まぁ、あれだけのスペックなわけなんだから、エンデ先輩がモテないはずはないでしょ」
カタリナがため息混じりで続ける。
「ネモは放課後二人きりで会ってたんでしょう? 聞いた感じ、ネモのほうが一歩リードしてるっぽいけど?」
「私の場合、クロありきだったけどね……
向こうは、腕組みして食堂に入ってきて二人きりでランチ食べてて、しかもその女の先輩は名前でエンデ先輩のこと呼んでたんだよ。
これで私、一歩リードできてる?」
「お、おお……そうか。思ったより男女男女してたのね……それは向こうが一枚上手かも……」
カタリナもさっきの余裕発言から一転、オーレリアさんに分があるように言ってくる。
「だよね。でも……」
言おうか迷ったけれど――私がフワフワしてしまったことについて、カタリナには話を聞いて欲しかった。
「今日放課後に先輩が来るのを待ってたとき、私昼寝しちゃってたんだけど……」
「うん。状況がわからないけど、ネモだからいいよ。続けて」
なぜか残念そうな顔をカタリナに向けられたけど、素直に話を続けた。
「起きたら――先輩に抱き寄せられて二人で寝てた……」
口に出すと思いのほか恥ずかしく、顔がじわっと熱くなり、たまらず両手を頬にあてた。
「ん~~~~~~っ!?」
さっきまで半目になっていたカタリナの目がくわっと見開いて、椅子からずり落ちそうになっている。
「まってまって、どういう状況!?」
「先輩、放課後に昼寝するときにクロを抱きかかえて寝るんだけど、たぶん、私とクロを間違えたくさい。
本人は否定してたけど……」
カタリナは落ちそうになった身体を椅子へ戻し、ぶんぶんと首を振る。
「いや、間違えないでしょ、普通! それに、先輩も否定したんでしょ!? 確信犯じゃん。えー何それ、先輩は一体何考えてんの!?」
「うーん。詳しくは言えないんだけど、先輩不眠症みたいなことになってるから、人肌恋しがるときあるんだよ。たぶん、そのせいかも」
「不眠症だからって、付き合ってもないただの後輩を抱き枕にする奴がどこにいるの! ネモ、前から思ってたけど、ネモは男女の距離感が大分ズレてるから!」
「え、ズレてるの?」
そう言われても、普通の基準がわからない。
というのも、魔法学科に入って以来、周りは男子生徒ばかり。
最初は貴重な二人だけの女子生徒とあって、気を遣ってくれていたクラスメイトも、日を追うごとに遠慮がなくなっていた。
いい意味でも、悪い意味でも、だ。
だからこそ、エンデ先輩と手を繋いだり、抱き締められたりしたことも、それが"ズレてる"と感じなくなっていた。
(そもそも――先輩はちょっと心が弱ってるってのもあるし……アニマルセラピー的な感じで、私に接してる気もするし)
「前にもカタリナに言ったでしょう?
先輩にとって、私は湯たんぽなんだよ」
「湯たんぽだからって、なに。付き合ってもない後輩を自分の好きにしていい理由にはならないよ」
「先輩の好きにさせてるのは私だけど……」
――先輩に触れられるのは、嫌じゃない。
いつだってドキドキするだけ。
それに、今日は特に……
昼にオーレリアさんと仲のいい様子を見て落ち込んだあとだったからこそ余計に、私はまだ必要とされてるんだって浮かれてしまったというのもある。
「エンデ先輩が、その仲よさげな先輩とネモのことを両天秤にかけてたらどうする?
ネモにしてるのと同じようなことを、その先輩にしてたら?
それってどう思う?」
「どうって、それは不誠実だなって思うよ」
「じゃあ、次に会ったとき、聞いてみて。
ネモだけが特別じゃないって可能性だってあるんだから」
「先輩は……そんな人じゃないと思う……」
思うけど、私が見てるのは彼のほんの一部で、実はとんでもなく女癖が悪い人っていう可能性もゼロじゃない。
(そんな器用そうな人には見えないけど)
私のほうこそ、クロを免罪符にして"適切な距離感"がわからなくなって、少し近付き過ぎたのかもしれない。
――じゃあ、どうすればいいんだろうか。
放課後の呼び出しがあったら、クロだけ派遣したらいい?
そしたら、それが適切な距離感?
(正解がわかんない……)
「なんか頭痛くなってきた。もう、寝るね」
さっきから、胸のあたりが風邪をひいたときのように気持ち悪くなっていた。
カタリナとの会話を切り上げて、布団を被る。
けれども、いつもと違って全然眠気が一向にやってこない。
(こんなときこそ、クロの出番だ)
モフモフに顔を埋めてさっさと寝よう、そう思ったのに――
〈今日は主の魔力が不安定だ。寝てる間に私を呼び出したままにすると、消耗するだけだぞ〉
「え、そうなの?……わかった、戻っていいよ」
まさかのお断りを食らってしまい、さらに胸の中にぐるぐるとしたものが渦巻いていく。
今度は布団を頭から被り、どうにかして気持ち悪いのをやり過ごすことにした。
(今日は、先輩じゃなくて私が不眠確定かも……)
そして、その予感どおり――
私は一睡もできず、頭をぼんやりさせたまま朝を迎えてしまったのだった。
夜も投稿予定。




