第257話 え、パパが勇者!? 走れないパパを救え!? みゆの緻密な脱出ルート!?
ズズズズズ……!
足元の岩盤が再び鈍い音を立てて落ち込み、浮遊感が亮を襲う。
亮「うわっ!?」
あまりの恐怖に反射的に後ろへ退こうとする亮。
だが――。
亮「……っ!」
足がすくんでまったく動かない。
目の前では道が端からボロボロと崩れ去り、右側には吸い込まれそうな漆黒の谷底。
高所への恐怖と足場の不安定さで、亮の膝は笑い出して固まっていた。
亮「……無、無理だ……!」
あんな「ちょっとパパ!? なんで急にフリーズしてるの!?」
亮「足が……腰が引けて……動かないっ!」
あんな「ええっ!? 高所恐怖症ってそんなに重症なの!?」
亮はもう谷を見ることすらできず、岩壁にぴったりと背中を貼り付けたまま青ざめていた。
ベアトリス「怯えないでくださいですわ!」
みゆ「パパ、下手に暴れて動かないでください!」
亮「でも、このままじっとしてたら足場ごと落ちるだろ!?」
周囲の崩壊状況を素早く見渡す。
その時、みゆの思考が一瞬で研ぎ澄まされた。
激しく走る地割れのライン。
岩壁の硬度。
そして、重力と振動に従って次々と滑落していく土砂の挙動。
みゆ「……」
視線が計算機のように高速で動く。
微小な地殻の歪みと重量配分を正確に割り出していく。
みゆ「……状況を把握しました」
あんな「何か脱出の計算ができたの!?」
みゆ「はい。パパの運動能力と現在の心理的パニック状態も考慮しました。パパ、走る必要はありません」
亮「え?」
みゆ「私が崩落しない『点』を繋ぐ最小限のルートを選びます」
その瞬間――。
ズガッ!
亮の目と鼻の先で、巨大な亀裂が弾けた。
みゆ「……今です」
あんな「今!?」
みゆ「右斜め前へ移動します」
亮「右って……谷側じゃないか!? どこに足場があるんだよ!?」
みゆ「思考を挟まず、私の指示通りに正確に動いてください」
亮「……分かった!」
みゆ「三歩です」
神崎家の緻密な脱出劇が始まった。
みゆ「右です!」
亮「右って……ここか!?」
みゆ「はい! そのまま前へ二歩!」
亮「二歩!」
亮は必死に脚の震えを抑え、みゆの指示した岩の上へ正確に踏み出した。
一歩。二歩。
その直後――。
ズガァンッ!!
ほんのコンマ数秒前まで亮が立ち尽くしていた岩盤が、丸ごとごっそりと谷底へ滑落していった。
亮「うわぁぁっ!? 間一髪すぎる!!」
あんな「パパ、立ち止まらないで! どんどん進んで!」
亮「分かってるけど怖いぃぃ!」
みゆ「次、岩壁側へ一歩!」
ベアトリス「こちらですわ!」
ベアトリスが亮の腕をしっかりと支え、安全な岩壁側へ誘導する。
みゆ「そこで一旦停止してください!」
全員がその場でピタリと動きを止めた。
ゴゴゴゴゴ……ズガァァン!
亮たちのすぐ脇、谷側の道がさらなる第二次崩落を起こし、ガラガラと崩れ去っていく。
亮「……」
亮は冷や汗をたらたらと流しながら地面を見つめた。
亮「みゆ……」
みゆ「はい」
亮「お前、今の崩落のタイミング、全部計算通りだったのか……?」
みゆ「完全ではありません。地盤の割れ目と摩擦係数、崩落の伝播速度を計算し、確率論的に最も安全な場所を導き出しているだけです」
亮「……」
あんな「つまり?」
みゆ「現在私たちが立っているここが、このエリアで最も安全な場所です」
亮「一番……」
亮は足元の細い足場を見る。そして恐る恐るすぐ横の谷を見る。
亮「これで『一番安全』なの……? ほぼ崖っぷちだけど……」
ベアトリス「他よりは圧倒的にマシ、ということですわ!」
亮「そういうことかぁ……」
もっふる「ピィー♪」
みゆ「次、行きます」
亮「はい!」
みゆ「岩壁に沿って、まっすぐ三歩です」
亮「三歩!」
みゆ「焦らないでください。慎重に」
亮「よし……」
亮は生きた心地がしないまま、震える足を一歩ずつ前へ出した。
みゆ「止まってください!」
亮「えっ!?」
亮の足がピタリと空中で止まる。
目の前には、比較的平坦で歩きやすそうな細い岩場が続いていた。
一見すると、そこを突き進むのが一番楽に見えるのだが……。
みゆ「そこを踏んではいけません」
あんな「えっ、何で? 平らで一番歩きやすそうだよ?」
みゆ「岩盤の下が空洞化し、完全に浮いています」
亮「浮いてる!? 宙に浮いてるの!?」
みゆ「そういう物理的な浮遊ではありません。パパ、落ち着いてください」
ベアトリス「なるほど……下から支える土砂がない構造ですわ!」
みゆ「はい。今はアーチ状の引っ張り合いで奇跡的に耐えていますが、誰かが体重をかけた瞬間に一気に瓦解します」
亮「……あぶなっ!」
亮は青ざめながら、慌てて足を引いた。
亮「じゃあ、どこを通ればいいんだ?」
みゆは速やかに岩壁の表面を分析する。
みゆ「左です。壁面のわずかな突起に足をかけて横歩きで進みます」
あんな「壁沿いカニ歩きね!」
ベアトリス「承知いたしましたわ!」
みゆ「私が先陣を切って加重耐性を確認します」
みゆが軽やかに壁沿いへ一歩を踏み出す。
ズズッ……!
背後の道がさらに大きく沈下した。
亮「みゆ! 危ない!」
みゆ「問題ありません」
みゆは微動だにせず、冷静に地面の感触を確かめる。
みゆ「……強度確認。問題ありません。次、あんなお姉ちゃん」
あんな「了解!」
一歩。二歩。
あんなが壁に体を寄せながら軽快に進む。
続いてベアトリスがもっふるを抱えて横移動した。
亮「……ついに俺の番か」
深い谷を見ないよう、亮は目の前の岩壁の模様だけを凝視した。
亮「よし……行くぞ……」
一歩。
しっかりと突起に足を乗せる。
二歩目。
体重を預けた、その瞬間!
バキッ!!
亮「うわぁぁっ!?」
足場の突起が脆くも砕け散った!
あんな「パパ!?」
ベアトリス「キャー!?」
支えを失った亮の身体が、滑落するように谷側へと傾く!
もっふる「ピィー!!」
みゆ「パパ、右足を無理に動かそうとしないでください!」
亮「えっ!? 落ちる、落ちるって!」
みゆ「そのまま体幹を保ってください!」
亮「ええー。ちょっとこのままって、落ちる……」
みゆ「三人で同時に、パパを引っ張ります! 今です!」
あんな「いっけぇぇぇ!」
ベアトリス「せーのですわ!」
あんな、みゆ、ベアトリスの三人が一斉に亮の服や腕を掴み、渾身の力で引き寄せた。
亮「うわぁぁぁぁっ!?」
ズザザッ!
浮遊感とともに投げ出された亮の身体は、見事に引き戻され、岩壁へ安全に叩きつけられた。
亮「……はぁ……はぁ……っ!」
岩壁にぴったりと背中を預け、亮は心臓が口から飛び出そうなほど激しく息を吐き出した。
亮「助かったぁぁ……マジで死ぬかと思った……」
あんな「もう、パパしっかりしてよ! 心臓に悪いんだから!」
ベアトリス「でも、あんな絶体絶命の体勢から引き戻せるなんて、凄まじい連携でしたわ!」
亮「本当だよ……みんなありがとう……」
亮は冷や汗を拭い、みゆの顔を見上げた。
みゆ「危険地帯の通過率は九十八パーセントです」
亮「本当か……!?」
みゆ「はい。この先の岩場を超えれば、岩盤の密度が急激に高くなり安定しています」
みゆのナビゲーションのもと、亮は慎重に、慎重に足を動かす。
一歩。
また一歩。
そしてパッと視界が開けた。
亮「……! 抜け……出せた……?」
あんな「やったぁ! 崩落ゾーン抜けたよ!」
ベアトリス「見事な脱出劇でしたわ!」
もっふる「ピィー♪」
亮「……生きてる……助かったぁ……」
へたり込みそうになる亮の襟首を、あんなが素早く引っ張り上げる。
あんな「ちょっとパパ、まだ座り込まないの! 足場は安定したけど、まだ山の途中なんだから!」
亮「五分だけ休ませて……」
みゆ「パパ」
亮「ん?」
みゆ「脱出完了と同時に、目的地の確認しました」
亮「……え?」
亮はようやく重い頭を上げ、前方を見つめた。
そこには、地震で途切れた崩落街道の遥か先に、雲を突くような巨大な山脈が聳え立っていた。
そしてその山腰には、人間の建造物とは明らかにスケールが異なる、岩山そのものを削り出して作られた巨大な要塞都市の姿があった。
重厚な城門、山肌を網の目のように走る石造りのドームと巨大な煙突。
亮「……あれが……」
みゆ「はい。ドワーフの王国です」
ベアトリス「ついに到着いたしましたわ!」
あんな「おおー! すごい迫力!」
神崎家はついに、目的地の雄姿をその目に焼き付けた。
こうして――
みゆの超人的な頭脳と分析力によって崩落の危機を脱した神崎家は、ついに目的地のドワーフ国を目前にするのだった。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
揺れ動く新たな波乱の地へと足を踏み入れるのだった。
崩落の危機を乗り越えた神崎家の前に現れたのは、山を丸ごとくり抜いた圧倒的スケールの地下要塞都市。
度重なる不気味な余震と背後に蠢く謎の視線……。
未知なるドワーフ国を目前に、またしても大騒動の予感が神崎家を巻き込んでいく。
次回、第258話 え、パパが勇者!? 圧倒的スケールの地下要塞都市に感動!? 目の前に現れたドワーフ国!?




