39.ポンコツ仲間と備品庫でハプニング発生です!
午後の授業はずっとソワソワしっぱなしだった。
いつもなら途中でお腹が空いてソワソワするのだけれど、今日は違う。
放課後が近づくことが嬉しくて、一つ授業が終わるたびに、カウントダウンをしていた。
……午後だけで、「落ち着け」と何回キアラに言われたかわからない。
それくらいに気持ちが落ち着かなかった。
そして、ようやく授業が終わったと思うと――
「フィリアス、ちょっと」
「? はい」
ヨシュア先生から呼ばれ、教壇まで行く。
ユリシスも先生に呼ばれたらしく、先生の近くで指示を待っている。
「おまえたち二人に頼みたいことがある。時間は大丈夫か?」
「はい、なんでしょうか」
ヨシュア先生の頼みは、その大半は雑用。
魔法球を取ってこいと言われたり、ここを片付けとけと言ってきたり――。
そして、ポンコツコンビの私たちは雑用を言いつけられる割合が、他の生徒に比べ、格段に多かった。
「今日使った器具を片付けるついでに、備品庫の整理を二人にお願いしたい。ピクシーが入り込んだようで、酷いありさまなんだ。器具にはラベルが貼ってあるから、整理自体はそう難しくはないはずだ」
「わかりました。終わったらそのまま帰っていいんですか?」
ユリシスが尋ねると、ヨシュア先生が頷いた。
「ああ、ただ扉にロックの魔法をかけて帰るのを忘れずに」
「了解です」
そう言うと、先生は器具を残して行ってしまった。
(嘘でしょ~こんな日に限って! ああ、ついてない……)
「ネモ、大丈夫? エンデ先輩が待ってるんだよね?」
「うん……時間の指定もなかったし、大丈夫。先輩のとこに伝書鳥だけ飛ばしておくよ」
はあ、と溜息をつき、伝書鳥の呪文を唱える。
『お疲れ様です。
用事があるので、終わり次第すぐそちらに向かいます。
クロを先に行かせます。
ネモフィラ・フィリアスより』
現れたのは、いつも通り緑色の手のひらサイズの小鳥。
「ぴぃ」と一鳴きし、不安定な飛び方でバタバタとせわしなく窓の外へ飛んで行った。
「ネモの伝書鳥って、今朝のエンデ先輩の雛鳥に似てるね」
「え、ごめん、それってどっちの意味で捉えたらいい?」
可愛いか、それとも未熟という意味か――
「さて、これ備品庫に運ぼうか」
後者だったのだろう、ユリシスは言葉を濁してちゃっかり話題を変えた。
「あ、ちょっと待って」
備品庫に移動する前に、クロを呼んで、先に森に行って先輩に会うよう伝える。
<承知した。なるべく早く来てくれ>
「うん、わかった。じゃあ、よろしく」
クロの姿を見送ると、今度こそユリシスと二人、備品庫へと向かった。
◇
『ようじがあるのー。おわったらむかうよ! クロあげるー。ねもー』
緑の鳥が、間抜けな声で鳴いた。
制御具を付けたときの自分の伝書鳥もかなり酷いものだったが、これも大概だ。
<伝書鳥の伝えた通りだ。主は後から来る。今は私で我慢しとけ>
座ってる俺の膝の間に、クロが寝そべる。
背を撫でろということなのだろう。
モフモフの毛並みを往復し、気持ちよさげに目を細めるクロを眺める。
<――昨日、何かあったのか>
あまり余計な詮索はしないクロが、めずらしく自分の様子を尋ねてきた。
「ん……まあ、いつものやつだ。ほぼ一睡もできなかったのと……学園では制御具のせいで休まらないからな。早々におまえの予約を入れさせてもらっただけだよ」
結局、昨夜はずっと不安感が身体を付きまとっていたせいで、明け方になっても仮眠をとることができなかった。
かといって学園にいる間は制御具のせいでダルすぎて眠れず、起きっぱなしの頭は靄がかかったみたいになっている。
話しながら、木の幹から身体をずらし、地面に横になる。
クロの暖かな身体を抱き込むと、途端に睡魔がやってきた。
<昼は、私を追い返したくせに>
「はは、ごめん。拗ねたか?」
昼休みは、昼に行く研究生たちの誘いを断り、身体を休めようと横になったときに、クロが姿を現した。
アイツが気を効かせて派遣したということだったが――
……本人が来たらいいのに。
怠く回らない頭で思いついたのは、なぜかそんなことだった。
しかも結局、連れて来てもらったアイツに、また「変なこと」をしてしまった。
でも、後悔などなく、指先に感じたアイツの温もりのおかげで、不思議と怠さが解消された気がした。
<拗ねてなどいない。ほら、今のうちに寝とけ>
「うん、おやすみ」
緩やかに目を閉じる。
すると、眠れなかったのが嘘のように、一瞬で意識が沈んでいった。
◇
「うぁわ……。冗談きついね……」
「なんでヨシュア先生はこれを二人で片付けることができると思ったの……?」
備品庫に着いた私たちは、入り口の扉を開けて絶句した。
棚のすべての機材が床という床に折り重なって落ちており、魔法球なんかの細々した器具は、投げて遊んでいたのかあっちこっちに転がっていた。
教室から運んできた器具も、一時的に置く場所すら見当たらず、箱をそのまま廊下へ直置きする。
「えー……これ、どこから手をつけたらいい?」
足の踏み場すらないので、扉を閉めて作業することもできない。
「いったん全部廊下に出すしかないね。手分けしてやろう。俺は重そうな箱を全部出すから、ネモはそこに細々したものを詰めていって」
途方に暮れる私に対し、ユリシスは冷静に役割分担を口にする。
彼の指示に従って、足元に気を付けながら山になっている備品を少しずつ箱の中に分類しながら詰めていく。
やっと備品庫の床が半分見え始めたところで、箱を持ったままユリシスが呟いた。
「――ちょっと変なこと聞くけどさ」
黙々と作業していた私は、ユリシスの声に一旦手を止めた。
彼の方を見て「何?」と首を傾げ尋ねる。
「ネモとエンデ先輩って……付き合ってたりするの?」
「へ」
ごとん。
思わず手に持ってた器具を床に落とした。
「わ、ごめん」
「大丈夫?」
慌てて拾い上げ、傷がついてないか確認する。どうやら破損もなく無事なようだ。
「大丈夫――、えと、付き合ってないよ。ただの先輩と後輩」
動揺を隠すように、止めていた手を再開して答えた。
でも、私の答えにユリシスは満足しなかったらしく、さらに質問を重ねてきた。
「可能性は? その、ふたりが付き合うようになる……」
「え、……いや、どうなんだろ。少なくとも、今はそんな関係じゃないと思ってるよ」
言葉を濁す。
(先輩と付き合う可能性――? いや、ないでしょ。最近仲いいけど、ポンコツと付き合う前に、先輩にも他にいい人が――え、いるの!? いてもおかしくないよね!?)
「なんか、百面相してるけど……」
「あ、ごめん、なんか意識が明後日の方向に飛んでた。先輩は今いろいろと大変だろうし、私も目の前の課題でいっぱい……っていうか今は片付けか、そんな余裕ないし」
正直な話、"付き合う"ってことがわからない。
今は憧れの先輩の役に立つ、ただそれだけで満足なのだから。
「じゃあ、もしネモが他の男子生徒から告白されたら、どうする?」
ユリシスは作業の手を止めず、淡々と質問を投げかけてくる。
今まで彼とこんな内容の話をしたことが無かったから、余計に気持ちが落ち着かなくなってしまう。
「どうって……いいなって思う人だったらオッケーって言うし、大して知らない人だったらごめんなさい、かなぁ。でも私、いままでそんな経験ないから、告白された! ってことだけで嬉しくてオッケーしちゃうかも。
……なんて」
ふと、備品庫内の音が静まり返っていることに気付き、ユリシスの方を振り向く。
彼は作業の手を止め、灰色の瞳が、こちらをじっと真っ直ぐに見つめていた。
「ユリシス?」
「もし……俺だったら?」
「え……」
いつもの緩い喋り方じゃなく、真剣なトーンで尋ねてくるものだから、思わず言葉に詰まってしまった。
そして――
「うわっ」
パリンッ
次は手に持っていた魔法球がいつの間にか転げ落ち、床に落ちて割れた。
「げ、最悪だ~! どっかでやると思ってた!」
両手で顔を覆いその場に蹲る。
ほんとう、こういうとき自分のどんくささが嫌になる。
魔法球はバリバリに割れて散らばってしまっているので、それこそ先輩の使った"状態再生"の魔法でもないと復元もできないだろう。
まだ片付けも半分しか終わってないというのに、さらに仕事を増やしてしまった。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
ユリシスが箱を脇に置いて慌てて駆け寄ろうとし――
つるんっ。
まだ床に落ちていた紙に足を滑らせ、それでも魔法球の残骸を踏むまいと避けた結果、彼は思いっきり私の方へ倒れ込んできた。
――そう、私たちは。
先生たちを何度も呆れて黙らせてきた、ポンコツコンビ。
一人がやらかせば、もう一方も何かしらやらかすのだ。
「いたた……」
尻もちを打った私に覆いかぶさるように倒れているユリシス。
彼のふんわりした金髪が口元にあたり、むずがゆい。
「はぁ、二次災害だね……ほんとごめん」
床に両手をつき、ユリシスのつむじを見ながら呟く。
「いや、俺のほうこそ、ぶつかってごめん……」
顔を上げたユリシスの顔は、息のかかる距離にあった。
「っ」
あまりの近さに、思わず息を呑む。
さっきまで、様子がいつもと違っていたから、余計に意識してしまう。
ユリシスは私から退こうとはせず、近い距離のまま私の顔を見つめてくる。
ごくり、とユリシスが唾を飲み込んだのがわかった。
「ユ、ユリシス。そろそろ退いて……。私、そこにいられたら立てないよ……」
身体を退くようにお願いするも、変に緊張してしまって声が小さくなる。
「あのさ、ネモ」
「俺、本当言うと――」
ユリシスの顔がもう一歩近づいた、そのとき。
「きゃん!」
突然、私とユリシスの間に、モフモフの身体がカットインしてきた。
「クロ!?」
<――主よ。まだ終わらないのか?>
(た、……助かった~っ!!!!)
張り詰めていた身体から、一気に力が抜けて、後ろに倒れてクロを抱きかかえた。
「うん、見ての通り、まだ半分。たぶん今日は行けそうにないや。先輩は寝た?」
<ああ。でも、元は眠りの浅い奴だ。私や主がいないともう目を覚ましているかもしれん>
「そっか……。ごめん、クロ。ついててあげて。私のことは構わず、先輩が満足したら戻って来て」
<――承知した>
私とクロがやり取りしている間にユリシスは立ち上がり、驚いたようにしてこっちを見ている。
「ネ、ネモ……さっきからクロに話しかけてるの? 俺には一人で喋ってるようにしか見えないんだけど……」
「え?」
<未熟だな>
「いや、それを言うなら、私もクロの声が聞こえるようになったのって、つい最近だし」
<未熟な奴は、主にふさわしくない>
「んんっ?」
<忠告だ。番はしっかり考えてから選んだほうがいい――。では、行ってくる>
「え、クロ!?」
クロは言いたいことだけ言って、先輩の元へ戻ってしまった。
("つがい"って……雄と雌の関係のことだよね……? 選ぶって……)
私がクロの言ったことの意味を考えていると、ユリシスが顎に手をあてて、クロの去っていったほうを見て呟いた。
「うーん。全然言ってることはわかんなかったけど、ちょっと馬鹿にされてた気がしないでもないな……」
「はは……そのうち、ユリシスもクロと会話できるようになると思うよ……」
クロの絶妙な割り込みで、おかしくなってた空気が一掃された気がする。
(さっきのユリシス、知らない人みたいで少し怖かったから、いつもの感じに戻って良かった……)
よいしょと立ち上がってスカートの汚れをはたき、部屋の隅に置いてあった箒を手に取る。
「さて、私、先にこの破片たちを片付けるね」
「わかった、じゃあ俺は箱の片付けの続きをやるよ。今日中に終わらせような」
「うん!」
――結局、すべてが片付いたのは日が沈んだ頃。
ポンコツ同士の私たちはあれからも度々やらかし、二度手間三度手間で、なんとか作業を終えたのだった。




