20.エンデ先輩の怒りが止まらなくなりました、みんなピンチです。
今日は2話更新。
「あ~、惜しかったなあ。残念だったけど、仕方ないね」
ラース先輩に声をかけられ、「すみません……」と小さく返す。
悔しさで、声が自然と震えた。
(私の最後の土魔法がうまくいっていれば……!)
まさか、ユリシスのとんでもない跳躍で避けられるなんて、思いもしなかった。
「身体強化で、あんな人間離れした動きをされるなんて、想像もできませんでした……」
「いや、俺も見誤ったよ。彼があそこまで身体強化を使いこなしてるとは思ってなかったからね。
でも、いい経験になった」
ラース先輩は責めることもなく、穏やかな表情を向けてくる。
その優しさに、悔しさが混ざって、目の奥がツンとした。
そんな私の様子を見て、「胸、貸そうか?」なんてからかってくるものだから、
涙も引っ込んで、思わず笑ってしまう。
と、そこへ、ユリシスが割り込んできた。
「いや~、ネモの結界、めっちゃ硬かったね! 俺、結構焦ったよ! 結界壊すのに思ったより手間取って、五分過ぎるかと思った!」
「それを言うなら、ユリシスの身体強化の強度だよ。もしかしたらダイヤより硬いんじゃない?
あの拳で間違って殴られでもしたら……って、死ぬほど怖かったんだけど」
「ごめん、ごめん。Bグループ最初の対戦のときにさ、エンデ先輩に“コントロールが苦手です”って言ったら、
“じゃあ身体強化ならコントロールもクソもない”って言われて、それで勝ち上がってきたんだよね。
作戦勝ち、ってやつかな?」
ラース先輩と二人で話しているエンデ先輩を、二人してちらりと見る。
こちらの話を聞いていたのか、
「作戦勝ちで、完全勝利だ」
と、口の端を上げて笑った。
「はは、完敗です……」
場内はまだ余韻が冷めず、ざわめきが収まらない中、先生が締めの挨拶をする。
「これで異学年交流授業は終了とする。今日の課題は、各自、自分のチームの良かった点と反省点を書き、また他チームを見て学んだことをレポートにまとめること。期限は明日の午前中。
――以上、解散!」
(ああ、終わった……)
昼休憩もなく、みんなぶっ通しで授業を受けていた。
その代わり、今日はいつもより早く帰れる。
エンデ先輩やラース先輩は、一年のみんなに囲まれ、根掘り葉掘り質問されている。
こんな機会でもないと、卒業研究で忙しい第五学年の先輩と話せることなんて滅多にないから。
(私ももっとエンデ先輩と話したかったけど……この様子じゃ無理そうだな)
「ネモ~!」
「あ、キアラ」
さっさと教室に戻ろうとしていたところで、キアラがこちらへ駆けてきた。
「ネモ、すごかったね! 優勝おめでとう!
まさか最後まで残るなんて思ってなかったわ」
「それ、みんなに言われたよ。九割ラース先輩の指示のおかげだけどね」
「なんか念話の魔法で指示受けてたんだって? めっちゃ面白そうじゃん!」
「うん、初めての体験だった。頭に声が響くんだよ。すごいよね……。
キアラたちはどこまで勝ち進んだの?」
「うちらは初戦敗退だったよ~! あっさり魔法球割られちゃってさ。そのあとずっとペアの先輩と他チームの見学。お尻痛いったら……」
――と、そのとき。
ドンッ――
耳をつんざくような爆発音が、演習室中に鳴り響いた。
「うわ」
「なに!?」
周りの驚きの声と同時に、キンッという結界を張る音が鳴る。
騒然とする室内を見渡すと、みんなを囲むようにして結界が展開されていた。
――ただ一人を除いて。
「……もう一回言ってみろ」
低く、重い声が響く。
その声は、結界の外にいる――たった一人の人物――エンデ先輩から発せられたもの。
先輩は腰を抜かしたらしい一年生の一人に、じわじわと近づいて凄んでいる。
みんなの視線が、一斉に二人へ集中する。
(え、なんか先輩、めちゃくちゃに怒ってる……!? ……でも、なんで?)
突然の状況に頭はついて行かず、ただ、エンデ先輩の様子の異様さに身体が冷えた。
「おい、ダリオ! 落ち着けよ!? 今、俺が結界張らなかったら、みんな死んでたぞ!」
隣にいるラース先輩が、エンデ先輩を宥めるように叫ぶ。
どうやら、全員を守る結界はラース先輩が咄嗟に張ったものらしい。
――そんなラース先輩の叫びも虚しく、エンデ先輩は動きを止めようとしない。
「やだ、ネモ、見て……」
部屋の壁がみるみる溶けていき、空気が揺れ、結界内に熱気が充満する。
異常な様子に危機感を覚え、第五学年の先輩たち全員がラース先輩の結界に魔法を重ねがけしていく。
エンデ先輩を見ると……彼の身体は真っ赤に燃え上がり、辺り一面を灼熱が包んでいた。
まるで、地獄――。
そのあまりの様相に、第五学年を含むみんなが息を飲む。
(とんでもない高温――。確かに、咄嗟にラース先輩が結界を張らなかったら、みんな蒸発してたんじゃ……)
魔法を発動している本人は、対象の生徒から視線を外すことなく、一歩ずつじりじりと進む。そのたび、地面がグニャリと形を変える。
演習室は、魔法の結界に特化して作られているから、どれだけ魔法を使おうと壊れない頑丈な造りになっている筈だった。
なのに。
「っ!」
壁は溶け、地面は歪み、天井もたわんできている。
結界の外の地獄に加え、この場そのものが崩れるかもしれない恐怖が生徒たちを襲う。
頼みの綱である先生はもう帰ってしまった。
この場を収めるには、エンデ先輩が静まるのを待つしかない。
エンデ先輩の視線は、ドレイクただ一人に向けられていた。
彼は腰を抜かしたのか、お尻を突きながら結界内の地面を後ずさる。
「ひっ……す、すみませんでした! 二度と言いません! だから、許してください!」
ほとんど泣きながら懇願するが、エンデ先輩の怒りは収まらない。
「そこから出ろよ……全力で相手してやるから」
他の先輩たちも次々とエンデ先輩を止める言葉をかけるが、彼が止まる気配は一切ない。
(ドレイクってば、一体何やらかしたの!?)
自分が見てきたエンデ先輩の怒りは、まだ本気じゃなかったんだと痛感する。
先輩の怒りを通り越した殺気は収まるどころか勢いを増している。
「一年生も、自分のできる範囲でいいから、結界を重ねがけして!」
第五学年からの指示に、一年生はみんな怯えながらも結界を展開する。私もみんなに倣って、自分の周りに結界を張った。
――熱い。
額から、汗が次から次へと伝っては流れ落ちてくる。
エンデ先輩の魔法の威力が強すぎて、いくら重ねがけしても熱まで遮断できないようだ。
周りを見渡しても、学年関係なくみんな同じような状態だった。
(エンデ先輩が落ち着いて魔法を解除する前に、みんな熱中症で死んじゃうよ――チートのラース先輩も結界に手を取られて身動きできないし……何か出来ることは……)
そこで、はっと気づく。
もしかしたら……幻獣のクロなら、この灼熱地獄をどうにかできるかもしれない、と。
『クロ、おいで』
散々魔力を使ったけれど、まだ彼を呼び出す余裕はあった。
足元に、フワフワの子犬が姿を現す。
そして、出てきて早々に尻尾をだらりと下げ、耳を伏せた。
〈……なんだこの惨状は〉
「私も全然成り行きがわかんないんだけど、見た感じ、相当ヤバいでしょう?……クロ、エンデ先輩をどうにかできない?」
〈成体じゃないと無理だ。でも、それだと主の魔力が足りない〉
「ええっ……そんなぁ」
(くうっ、詰んでる!)
何もできない悔しさで、思わず唇を噛む。
そこへ、ラース先輩が慌てた様子でやってきた。
「ナイスだよ、ネモ! フェンリルと一緒なら、ここの結界を任せられる。やれるかい? 俺は空間転移で教師を全部呼んでくるから」
「え!? 私がですか!?」
「ああ。じゃないと、この強度の結界を全員に維持させることは無理だ。一瞬でみんな消し炭になるぞ」
「せ、責任重大じゃないですか……!」
(むりむりむり! ポンコツ代表には荷が重くない!?)
今の言い方だと、私の結界の成功可否が、みんなの命を握ることになる。
周りのみんなも「大丈夫なのか!?」とざわつく。
特に一年生は、恐怖とどうにもできない状況に半ばパニックになっている。中には結界を維持できず、怯えからかその場に小さく蹲っている子もいた。
「そうだよ、責任重大だ。どんなことでも、人は誰かの責任を負うものだろ?」
「なんか、スケール違くないですか!? いや、でも、死にたくないから、ぜ、全力でやりますけどッ!」
「――いいね。じゃあ、今すぐ内側に二人で展開して。こいつが増幅してくれるはずだから、焦らずに。ネモが全体に結界を張ったのを確認したら、俺は魔法を解いてすぐに転移する」
「は、はい。クロ、いくよ……」
はっきり言って、ヤケクソだった。
なんで突然平和な学園で命の危険に晒されているのかということに加え、
みんなの命を背負うなんていう現実感が無さすぎて、どこか他人事のようにも感じる。
けれど……やるしかない。
「ネモ、頑張って! これ終わって生き残れたら、今日の放課後、めいいっぱい遊ぼう!」
キアラも、私の隣で自分の周りに結界を張りながら応援してくれる。
――よし。
意識を集中させ、クロと共にラース先輩が張った結界に沿って、新たな結界を張っていく。
絶対に中に熱を出させない――エンデ先輩が突き破って入れないように。
(行けっ!)
私の魔法の展開に、クロが「オオーン」と大きく一鳴きして魔法を強化する。
あっという間に新たな結界の膜が完成し、それを確認したラース先輩は親指を立て、その場から瞬時に消えた。
「やった!」
〈持って三分だな……その前にあいつが戻ってくるといいが〉
肝心のエンデ先輩を見ると、まだ先ほどと同じ状態だ。
身体を燃やし、辺り一面を灼熱で包んで怒りを顕にしている。
――お願い先輩、誰も傷つけないで。
結界を突き破ったら、みんな消し炭になる。
誰の声も届いてない今の状態の先輩なら、本気でやりかねない気がする。
ゆっくりと――
エンデ先輩が、炎に包まれた腕を結界へと伸ばす。
触れた瞬間、ピシッという音が弾けた。
「やめろっ!」「ひぃっ、死にたくない!」
恐怖に引きつった声が、結界の中に充満する。
「ネモ、頑張れ!」
「ネモのワンワン頑張れ!」
私たちを応援する声も、どんどん大きくなっていく。
『クロ、耐えて』
励ましではなく、命令でクロに指示を出す。
〈わかっている〉
そのとき、ふらっと目が眩んで視界が揺れた。
(ヤバい、魔力が――)
朝からずっと魔法戦をやってきたため、限界が近づいているらしい。
足元が少しふらつくが、なんとか気力で踏ん張った。
その間にも、エンデ先輩が結界に触れ、ひび割れる音が響く。
(やめて!)
――もう、限界だ!
絶体絶命、その瞬間――
バチィン……
結界が壊れ――
ドサッ
熱でドロドロになった演習室に、何かが倒れた音が響く。
咄嗟に閉じていた目をゆっくりと開くと――
熱で歪んだ床の上に、エンデ先輩が力なく倒れていた。
「そこまでだ!! 無駄な抵抗はするな!!」
扉の方を振り向くと、大人数の先生たちがエンデ先輩に向かって一斉に魔法を放っている様子が見えた。
それと同時に、あんなに灼熱だった室内はたちまちいつもの温度を取り戻し、廊下から新鮮な空気が流れ込む。
「みんな、無事か!?」
先生たちの後ろから慌てて飛び込んできたのは、ラース先輩だった。
その声で一気に力が抜け、ヘニャヘニャとその場にしゃがみ込んでクロを抱きしめる。
(た、助かった~……)
温かなモフモフに顔を埋め、生きてる喜びを存分に感じとった。
〈主よ、そろそろ私を帰したほうがいい。魔力が底をつきかけている〉
「あ……そっか。ありがとう、本当にありがとう、クロ。――おやすみ」
クロは小さく「きゃん」と返事をしてから姿を消した。
代わりにキアラが駆け寄り、私に飛びつくようにして抱きついてきた。
「ネモーーーーー! ありがとう、助かった! あのままだと、私たち全員マジであの世行きだったんだよ!」
「うん……ほんと、助かってよかった……」
――その一方で、場は再び緊張の空気に包まれる。
「――ダリオ・エンデ。この事態に、何か申し開きはあるか?」
第五学年の総代教諭であるグリーク先生が、エンデ先輩を見下ろしながら静かに告げた。
「……何も、ありません。生徒を濫りに命の危険に晒した罰を、慎んで受けたいと思います」
エンデ先輩は、床に貼り付けられたまま、静かに答える。
きっと言い分はあるのだろうに、その潔い物言いに、むしろ先輩の様子が心配になる。
その後、エンデ先輩は複数の先生に厳重に囲まれ、演習室を後にした。
ヨシュア先生が残り、一年生に向けて話があると、五年生を教室へ戻す。
こうして、戸惑いの表情を浮かべた一年生だけが、演習室に残された。




