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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第三章 彼の過去編

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30.遠征授業で先輩の身に起こったこと。(3)


それは、敵が一向に動きを見せず、膠着状態が続いていたときのことだった。


すでに日が沈みかけ、今日も動きはなかったかと、皆が野営地点に戻ろうとしていたとき。


『――急報っ!』


突如、全身を負傷した伝令が北部拠点へなだれ込んできた。

その姿に、場の空気が一瞬で張り詰める。


『南部に敵襲あり!』


ざわめきが広がる。


『交戦の末、現在――』


一瞬の間。


『両軍ともに、壊滅状態!』


――頭が、真っ白になった。


南部には、アイツがいる。


『ただちに部隊を二つに分け、現場へ急行せよ!』


『繰り返す――』


(いや、大丈夫だ)


必死に、自分に言い聞かせる。


(アイツにはフェンがいる――あいつだけは、どれだけのことがあっても、無事に逃げ切ってるはずだ)


ざわつく心を押し殺そうとする。

けれど――


身体の震えは、どうしても止まらなかった。


――「生存者不明」という声が耳に届いているはずなのに、

全身が受け入れるのを拒否している。


「エンデ、大丈夫か?」

「……はい。問題ないです」

「こっちはいい。南部のほうが激戦であれば、向こうにおまえの戦力が必要になるかもしらん。向かってくれるか?」


「――はい!」





「結論から言うよ」


ラース先輩の声が、静かに落ちた。


「起点は、アンソニーのいた部隊が全滅してからだ」


「全……滅?」


言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


「そう、全滅。

こっちも相当擦り減ってたけど、それは軍内部の話。ガラナ国は――もう、国そのものが虫の息だった」


「兵士たちの統制は明らかに崩れていて、中には子供の姿すらあった。

だからこちらは、停戦協定を持ちかけていたんだ。

あとは、向こうが降参するのを待つだけ――そこまで来ていたはずだった。


――実際、俺たち後方部隊には、学園への帰還命令が出ていた。

ただ、アンソニーがいた南部拠点と、ダリオが配置されていた北部拠点だけは、待機のままだった」


先輩の瞳が、わずかに陰る。


「そして、日暮れ前――南部拠点に、ガラナの兵士たちが現れた。

武器を捨てて、一斉に投降してきたんだ」


ごくり、と喉が鳴る。


「――これで終戦だって、誰もが思った」


ラース先輩は感情を削ぎ落とした声で告げた。


「そして――

兵士たちは人間兵器として、味方もろとも自爆した」


息が止まる。

先輩は下へと視線を伏せた。


「……聞いた話では、『ガラナ万歳!』と叫びながら、一斉に散っていったそうだよ」


(なに、それ)


「……私、それ、聞いてません」


思わず口をついて出た。


「軍のごく一部しか知らない話だ。知らなくて当然だよ」


そう言われても、身体の震えは止まらなかった。


世間ではただ――

“ガラナは捨て身の攻撃に出た”

それだけが報じられていたはずだ。


負けが濃くなって、最後に無茶をしたのだと。

その程度の認識だった。


その裏で、まさか。


自分の学園の先輩たちが、その中にいたなんて。


「北部からの警報を受けて軍が到着したときには、もう辺りは真っ暗だったらしい。

それでも、あちこちに残った火が燃えていて、その光に照らされた光景は……見るに堪えなかったそうだ。

臭いも、鼻が曲がりそうなくらいにひどかったって」


淡々とした声なのに、逆に現実味だけが増していく。


「……俺は現場には行ってない。ダリオとアンソニー以外の生徒たちは、全員その報告を聞かされた。

けれどそれは、一足先に軍から撤退し、なんの危険もない、安全な場所で、だ」


しばらくの沈黙のあと、ラース先輩が小さく息を吐いた。


「……ごめん。少し生々しすぎたかもしれない」


「いえ……大丈夫です」


唇がわずかに震えるのを、必死に抑えた。


「これは、知っておかなきゃいけないことだと、思うので。

この学園の生徒として……魔法学科の後輩として」


ラース先輩は、ほんのわずかに目を細めた。

その沈黙の中で、私は一つだけ引っかかっていたものを口にする。


「あの……一つだけ、いいですか」

「うん?」

「アンソニーさんには、フェンリルがいたんですよね」


クロのことを思い浮かべながら続ける。


「それなのに、どうして……巻き込まれてしまったんでしょうか」


契約獣は、契約主を守る存在のはずだ。

ある程度の攻撃であれば――

クロの結界で、防ぎきれなかったとは思えない。


ラース先輩は、私の疑問にわずかに眉を下げた。


「簡単なことだよ」


そして、静かに告げる。


「――その場に、いなかったんだ」


「……え?」


喉の奥がひやりと冷える。

理解が追いつかない。


(どういうこと……?)


「これは、フェン――クロから聞いた話だ」


ラース先輩は一度、言葉を切った。


「相手兵が投降してきたとき、アンソニーはクロに“伝言”を頼んだらしい」


胸の奥が、ざわりと波立つ。


「……『もうすぐ、戦争が終わる』って」


(……!)


その言葉が、やけに鮮明に響いた。


――終わるはずだった。


「一緒に、その瞬間を見たかったんだろうな」


ぽつりと落ちる声。


「ダリオのところに行って、南部拠点まで連れてきてほしいって……そう頼んだらしい」


そこで、言葉は止まり、ほんの一瞬の沈黙が降りる。

そして――


「……クロが走り出した、その直後だ」


ラース先輩は、目を伏せたまま続けた。


「契約が、途絶えた」


――音が、消えた気がした。


すぐ近くで話しているはずなのに、

分厚い壁を一枚隔てた向こうから聞こえてくるみたいに、すべてが遠い。


契約が切れる、その瞬間。


クロは、何を感じたんだろう。


何もわからないまま、走って。


そして――

辿り着いたときには、もう。


ダリオ先輩は、何を聞かされたのだろう。


どんな顔で、それを受け取ったのだろう。


「……ネモ」


ラース先輩が、こちらを見ていた。


その視線に気づいて頬に触れると、

いつの間にか、涙が一筋流れていた。


いまさら、どうにもできない。


それでも――

ただ、その過去が、どうしようもなく悲しかった。


ラース先輩は、少しだけ言い淀む。

けれど――話を止めることはしなかった。


「……この話には、まだ続きがある」


ローブの袖で涙を拭う私に、静かに続ける。


「北部の兵は一部を残して、南部へ向かった。……ダリオも、その中にいた」


短い沈黙。


「クロは、知らせを伝えたあと……先に、アンソニーの元へ戻っていたらしい。

南部拠点は敵も味方も区別のつかない状態。

……だから、判別して、記録して……処理するしかなかったんだろう。真っ暗な中、残り火を頼りにして」


その言葉の意味を、理解してしまう。

思考が、止まる。


「ダリオは――一人で、それを手伝わされた」


「……っ」


喉が、音を立てた。


「……あいつの火力は、役に立っただろうな」


その一言が、やけに重く落ちる。


暗い中、黙々と行う敵だった者と味方の判別――


そして、焼却処分。


(――ダメだ)


たまらず耳を塞ぎたくなる。

これ以上は聞きたくない。


なのに。


「……でも、それ以上に堪えたのは――

アンソニーの処理だったんだろう」


告げられた言葉に、空気が凍りついた気がした。


「……家族みたいな存在だったから」


小さく付け足されるその一言が、胸に深く刺さる。


「……こればっかりは、本人に聞かないと分からないけどね」


ラース先輩のその言葉を最後に、

恐ろしいほどの静寂が演習室に沈み込んだ。


返す言葉なんて、何ひとつ思いつかない。

ただ――さっきまで止まっていたはずの涙が、再び静かにこぼれ落ちた。


「ごめん。泣かせようと思って話したわけじゃないんだ」

「……わかってます」


事実を、そのまま伝えてくれただけだ。

謝ってもらう理由なんて、どこにもない。


ただ、私が――勝手に、受け止めきれなかっただけ。


「遠征から帰ってきて、俺たち第五学年は全員、休暇期間中に強制的にカウンセリングを受けさせられた」


「みんな、それぞれ傷を抱えて帰ってきたんだ。俺も受けたし……そして、他のやつらは俺も含め、そのままカウンセリングを卒業していった」


一拍置いて、ラース先輩が続ける。


「――でも、アイツだけは、まだ取り残されたままだ」


胸が、ぎゅっと締め付けられる。


休暇期間は、一か月のはずだった。

その間に立ち直って、何事もなかったかのように戻っていった先輩たち。


けれど――


「……エンデ先輩は、その休暇期間を、一人でどう過ごしていたんでしょうか……」


「……最初は、俺の家に来てもらったよ」


ラース先輩は、少し遠くを見るように言った。


「あまりにボロボロで、放っておけなかった。家族も昔からダリオを知ってたし。

でも、すぐ寮に戻った。……一人になりたかったんだと思う」


ほんの少しだけ、声が沈む。


「今思えば――無理やりでも引き止めればよかった……後悔してる」


ラース先輩の悔しさが滲む表情に、かける言葉は見つからなかった。


ダリオ先輩は、寮に戻ってから――

クロを、心の拠り所にしていたに違いない。


同じ家族の一員として。

同じ家族を失った、たった一人の“仲間”として。


――なのに。


胸の奥が、ひやりと冷たくなる。


(私が……奪ってしまった)


クロと永年契約を交わしたのは、先輩たちが復学した初日。


もし――

あの日からずっと、眠れない夜を過ごしていたのだとしたら。


喉の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


私にできることはなんだろう。

償い、なんて言葉で片付けていいのかも、わからない。


それでもせめて――

できる限りのことを、彼に。


どうしようもない焦燥感とともに、

胸の奥は、鉛のように沈み続けていた。



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