36.先輩と私、お互いの認識とその感情。
「さて、おさらいをしたいと思います」
「いや、そんな改まって言われても……」
私のベッドの上に、私とカタリナが正座をして向かい合っている。
彼女の目はまるで獲物を捕らえた肉食獣のように真剣で、私を逃す気はないのが見て取れた。
「寮食、食べに行かないの?」
「食堂で今からする話をしてもいいなら、行ってもいいけど?」
「……すみませんでした」
私が素直に謝ると、カタリナはふぅっと息を吐き、本題を口にした。
「めっちゃ手、繋いでたね」
「……ソウダネ」
さっきエンデ先輩に寮まで送ってもらった帰り道、偶然にも学園から帰ってきたカタリナにばったり出くわしてしまった。
そのとき、まだ手は繋いだままで。
しかもそのままの状態で、互いに自己紹介をし出す始末。
(あのときは、生きた心地がしなかった――)
あの場にいたのがカタリナだけで本当に良かった。
もし、寮のお姉様方に遭遇していたりなんかしたら――……
……やめておこう、考えるだけ恐ろしい。
ぶるっと震えた私に、カタリナが首を傾げながら問いかける。
「ネモは、エンデ先輩とお付き合いしてるの?」
「ん゛んっ!? おおおおお付き合い!? まさか! するわけないじゃん!」
「えっ、本当に言ってる?」
「本当だよ。なんで嘘つかないといけないの」
「だって、めちゃくちゃ甘い空気漂ってたし……私と喋ってるときも、手、お互いに離そうとしなかったし」
「あまい、空気……?」
(……どのへんが!?)
帰り道。
互いに手をにぎにぎしながら会話した内容と言えば――
制御具のこと。
先生方から与えられた制御具が多すぎるという愚痴に始まり、いかにオシャレに着けこなすか、ということで、まさかの大喜利が始まった。
ただ、二人で笑い合いながら帰った、それだけだ。
(大喜利は、甘いのか……)
「やだ、無自覚に甘々してたの? ひ~カタリナちゃんはネモたちが怖い!」
身体を抱き締め震えるポーズをするカタリナに、ため息をつきながら否定する。
「先輩と私は、そんなんじゃないんだよ……
なんていうか、人肌恋しい先輩の、ちょうどいい湯たんぽ的な……うん」
自分で言ってて悲しくなってきた。
「なにそれ、人ですら無いじゃん」
「そう。だから、人と湯たんぽに、どうやってもラブは起きないんだよ」
「大丈夫、ネモはちゃんと人間だよ」
「ただし、先輩にとっては限りなく湯たんぽに近い人間」
「まだ言うか」
(でも、例え先輩に湯たんぽと思われてても、ちょっとでも役に立ててるなら嬉しいな……)
ほわっと胸の奥に温かいものが宿った気がした。
が。
私のお腹がぐ~っと音を立てて鳴ったことにより、それも秒でかき消されてしまう。
結局この話はここで切り上げ、二人で晩ごはんを食べに食堂へと降りて行った。
◇
「ダリオー。今日も生きてる?」
「死んでる」
鍵を閉めていたはずのドアを勝手に開けて入ってくるやつなんて一人しかいない。
ドアの方を見ずに、適当に返事を返す。
「つれないな。今日、俺がいなかった間、面白いことになってたんだって?」
「? なんのことだよ」
「昼休み、ネモと……」
そこでようやくレポートを書いていた手を止め、シャノンの方へと目を向けた。
はぁっと息を付きながら否定の言葉を口にする。
「ゲルたちから聞いたんだろ……。別に、なんも面白くねぇよ」
「いや、俺からしたら相当面白かったけどな! ダリオが急にネモの手を触りだしたとかって……ああ、俺もその場にいて目撃したかったよ」
「……おまえが先生の手伝いで一日いなくて本当によかった」
シャノンがあの場にいたなら最後、
間違いなく後日に至るまで延々といじられまくる未来が目に見えている。
「今日はまだ寝ないの?」
「ん、ああ。停学中に出てた課題が山のように溜まってるからな。昼寝もしたし、明け方になったら仮眠する」
「相変わらず不健康な生活リズムだなぁ……」
不健康と言われようが、しょうがない。
トータルすれば、それなりに睡眠時間は確保できているのだから問題ないだろう。
「ま、もし眠れなかったらまたネモに来てもらえばいいよ」
「………………………………は?」
自分の口から、これまでにないくらいに低い声がでた。
「え? この前、なんか夜中に部屋にいたじゃん。しかも翌朝すっきりしててさ。
二人ってもう付き合ってんの?」
にこにこしながら聞いてくるのが腹立たしい。
……わかってるだろうに。
「はは、こんなとこで魔力暴走させないでよ?……しゃれになんないから」
「じゃあ暴走させるようなことを言うな! アイツはそんなんじゃねぇよ」
「ふーん……じゃあ、なに?」
目を細めて尋ねるシャノンに、間髪入れずに返してやった。
「魔法学科の、後輩」
「うわ、言い切ったね! でも仲良しでしょ」
「それは……まぁ……。なんか、妹みたい、だし」
(違う、か)
自分で言ってて、しっくりこなかった。
でももし――あのまま成長していたら、妹のほうが彼女のようになっていたのかもしれない。
もう、随分前のこと過ぎて、ほとんど思い出せなくなっていたけど。
「家族みたいに思ってるってことか。……じゃあ、ネモが誰と付き合っても文句ないよね」
「……はぁ?」
また面倒なことを。
毎晩毎晩、こうやって様子を見に来て適当なことを喋りに来るけど、こいつは暇なんだろうか。
「あの子はモテるよ~。現に、ダリオとペア組んでたユリシス君? は間違いないだろ。
それにこれから先、魔法騎士科との合同授業や、他の学年との交流授業も控えてるし、出会いが盛りだくさんだしね。
――気付いたときには、側にいてくれなくなっちゃうから、気を付けなよ」
「……」
「それじゃ、俺はもう部屋戻って寝るわ。おやすみ~」
パタン、と扉が閉まる音がする。
――それと同時に、持ってない鍵でドアのロックを占める音も。
(”気付いたときには、側にいてくれなくなっちゃう”、だと……?)
それこそ……アイツの勝手だ。
誰とどうなろうが、俺とは関係がないこと。
クロに気軽に会えなくなるのは困るけど――それだけだ。
それだけなのに。
「げ」
気付けば――持っていたペンが燃えていた。
焦げ臭いにおいが部屋を充満する。
(面倒なことした……)
慌てて窓を開け、煙を逃す。
その途端。
「――!」
目を向けた先――
窓の外の暗がりに、オレンジの光がぽつりと見えた。
それと同時に、心臓がとんでもない速度でバクバクと音を立て始める。
(――待て、あれは誰か外から帰ってきた明かりだ。あのときの残り火とは、違う。違うんだ――)
焦げ臭い匂いは、鼻を突くような異臭に変化していく。
そんなこと、あるはずもないのに。
窓の縁に手をかけ、慌てて目を瞑り背中をゆっくりと壁へ預けた。
大丈夫、落ち着け。
しっかり呼吸をしろ。
酸素は足りてる、ここは寮の部屋だ――
口を両手で多い、吸い過ぎている呼吸を逃す。
じわりと背中に汗が伝う。
聞こえるはずのない慟哭が頭に響き、どうしようもない不安に駆られる。
(落ち着け、落ち着け――別のことを考えろ)
ふと、頭に浮かんだのは……
今日、彼女と手を繋いだこと。
ぎゅっと掌を握り込み、そのときのことだけを考えた。
「――ネモ……ネモ」
呪文のように繰り返す。
何度も、何度も――
その夜は、どうしようもないくらいに長いものになった。




