46.先輩、さすがにこれは近すぎやしませんか。(2)
「はい」
「え……。ありがとうございます」
なぜかよくわからないが、ポケットから出された棒付き飴を差し出されたので、素直に受け取る。
(いちご味……)
オレンジ、ぶどう、そしていちご。
果たして何種類あるんだろうか、とどうでもいいことを考えながら、包みを取って口に入れた。
先輩が光の球を作り出し、ぽいっと向こう側へと座ったまま投げる。
それをクロがワフワフ言いながら取りに行って咥えて持ってくる。
――なんだこの平和な時間は。
ひたすらに穏やかで、心地いいだけの時間。
ほぼ肩が触れ合う距離に先輩が座り、そこへクロが褒めて褒めてとやってくる。
先輩もクロの毛をガシガシと激しく撫で、思う存分にモフモフを堪能している。
「今日はいつになくワンコじゃねぇか。子犬姿卒業はどこいった?」
〈うるさい〉
文句を尻尾を言いながらも、クロは尻尾をぶんぶんと振っており、久しぶりに先輩に遊んでもらえて嬉しいというのは明らかだった。
「子犬姿卒業って、クロって普段の姿も成長するんですか?」
「あ? 今さらか。アンソニーのときも、俺が一次的に契約してたときも大きな狼姿だったよ、コイツは」
「大きな、狼? 前に先輩の魔力食べて戻ってきたときの大きさってことですか?」
「きゃん」
「……」
なるほど、今のクロは私のへっぽこに引きづられて無邪気な子犬になってしまっているということか。
(……私が死ぬまでの間に、クロは成長できるのかな……出来なかったらごめん、かわいい毛玉のままでいてください)
「あきらめんなよ」
「先輩は人の心読まないください!」
ぐぬぬと飴をガジリと噛む。
そうだ、クロの成長は卒業までの目標にしたらいい。
それが私にとってはちょうどいい道のりな気がする。
そこでちょうど、会話が途切れた。
別に沈黙が気まずいわけではない。
ただ……昼の間からずっと気になっていたことを確かめるチャンスだと思った。
(あんまり気乗りはしないけど……)
ほんの少しだけ先輩に視線を向け、静かに口を開く。
なにせ、近い。
「――先輩は最近忙しいんですか?」
「え? いや、前と変わらずだけど」
「そうなんですね。クロの呼び出しが最近ご無沙汰だったから、そんな暇もないくらいに忙しかったのかなぁって」
一週間の停学のあとは制御具に翻弄され、てっきり学園外の時間は予定がパンパンに詰まってるのかと思っていた。
けど、先輩をみる限り前より顔色もいいし、魔法塔に戻ることもなくこうして緩い時間を過ごしてる。
「忙しいというか、思うところがあったというか……」
今日の先輩はどこか歯切れが悪い。
何かやましいことがあるようなトーンで言葉を濁してくる。
だからこそ……
「別の予定」で埋まっていると、思いあたってしまったのだ。
(――やっぱり。これは……)
「あ、あの……」
本当は、聞きたくない。
けれども、勝手にフェードアウトされるより、マシ。
少しだけ間をおいて――ひと思いに聞いた。
「か、彼女が出来たから……ですか?」
けれど、思いのほかか細い声になってしまい、気まずさで咄嗟に下を向く。
(「なんでわかった?」「そのとおりだ」「詮索すんな」こんな風に言われるのかな……)
足元を見つめながら、返事を待つ……
が、なかなか返事がやってこない。
「……?」
おそるおそる顔を先輩へと向けると。
「はぁ?」
今までに見たことがないくらいに、その端正な顔を思い切り歪めていた。
予想外の反応に、思わず目をぱちくりとさせてしまう。
「おまえ……なんでそんな思考に行き着くんだよ」
先輩は頭をガリガリ掻いて、はぁとため息をつく。
「忙しいの知ってんだろ」
「え、えぇ?」
「……クソッ」
なぜか悪態までつかれ、何の地雷を踏んだんだとおろおろする。
(なに? 逆に振られでもしたの?)
「すみません、立ち入ったことを聞きました……」
「言っとくけど、振られたとかでもねぇよ」
「ひっ、だから人の考えを読まないでください」
言動も眼光も鋭くて怖い。
さっきまでの穏やかさはどこにいってしまったんだ。
それに、今は無駄に距離が近いから、色んな意味でドキドキする。
「わっ」
突然、身体をとんっと先輩の肩で押された。
反対側へと自分の身体が傾く。
「ええ!? ひどい」
「うるせぇ、変なこと言い出すからだろ」
(いや、今のは理不尽だ)
謎の対抗心を燃やし、地面に片手をついて先輩の方へ勢いをつけて肩をぶつける。
お返しのつもりで全力でぶつかったのに、先輩はびくともしない。
「軽いな」
「ぐぬぬ」
はっと吐き捨てる先輩にだんだんと腹が立ってきた。
(ちょっと聞いただけなのに、なんで私が藪蛇したみたいになってるんだ……悔しい!)
そこで、仕返しと言わんばかりにそろりと手を伸ばし――
先輩の脇の下を、さわさわとくすぐった。
「!? おい、やめろ!」
先輩は身体を思い切りくねらせて、逃げようとするが、私がそれを許さない。
結局、先輩はそのまま身体を反対側に倒してしまった。
(おお、めっちゃ効いた!)
咄嗟にやったことだけど、先輩が思いのほか本気の抵抗を見せたので――つい調子に乗ってしまった。
「やめませんよ~」
身体を乗り出し、倒れてる先輩の背中に手を回し、つぎは両脇をこしょこしょと指でくすぐる。
「うわ、やめろ、ひ……」
身悶えする先輩に、私の手は止まらない。
(まさか先輩にこんな弱点があったとは)
最強の先輩は脇の下に弱い。
衝撃の事実かつ大発見だ。
けれど、向こうも当然やられっぱなしじゃないわけで。
ガシッ。
「!」
一瞬の間に、身体が地面へ倒れ込んだ。
私の視界は、先輩でいっぱいになる。息をすると、先輩の香りのようなものが漂ってきた。
「はぁ……止まった。死ぬかと思った」
先輩がほっとしたように呟くが、私の方は彼の腕の中で死にかけていた。
――先輩に抱え込まれ、二人して地面に転がっている。
はたから見たら、何いちゃついてるんだと勘違いされかねない状況だ。
(待って待って待って。どうなってるの、これ。先輩離そうとしないし)
「先輩、私の負けです、ギブアップです……」
素直に降参したものの、腕の力はまったく弱まらない。
「やだね、離した途端またくすぐってくるだろ」
(いや、どれだけ警戒心が強いのさ……)
「そんな恐ろしいことしませんって」
裏切ったが最後、どんな報復がくるか未知数だ。
口にした通り、そんな恐ろしいこと小心者の私ができるわけがない。
「もうしませんから」
「……絶対だな?」
「はい、絶対です。クロに誓います」
「……」
私の言葉を信用してくれたのか、先輩の腕の拘束がすっと離れた。
その隙にひょいと身体を起こして、髪とローブの乱れを整える。
先輩はまだ横で寝そべったまま顔を腕で覆っている。
不貞腐れるような様子に、ついからかい混じりで小さく呟く。
「……先輩の弱点、知っちゃった」
「おまえ、今度はやられる前に動きを封じてやるからな」
先輩は身体を起こしながら、悔しそうに言い捨てる。
その様子がなんだか可愛らしく見えるのと同時に、新しく先輩のことを知れたということが嬉しくて――
その後、先輩が魔法塔に戻るまでの間、私の頬はずっと緩みっぱなしだった。
明日も朝投稿。




