2.出会いの日。
◆
私の憧れの人――ダリオ・エンデ先輩。
彼を初めて知ったのは、およそ二年前のこと。
当時の私は、まだ中等部の二年生だった。
その日は、内部進学組の進路希望の面談日だった。
先生の都合で、面談は放課後の遅い時間に設定されてしまい、私は時間を持て余していた。
面談の時間になるまで、いったん寮に戻ることもできたけれど――
せっかくだからと、少し気が早いとは思いつつ、再来年に通うことになる高等部の学び舎を、一目見ておこうと急に思い立った。
高等部は中等部と森を隔てた場所にあり、それなりに距離も離れている。
私にとっては、これまで足を踏み入れたことのない未知の場所だ。
意気揚々と森の小道をずんずん進んでいくうちに、まるで冒険に向かうかのような気分になっていた。
……まあ、要するに。
暇つぶし半分、怖いもの見たさ半分の、完全な気まぐれだったのだけれど。
このあと進路面談があることもすっかりと忘れて、胸を高鳴らせ、いざ行かんとばかりに森の奥へと進んでいく。
――と、そのとき。
視界の端に、かすかな光がよぎった。
思わず「ん?」と呟き、ふいに立ち止まる。
日の光ではない、まるで魔法のような眩しさ。
一体何だろうと、光の見えた場所へ、なるべく音を立てないよう、ゆっくりと近づいていく。
少し開けた場所に出た途端――
目の前いっぱいに、これまで見たこともない幻想的な光景が広がった。
夕暮れの空に溶け込むように、
真っ黒なローブに身を包んだ人が操る、色とりどりの魔法が宙を舞っている。
炎のように揺らめくその光景に、瞬きすら忘れてしまう。
――なんて鮮やかで、それでいてどこかノスタルジックな美しさを持った景色なんだろう。
あまりにも美しいその光景に、私はただ立ち尽くしていた。
すべてを忘れて、この魔法をずっと見ていたい――
そう思った矢先、不意に炎が止んだ。
同時に、ローブに隠れていた顔がこちらを向き、口を開く。
「……ごめん! 人がいるのに気付かなかった!」
私が魔法の次に目を奪われたのは、慌てて駆け寄ってきたその人だった。
彼は、短めの黒髪に、炎のように真っ赤な瞳をしていて――
それでいて、ひどく整った顔立ちをしていた。
心配が滲むその瞳と、私の視線がかち合う。
(綺麗な色――)
先ほど風にはためいていたローブは、中等部のベージュとは違い、黒を基調としている。
その袖には三本のラインが走っていた。
おそらく、高等部の第三学年だ。
「大丈夫? 熱かったりしない?」
「は、はい、大丈夫です。ただ……見とれていただけなので……」
「そう、ならよかった。結界を張ってなかったから……火傷させたかと思った」
彼はほっと息を吐き、張り詰めていた表情をわずかに緩めた。
(この人が、さっきの魔法を操ってた人――)
ぼうっと見とれていると、彼は私を見て、首をわずかに傾ける。
「中等部の子?」
「……は、はい!
中等部第二学年のネモフィラ・フィリアスといいます。
……あの、今のは幻術でしょうか?」
聞かれてもいないのに、思わず名前まで名乗ってしまった。
ああ、グイグイ行き過ぎたかも……。
言ってから後悔したけれど、彼は気にする様子もなく、耳のあたりの髪をくしゃりとかきながら、すぐに私の質問に答えてくれた。
「いや、ただの炎。今度の課題の練習をしてただけだよ」
――ただの炎。
その一言が、胸の奥に深く響いた。
ただの炎に、私はとてつもなく心を奪われていた。
さっきの魔法に、すっかり心を持っていかれていたのだ。
(すごい! 炎の魔法って、攻撃特化だと思ってたけど……あんなに綺麗なものなの!?)
もっと詳しく話を聞こうとしたところで、彼の視線がふと私の手元に向いた。
「手に持ってる紙、それって進路希望表?」
「え、あ、はい、そうです」
自分の手元に目をやると、面談の際に提出する紙がぐしゃっと握り潰されていた。
……ずっと持ったままだったことを、すっかり忘れていたらしい。
「どこの希望なの?」
「えっと……実はまだ決めていなくて。このあと面談で、先生に相談しようと思っていたんです」
「そうなんだ」
彼はなんとなく聞いただけ、といった様子で、特に興味を示すことはなかった。
……こ、これはまずい。
このままでは、会話を打ち切られてしまう。
謎の焦燥感に後押しされ、私は彼について質問することにした。
「あ、あの! 先輩は、どこの所属ですか?」
勇気を出して問いかけると、彼の表情が「おや」といったものに変わる。
「ん? 俺? 魔法学科だよ」
「ま、魔法学科――」
それは、これまで自分の進路希望にかすりもしなかった学科名だった。
それなのに――さきほどまで魔術学科か魔法薬科のどちらにしようかと悩んでいた考えが、一瞬にしてスコーンと頭の中から消え失せた。
そして……気がつけば、私は彼にこう宣言していた。
「私、魔法学科に進みます!
先輩みたいに、綺麗な炎の魔法を使えるようになりたいから!」
前のめりに言った私に、彼は一瞬目を丸くしたあと、
「そっか。じゃあ、魔法学科で待ってるよ。ネモ」
そう言って、優しく笑った。
その表情は、一瞬で心を奪われた彼の魔法と同じくらい――
綺麗で、尊いものに見えた。




