第89話 え、パパが勇者!? 旅立つリオへ贈る家族の合言葉!? 娘たちと見送る『奪わない強さ』への第一歩ー!?
ミルナ村。集会所。
王都の伯爵、クラウス・ヴァルハイムが席に着いている。
村人たちも集まっていた。
静かな空気。
クラウス「……国家が抱えれば、守れる。価値ある資源は、相応の力によって管理されるべきだ。それがこの村にとって、唯一の生存戦略だということが、まだ理解できないか?」
リオは視線を落とし、唇を噛みしめる。やがて、絞り出すような声で顔を上げた。
リオ「守れるって……誰が決めるんですか」
クラウス「決めるのは、守る力のある者だ」
空気が止まる。圧倒的な力の差という現実が、村人たちの肩に重くのしかかった。
その時、亮が、いつもの穏やかな、けれどどこか透き通った声で間に入った。
亮「……守るって決める人がいるから、力が生まれるんです」
クラウス伯爵は否定しなかった。
亮「力で解決すると、今度はもっと大きな力に飲み込まれます」
村人たちが顔を上げる。
亮は窓の外を見る。
山。
猿たちが木の枝に座っている。
亮「この山の猿は、王都の資源ですか?」
クラウス伯爵は視線を山へ向ける。
少し間を置く。
クラウス「……管理対象ではない」
否定でも肯定でもない。
合理的な答え。
その瞬間、村人たちの顔に気づきが走る。
守りたいのは――
金か。
風景か。
クラウス伯爵は静かに続ける。
クラウス「理想は尊い。だが守る力がなければ奪われる」
誰も反論しない。
それは正しいからだ。
亮は穏やかに言う。
亮「奪うより与えよ。足を引っ張るより、手を差し伸べよ」
静かな言葉。
クラウス「……ならば、問おう。若者よ。君は今、この村を守れるのか?」
間。
リオの拳が震える。
村を見渡す。
温泉。
山。
仲間たち。
リオ「……俺は、守りたい」
誰も動かない。
リオ「でも、今の俺じゃ守れない」
声は小さい。
リオ「守る力が、今は足りない」
沈黙。
誰も責めない。
それが一番重い。
リオは山を見る。
木の上。
一匹の猿が、静かにこちらを見ている。
あの時。
温泉を奪わなかった猿。
何も言わない。
ただ、そこにいる。
リオの胸に、あの光景がよみがえる。
奪わないという選択。
リオは息を吐く。
リオ「……猿の時もそうだった。亮さんたちがいたから助かった」
静かな空気。
クラウス伯爵がゆっくり口を開く。
クラウス「……覚悟があるなら、来い」
一拍置く。
クラウス「王都で学べ」
村人たちが顔を上げる。
クラウス「力を持て! 守れる側に立て」
沈黙。
リオは深く息を吸う。
リオ「俺、行きます」
ざわめきは起きない。
リオ「奪うためじゃない! 奪われないための力を持ちたい」
亮「リオ。守るって決めたなら、もう守ってるよ。俺はそう信じてる」
村人たちが見る。
亮「行ってこい!帰る場所は、ここだ」
村人たちの胸の奥で、張り詰めていた糸が静かにほどけていった。
翌朝。
薄い霧が山を包み、温泉の湯気はいつもより白く、空へと溶けていく。
村の入り口。荷を背負ったリオが、一度だけ山を振り返った。
岩陰に、一瞬だけ、一匹の猿の影が見えた気がした。
リオ「……奪わないでいられる強さ、持って帰るからな」
あんなは静かに見守り、みゆは流れを読み取るように空を見上げている。
若者の一人が、目を逸らしながら、ぶっきらぼうに呟いた。
若者「……帰ってこいよ。絶対だぞ」
感情の爆発はない。
ただ、それが村の絆だった。
亮「行ってこい。……大丈夫、帰れる場所は、ずっとここだよ」
亮が笑う。
馬車の車輪が回り出し、足音が小さく遠ざかっていく。
霧の向こうに消えていくリオの背中を見送りながら、村は再び静寂に包まれた。
けれど昨日までとは、何かが決定的に違う。
かつて、迷宮の猿は奪わなかった。
そして、人は――自ら選んだのだ。
こうして――
一人の若者が未来を掴むため、住み慣れた家を後にした。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)が、
静かな朝の中で、村は確かに一歩を踏み出していた。




