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再会した先輩は心が壊れていました。~執着が止まらないなんて聞いてません~  作者: piyo
第二章 彼の事情編

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21.夜、謹慎処分中の先輩に、クロを派遣してみようと思います。

「まず謝罪を。この件は、授業後すぐにこの場を離れてしまった私の落ち度でもある。申し訳なかった」


先生が、みんなに向かって深々と頭を下げる。

だけど、その謝罪を本気で受け取る生徒は、誰もいないだろう。


先生のせいではない。

誰もが予測できなかった事態だった。


一年と五年の間で諍いが生じ、怒った先輩が後輩に詰め寄ろうとした――ただ、それだけのこと。


なのに、力の差があまりにも一方的すぎた。

まさか、人間兵器のような圧倒的な戦力で怒りを顕にするなんて、誰も想像しなかっただろう。


「それから――ドレイク君」


名を呼ばれたドレイクは、身体をびくりと震わせる。


「君が発端だったと聞いたが、それは本当か?」


「ひゃ、ひゃい……。え、エンデ先輩に、遠征授業のことを聞いてたら、急に……」


まだ先ほどの恐怖を引きずっているのか、声は震え、うまく言葉になっていない。


「ここで糾弾するつもりはない。あとで私の研究室へ来なさい。それと――」


先生は、私たち一年生をゆっくり見渡してから、言葉を続けた。


「今の五年生は、遠征授業を終えたばかりだ。そして、今回の遠征は、稀に見る過酷なものだった」


一瞬、場の空気が張り詰める。


「その爪痕は、今もおまえたちの先輩に深く残っている。

安易に触れれば、今日のような事態を招くこともある」


先生の声は静かだが、重かった。


「相手が自ら語るまで――遠征授業……戦地の話題には、慎重でいなさい。

……わかったか?」


「はい」


みんな、静かに返事をした。

自分たちが思っていた以上に、五年生は過酷な経験をしていたらしい。これまでは"大変な実習を終えたすごい先輩たち"という認識だったが、その大変さで、心に陰を落としている人もいることを、私たちは想像できてなかった。


ドレイクは先生に手招きされ、とぼとぼと演習室を後にする。


しばらくの沈黙のあと、ようやく誰かが口を開いた。

それをきっかけに、張り詰めていた空気が少しずつ緩んでいく。


「ドレイクのやつ、大丈夫かな……」

「あいつ、失禁してなかった? 俺だったら気失ってたかも」

「めちゃくちゃ怖かったよな。エンデ先輩、炎の魔法がすごいって聞いてたけど、あれはさすがに圧倒的すぎないか?」

「ほんと、軍からスカウトが来てるってのも納得だわ……」


口々に、さっきの出来事について話し始める。


堪らず、私も近くにいたユリシスに声をかけた。


「ねえ、ユリシス。エンデ先輩、なんであんなに怒ったの?」


あの場にいたユリシスなら、何か知っているかもしれない。

そう思ったのだが――


「うーん……正直、俺もよくわかんないんだよね」


ユリシスは少し考えるように視線を泳がせてから、続ける。


「ドレイクがさ、『先輩の作戦、すごいと思いました! 軍の総司令みたいで!』って最初に話しかけてて……先輩も普通に返してたんだけど」


そこで一度、言葉を切る。


「そのあとだよ。ドレイクが、戦地でどれだけ活躍したかとか、敵をどれだけ倒したかとか、それから、味方をどれだけ救ったのかとか――」


ユリシスの声が、少しだけ低くなる。


「……そういうこと、聞き始めた途端に、先輩がキレたんだ」


「そう、なんだ……」


ユリシスの話からして、間違いなく地雷は戦地の話だ。

どれだけ悲惨で過酷な環境だったのか、想像もつかない。


しかも――同級生であるアンドリューさんも亡くなっている。


(やっぱり、安易に触れちゃいけない話題だったんだ)


クロのことで、アンドリューさんのことをエンデ先輩に聞こうと思っていた。

けれど、先輩が自分から話してくれるまで待とうと心に決める。


「俺たちもさ、四年生になったら遠征授業があるじゃん。あんなすごい人でもトラウマになるくらいキツいってことだよな……。俺、今からめっちゃ怖いんだけど」


「気、早すぎでしょ。三年後だよ?」


身体を震わせて言うユリシスのビビりっぷりが、なんだかおかしくて、思わず苦笑が漏れる。


「なんかさ、魔法もだけど、メンタルも鍛えないと、この先やっていけそうにないよな」


「うん、確かにね。私たちポンコツだし、頑張ろう」


「いや、俺たちは今日でポンコツをほんの少し卒業したはずだよ? 先輩方のおかげとはいえ、優勝と準優勝でしょ?」


「はは、そうだね! よし、このまま勢いに乗って、完全にポンコツ卒業するぞー!」


二人して「「おー!」」と声を上げる。

その後は、他のチームの感想を言い合いながら、演習室を後にした。



本当は授業のあと、キアラとどこかへ出かけようかと話していた。

けれど、魔力切れで体力がまったく残っていない。


キアラも「そりゃ朝から連戦で疲れてるよね。また今度遊ぼう!」と言ってくれたので、

私はそのまま寮へ戻り、ふらふらの身体をベッドに沈めた。


次に目を覚ましたとき、外はすっかり日が沈んでいた。

夢も見ないほどぐっすり眠っていたから、よほど疲れていたらしい。


「ネモ~!」


声の方へ頭を振り向けると、いつの間にか帰ってきていたカタリナが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

よいしょと身体を起こし、向かい合って座る。


「聞いたよ! なんか魔法学科の授業中に、事件があったんだって? 大丈夫だった?」


「おかえり、カタリナ。うん、大丈夫だよ。

授業中というか、終わった後なんだけど――」


簡単に事の顛末を話すと、カタリナが「あ~……」と小さく声を漏らす。


「それ、先生も交流授業の前に一年生全員に話しておくべきだったんじゃない?

戦地の話題は避けてね、って。

ドレイク君も、深く考えずに好奇心で聞いただけなんでしょ。

エンデ先輩も、ある意味とばっちりだよね」


「そうだね……」


聞いた話によると、ドレイクには反省文が言い渡され、

エンデ先輩には一週間の停学と勤労処分が下されたらしい。


それが妥当なのかどうかはわからない。

けれども、確かにとばっちりだ。

卒業研究で忙しいはずの先輩にとって、一週間の停学はかなりの痛手に違いない。


「カタリナ、もし暇があったら、魔法学科の演習室見てみたらいいよ。地獄絵図が見られるよ」


「え~やだ~絶対怖いもん。というか、何重にも張られた結界を溶かすとか……。本当、みんな無傷で助かってよかったね」


「ね。私、今回の件で、防御って大事なんだなって改めて思ったよ。そっちを極めるのも面白いかも」


「いいね! 結界士のネモ! 防御のことならネモにお任せ!」


「なにそれ、安っぽいキャッチコピー!」


なんとなく沈んでいた心が、カタリナとの軽口で少しずつ浮き上がっていく。


(先輩は、大丈夫かな……?)


前に、夜は寝てるのか起きてるのかわからないと言っていた。もしかしたら今日は特に――



その日の晩。

――おせっかいとは思いつつも、エンデ先輩に伝書鳥を飛ばした。


『こんばんは。お休み中でしたらすみません。

もし寝付けないようでしたら、クロを派遣します。遠慮なく言ってください。

ネモフィラ・フィリアスより』


緑色の、手のひらサイズの小鳥が、窓をすり抜けてバタバタと飛んでいく。

……エンデ先輩の炎の鳥と違って、どこか頼りない飛び方だ。

術者の力量が、そのまま反映されているのかもしれない。


(返事、来るかな。……あ、でも寝てるところを起こしたら最悪だよね。大丈夫かな……)


伝書鳥を飛ばした途端、急に不安になってきた。


けれど、取り消し方をど忘れしてしまった以上、どうすることもできない。


部屋はすでに消灯しており、カタリナはベッドに入っている。

私だけが机の明かりを灯し、椅子に座って、そわそわとしたまま返事を待っていた。


あと十分待って、何も返事がなければ私も寝よう。


そう思ってカーテン越しに窓の外を見ると、小さな赤い光が見えた。


それは、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

そして、窓をすり抜けるようにして、するりと部屋の中へ入り込んできた。


(あれ、小さい……?)


それは予想通り、エンデ先輩の伝書鳥――炎の鳥。

けれど、以前見たものと違い、小鳥ほどの大きさしかない。


炎の羽根も、ゴウゴウと燃え上がるものではなく、ぼんやりと灯っている程度だった。


もしかしたら――先輩も、今日のことで魔力切れを起こしているのかもしれない。

だとしたら、悪いことをしてしまった。


炎の小鳥は口をぱかりと開き、甲高い声で鳴く。


『タスカル。サンジュップンタッタラカエス』


言葉を伝えた途端、炎の小鳥は、水をかけられた火のように、ぷしゅっと音を立てて消えた。


「助かる、だって」


ささやかなことだけど、エンデ先輩の力になれた。

そう思うと、じわりと心が温かくなる。


『クロ、おいで』


掛け声とともに、クロが姿を現す。

クロはすぐに身を乗り出し、尻尾を振りながら私の顔を舐めてきた。


「呼び出して早々でごめん。エンデ先輩のところまで行ってきてほしいの。あの人が寝るまでの間、そばにいてあげて」


三十分と言われたけれど、それ以上になっても、私としては全然構わなかった。


〈わかった。だが、三十分経ったら、ダリオが眠っていなくても戻る。主の魔力が心配だ〉


「うーん……長いこと昼寝したから魔力のほうは大丈夫だと思うけど。でも、わかった。それまでお願いね」


〈承知した〉


その言葉とともに、クロは一瞬で姿を消した。


(三十分か……だったら、今日の課題の見直しでもして、待ってようかな。終わったら予習してもいいし)


今日出された課題――異学年交流授業のレポートを、

誤字脱字がないか、わかりにくい言い回しはないか、趣旨をきちんと捉えられているか、といった観点で見直していく。


それなりに手直しをしているうちに、いつの間にか三十分が経っていたらしい。

足元に、ふわりとクロの気配が戻ってくる。


「おかえり。どう? 先輩、寝た?」


私の言葉に、クロは耳をぺたりと下げ、「クーン」と鳴いた。


〈目は閉じていたが、眠れてはいないな。相当に弱っていた〉


「弱ってたって……魔力切れ?」


〈いや、精神的なものだ。魔力が不安定に渦巻いていたから、少し食ってやった〉


「そ、そうなんだ……」


(――クロ、人の魔力、食べられるんだ……)


今日も結界の威力を増幅してくれたし、

これから少しずつ、クロにできることを、飼い主としてきちんと把握しておかないといけない。


〈様子が気になるなら、連れて行ってやれるが、どうする?〉


「は!? いや、普通にダメでしょ。そもそも男子寮って女子立ち入り禁止だし」


クロのとんでもない提案に、ぶんぶんと首を振る。

女子禁制だし、何より先輩も、こんな時間に後輩が急に来たら迷惑だろう。


〈絶対に、ばれない〉


「いやいや、バレるとかの問題じゃなくて……」


言い終わらないうちに、

ふわりとした光が、明かりを落とした部屋を一瞬だけ照らした。

その瞬間、

目の前にいた子犬が、大人の獅子ほどの大きさへと姿を変えていた。

狭い部屋が、一気に圧迫される。


「で、でかっ!」


〈さっきダリオの魔力を食ったおかげだ。主よ、捕まれ。主が眠くなる前に急ぐぞ〉


このサイズなら、クロの低くしわがれたおっさんのような声も違和感がない。


……が、気にするべきはそこじゃない。

クロは、私が先輩のもとへ行くことを、すでに決定事項のように話している。


「クロ、ダメだよ。迷惑だから」


「ワンッ」


私がクロを嗜めると、彼は一鳴きして――

さらに体を大きくし……私をパクリと咥えた。


「ぎゃっ!? 私、美味しくないよ!? へっぽこだから、まだ食べ頃じゃないってば!」


クロは何も答えない。


私がそれ以上の抵抗を口にする前に、

私たちは、そのまま女子寮の部屋から姿を消していた。


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