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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第二章 彼の事情編

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23.勤労奉仕中の先輩に会いに行きます。

「ネモ~! そろそろ起きないと遅刻しちゃうよ!?」


耳元でカタリナが大きく叫ぶ声に、はっと目を覚まし、身体を起こす。


「はぁ~やっと起きた。朝ごはんのパン、食堂から貰ってきといてあげたからね! じゃあ、私は先にいくね」

「うわ、寝すぎた! ごめん、ありがとう! いってらっしゃい!」


時計を見ると、いつも学校を出ている時間だった。

慌てて水道で顔を洗って、着替えを済ませ、鞄とカタリナから貰ったパンを持って部屋を後にする。


寝ぐせを手で押さえながら、学園までの道を急ぐ。

すっぴんだけど……まあ、いつもと大して変わらないし、たまにはヨシとしよう。


「走らないとやばい~!」


寮の中も外も全力で駆け抜け、学園への道のりを全速力で走っていった。


(ああ、なんで昨日、寝付きをよくするアドバイスに行ったのに……。結果私が寝られなくて朝寝坊するって一体どういうこと――)



(……え、これ、どういう状況?)


なぜかエンデ先輩に抱き寄せられ、同じベッドの上にいる。

心底意味が分からない状況に、脳内はプチパニック状態だ。


「……」


目の前は、先輩の身体。見上げたら顔を見られるかもしれないけど、動いていいのかもわからず、さっきからびしりと固まったままだ。


(少しの間って、いつまでなんだろう……)


基本的に、私は従順な犬っころタイプだと思う。

言われたことに忠実に、少しの間このままでいることにしよう。


……いや、おかしいだろう。


『クロ、これどうなってるの?』


声には出さず、心の中で語りかける。

届くかどうか不安だったが、その心配をよそに、すぐにクロの声が頭の中に響いた。


〈主がダリオに抱きしめられている〉


『いや、それはわかってるんだけどさ……』


兄とだって、大きくなってからはここまで触れ合ったりすることはなかった。

同室で一番仲のいいカタリナにすら、こんな風に抱き締められたことなどない。

異性の硬い身体に包まれたこの状況は、私にとって初めての体験と言ってもよかった。


(あ、寝息……?)


さっきまでとは違う、穏やかな息遣いが頭の上から聞こえてきた。


『先輩、もしかして寝た?』


〈みたいだな〉


『なんだよー! 先輩、ちゃんと寝れるじゃん! どうせ寒かっただけでしょ!』


起こさないよう慎重に、腕をゆっくりと外し、身体を離す。

それなりに揺らしてしまったはずなのに、先輩が起きる気配はない。


『よし、クロ。早く帰ろう。ここに不法侵入したのがバレたら、私、社会的に死ぬ』


〈それは不味い。出るとするか〉


そうして再び大きくなったクロに咥えられ、自室へと戻ったのだけれど――


先輩に抱きしめられた余韻がなかなか消えず、深夜になっても目が冴えてしまっていた。

結局、もう一度クロを呼び出し、「寝たら帰っていいよ」と伝えて目を閉じると――秒で眠れた。


本当にクロさまさまだった。



眠れはしたものの、トータルの睡眠時間はいつもよりかなり少ない。

走っている間も、教室に着いてからも、欠伸が止まらなかった。


「ネモ、おはよう! ギリギリだね。寝坊した?」


キアラに声をかけられ、息を切らしながら答える。


「はぁ……おはよう、キアラ。うん、めっちゃ寝坊……。間に合ってよかった……。

先生が来るまでパン食べてるね」

「うっわ、朝ごはんも食べれなかったんだ。やっぱ昨日の課題のせい? それとも、昨日の交流授業で魔力使い過ぎたから疲れちゃった?」

「いや、別件で眠れなかっただけ。私たぶん今日の授業で寝落ちしちゃうかも」

「あーじゃあ先生近付いてきたら、咳払いでもしてあげるよ」

「助かる!」


幸い、この後の授業は寝落ちすることは無かったけど、欠伸はずっと止まらなかった。


そして一限の授業終わりの休憩時間に、昨日先輩を怒らせたきっかけを作った張本人、ドレイクが私の席までやってきた。


「ネモ、ちょっといいか?」


「? どうしたの?」


一人で話しかけてくるなんて珍しい。

しかも、いつものふざけた感じとは違って、真剣な顔をしている。


「確かネモって、エンデ先輩と仲良かったよな?」

「え゛? そ、そうだったっけ……!?」


突然出てきた名前に動揺しすぎて、思わず変な声が出てしまう。


(いきなり何を言い出すのかと思ったら……。せっかく意識しないようにしてたのに!)


「あの人のところに昨日のことを謝りに行こうと思うんだけどさ、なんかお詫びの品を持ってこうかと思って。何が好きか分かるか? 購買で買えそうなやつで頼む」


「えー……。なんだろ……」


考えようとしたところで、気付いた。


改めて考えると、私はあの人のことを何も知らない。

趣味も、好きなものも――何ひとつ。

それなりに放課後を一緒に過ごしてきたのに、その事実が少しだけ寂しかった。


(ラース先輩に聞いたほうが、よっぽどいい答えが返ってきそうだな……)


「あ」


ふと思い出し、口にする。


「なんだ?」

「たぶん、飴が好きだよ。棒付きのやつ」


先輩から、ポケットから取り出した棒付きの飴を二回ももらったことがある。

好きでもないものを、わざわざ持ち歩いたりはしないだろう。


「飴か! 確か、棒付きのやつ、購買で袋売りしてたな。よし、買いに行くわ!」


ドレイクは嬉しそうに顔をほころばせた。


(謝罪か……でも先輩、今日から停学じゃなかったっけ?)


「ねえドレイク。先輩って停学中だから、学園にいないんじゃない?」

「いや、停学中も勤労奉仕で、演習室の修繕やらされてるらしい。昼休みに行こうと思うんだけど……一緒に来てくれないか?」

「え!? なんで!?」

「いや、もしまだ怒ってても、ワンクッションあったら向こうも気が緩むだろ? このとおり! おまえにも飴買ってやるからさ!」

「いや、飴はいらないけど……私じゃクッションにならないと思うけどな……」


私としては、昨日の夜の件もあって、こんなに直近で会うのは気まずいと思っていたのだけど――

結局、ドレイクに押し切られる形で、昼休みに演習室まで一緒に行くことになってしまった。



「え……すごくね?」

「すごいね……え、だって、まだ午前中の数時間しか経ってないよね?」


ドレイクと私は、昨日、高温でドロドロに溶けたはずの演習室に来ていた。


けれど――


熱で波打っていた床は、すっかり元の状態を取り戻している。

ベンチの一部も、すでに修復されていた。


天井や壁、細かい部分はまだ煤けて歪んだままだけれど、

たった数時間でここまで復元できるなんて――


(やっぱり、先輩はすごい……)


そして、その修復を行ったであろう本人は――


一部だけ元に戻ったベンチの上で、ローブで顔を隠したまま寝転がっていた。


そんな先輩の様子を見て、ドレイクがこっそり耳打ちする。


「どうしよう、ネモ。寝てるのか、ただ休憩してるだけなのか分かんねぇ」

「だね……。うーん、仕方ない」


困ったときの、クロだ。

出ておいで、と呼びかけると、すぐに黒いモフモフが姿を現した。


「きゃん!」


(ナイス一鳴き!)


クロの鳴き声で起きるかと思ったけど、先輩はぴくりとも動かない。

思わずドレイクと顔を見合わせる。


「……クロ、先輩の上に乗っていいよ」


乗っていいのかは分からないけど……これは生存確認だ。

仕方ないだろう。


クロは言われたとおり、先輩のもとへ駆けていき、ぴょんとお腹の上に飛び乗った。


「ぐっ……」


さすがに子犬とはいえ、それなりの重さがあるうえに勢いもついていたからか、ローブの下から苦しそうな呻き声が漏れる。


「あ、起きた」


先輩は上体を起こし、クロをべしっと雑に払いのける。


「……重い!」


「きゃん!」


床に落とされたクロは耳を伏せ、それから「グルル」と唸り始める。


「いや、おまえが怒るのはお門違いだろ。被害者は俺だ」


先輩はお腹をさすりながら、眉をひそめてクロに文句を言う。


だがクロは意に介さず、威嚇するように先輩へ小さな炎を吐いた。


「お、やんのか!? って、違う、まだ結界を張り終わってないんだ、やめてくれ! 俺の午前中が無駄になる!」


初めて見る焦りを見せた先輩に、私も慌てて叫ぶ。


「クロ、戻っておいで!」


私の声に、クロも先輩もこちらを振り向いた。

どうやら先輩は、今になって私たちの存在に気づいたらしい。


驚いた表情でこちらを見ている。


「すみません。お腹に乗っていいって言ったの、私です……」


正直に告白してみるものの、声はだんだん尻すぼみになっていく。

先輩の雰囲気が目に見えて下降していくのがわかったから。


(……こわい)


久しぶりに、空気が怖かった。


「……別にいいけど。何しに来たんだ?」


不機嫌そうに頭を掻きながら、私とクロ、それからドレイクへと視線を向ける。


私は固まっているドレイクの肩をこづいた。


「ほら、自分で言って」


ドレイクは「う……」と一瞬言い淀むと、おずおずと口を開いた。


「あ、あの……お休みのところ、すみません。俺、昨日のこと、謝りたくて……」


彼も私に負けず、声がどんどん小さくなっていく。


(わかる、わかるよ。先輩、めっちゃ怖いもん)


エンデ先輩は何も答えず、ドレイクをじっと見つめている。

空気がとんでもなく重い。


(これ、無理……。私だったら泣いてる……)


まるでお葬式のような状況に、いますぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。

けれど、そんな重苦しい空気を破ったのは、先輩のほうだった。


「――謝ってもらう必要はねぇよ」


短く言ったあと、静かな声で続ける。


「……俺のほうこそ、わけわかんねぇくらいキレて、悪かった」


ベンチに座ったまま頭を下げる先輩に、ドレイクがたまらず叫ぶ。


「そんな! 俺が無神経なこと言ったせいなんです! エンデ先輩は何も悪くない!」


そう言って、先輩のそばまで駆け寄ると、手に持っていた袋をばっと先輩の身体の前に差し出した。


「これ、ネモから飴が好きだって聞いて……たくさん買ってきました! こんなんじゃ謝罪にならないかもしれませんけど、受け取ってください!」


(ぎゃ、私から聞いたとか言わないでよ!)


先輩は差し出された飴の袋を受け取ると、

一瞬あっけにとられ――


さっきの不機嫌さはどこへやら、眉根を下げて緩く笑った。


(わ……)


「……ありがとう。俺、これめっちゃ好きなんだ。すっげー嬉しい。これ昼メシにしよ」

「いやいやいや、絶対お腹に溜まらないから、ちゃんとメシ食べてくださいよ!」


ドレイクが思わずツッコミを入れる。


私は二人のそんなやりとりよりも――

初めて見る先輩の子供みたいに嬉しそうにする様子に、すっかり目を奪われていた。


(なになになに! 今の顔、反則でしょ!? 急に先輩が可愛い!)


ドレイクもそんな先輩の様子に空気が和らいだと感じたのか、その後グイグイと彼に質問していく。


「それよりここ、先輩ひとりで直してたんスか?」


「まあ、うん。でも修繕というか、復元というかだな。だから、元からボロかった部分はそのままだ」


「復元……。え、それって魔法で、ですよね?

どんなんですか? 俺、見たい!」


「ん」


先輩は飴の袋を脇に置くと、手を近くの壁に向けてふっと上げ、丁寧に呪文を詠唱していく。

その詠唱に聞き覚えがあり、「あ、これ」と思った。


(これ、魔法球を直してくれたときと同じ、"状態再生"の魔法だ!)


詠唱が終わると、みるみるうちに煤けた壁の一部が形と元の色を取り戻していき、先輩が手を下げると、復元の動きがぴたりと止まった。


「こんな感じ。あー……疲れた」


そう言って肩をぐるぐる回す先輩を、ドレイクはあっけにとられたように見つめる。


「嘘だろ……"状態再生"……!?」


魔法バカのドレイクが知らない訳がない。

けれど、実際に見たのは彼でも初めてだったらしい。

見えないはずの尻尾が、途端にぶんぶん動きを速めていくのがわかる。


「すっっげぇーーーー! 俺、初めて見ました!

それを使ってここまで!? うっわー……まさかこんなとこで幻の魔法見れるなんて思ってなかった……!

ほんとすげぇ!」


興奮しきりのドレイクに、エンデ先輩は苦笑を漏らす。


「大げさだな……。練習すればみんな使えるようになるよ」

「ええっ!? 練習してなんとかなるもんなんスか!?

うわ、じゃあ卒業までの目標にしよ。あーほんと半端ねぇや」


私は完全に傍観者だけど、二人のやりとりを見て胸の奥がほっと緩む。


(良かった。先輩も穏やかだし、ドレイクもすっかり懐いてるし。そろそろ退散するか)


私が入り口の方へ身体を向けたとき、

ドレイクがようやく私の存在を思い出したらしい。


「あ、ネモ。もう行く?」

「うん、そろそろ行こうかな。昼休み終わる前にご飯食べちゃいたいし」

「じゃあ俺も。先輩はこのあとどうするんですか?」


ドレイクが先輩に向かって声をかける。


「少ししたら切り上げて一旦寮に戻る。そっから戻ってきて……別の場所で用事がある」

「そうなんですね……あ、あの、俺にできることがあれば、なんでも言って下さいね! 呼び出してくれたらすぐ駆けつけますんで!」

「ありがとう。気持ちだけもらっとく」

「でも、本当遠慮しないで下さいね。それじゃあ、お邪魔しました!」


別れの挨拶を言ってドレイクがこっちへ向かって来たので、私も先輩に向けて頭を下げる。

さあ食堂に行くか、と思ったところ。


「ネモ」


反射的に、後ろを振り向いた。


視線の先にいるのは、もちろんエンデ先輩で。


初めて呼ばれた名前に一瞬、呼吸が止まった気がした。


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