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24.私を頼ってください。

エンデ先輩の方を振り向いたまま、身体が固まって動けない。


(今、先輩、私のこと「ネモ」って呼んだよね……?)


先輩は戸惑う私を気にすることなく、そのまま静かに口を開いた。


「話があるから、少しだけ時間をくれないか」

「あ……はい」


ドレイクの方へ顔を向け、「ごめん、先に行ってて」と手を振る。

彼は訝しげな表情を浮かべながらも小さく頷き、その場を後にした。


そうして、私と先輩だけが、まだ修繕中の演習室に取り残される。


「……」


呼び止めたのは先輩なのに、じっとこちらを見つめたままで何も話そうとしない。


私はというと、さっき名前を呼ばれたことを引きずってしまい、胸の鼓動が収まらない。

ずっとばくばくと音を立てていて、今にも飛び出してしまいそうだ。

それに、なんと声をかければいいのかわからず、口を閉じたままになってしまう。


(なんだろう。話って……)


少し気まずさが漂い始めた、そのとき。


出しっぱなしだったクロが鳴いた。


「きゃん!」

「あ、クロ。ごめん、忘れてた」


部屋の隅で寝ていたらしく、いないことに気づかなかった。

「おいで」と身体を屈めると、こちらを目がけて一目散に飛び込んでくる。


あまりの勢いに衝撃を受け止めきれず、どしんと後ろに尻もちをついてしまった。


「いったー! 勢い良すぎだよ!」


クロはごめんと言わんばかりにハッハッと息をしながら、顔をペロペロと舐めてくる。

今の彼は完全に「遊んでほしいお犬様モード」だ。


されるがままになっていると、目の前にすっと腕が差し出された。


「ほら、手」

「あ、すみません」


いつの間にか近くに来ていた先輩の手を取り、ぐいっと引き上げてもらう。

あまりに自然な動作すぎて、緊張する暇もなかった。


立ち上がって先輩と向かい合うと、彼はようやく口を開いた。


「――昨日はありがとう。おかげで、よく眠れた」


気恥ずかしさを隠すように髪を掻きながら言う先輩に、思わず頬が緩む。


「いえ、ちゃんと寝つけたならよかったです。やっぱり寒かったから眠れなかったんですよ。今日はちゃんと暖かくして寝てくださいね」

「……」


私がそう言うと、なぜか先輩は残念なものを見るような目を向けてきた。

その視線に耐えきれず、「ええと」と口ごもる。


「先輩、お昼食べないんですか?」

「ああ、寮に帰ってから食うつもり」


先輩は視線をクロの方へ向け、小さく呟く。


「あのさ……」


少し言いづらそうにして言葉を切る。


「また……、頼ってもいいか……?」


「!」


――予想外の言葉に、息が詰まる。

先輩の縋るような声は、まるで断られるのを前提にしているかのように頼りない。


(私のこと、頼ってくれてるの……? 私がエンデ先輩の力になれる!?)


一瞬にして、自分でも驚くほどの高揚感が込み上げた。

さっきとは違った意味で、心臓がドキドキしている。


「もちろんですっ!!! 昨日も伝書鳥でお伝えしましたけど、いつでもクロを派遣しますんで! 眠れないときはすぐに言ってください!」


ドンと頼ってくれという気持ちで言ったのに、なぜか先輩は目を丸くしてこちらを見ている。


(あ、あれ……? なんか思ってたのと違う反応だな)


「きゃん!」


クロが尻尾をばたつかせ、私の足をむぎゅっと踏んできた。


「え、なに。めっちゃ踏んでるよ、クロ。わざと?」


尋ねてみるも、知らん顔でエンデ先輩の方へとのんびり歩いていく。

先輩はクロを抱き上げ、モフモフの毛並みに顔を埋めた。


(ほんと、仲いいなぁ……)


先輩が無言でモフモフを堪能したあと、クロは腕から飛び降りてこちらへとやってくる。


「あ、終わり?」


クロは私の前に座り、待つ姿勢をとる。

どうやら今日はお喋りする気分ではないらしい。


「それじゃあ先輩、私そろそろ行きますね。午後も予定があると言ってましたけど、寮に戻ったらゆっくりしてくださいね」


「ああ、引き止めて悪かった」


ペコリと頭を下げる私に、先輩は一瞬「あ……」と何か言いかけたが、

踵を返して、小さく別れの挨拶をいった。


「……じゃあな」

「はい、お疲れさまでした」


――先輩の口から「また」という言葉は聞けなかった。


きっと停学中だから、学園で偶然会うことも、放課後に呼び出すこともないと思っているのだろう。


本当だったら、休み時間いっぱい、クロと一緒に残っていたかったけど――


(お腹が限界だ)


さっきからお腹がグーグー鳴り続けている。なんなら、ここに来たときからずっと。

……先輩に気づかれなくてよかった。



基本的に、学校で出された課題というのは、魔法学科の演習室か、寮の演習室でやるようにしている。


けれども残念ながら、昨日の件で魔法学科の演習室は一週間、使用不可となってしまった。

そのため、この期間は魔法学科の生徒も、別の学科の棟にある演習室を使うことになる。


そしてそれは、私も例外ではない。


「幻術科の棟って、やっぱ雰囲気違うよね~」


「確かに。なんていうか、女子感があるというか……」


幻術科は圧倒的に女子の比率が高い。

精神魔法や治癒魔法を扱うこの科は、繊細なコントロールを必要とすることから、細かい作業が好きな女子に人気だった。


そのせいか、同じ造りのはずなのに、魔法学科の廊下はどこか薄汚れているのに対し、こちらはやたらときれいに見える。

なぜだか匂いすら、こっちのほうがいい匂いがする……気がする。


「それにしても……

魔法騎士科も召喚科もダメ、魔法薬科も満員、魔術学科の棟ですら演習室が予約で埋まってるって、どういうことなんだろうね」


「試験が近いからかな? 私たちは試験に関係なく演習室が必要だっていうのに」


「あー、試験の時期か! 確かにそうなのかもね」


放課後。


キアラと一緒に今日の課題をやろうと居残りしたのだけど、どこの演習室も空いておらず、私たちはとうとう最後の頼みの綱である幻術科まで来ていた。


「そういえば……演習室ってどこにあるの?」


キアラがはたと立ち止まって言った。


「え、待って。私、キアラについてきただけなんだけど」

「うそ!? 私はてっきりネモが知ってるものだと……。うわ、迷子じゃん、私たち」


なんてこった。

お互いがお互いを頼りにして進んでいたなんて。


そのとき、廊下の向こうから歩いてきた人物を見つけ、場所を尋ねようと駆け寄ると――


「あれ、ネモじゃないか」


「え? ラース先輩? なんでこんなところにいるんですか?」


歩いて来たのは、ラース先輩。

神出鬼没なこの人は、他の科にも足を延ばすらしい。


ラース先輩は私とキアラの前まで来ると、その足をぴたりと止めた。


「ああ、そろそろ終わるかなって思って、迎えにきたんだ」


「? 誰を、どこに、ですか?」


主語も目的語も抜けているため、なぜ彼がここにいるのか、全くわからず問い返す。


「ダリオを、治療室まで、だよ」


「え!? 先輩が怪我したんですかっ!?」


まさか、あの後に先輩の身に事故でも起きたのだろうか。

心配を胸に問いかけるが、ラース先輩は「ちがうよ」と首を横に振った。


「怪我とかじゃないよ。昨日、先生から勤労の後に受診しろってダリオにお達しがあって……。

まぁ……精神的なものだね。本人から話すまで、あんまり触れないでやってあげて」


「……」


幻術科は治癒魔法を扱うことから、外部から雇った専門医が常駐している治療室が設置されている。

それは怪我であったり病気であったり、多感な時期の生徒のために精神的なカウンセリングも請け負っている。


――そういえば、エンデ先輩は寮に戻ったあと、「別件で戻って来る」と言っていた。


(もしかして……ここに来るために、寮から戻って来るって言ってたのかな?)


あんまり触れないで欲しいと言うのなら、彼にも会わないほうがいいだろう。

キアラに視線を向けると、彼女は「うん」と頷いた。


「あの。私たち幻術科の演習室を探してるんですが、ラース先輩はどこにあるかご存じですか?」


キアラが話題を逸らすようにラース先輩に尋ねる。


「ああ、幻術科の演習室ならここの突き当たりを右に曲がって、そこから二番目の教室だよ。

ダリアが魔法学科の演習室を派手に壊してくれたおかげで、俺たちはいい迷惑だよね~はは」


「あ、教室の場所、どうもです……」


いい迷惑なのは確かだが、それを表立って口に出すのは、エンデ先輩と仲の良いラース先輩だからこそ。

曖昧に笑って「ありがとうございました。それでは」と軽く挨拶をして先輩と別れた。


(――良かった、エンデ先輩が治療室から出てくる前に立ち去れそう)


ラース先輩は治療室の前で待つらしく、そのまま廊下の壁にもたれかかり「じゃあね」と手を振った。


キアラと廊下を歩いていき、突き当たりで右に曲がろうとした――その瞬間。


背後で扉が開く音とともに、廊下中をものすごい勢いで魔力の波が突き抜けた。



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