第312話 え、パパが勇者!? 世界中が心配しているのにパパはのんびりスローライフ!? すれ違う思惑に裏で蠢く影!?
【王国 皇女レオニアの執務室】
大きな窓から午後の柔らかな日差しが差し込み、机の上にうずたかく積まれた書類を白く照らしていた。
しかし、皇女レオニアは、目の前に広げられた重要書類の束にまったく手をつけようとしない。
彼女は机の向かい側に直立する二人の人物をじっと見つめていた。
レオニア「……で、神崎家の情報はまだ入らないのか?」
騎士団長ライオネル「は……申し訳ございません。現状、何の報告も届いておりません」
魔術師団長マルティナ「私のほうでも、彼らの足取りに関する魔力反応の報告は受けておりません」
レオニア「ギルドマスターなら、何か掴んでいるのではないか?」
ライオネル「どうでしょう……? あの方々の行動は、常に我々の規格外ですからな」
レオニア「……ギルドマスターを今すぐここに呼べ!」
マルティナ「レオニア様、そのような個人的な気懸かりだけでギルドマスターを呼びつけるのは、流石にどうかと思いますけれど」
レオニア「そ、そうか……。いや、別に心配しているわけではないのだ! ただ、少し気になるだけで……」
レオニアは姿勢を崩して深く椅子の背にもたれかかり、落ち着かない様子で書類を指先でトントンと軽く叩いた。
ライオネル「お気持ちは分かります。我々とて気が気ではありませんからな」
騎士団長も魔術師団長も、神崎家についての新しい情報を何一つ持っていない。
あの一家は、行く先々で予想外の騒動を引き起こす。
何か大きな事件に巻き込まれたのではないかと胸がざわつくのも無理はなかった。
レオニア「それに……亮が以前呟いていた『お米』とは、一体なんなのだ……」
ライオネル「は? 何かおっしゃいましたか、レオニア様」
レオニア「いや、なんでもない! こちらの独り言だ!」
レオニアは何事もなかったかのように慌てて書類を手に取った。
だが、書類を見て、すぐに大きな溜め息をついてパサリと机へ放り出してしまう。
レオニア「まったく……連絡の一つも寄こさないとは、なんて薄情なやつらなのだ……」
ぽつりと漏れた小さな呟きは、静まり返った執務室の中に空しく響くだけだった。
【獣人国 族長たちが集まる大部屋】
部屋の外からは、子供たちが青空の下を元気に駆け回る足音と、弾けるような歓声が聞こえてくる。
その楽し気な声にじっと耳を傾けながら、獅子人族長ザルガードは満足そうに何度も顎を揺らした。
獅子人族長ザルガード「ポポもすっかりこの村になじんでくれて良かったな」
虎人族長ヴァルド「最初から何も心配などしていらん」
熊人族長グラウス「子供というものは、すぐ環境に適応するものです」
ヴァルドは太い腕を組み、グラウスも落ち着いた様子で深く頷いた。
神崎家から託された少女ポポが、新しい暮らしに少しずつ馴染んでいく姿を見れば、族長たちとしてもひとまず安心できるというものだった。
しかし、ザルガードの眉間には、消えないシワが深く寄せられたままだ。
ザルガード「ポポのことはいい。……それにしても、あいつらは一体いつになったらここに戻ってくるのだ?」
そのとき、外からひときわ大きな笑い声が風に乗って飛び込んできた。
ポポ「待ってー! 捕まえるからねー!」
ルナ「追いつけるかしらー!」
ドナ「ポポー、こっちこっちー」
三人の元気な声は途切れることなく続き、広場全体に温かな空気を広げている。
ザルガードはしばらくその声を眩しそうに見つめていた。
ザルガード「ここ最近は地震も治った。何か成し遂げてくれたのだろう」
ヴァルド「あいつらならやってくれると信じていた」
グラウス「そうだな。これで安心だな」
ザルガード「……だが、あの賑やかすぎる家族がいつ戻ってくるのか、それだけはさっぱり分からん」
その答えを知る者は、この中には誰一人としていなかった。
【ドワーフ国――山中の崩落した暗い坑道】
岩肌が不気味にむき出しになった暗い通路では、大勢のドワーフたちが汗を流しながら忙しなく動き回っていた。
大規模な落盤によって巨大な岩石が完全に道を塞ぎ、先へ進むことができなくなっているのだ。
作業場にはツルハシが岩を砕く甲高い音が激しく響き渡り、飛び散った石の破片が足元に転がっていた。
グルム「手を止めるな! 崩れた通路を一日でも早く復旧しろ!」
ボルグ「神崎家がこの先に残されているんだぞ! 一刻を争うんだ!」
ドワーフたち「「「おおおおーっ!!」」」
力強い掛け声とともに、ドワーフたちは猛然と作業を再開した。
巨大な岩を運び出し、大人が一人通れるだけの隙間を強引に確保していく。
手を休める者は誰一人としていない。
やがて、ガシャーンという激しい音とともに、最後の岩が砕け散った。
グルム「よし! 貫通したぞーーっ!」
歓喜の声が暗い坑道全体に力強く響き渡る。
ボルグ「おい急げ! 亮たちがこの先にいるはずだー!」
ドワーフたちは松明を高く掲げ、開通したばかりの狭い通路へとなだれ込むように一斉に駆け出した。
一方その頃、ドワーフ国王ドワルドは、一人王宮の間でじっと報告を待っていた。
ドワルド「神崎家よ……どうか無事でいてくれ……」
祈りを込めた絞り出すような呟きは、広い部屋の静寂の中に静かに溶けて消えていった。
【一方その頃 どこかの深い地下に存在する執務室】
石壁に設けられた小さな魔導灯の灯りが、古びた机と椅子、そして山のように積み重なった極秘書類をぼんやりと照らしていた。
窓はなく、外の様子や時間の経過を感じることすらできない完全に閉ざされた空間だ。
漆黒のローブを深く纏った参謀は、差し出された一枚の報告書に目を通すと、重苦しい溜め息をつきながらそれを静かに伏せた。
参謀「……申し訳ありません。報告によりますと、今回の作戦も完全に失敗に終わったようです」
机の向こう側、深い影が落ちる豪華な椅子に座る人物は、しばらく完全な沈黙を保っていた。
やがて、低い声が暗がりの中から返ってくる。
???「……そうか。あの一家、こちらの想定を遥かに超えておるな」
参謀「今回の弱点を突く作戦が失敗に終わったとなると……。いい加減、実に邪魔な存在です。次こそは、必ず何かあの一家に有効な手立てを考えます」
参謀は伏せた報告書の上に、細い指先をゆっくりと置いた。
あの規格外の家族。
何度挑もうとも返り討ちに遭う可能性が極めて高い。
???「……次は失敗など許されんぞ」
参謀「ははっ。仰せのままに」
短い不敵な返事のあと、地下執務室には再び冷ややかな沈黙となった。
微かに揺れる魔導灯の火影が、壁に映る不気味な二人の影を揺らめかせる。
暗闇の中、参謀の瞳だけが冷酷な光を宿して妖しく輝いていた。
こうして――
神崎家の知らない場所でも、それぞれの思惑が静かに動き始めていた。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
まだまだ波乱含みで続いていく。
広大な大草原の先に現れたのは、これまでの常識を覆すあまりにも異質な街並み。
ブラックホール並みの呑気さで白いご飯へ想いを馳せるパパと、驚愕を隠せない一行。
見知らぬ住民からの予想外の一言に、神崎家はどう反応するのか。
次回、第313話 え、パパが勇者!? 村が近代的!? 見知らぬ住民の正体は!?




