33.大変です、制御具のせいで先輩が弱り切ってます。
週末日――前倒しで演習室が使えるようになったと、授業の中で先生から通知があった。
「有言実行だな、あの人。ほんとすげーや」
「早く終わらせたいって言ってたもんね」
ドレイクとしみじみ感想を述べ合う。
(でも、ということは、今日のお昼に演習室に行っても、もう先輩とあそこで会えないのか……)
お疲れ様でした、という気持ちとともに、どこか寂しさを感じてしまう。
――結局、停学中の先輩の姿を見ないまま、その週は終わってしまった。
◇
「よ、キアラ」
週明けの昼休みの時間。
食堂でキアラと二人、ご飯を食べているところに、見知らぬ上級生が声をかけてきた。
「ゲルド先輩、こんにちは」
キアラとは知り合いのようで、私もペコリと軽く会釈する。
「ネモちゃん、だよね?」
「え? はい」
名前を知ってるとは思わず、きょとんとしながら目の前の人を見つめた。
「俺はシイロ・ゲルド。この前の授業でキアラとペアだったんだ」
「ああ! そうだったんですね。私、ネモフィラ・フィリアスといいます」
キアラとペアだったということは、この人は魔法学科の五年生だ。
ゲルド先輩は、人好きのいい爽やかな笑顔を浮かべている。
「先輩は今からお昼なんですか?」
キアラが問うと、ゲルド先輩は苦笑しながら首を振った。
「いいや、俺はもう済ませた。今からアイツのお世話」
先輩がクイっと後ろを指さす。
「あれ……。エンデ先輩?」
ゲルド先輩が指さしたテーブルに、顔を突っ伏し、同じ席に座ってる友人たちから身体や頭をつんつんされているエンデ先輩がいた。いつも一緒にいるイメージのラース先輩の姿はない。
(おお、これは、なんというか……)
私が言葉に詰まっていると、キアラがゲルド先輩に向かって口を開いた。
「あれ、海亀をいじめてる悪ガキたちの構図にしか見えないんですが」
「それだ!」
なんとも的確なツッコミを言語化してくれた。
「はは! ほんとな! 君らも、先週はアイツに迷惑かけられたでしょ?
今のダリオ、制御具のせいでめっちゃ大人しいから、思う存分つんつんしていじめて来ていいよ」
揶揄うようにしてゲルド先輩が言い、
「じゃあ、俺はダリオのランチ買ってくるわ。じゃあね」
と売店の列へ去ってしまった。
残されたキアラと二人して顔を見合わせる。
「ごめん、どういうこと?」
「いや、私もよく理解できなかった」
改めてダリオ先輩のほうに目を向けると、さっきと変わらず頭をテーブルにつけたまま、一生懸命つんつんする周りの手を振り払っている。
ただ、その動きは、見るからに全然力が入っていない。
「……寝てるのかな?」
「いや、手、動いてるし、さすがにこの煩ささの中で無理でしょ。……トレーの片付けがてら、様子見に行く?」
キアラの提案に、少し躊躇ったものの、首を縦に振る。
心配半分、怖いもの見たさ半分だ。
「うん。でも、つんつんは、いいかな」
「だね」
お互い乾いた笑いを溢しながら、席を立ちあがった。
食器トレーを返却し、先輩たち第五学年のテーブルへと足を向ける。
すでにゲルド先輩が買い出しから戻ってきていたようで、パンの袋をテーブルに広げてエンデ先輩に差し出している。
「少しは腹に入れとけよ。午後もたないだろ?」
「んー……」
ゲルド先輩は宣言通りにエンデ先輩のお世話をしており、キアラと二人呆気にとられる。
(ほ、ほんとにお世話してる……! というか、エンデ先輩がお世話されてる……!)
「ダリオちゃんったら、俺が食べさせてあげましょうか~?」
「ほんと、世話がかかる子ですねぇ、ダリオちゃんは~」
「……るせぇ」
「はは、聞こえないなー」
一緒のテーブルの先輩たちが、あからさまにエンデ先輩を揶揄っていることにも衝撃だ。
(仲いいなぁ……
――じゃなくって、先輩、具合でも悪いの……?)
先輩は腕をだらんとして、顔を伏せたまま返事をしており、酷くだるそうに見えた。
彼らの様子をじっと見ていた私たちと、ゲルド先輩の目が合った。
先輩はパンを持ったままこっちに向かって手を振り、伏せったままのエンデ先輩の肩を叩く。
「おい、一年の後輩が来たぞ。顔くらいあげて挨拶しろよ」
ゲルド先輩に促され、エンデ先輩は少しだけ身じろぎしたあと、テーブルに片頬をつけたままこっちを向いた。
「エンデ、先輩?」
振り向いた先輩の目は半分しか開いてない。
私たちの姿がちゃんと見えてるのかどうかすら怪しい。
(あれ?)
上を向いた側の耳に、見たことがないピアスが二つも付いている。
よく見ると、垂れた手の指という指にも細い透明な指輪を嵌めていて、ローブから覗いた手首にも、同様の腕輪をつけていた。
「……ょぉ」
一応、私たちのことを認識してくれたらしい。
けど、先輩の口から出てきた声は、めちゃくちゃに小さかった。
「ちっさ!」
「蚊もびっくりな声量だな!」
エンデ先輩の前に座っている先輩たちが、たまらずツッコミを入れた。
言われ放題のエンデ先輩は、だるそうに身体を起こすと、頭をなんとか支えるようにして肩肘をついた。
その表情にはだるさしかない。
そして眉間にしわを寄せたまま、私のほうを見て呟いた。
「手……」
「て?」
問い返すと、エンデ先輩が小さく頷きを返した。
よくわからないまま手を差し出す。
すると――
先輩が肩肘をついてないほうの手を伸ばした。
まるで、何かを探すように――クロを抱き寄せるときのように――
そのまま指が触れ、ふっと先輩の手が私の手を取った。
「!?」
薄く開いてる赤い目が、握っている手を見つめ、そしてそのまま大きな掌でぎゅっと握り込んでくる。
「せ、せんぱい……?」
戸惑いながら問いかけるも、エンデ先輩は何も返事を返さない。
他の先輩やキアラを見るも、彼らも一様にして、「わかりません」と首を振る。
「ええと、」
突然のエンデ先輩の奇行に、ゲルド先輩が代表して口を開いた。
「ダリオ、……セクハラか?」
最悪の、一言だった。
(これは、怒るぞ……)
そう思って身構えるが、エンデ先輩は手をにぎにぎしたまま、小さく返す。
「……こうやってると、落ち着くんだ」
「……」
「……」
「……」
力ない言葉なのに、なんともいえない破壊力があって、その場にいた全員が再度押し黙ってしまう。
(待って、助けて、私これどうすればいいの……!?)
「あ、あの。エンデ先輩はなんでこんなに元気がないんですか……?」
(よく聞いてくれた、キアラ!)
持つべきものは友達だ。
キアラが先輩方に向けて、今のエンデ先輩の状態の理由を尋ねた。
「ああ、見てよ、このすごい量の制御具。
……コイツ、先週の罰則で、停学処分に加えて、授業で必要なときや緊急時以外、学園内ではこれだけの制御具をつけなきゃいけなくなったんだ。
それで朝から魔力抑えられて、この有様ってわけ」
「先生曰く、二、三日もすれば慣れてくるらしいんだけど、先週あんなに暴れまわったと思えないくらい大人しいだろ?
これは今のうちにみんなで揶揄うしかないってな」
「君もツンツンしていいよ」
「あ、遠慮します」
キアラが間髪入れずにお断りを入れた。
(制御具って、魔力を抑えるだけじゃなくて、体力も奪われるんだ……。それにしたって、一体いくつつけてるんだろ……)
握られた手には、全ての指に透明の指輪が嵌まっている。
手の指だけで十個の制御具。先生も、いくらなんでもやりすぎだろう。
「ネモちゃん。頃合い見て、手離していいから」
「あ、はい」
ゲルド先輩が私の方を見て助け船を出してくれた。
(うん、申し訳ないけど……私の手、汗ばんできたし……)
そう思って手を離そうとするが、逆にきゅっと力を入れられてしまう。
(むむむ)
仕方なく、反対の手で先輩の指を一本一本引きはがす。
が、引きはがした傍から再度握り込まれてしまった。
「……」
どうしたらいいのだろうか。
エンデ先輩は私の手を一向に離そうとしない。
キアラに視線を送ると、生暖かい目で見つめ返された。
(いや、助けて欲しいんだけど!?)
どうしようと頭を悩ましていると、ゲルド先輩が呆れた様子で言った。
「ほら、後輩が困ってるだろ。そろそろ離してやれよ」
無理やりエンデ先輩の腕を引っ張ると、抵抗する力のないエンデ先輩はあっさりと引き下がった。
「……ごめん」
(うぇっ!)
こっちを見る先輩は、まるで耳を伏せたクロのようで、謝られたのに、まるでこっちが悪いことをしたような気になってしまう。
「こっちは放っといていいから、気にせず行ってね」
また手を掴まれる前に、とゲルド先輩に促され、先輩らに向けて軽く会釈をし、そそくさとその場を立ち去った。
(……なんだったんだろう)
――握られていた手が、熱い。
「ネモ。いまの、なに?」
「ごめん、わかんない……」
ただ、一つ言えることは。
(嫌じゃなかった)
それだけだ。




