2.憧れの先輩との思い出の出会いを回想します。
私の憧れの人――ダリオ・エンデ先輩。
彼を初めて知ったのは、およそ二年前。
私がまだ中等部の二年生だった頃まで遡る。
◆
「うわ、めっちゃ時間あるじゃん。えー……どうしよ……」
今日は進路を伝えなきゃいけない先生との面談の日。
それなのに、担当の先生にトラブルが起きたとかで、面談開始までかなり時間が空いてしまった。
友達はみんなはすでに下校していて、お喋りで時間を潰すなんてこともできない。
待ち時間の長さと退屈さに思わずため息をつき、窓の外に目をやった。
視界の隅に入ってきたのは、まさにこれから進路相談をする先の、高等部の校舎。
(いったん寮に帰ることもできるけど――)
「よし」と勢いよく席を立つ。
(散歩でもして、時間を潰そう!)
高等部は森の向こう側。
それなりに距離も離れているから、あそこまで行けばきっといい暇つぶしになるだろう。
――そして、その途中。
森の小道を歩いていると、視界の端に、かすかな光がよぎった。
思わず「ん?」と呟き、その場で足を止める。
濃い魔力の気配に、日の光ではない眩しさを感じ取る。
(いまの、一体何――?)
魔獣だったら厄介だ。
なるべく音を立てないよう、光の見えた方へ、茂みをかき分けながら、ゆっくりと近づいていく。
そして、少し開けた場所に出た途端――
(……わ)
目の前いっぱいに、
これまで見たこともない幻想的な光景が広がった。
インクを水に溶かしたように、赤、青、黄色、緑――色とりどりの炎が溶け合っている。
沈みかけた空が、青からオレンジ、そして赤へと移ろうグラデーションに染まっていた。
魔法を操るその人を覆うローブが風に煽られ、
はらはらと波打つように翻る。
――あまりにも完成された光景。
身体はその場に縫い付けられたように動きを止め、すべてを忘れて、この魔法をずっと見ていたい――
そう思った矢先、不意に全ての炎が止んだ。
それと同時に、ローブに隠れた魔法を操っていた人の顔がこちらを振り向き、口を開く。
「……ごめん! 人がいるのに気付かなかった!」
私が魔法の次に目を奪われたのは、慌てて駆け寄ってきた、その人だった。
自分より年上と思われる彼は、短めの混じりっけのない黒髪に、真っ赤な瞳をしていて――
ひどく整った顔立ちをしていた。
心配が滲む彼の瞳と、私の視線がかち合う。
(炎の魔法みたいな色――)
さっきまで風にはためいていたローブは、中等部のベージュとは違って黒い。
そして、袖には三本のラインが走っていた。
おそらく――高等部の第三学年だ。
「大丈夫? 熱かったりしない?」
「あ……はい、大丈夫です。ただ……見とれていただけなので……」
「そう、ならよかった。結界を張ってなかったから……火傷させたかと思った」
彼はほっと息を吐き、張り詰めていた表情をわずかに緩めた。
(この人が、さっきの魔法を操ってた人――)
ぼうっと目の前の彼に見とれていると、彼はその首をわずかに傾けた。
「中等部の子?」
「……は、はい!
中等部第二学年のネモフィラ・フィリアスといいます。
……あの、今のは幻術でしょうか?」
聞かれてもいないのに、思わず名前まで名乗ってしまった。
(あ、まずい、グイグイ行き過ぎたかも……)
言ってから後悔したけれど、彼は特に気にする様子もなく、耳のあたりの髪をくしゃりとかきながら、すぐに私の質問に答えてくれた。
「いや、ただの炎。今度の課題の練習をしてただけだよ」
――ただの炎。
その一言が、胸の奥に深く響いた。
(すごい! 炎の魔法って、攻撃特化だと思ってたけど……
あんなに綺麗なものなの!?)
私は彼の言う"ただの炎"の魔法に、すっかり心を奪われていた。
もっと詳しく話を聞こうとしたところで、彼の視線がふと私の手元に向いた。
「君が手に持ってる紙、それって進路希望表?」
「え、あ、はい、そうです」
自分の手に目をやると、面談の際に提出する紙がぐしゃっと握り潰されていた。
……ずっと持ったままだったことを、すっかり忘れていたらしい。
「どこの学科希望なの?」
「えっと……実はまだ決めていなくて。このあと面談で、先生に相談しようと思っていたんです」
「そうなんだ」
彼はなんとなく聞いただけ、といった様子で、それ以上の興味を示すことはなかった。
(……まずい、会話が終わっちゃう)
謎の焦燥感に後押しされ、私は彼を引き留めるべく、咄嗟に適当な質問を投げかけた。
「あ、あの! 先輩はどこの所属なんですか?」
すると、彼の表情が「おや」といったものに変わる。
「ん? 俺? 魔法学科だよ」
「ま、魔法学科――」
それは、これまで自分の進路希望にかすりもしなかった学科名だった。
だって、実技メインだし、入るのもめちゃくちゃ難しく、入ってからも厳しいと聞いていたから。
それなのに――
(魔法学科……頑張ったら、私でも入れるかな?)
さっきまでどこの学科に進むか、先生に相談しようなんて思っていたのに、そんな考えはスコーンと私の頭の中から消え失せていた。
そして……気がつけば、私は彼にこう宣言していた。
「私、魔法学科に行きます!
先輩みたいに、さっきの綺麗な炎の魔法を使えるようになりたいから!」
前のめりに言った私に、彼は一瞬目を丸くしたあと、
「そっか。じゃあ、魔法学科で待ってるよ。ネモ」
そう言って、優しく笑った。
(笑った……)
その表情は、私が一瞬で心を奪われた彼の魔法と同じくらいに尊いものに見え――
さっきと違う感じで、胸がどくんと震えた気がした。
ただ、このときの私はまだ知らない。
この先――この人が壊れてしまうことも、
そしてその後、彼が私の前から消えてしまうことさえも――。




