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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第四章 二人の触れ合い編

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38.弱った先輩と名残り惜しい体温。

景色など何一つ見えないくらいの速度で、周りの風景が流れていく。

凄まじい風を全身が受け止める。


クロは物理的に空間をすり抜けてるのか、どんな障害物にもぶつかることはない。

先輩までの道のりを一直線に駆け抜けていく。


咥えられている制服はクロのよだれで湿ることもなく、獣くさい匂いも強くは感じない。

さすが幻獣、身体の作りがその辺の動物とは違うらしい。 


(――ってどうでもいいことばっか考えてるけど、先輩のところにそろそろ着いちゃうよ……なんて言い訳しよう……)


「放課後にクロを」って呼び出しだったのに、わざわざ昼休みに派遣させて先輩を困らせてしまった。

とりあえず、余計なことしてすみませんでしたと、ひと言謝罪しようと心に決める。


そうこうしてる内に、クロがピタリと動きを止めた。


ぐわんと身体が揺れ、一瞬振り落とされるかと冷や冷やしたけど、しっかり咥えられてるおかげで、投げ落とされるようなことはなかった。


クロが元の大きさに戻ると同時に、私も床へと足を着け、風でボサボサになった髪を整える。


――どうやら、ここはどこかの一室らしい。


窓から見える景色は見下ろす位置にある。

魔法塔の上層階――おそらく、第五学年の研究室が並んでる区域の一室に来たのだと予想する。


部屋を見渡すと思いのほか狭く、壁一面の棚には難しそうな書物が所狭しと並んでいる。

部屋の真ん中は研究生の机が四つほど島のように並んでおり、机の上はどこも荷物で溢れ返って荒れていた。


(奥にも続いてる……?)


ゆっくりと歩を進めた先を覗くと、古びたソファが置いてあるのが見えた。


そして――そのソファの上に、彼はいた。

ソファの端から長い足がはみ出し、顔に片方の腕をあてて仰向けで寝そべっている。


クロは私の後ろで静かに待機したままで、普段だったらエンデ先輩に飛び掛っているだろうに、珍しく大人しい。


すぅっと息を吸い、挨拶を口にする。


「お、おつかれさまでーす……」


この時間、他はみんなお昼にでてしまったのか、ここには先輩の他に誰もいないようだった。

私の声だけが、小さく響いた。


声に反応したエンデ先輩は顔を傾け、薄く開けた目をこちらへ向ける。


赤い瞳と視線が合う。


その途端――

昨日手を繋いだことを唐突に思い出し、ドクンと心臓が早鐘を打った。


(うわ……なんだか、緊張する)


先輩の耳、腕、指に制御具が付けられているのを見て、昨日と同じで魔力を抑えられて辛そうにしているのが一目でわかった。


先輩は眉間に皺を寄せ、口を開こうとするが、何かを言いかけてやめてしまう。


――それでも、ゆっくりと手招きし、私を近くへ誘う。


ごくりと唾を飲み込み、一歩づつ、先輩の元へ近付いていく。



先輩の目の前まで来たとき……


「すみませんでした!」


たまらず腰を折って謝った。


「……放課後って言われてたのに……。

いま、制御具でしんどいんですよね? あの、もうお暇するんで、昼休みはゆっくりしてください……」


言い終わってから勢いよく上体を起こすと、まだ眉間に皺を寄せたままの先輩が不満気に私を見ている。

先輩は黙ったまま、またも私に向かって手招きをした。


(ええと、これは……屈めってこと?)


昨日の昼はか細い声で喋っていたので、耳を近づけて欲しいということなのかもしれない。

素直に従って、その場で膝を折る。


すると、先輩の手が私の腕へと伸びた。

既視感のあるやりとりに、「あ」と声が漏れる。


弱々しいけど、自分より大きなゴツゴツした手が、真っ直ぐに私の手を取る。


――そのまま、私の手は先輩の緩い力で握り込まれてしまった。


「……」


先輩の眉間の皺が取れ、表情が緩む。

その間も互いの視線が離れることはない。


(待って、何これ――)


ただ、手が触れ合って、ただ、見つめ合ってるだけ。


それだけのことなのに、先輩の体温を指先にじわりと感じ取り、胸の奥がざわざわと騒ぎ始めた。



「――ネモ」


「!」


囁くような声で、名前を呼ばれた。


「……はい」


私も先輩に合わせるように、小さな声で返事をした。


「……ありがとう」


「いや、何もしてません」


急にお礼を言われ、ふるふると首を振る。


先輩は私を見て、緩く笑った。


「おかげで……午後、持ちそうだ」


か細い声。


「――昼、終わるから。行っていい」


手が離れる。


感じていた体温が、すっと遠のく。

その瞬間、引き留めたい衝動に駆られるも、そんなこと自分に出来るはずもなく。


先輩は来たときと同じように、仰向けになると、片腕で顔を隠してしまった。


(教室に戻ろう――)


床についていた膝を立ち上がらせ、先輩を見下ろすようにして見つめた。


「また……放課後、いつもの森で会いましょう」


それだけ口にして、クロの元へ戻る。


――心臓はずっとうるさく鳴りっぱなしだ。


先輩の手が離れたとき……

まだ離したくないと、思ってしまった。


(早く、放課後になって欲しい)


後ろ髪を引かれつつ、クロと一緒に静かに部屋を出た。





「あれ、ネモ。もういいの?」


売店でお昼を買って教室に戻ると、自席でユリシスと一緒にご飯を食べていたキアラが私に気付いて声をかけた。


「うん。あ、私も一緒に食べる」


二人が座る机に椅子を寄せて、席へ着く。


「ネモはエンデ先輩に会ってきたんだよね? どうだった?」


ユリシスが心配そうな顔で尋ねる。

おそらく、朝の弱々しい伝書鳥を見て、先輩の様子が気になっていたのだろう。


「相変わらず制御具のせいでしんどそうにしてたよ。けど、」


「けど?」


「……午後は持ちそうみたい」


「そうなんだ。元気そうならよかった」


「でも、制御具ってすごいね。あのエンデ先輩と言えど、ヘナヘナになってるんだもん。

二、三日で馴染むって言ってたけど、どうなんだろ?」


キアラが昨日の昼に見た先輩の様子を思い出しながら言った。


「ううん、逆に馴染まなかったら、何個か外して調整するんじゃない? たぶん、先生も様子見してるんだと思うよ」


ユリシスがごもっともな意見を言って、なるほどと納得する。


「そっか。薬で言えば、最初に最大量で投与して、徐々に減薬して様子見する、みたいな?」

「キアラすごい。わかりやすい」


私の賞賛に、キアラはパックのミルクを一口飲み、首を傾げた。


「そうかな? というか、結局先輩はなんでネモを指名したの? なんかピンチだった?」

「え……」


言われてみれば、なんでだったんだろうか。


(人肌恋しいなら、クロでも……ってクロは人じゃないけど……)


「わかんない。けど、たぶん、役に立てたとは思う」


煮え切らない私の答えに、ユリシスは残念そうなものを見る目でこっちを見る。


「……うん、当事者のネモがこう言うんだったら、俺たちがわかるはずないね」

「そうね」


キアラとユリシスが二人で頷き合っている中、私はパンを齧りながら掌をじっと見る。


当たり前のことだけど……


もう体温も感じない。


緩く手を握られた感触も残ってない。


けれど、さっきのことを思い出すだけで、胸の奥がざわざわした。


(――変な感じ)


今日の午後は長い。あと三コマも授業が控えている。


「私のほうが、もつかな……」


ぽつりと溢した独り言は、キアラとユリシスのどちらにも届くことはなかった。



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