19.念願だった異学年交流授業を受けます。(3)
その後――
まさかまさかで、私とラース先輩のペアは、Aグループを見事に勝ち抜いてしまった。
「やっぱラース先輩すげぇっ!」
試合を見ていた生徒たちが、口々にラース先輩を称賛する。
(うん、わかる。本当にすごい人だと思う)
彼は、私の力量や特性を正確に把握している。
そのうえで、自分の指示が私にできるかどうかを確認する。
できないと判断すれば、即座に別の手を提示する。
相手の特性を見極めながら、攻守を的確に指示していく。
まるで――盤面のすべてを見通しているみたいに。
よく、戦場では優れた軍師ひとりで戦況が覆るというけれど、まさにその通りだ。
先輩のおかげで、私というへっぽこな見習い兵は、まるで曹長クラスにまで引き上げられている。
「ネモ、やったね。グループ優勝だ。バテてない?」
「はい、大丈夫です。
毎日の課題をひたすらこなしているときのほうが、よっぽど疲れてます」
言ったことは強がりなんかではなく、魔力にもまだ余裕がある。
もしかしたら、日々クロを出しっぱなしにしていたことで、知らないうちに鍛えられていたのかもしれない。
「いいね。じゃあ、次の最終決戦は出し切って。
予想ではきっと――あのペアが残ってるはずだから」
(あのペア?)
「それって――」
誰ですか、と続けようとしたそのとき、Bグループの面々が魔法騎士科の演習室からぞろぞろと戻ってきた。
「全員揃ったら、Aグループの勝者とBグループの勝者で対戦し、今回の優勝者を決める。
他の者は着席し、両者の戦い方をよく見ておくように」
(うわ……みんなに見られるのか。ちょっと、いや……だいぶ緊張してきたかも)
意識するほどに、身体がこわばっていく。
「ネモ」
ラース先輩が、穏やかな声で呼びかけてきた。
「もしかして、緊張してる?」
やっぱり、この人は全部お見通しだ。
「はい……。人に見られるの、慣れてなくて……ドキドキしてきました」
「そっか。じゃあ――リラックスしようか。
最近、“落ち着くな”とか、“癒やされるな”って思ったこと、ある?」
「最近……」
ふと浮かんだのは――
クロと、エンデ先輩と過ごした放課後。
森の中。
クロが楽しそうにじゃれて、先輩がそれに付き合っていて。
私はその隣で課題を片付けて。
先輩もそのときはすぐに帰ろうとはせず、二人と一匹で、ただ穏やかな時間を過ごしていた。
あのときの――温かい空気。
「そのときのことを思い出してみて。少しは楽にならない?」
「あ……確かに」
徐々に身体のこわばりがすっと引いていく。
完全になくなったわけではないけど、さっきより不安はマシになっていた。
(うん……大丈夫。もし緊張したら、クロのモフモフを思い出そう。
終わったら、絶対モフモフする……!)
「大丈夫です、大分落ち着いてきました」
「よし。それじゃあもう一つ。ネモって、足は速いほう?」
「? 足ですか? 普通だと思いますけど……」
「反射神経は?」
「うーん……意識したことはないですけど、クロに飛びかかられても咄嗟に避けられるので、悪くはないと思います」
「了解」
ラース先輩は、どこか楽しそうに頷いた。
「次は、少し身体を使うよ。準備運動しておいて」
「え……はい、わかりました」
正直、何が起こるのかはまったくわからない。
それでも先輩に言われた通り、その場で屈伸し、腕や足を伸ばしていく。
(あー、気持ちいい……。いつの間に、こんなに身体が固まってたんだろ)
全身をほぐしながら、両グループが観覧席に落ち着くのを待つ。
ざわざわとした空気の中、あちこちから声が聞こえてきた。
「え、Aグループってネモのとこが残ってんの!?」
「そっちは? Bグループは?」
(でしょう、そうでしょう。私だって、勝ち残るとは思ってなかったし)
中央に立っているのは、ラース先輩と私の二人だけ。
Bグループのペアは、まだ姿を見せていない。
「遅いですね」と口にしかけた、そのとき。
二人が、こちらへ歩いてきた。
「遅かったな、ダリオ」
「そんな遅くないだろ。作戦会議してたんだよ」
ラース先輩が声をかけた相手は、
やっぱり、エンデ先輩。
(……)
――あの週末以来、まだ言葉を交わしていない。
授業前に、せめて挨拶くらいはと思っていたけれど、声をかける勇気が出ず、ペアもグループも分かれてしまってそれきりだった。
気づけば、じっと見つめてしまっていたらしい。
ふいに、先輩がこちらを振り向く。
真っ赤な瞳と、視線がぶつかった。
「よお」
「……お、おはようございます……」
先輩の方から声をかけられ、一瞬言葉に詰まってしまった。
戦うことより、先輩と話すほうが、今はよほど緊張するかもしれない。
思わず、視線を足元へ落とした。
「いやー、まさかネモが勝ち残ってるとは思ってなかったよ」
のんびりとした声で話しかけてきたのは、エンデ先輩の隣にいたユリシス・ノルティマットだ。
成績は、私といつも下から競っている仲。
「私のほうこそ、最終決戦でユリシスと当たるなんて思ってなかったよ」
なにせ、ポンコツ同士。
魔法実践学では、私は序盤で躓き、ユリシスは発動はするけど、だいたい何かをやらかす。
「今日も私たちはポンコツだー」なんて言い合うのが、いつもの流れだった。
「お互いに、今日で少しはポンコツ卒業かな?」
「だといいね」
二人、くすくすと笑い合う。
――と。
隣から、じっと視線を感じた。
ラース先輩が、どこか生ぬるい目でこちらを見ている。
「どうかしました?」
「いや、別に。甘酸っぱいなって思っただけ」
「??」
「よし、両チームが揃った。始めるぞ!」
先生の大きな声が、演習室に響き渡る。
その瞬間、ざわめいていた空気が一気に張り詰めたものに変わった。
中央に立つ私たちは、同時に姿勢を正す。
「これが最終決戦だ。試合時間は五分、ルールも同じ。魔法球を先に割ったほうが勝ち――それでは」
ごくり、と唾を飲み込む。
「試合開始!」
(始まった……!)
『ネモ、最初のときと違って、魔法結界と物理結界の両方を張って。それから向こうの出方をみよう』
ラース先輩の言葉に、頷きを返しながら、二つの結界を展開する。
さっき『出し切って』と言ってたので、出し惜しみはしない。
強度を思いっきり分厚くし、構築する。
一方で、相手は――
「補助魔法の"強化"を展開しろ。ゆっくり、身体を包み込むイメージだ。拳は固く、なんでも砕けるように」
「はい!」
「――そうきたか」
声を低くしたラース先輩に、思わず彼の方を仰ぎ見た。
「……ちょっと不味いね」
今日初めて、ラース先輩の口から焦りが漏れた。
ユリシスが拳を握りしめ、こちらを真っ直ぐ見据える。
(身体強化? エンデ先輩、まさかユリシスに肉弾戦やらせるつもり!?)
――そのまさかだった。
「全力でいけ!」
「はい!」
ユリシスが一直線にこちらへ踏み込んでくる。
身体強化された拳が、大きく振りかぶられ――
『避けて!』
反射的に横へ飛んだ。
――直後。
ドンッ!!
鈍い衝撃が、結界越しに伝わってくる。
わずかに避けきれず、拳が結界の端をかすめた。
途端、結界の膜にビシッと一筋のヒビが入る。
「っ!」
室内が「おおー!」と一気にざわめいた。
「嘘でしょっ!?」
自分では、かなりの強度で結界を張ったつもりだったのに。
まさか物理的に壊しにかかってきて、ヒビを入れられるなんて。
(でも、身体への物理攻撃は禁止って言ってたから、結界を壊すためだけに殴りかかってきてるんだよね? まさか私をそのまま殴ったりなんかしないよね!?)
恐しさから、心臓がバクバクと音を立てている。
『ネモ、落ち着いて。重ね掛けで結界を再構築して。それから、相手が壊そうとしている間に、同時に結界内で土属性の“成長促進”の発動準備を』
「はい!」
だが、結界の再構築に意識を割き、足を止めた瞬間――
ユリシスの拳が、容赦なく突き込まれてくる。
ガン、ガン、と鈍い音が響く。
まだ耐えられると分かっている。
けれども、結界越しにちらっと見える血走った彼の表情と、常軌を逸した拳の頑丈さが怖すぎた。
(ひー! 待って待って、ユリシスが怖い! いつものゆるふわはどこいった!?)
避けたい。
けれど、走りながら魔法を展開するほどの器用さは、私にはない。
再構築の最中も、バキ、バキ、と嫌な音を立てて、ユリシスの拳が結界を打ち据える。
このまま結界が壊され、物理的にバキッとやられたら……
想像しただけで、肝が冷えた。
それでも、なんとか再構築が間に合う。
ヒビの入った結界の外側に、新たな膜が重なる。
「怯むな、そのまま全力でいけ!」
「はい!」
エンデ先輩たちは、とにかく結界を壊すつもりらしい。
焦りを押し込みながら、私は土魔法の展開準備に入る。
『ネモ、落ち着いて。結界が壊されたら、すぐに土魔法を相手の足元に放って。思いっきりでいいよ。どうせ身体強化してるし。相手をすっ転ばせるイメージね』
「はい!」
バキッ。
ビシッ。
ラース先輩とのやり取りの最中、外側の結界に衝撃が走り、大きなヒビが入った。
「いけぇっ!!!!」
ユリシスの気合いのこもった声とともに、両手を握り合わせた拳が、ドガン、と結界へ振り下ろされる。
バキッ、バキバキバキバキ……!
(げぇっ! 外側も内側も割れた!)
『ネモ! いまだ!』
ラース先輩の掛け声と同時に、全力で土魔法を放つ。
ユリシスの足元へ、狙いを定めて――
「へ」
ぴょん。
いとも簡単に、避けられた。
(うそでしょーっっ!?)
ジャンプしたユリシスの身体が、スローモーションのように見える。
彼は腕を横へ流し――
私の帽子の上に浮かぶ魔法球めがけ、身体を大きくひねって――特大のビンタを叩き込んだ。
思わず、目を瞑る。
バリンッ!
何かが割れる音が響いた。
ユリシスがぶつかる直前、私は身体を逸らして横へ避ける。
彼はそのまま、地面へびたん、と勢いよく倒れ込んだ。
あれほど熱気に包まれていた室内が、いつの間にか、しんと静まり返っている。
エンデ先輩がユリシスのもとへゆっくりと歩み寄り、腕を取って立たせる。
そして――
「勝者、エンデ、ノルティマットペア――!」
先生の声が、室内に大きく響き渡った。




