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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第三章 彼の過去編

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32.先輩と私の縮まる距離。おまじないのおかげかも。

第三章終了です。

ふいに頬に湿った感触がして、薄っすらと目を開ける。

視界いっぱいにいたのは、クロだった。


〈ダリオが寝た〉


「良かった、寝れたんだね……」


夢の中にいたせいか、声に出してもまだ眠気が抜けない。


「ありがとう、クロ。クロも戻っていいよ。おやすみなさい」


〈おやすみ〉


クロの気配が消えてから、もう一度目を閉じる。

先輩の薬が効いたらしい。


(……良かった)


ただそれだけを思いながら、安心して二度目の眠りへ沈んでいった。





今日は昼休みにキアラと約束をしていたので、またも演習室に乗り込もうというドレイクの誘いを断った。


「えー、つまんねぇ」

「いや、私がいなくても仲良さそうにしてたじゃん」

「二人っきりとなると、また話が違うんだよ」

「大丈夫大丈夫。私抜きで男の絆を深めてくるといいよ」

「そうそう、今日は譲らないよ! 私がネモとお昼過ごすって決めてたんだから」


教室で三人で話していると、バサバサと音を立てて、炎の鳥が目の前に現れた。

赤く燃え上がるその姿は、以前弱っていたときとは違い、初めて見たときと同じ――完璧な炎を纏っている。


思わず三人で顔を見合わせた。


(噂をすれば、なんとやら!)


炎の鳥は羽ばたいたまま口を開いた。


『放課後、森で。時間は問わない。無理なら返事を。――ダリオ』


以前と違って声も先輩そのもので、名前もはっきりと告げられる。

伝え終えると、炎は静かに燃え上がり、そのまま跡形もなく消えた。


キアラがぽつりと呟く。


「ネモ、放課後は予定ある?」

「今、埋まったみたい」


「え、それ俺も一緒に行っていいやつ?」

「放課後はダメ」


ドレイクの問いを即座に切り捨てる。


なんとなく――放課後の森は、自分にとって特別で。

エンデ先輩と自分以外に、踏み入れてほしくなかった。


「ほんと、ネモはエンデ先輩と仲良くていいよな。俺ももっと仲良くなりたいし、一人でも演習室に突撃してくるわ! じゃあな!」


「がんばれー」


キアラと二人で手をひらひらと振る。


ドレイクの背中を見送ったあと、机にお昼を広げながら、キアラが口を開いた。


「なんか、順調だね。ネモとエンデ先輩」

「へ? なんで?」

「今週、毎日会ってるんでしょ? 今日も放課後会うみたいだし」

「なんか語弊があるような……。今日は呼び出されたけど、他はたまたまだよ」


放課後に先輩に会うのは久しぶりだ。


クロからは昨日、先輩はちゃんと眠れていたと聞いたけど――

朝までぐっすり眠れたのだろうか。


今日の呼び出しは、もしかしたら途中で目が覚めてしまって、クロと一緒に昼寝をするつもりなのかもしれない。


(でも……)


(明るいうちより、暗くなってから寝たほうが、きっといいのに)


昨日ラース先輩から聞いた話を思い出す。


エンデ先輩が、夜を怖れて眠れない理由。


本当のところは本人にしかわからない。

けれど――


ほんの数ヶ月前の出来事が、

今も彼の心に、深く影を落としているのは間違いなかった。


「たまたまでもいいじゃん。二人が再会してから、すごい勢いで距離を縮めてるなって、見てて思うよ」

「そうかな?」


まあ、言われてみれば、そうかもしれない。


クロという繋がりがあったからこそだけど――

気付けば、先輩の深いところまで知ってしまっていた。


(でも……趣味とか、そういう単純なことは、まだ全然知らないんだけど)


それはきっと、向こうも同じで。

私が何を好きで、どんなふうに過ごしてるかなんて、知らないし――

もしかしたら、興味すらないのかもしれない。


きっと、クロを貸してくれる、へっぽこな後輩。

それから――妹みたいな存在。


そう思われてるに違いない。


(……それだけ?)


「ん? どした? 変な顔になってる」

「え、うそ」


気付けば、眉間に皺を寄せていたらしい。


慌てて表情を緩め、パックのミルクを一口飲んだ。


(もやもやする……)


自分でもよくわからない。

わからないけど、燻った気持ちを抱えたまま、放課後までの時間を過ごした。





授業が終わると、すぐにいつもの森へ向かう。


そよそよと吹き抜ける風が心地いい。

先週もここへ来たはずなのに、なんだかやけに久しぶりな気がした。


(あ、なんかやってる)


停学中で授業に出られない先輩は、やっぱり先に来ていたらしい。

定位置になっている大きな木の麓に座り、膝の上で何かを書いているのが見えた。


「すみません、お待たせしました」


近付いて声をかけると、ようやくこちらに気付いたのか、はっと顔を上げる。


「ああ、呼び出して悪い」

「何書いてるんですか?」

「反省文。今日の分を書いてるけど、昨日あたりからネタが尽きた」


ちらりと手元を覗くと、“ネタが尽きた”と言いつつ、びっしりと文字が埋まっている。


(……これで尽きてるって言うの?)


たとえ内容が薄くても、ここまで書いていれば十分な気もする。


「……先輩って、真面目ですよね」

「あ? 喧嘩売ってんのか」


不貞腐れた顔をする先輩に、思わず苦笑がこぼれる。


「褒めてるんですよ。たぶん私だったら、半分くらい書いて『こんなもんかな!』って切り上げちゃうと思うんで」


間違いない。

反省していても、それを文章にするとなると話は別だ。


まだ反省文を書いたことはないけど、きっと適当に書いて、書いたことに満足して終わる気がする。


「なんとなくだけど、おまえは反省文を書くことなさそうだな」


「? そうなんでしょうか? 私、よくやらかすから、そのうち書かされると思いますよ」


……授業中に魔法器具をうっかり壊した、とか、そのうちやらかしそうだ。


「ちなみに、何か内容に指定はあるんですか?」


「事実、認識、原因。それから反省、謝罪、改善策と今後の対応。

あとは演習室の進捗、カウンセリングの受診有無、体調の具合もだな。

一日目以降は、ひたすら進捗報告と反省、今後どうするかを延々と書いてる」


「め、面倒くさ……」


思わず本音がぽろりと漏れた。


(というか、カウンセリングの受診有無と体調の具合って、先輩のことを心配した先生が無理やり追加した項目なんじゃ……)


「面倒だけど、それだけのことをしたってことだからな。

これくらいで済むならマシなほうだ。

俺は奨学生制度でここに通ってるから、最悪、奨学金の打ち切りや退学だってあり得たわけだし」


奨学生とは、王立ローズシティナ学園において、授業料や寮費が免除される特待生制度だ。

厳しい基準が設けられており、一定以上の成績を収めた優秀な生徒だけが利用できる。


――先輩が真面目なのも納得だった。生活がかかっているのだから。


「というか、反省文を書かされるのは今に始まったことじゃない。中等部の頃から何かと書いてきてるから、慣れてるんだよ」


「んん?」


予想外の言葉に、思わず間の抜けた声が出る。


(これは……真面目、ではない?)


「あの、参考までに、どんなことで書かされたか聞いてもいいですか?」

「どんなこと……なんだっけな。前に話した、学園中の魔法球を全部使ったやつ、結界を張らずに床をぶち抜いたとき、コントロールミスで先生の頭を燃やしたとき、内容忘れたけど、召喚科と合同授業のときは反省文十枚くらい書かされたっけ。それから……」


先輩の口から、やらかしの数々が次々と飛び出してくる。

しょうもないものから危険なものまで、出るわ出るわ止まらない。


「高等部に入ってからは落ち着いたと思ってたけど、振り返ってみると多いな……」

「……」


(え、この人、ポンコツな私の上位互換じゃない? それに、よく今まで退学にならなかったな……)


残念そうな目を向けると、先輩は眉根を寄せた。


「俺をポンコツ仲間に含めんなよ」

「人の頭の中を読まないでください」


口を尖らせて抗議する。


「俺の場合、好奇心が旺盛で不注意だっただけだ」

「えー……」


開き直るあたり、あまり反省しているようには見えない。


「それより」


先輩は、ほとんど日記のようになっている反省文の冊子を脇に置き、隣に置いてあった袋をおもむろに手に取った。


「はい、これ」

「?」


渡された袋の中に入っていたのは、色とりどりの飴が詰まった小さな瓶。

飴自体は学園の売店で売られているものだけど、こんなふうに複数の味が一つに入っているものは初めて見る。


「幻術科の友達に魔法を付与してもらった特別なやつ。美容にいいとか」

「え、何それ、嬉しい効果!」


よくわからないけど、これで肌荒れが治ったら嬉しい。


(いや、そうじゃなくて)


「これ、受け取っていいんですか?」

「ああ。――昨日、薬を届けてくれてありがとう。おかげで朝までぐっすり眠れた」


先輩は頭を掻きながら、どこか気恥ずかしそうに視線を逸らす。


「前は全然効かなくて、飲むのをやめてたんだ。でも……袋に書かれてたおまじないが効いたんだと思う」

「え……」


おまじない。


(確か袋には『絶対効く』なんて、何の根拠もないことを書いたけれど……)


「良かった……」


安心で頬が緩む。


ラース先輩から彼の壮絶な過去を聞いたあと――

あの日、自分なりにできる精一杯のことをしたつもりだった。


(ちゃんと寝られたんだ……クロを行かせてよかった)


「だから、そのお礼。甘いものが好きじゃなかったらごめん」

「好きです」


反射的に、そう答えていた。


「甘いもの、大好きです。嬉しいです」


素直に言葉にして、両手で瓶をぎゅっと握る。

自分のしたことで先輩が眠れたことも、こうしてお礼をくれたことも――すべてが、喜びに変わっていた。


先輩を見ると――


「?」


目を丸くし、口元を覆ってこちらを見つめている。

その頬は、わずかに赤い。


「あ……」


何か言いかけて、やめてしまった。

それから小さな声で呟く。


「――外さなくて、良かったよ」


「はい! 大切に食べますね。これで肌つるつるです」


私が笑いながら返事をすると、先輩も柔らかな微笑みを浮かべた。


来たときと同じ、心地よい風が頬をくすぐる。


そのあとは少しだけお喋りをして、二人並んで寮へ帰った。

道すがらも、穏やかな会話が続いて――


「じゃあ、また」

「はい、また」


このときのことをあとから振り返ると……

初めてクロ抜きで過ごした、二人きりの時間だった。


第三章終わり。

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