第226話 え、パパが勇者!? 確定!少女を故郷へ送り届ける先は!?
ゼーマンの屋敷の広間には、静かで穏やかな時間が流れていた。
ポポは、もっふるの丸い身体にペタリと背中を預けるようにして、静かな寝息を立てている。
昨日までは、誰も理解してくれない世界の中で、ただひたすら怯えて肩を震わせていた少女。
けれど今は安心しきった面持ちで、小さな身体をすっかり預けて眠っていた。
亮は、その無防備な寝顔を見つめ、目元を温かく緩めた。
亮「……ぐっすり眠ってるな。疲れていたのだろうな」
あんな「ね。もっふるがそばにいてくれて本当によかったよ」
みゆ「呼吸および脈拍の安定を確認。精神的負担の著しい軽減が見受けられます」
ベアトリス「幼い子にとって、心の拠り所となる存在がいることは何より大切ですわ!」
もっふるは、ポポを起こさないよう、息を潜めてじっとクッションのように身体を丸めている。
その健気な優しさに、亮の表情はいっそう柔らかなものになった。
亮「よし、じゃあそろそろ宿へ戻ろうか」
亮はポポを刺激しないよう、そっと腕を入れて優しく抱き上げた。
ポポは目を覚ますことなく、
亮の胸の中で「すぅ……」と心地よさそうに息を吐き続けている。
ゼーマン「お気を付けてお帰りください」
亮「ポポちゃんはこちらでお預かりしても大丈夫ですか?」
ゼーマン「ええ、もちろんでございますよ。むしろよろしくお願いいたします」
フェリクス「そのほうが、ポポ様も心身ともに安らぐこととお見受けいたします」
神崎家とベアトリスたちは、自然と温かな眼差しでポポの寝顔を見つめ合った。
そして、眠るポポを連れて宿屋へと戻ろうと歩き出す。
その時すっと、ゼーマンが不意に亮の真横へと距離を詰めてきた。
亮「……?」
思わず足が止まる。
顔が、近い。
息遣いすら聞こえそうなほど、距離が詰まりすぎている。
亮は少々面食らい、気圧されるように後ずさりしかけた。
亮「……ぜ、ゼーマンさん……?」
ゼーマンは細い目をさらに線のように細め、いつもの食えない笑顔を浮かべたままであった。
ゼーマン「……ふふっ。やはり……貴方様は実に面白いお方だ」
亮「え……?」
ゼーマン「いえいえ! 何でもありませんよ。どうぞお気を付けて」
そう言うと、ゼーマンは何事もなかったかのようにすっと一歩下がり、綺麗な深々とした一礼をして見せた。
亮は首を傾げ、ゼーマンの意図を図りかねて困惑しつつも、抱きかかえたポポを落とさないよう抱き直した。
そのまま神崎家は、宿へと向かって歩き出す。
その背中を、ゼーマンは不気味なほど静かな瞳で見送っていた。
宿屋の部屋に戻った神崎家。
ポポは相変わらず、亮の腕の中で気持ちよさそうに眠ったままだった。
亮はベッドの上に優しくポポを横たえる。
もっふるもトコトコと歩み寄ると、ポポのすぐ横に寄り添うようにペタリと座り込んだ。
ポポが目を覚ました時、最初に目に入る景色が知らない部屋ではなく、いつもそばにいてくれるもっふるであってほしい。
そんな亮たちの温かな願いからだった。
それから数日。
ポポは少しずつ、神崎家が過ごす宿での生活に慣れていった。
最初は部屋の外から人の足音が聞こえるたびに、肩をキュッとすくめて身を硬くさせることもあった。
けれど、神崎家の誰もポポを怖がらず、急かすような真似もしない。
ただ、当たり前のようにそこにいて、包み込んでくれる。
あんな「ポポちゃん、一緒にごはん食べよう?」
ポポ「……うん」
みゆ「ここ数日でポポちゃんの安心感が見受けられます 」
あんな「うんうん、そうだね」
ベアトリス「素晴らしい変化ですわ! この調子ですわ!」
ポポは、賑やかに交わされる父娘たちのやり取りをじっと見つめながら、少しずつ、春の雪解けのように表情を和らげていった。
そして、いつしか日常のように、もっふるの後ろをついて歩くようになっていた。
もっふる「ピィ♪」
ポポ「まーてー……もっふる……」
楽しそうに追いかけっこをするポポを見守りながら、亮は温かな微笑みを浮かべた。
亮「少しずつでいいからね」
ポポがピタリと立ち止まり、振り向く。
亮「ここではね、無理に頑張ったりしなくていいんだよ」
ポポは意味が分かったのか分からなかったのか分からないがコクリと頷いた。
まだ分からないことは山ほどある。
帰るべき場所も、なぜ自分がこの異世界に飛ばされてきたのかも。
けれど、今この瞬間だけは、世界で一番安全で安心できる場所がここにあった。
少女の頑なだった心は、確実に神崎家へと手繰り寄せられていた。
数日後の昼下がり。
宿の一室で、ポポは窓の外をじっと眺めていた。
活気あふれる王都の街並み。
行き交う多種多様な人々。
初日に見た時は怯えて目を背けていた光景を、今は静かな瞳で見つめられるようになっていた。
あんな「ポポちゃん、今日はどこか行きたいところある?」
あんなが優しく声を掛けると、ポポは小さな首を傾げてうーんと長考した。
ポポ「……もっふる」
あんな「もっふる……?」
ポポ「もっふると……いる」
その純粋な答えに、あんなは思わず目元を緩めてくすりと笑った。
あんな「そっかぁ。もっふると一緒にいたいんだね」
その時、コンコンと部屋の扉が軽やかに叩かれた。
ゼーマン「失礼いたしますよ。こんにちは」
亮「あ、ゼーマンさん」
扉を開けて入ってきたのは、ゼーマンだった。
ゼーマン「ポポちゃんの様子を伺いに立ち寄りましてね」
ポポはゼーマンの姿を認識すると、以前のような激しい警戒心を見せることなく、ちょこんと小さく頭を下げてみせた。
ポポ「……こんにちは」
ゼーマンは意外そうに目を細めた。
ゼーマン「おや。ご挨拶が実にしっかりとおできになる」
ポポは少し照れくさそうに、もっふるの後ろへ身を隠す。
ゼーマンは神崎家へ向き直り、深く頷いた。
ゼーマン「安心いたしましたよ。最初に私のお屋敷でお会いした時とは、まるで別人のようですね」
亮「この子が、本当によく頑張っているからですよ」
ゼーマン「ええ。この子自身が、一歩ずつ前へ進もうとしているのでしょうね。……まあ、それだけが理由ではないでしょうが」
亮「え?」
ゼーマン「いえいえ、こちらの独り言ですよ」
食えない笑みを浮かべるゼーマン。
部屋には、穏やかな時間が流れていた。
しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
ポポが本来帰るべき場所。
そして、これから彼女をどうしていくのか。
ゼーマンは表情を引き締め、静かに口を開いた。
ゼーマン「さて……そろそろ、これからの未来についてお話ししましょうか」
神崎家は真剣な面持ちで頷いた。
ポポのこれからのために、避けては通れない話し合いが始まる。
亮は静かに頷くと、もっふるの隣に座るポポへと目線を合わせた。
亮「ポポちゃん」
ポポが顔を上げる。
亮「ポポちゃんは……これから、どうしたいかな?」
ポポ「もっふると、あそぶ」
亮「そっかぁ、そうだよね。いっぱい遊びたいよね」
あんな「パパ、ちょっと質問が難しかったんじゃない?」
亮「……そうだな」
幼い子に「これからどうしたいか」という抽象的な問いは難しかったかもしれない。
だが亮は、ポポの本当の心の声を聞きたかった。
亮「ポポちゃん……お父さんや、お母さんに会いたい?」
ポポはぴくりと身体を跳ねさせ、少しだけ俯いた。
そして、膝の上で小さな小さな拳を握りしめる。
ポポ「……かえりたい。ママに……あいたいの……っ」
かすかだが、はっきりと拒絶のない本音が漏れ出た。
部屋の中が、しんと静まり返る。
亮は、包み込むような優しい笑顔で頷いた。
亮「そっか。じゃあ、帰ろうか」
ポポは弾かれたように目を見開いた。
ポポ「……いい……の……?」
亮「うん。ポポちゃんが帰りたい場所へ、俺たちが一緒に行くよ」
あんな「もちろん! 絶対に送り届けてあげるからね!」
みゆ「目標を確定。ポポちゃんの故郷への送迎および安全確保ミッションを開始します」
ベアトリス「もちろんですわ!どこでも一緒に行きますわ!」
もっふる「ピィー♪」
ポポはもっふるを見つめ、それから神崎家全員の顔を順番に見つめた。
そして涙を浮かべながら、小さく、けれど嬉しそうに笑った。
ゼーマンは、その光景を興味深く見つめながら言った。
ゼーマン「なるほど……。そうなると、目指すは獣人国ということになりますね」
亮「そうなるのかな」
ゼーマン「人間との国交が完全に途絶えている国ですよ」
亮「それでも、そこがポポちゃんの故郷なら行くしかないですよ」
ゼーマンは感心したように細い目をいっそう細めた。
ゼーマン「実に神崎様らしいお答えだ。分かりました。この大商人ゼーマン、全力で協力させていただきましょう」
ポポは亮の服の裾をキュッと引っ張った。
ポポ「……いっしょ……?」
亮「うん。一緒に行こうね」
神崎家とポポの、新たな旅の目的が決定した。
目指すは、約三百年の間固く扉を閉ざしてきた未知の領域獣人国。
新たな大冒険に向けて、神崎家の物語が大きく動き始めるのだった。
窓から差し込む陽光が、未来を見つめる家族の背中を温かく照らし出していた。
こうして――
閉ざされた扉を開くべく、新たな目的地へと向けて家族の歩みが始まる。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)が、
未知なる国への冒険が静かに紡ぎ始めるのだった。
閉ざされた国へ行くのを、まるで近所の散歩レベルのノリでギルドに報告しちゃう?
一方、お買い物に出かけた娘たちはポポちゃんの可愛さに大暴走!?
次回、第227話 え、パパが勇者!? 王都でお買い物大パニック!? 爆買い攻勢にポポちゃん置いてきぼり!?




