3.再会したら、先輩に伝えたいことがあります。
◆
「俺はダリオ・エンデ。魔法学科の第三学年だよ」
(エンデ先輩っていうんだ)
名前はどこかで聞いたことがある気もしたけれど……このときは特に気に留めることもなかった。
「魔法学科では、どんなことを学ぶんですか? 最初はやっぱり座学ばっかりなんですか? 面白い授業ってありますか?」
初対面にも関わらず、遠慮がない私の質問をエンデ先輩は邪険にすることなく、優しい調子で丁寧に答えていく。
例えば――
「魔法学科はね、他の学科と違って実技が授業の大半を占めるんだ。俺が一番面白いと思うのは――」
「四年になったら長期遠征の実習があるよ。任意参加だけど、ほぼ必須だし、俺も来年、参加するつもり。最長半年って言ってたけど、長いよね」
「あとは、異学年交流授業って言って、違う学年で、同じ授業を受ける授業が毎年あるんだ。俺はこれのおかげで縦の繋がりが出来て、先輩からテスト範囲を教えてもらえたりしたよ」
「へえ~! 楽しそう!」
エンデ先輩の話はとてもわかりやすく、彼はとても話上手だった。
彼の話を聞いて、もちろん私は俄然、魔法学科への興味が湧いた。
絶対にこの先輩と同じ学科に進み、異学年交流の実習を一緒に受ける――そしていつか、彼の横に並び立てるようになりたい。
将来の目標が、着々と自分の中で積み上がっていく。
心の中で決意を固める私に、先輩は笑顔で言った。
「ネモと一緒に実習を受けるのを、楽しみにしているね」
「!」
……このときの私は、きっと夕日でも誤魔化せないくらい、真っ赤になっていたに違いない。
エンデ先輩の穏やかな微笑みと言葉は、一瞬で私の心を捉え――
何がなんでも魔法学科に進学しなければならないと、強く心に誓ったのだった。
◆
彼と別れ、中等部へ戻った後は、興奮冷めやらぬまま進路面談に臨んだ。
そして面談開始早々
「進路は魔法学科一本です」
おそらく先生も予想だにしなかったであろう答えを、はっきりと伝えた。
あのときの、鳩が豆鉄砲を食らったような先生の表情は、今でも忘れられない。
「今から魔法学科に進むと言い出すなんて……」
(おまえ、正気か?)
先生がそんな言葉を飲み込んだのが、手に取るようにわかった。
魔法の実技を学ぶ魔法学科と、幻獣を扱う召喚科は、生まれ持った才能に左右されやすい特徴がある。
そのため、高等部に進む前に、この二つの学科だけ、適性検査と実技試験で篩にかけられる。
たとえ内部進学であっても、他の学科と違って狭き門なのだ。適性が怪しい私の希望を、先生は心配そうに見守っていた。
けれども、私は自分の意思を曲げようとしなかった。
中等部の最終学年は、心を入れ替えて必死に勉強し――
なんとか試験を、ボーダーラインすれすれで突破することができた。
これぞまさに、執念。
魔法学科に合格した後、先生方からは釘をさされた。
「ギリギリ合格だから、留年しないようにね」と。
ちなみに――
“エンデ先輩”が学園ではかなりの有名人であることを、私は後から知った。
当時、第三学年でありながら、実技のレベル――
特に炎の扱いに関しては、学園トップクラスと評されていたらしい。
友達に話すと、「ああ、あの炎の」と、すぐにわかるくらい名前が知られていた。それに加えて、精悍なルックスの持ち主であることから、隠れファンも多いという話だった。
そのため、私と同じように「先輩に憧れて」魔法学科を志望する生徒も、毎年少なからずいたらしい。しかし、そんな不埒な理由だけで進学した生徒は、もれなく留年か転科していったという。
――このままでは、私もその内の一人になりかねない。
そうならないためにも、私は毎日、必死に課題に取り組んでいるのだった。
◇
私が先輩との初めての出会いを思い出していたとき。
カタリナが、少し声を落として言った。
「第四学年……復学したら第五学年か。あの学年って、レベルが高いって言われてたけど……
今回の遠征で魔法学科の先輩が一人亡くなったみたいだね」
表情を曇らせるカタリナに、私の興奮していた心も一瞬にして冷め、暗い内容に気持ちが沈む。
「今まで緘口令が引かれてたらしいけど、先輩たちの凱旋と同時に発表されたんだよね……?」
「聞いたこともない名前の人だったけど……やっぱり自分たちの学校から死者が出るって悲しいね……」
「……うん。そうだね……」
不謹慎だけど……その名前を聞いたとき、見知らぬ人だったことに、ほっと胸を撫で下ろしてしまった。
――これがエンデ先輩の名前だったら、きっと平静ではいられなかったと思う。
この学園の魔法学科と魔法騎士科の第四学年には、"遠征授業"と呼ばれる長期遠征の実地学習がある。
期間は長いもので約一年。
その年度によって、実施内容も期間も異なる。
実習への参加は本来任意で、命に危険が及ぶこともあるため、誓約書まで書かされる。
しかし、参加すればその後の就職に非常に有利になるため、毎年ほぼ全員が挑んでいた。
エンデ先輩たちが第四学年になった昨年……
ローズ王国と国境を隔てた蛮国、ガラナ国とが戦争状態に陥った。
私が住んでいるローズ王国は、周辺諸国と小競り合いが絶えない軍事国家の側面がある。
これまでも、学園の第四学年になった生徒は、遠征授業で幾度となく戦争に駆り出されてきた。
エンデ先輩たちの学年も、不幸なタイミングにより、遠征場所に戦地が選ばれてしまった。
なんで学生を戦地なんかに送るんだろうと、考えたことはある。
細かい事情はよくわからないけれど、魔法使いは戦争で重宝されるらしい。
だから軍部は少しでも多くの魔法使いを確保したくて、学園に遠征の要請が度々持ちかけられるのだとか。
もちろん、学生たちは戦況の最前線に立つわけではない。あくまで軍のサポートが彼らの任務だ。
今回も第四学年の魔法科と魔法騎士科の生徒は、王国軍と共に戦地へ赴くことになった。
けれども――
(めちゃくちゃ長引いちゃったんだよね……)
当初、すぐに終結すると見込まれていた小競り合いは、
ガラナ国の粘りによって想定以上の長期戦となった。
結果、半年の予定で派遣されていた学生たちは、気付けば停戦協定が結ばれるまで、丸一年もの間を戦地で過ごすことになってしまったのだ。
その停戦協定が結ばれたのが、たったひと月前のこと。
学生たちは部隊から解放され、戦地からの帰還とともに、ひと月の休暇が与えられた。
そして、ついに明日――
(やっと、先輩たちが遠征明けの休暇から戻ってくる。新・第五学年として、やっと……)
私が高等部に入学したばっかりのとき、先輩たちはまだ、遠征に行ってる最中だった。
なので高等部の校舎でエンデ先輩の姿を見たことはない。
彼が私のことを覚えてくれているかはわからない。
――けど、再会したら、魔法学科の後輩として、絶対に挨拶に行くのだ。
二年前のあの日、あなたの魔法を見て、こうして魔法学科に入りました、と。
◇
――けれども。
「ああん? 誰だ、てめぇ……」
「……!?」
久々に会ったあなたは、一体どうしてしまったというのでしょうか?




