34.お昼寝は一緒にするもんじゃない。
今日も先輩からの呼び出しはなかった。
(昼に会えたから、いいけどさ……)
――物足りない。
そう、思ってしまった。
(森に行ったら会えるかな?)
あれだけ昼に身体をだるそうにしてたくらいだ。
もしかしたら、いつもの場所で仮眠をしているかもしれない。
まあ、忙しいからこそいない可能性の方が高いのだけど、そのときは、そのときだ……課題でもしてさっさと帰ろう。
(――会えますように)
淡い期待を胸に、森の方へと足を向けた。
いつもの場所にたどり着くや否や、先輩がよく昼寝している木の麓を真っ先に見る。
「……いた」
エンデ先輩は木陰で身体を横にし、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
予想通り先輩に会えたことに、小さくガッツポーズをする。
<あれは、寝落ちか?>
クロがぽつりと呟く。
身体の横には教科書が開きっぱなしで置かれており、どうやら本当に寝落ちしたらしい。
起こさないよう、クロを抱きかかえながらゆっくりと近づく。
先輩の耳や手には、昼に見た制御具はついていない。学園外だから、今は外しているようだった。
長い睫毛に影が落ち、無防備な寝顔をさらしている。
――なんだか、見てはいけないものを見た気がして、胸がドキリと鳴った。
今日は、ここ最近でも特に気持ちのいい気候だと思う。
ぽかぽかとした日差しに、木陰は涼しく、穏やかな風がときおり流れている。
先輩を見下ろし、迷うことなく思った。
(うん――これは、間違いなく昼寝日和)
「……クロ、私も寝ていい? 先輩が起きたら、起こして」
<――承知した>
クロの声が少し呆れ混じりにも聞こえたが、きっと気のせいだろう。
いそいそと先輩の近くに行き、クロを抱えたまま地面に横になる。
地面はごつごつしているけれど、ひんやりとした感触が心地いい。
草木の香りが漂ってくるのも、気持ちよかった。
目を閉じる前に先輩の顔をひと目見て――
そうしてやっと、クロの体温を感じながら目を閉じた。
◇
「ん……」
身体に違和感を覚え、目を薄く開ける。
(なんか、いる)
身体の上に乗っているものを見て、寝起きでぼんやりしていた頭が一気に覚醒した。
「おい、何乗ってるんだ」
身体を起こし、腹の上からそれを落とす。
「きゃん」
黒い毛玉が、ごろんと転がった。
毛玉――クロが、そのままの位置で身体を伏せ、不満げに言う。
<寒そうだったから、暖を取らせてやっただけだ>
「いや、というかなんでここにいるんだよ……アイツは?」
<隣を見ろ>
「隣?」
いつの間にかいたクロと反対側へ目を向けると、手の届く位置に、華奢な体を丸めてぐっすり眠っている姿があった。
「なんでいるんだ……」
今日は放課後に呼び出しはしていない。
それに、昼に醜態をさらしてしまったから、できればしばらく会いたくなかった。
(格好悪すぎだろ――)
大量の制御具の圧に抗えず、一日中だるさと重さで散々だった。
昼は飯も食わずに寝ようとしていたのに、悪友たちがそんなことを許すはずもなく。
無理やり連れて行かれた食堂で、まさかコイツに出くわすとは。
しかも、あのときの俺は完全にネジが外れていたに違いない。
クロに触るときのように、コイツに手を伸ばして……
気づけばしばらくの間、握り締めていた。
あのあと悪友たちからはボロカスにいじられたが、あれは不可抗力だ。
(素直に手を差し出したコイツが悪い)
今ですら、無防備な寝顔をさらし、触れられる位置にいる。
「……」
なんとなく手を伸ばし、顔の横に添えられた手に触れた。
そして、ハッと手を引っ込める。
何勝手に触れてるんだ、と我に返るが――
……ふいに感じた体温を、もう一度確かめたくなった。
今度は自分の意思で手を伸ばす。
包み込むように手の甲に触れてみるが、まったく起きる気配はない。
<ダリオ、主はお前が起きたら起こしてと言っていた。声をかけてはどうだ?>
「……」
クロに促されるも、無言を貫く。
(声をかけて起こすなんて、もったいない。自然に目が覚めて、目の前の俺に驚けばいい)
そんな、しょうもない悪戯心が湧いた。
さて、どうやってコイツを起こそうかと思案する。
久しぶりに心が躍る。
手っ取り早く、重ねた手の甲をえいっと摘む。
すると、眉間に皺が寄り――手を払い除けてまた元の位置に戻った。
寝息は先ほどと変わらない。
(しぶといな……)
肩を揺らせば起きるだろうけど、そんな普通の起こし方ではつまらない。
じゃあこれは、と大胆にも頬をペシペシ緩く叩く。
「ん……」
さすがに、さっきより反応があった。
けど。
ゴロン。
反対側に寝返りを打ち、むにゃむにゃと口を動かしてまたも眠りに入った。
(嘘だろ……)
どれだけ寝起きが悪いんだろうか。
普通、頬を叩かれたら目くらい開けるだろう。
悪戯心は影を潜め、むしろ心配になってしまう。
(仕方がない、肩を揺らして起こすか……)
そう思って肩に手を持っていったとき
〈名を、呼んでやれ〉
後ろからクロの声がした。
振り向くと、モフモフの身体を地面に伏せ、こちらを眺めている。
(名前……か)
ネモ。
何度か呼んだことはある。
けれど、ただ名前を呼ぶだけなのに、妙に躊躇いがあった。
――呼ぶと、胸がざわつくから。
口を開いては閉じる。
しばらくして、ふぅっと息を吐き、覚悟を決めた。
(いや、なんでこんなに気合いが必要なんだ……)
自分で自分にツッコミを入れる。
――たぶん、普通に呼んでも起きない。
そう思って、耳元に口を寄せる。
「ネモ」
すると――
「っ!?」
文字通り、彼女は飛び起きた。
そして、そのまま――
彼女の頭が、俺の顎に思い切りぶつかった。
「ぎゃ」
「がっ」
お互い、痛みにドサリと倒れ込む。
「い、いたい! え、なに!?」
「いてぇ……」
寝ぼけて目を白黒させる彼女に、舌を噛んだ俺は、身悶えるだけで何の説明もできなかった――




