第222話 え、パパが勇者!? 大商人のお屋敷訪問!? 怯える子供の正体とは!?
翌朝。
亮たちは約束どおり、王都でも指折りの規模を誇る大商人ゼーマンの商会を訪れていた。
朝早くだというのに、商会の敷地内には大きな荷馬車が何台も並び、忙しそうに荷物を積み込む商人や職人たちの活気あふれる声が飛び交っている。
「急げ! その木箱は北門行きだ!」
「こっちは南街区の市場だ! 間違えるなよ!」
目の前で繰り広げられる圧倒的な活気に、亮は思わず感心したように声を漏らした。
亮「へぇ〜、相変わらずすごい活気だなぁ……」
あんな「王都でも一番大きな商会だもんね。規模が全然違うよ」
ベアトリス「これだけ多くの人が一丸となって動いている商会は、そうそうありませんわ!」
みゆ「出入りする物流量と人員から推測すると、王都全体の物流および経済に対し、極めて大きな影響力を持っていると考えられます」
もっふる「ピィー♪」
もっふるが亮の肩の上で、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回している。
そんな話をしていた、その時だった。
「いやぁぁぁっ! 神崎様ぁぁぁ!」
商会の奥から、聞き慣れた甲高い声が響き渡った。
次の瞬間。
ぐいっ!
亮「うわぁっ!?」
ゼーマンの顔が、亮の目の前に迫っていた。
王都の大商人ゼーマンだった。
ゼーマン「お待ちしておりましたよ! 神崎様!」
亮「ち、近い近い! ゼーマンさん、近すぎるって!」
亮は思わず顔を背け、半歩後ろへ下がる。
ゼーマンは亮が下がる速度に合わせて半歩前へ詰めてくる。
亮「だから近いってばー!」
あんな「……うん、相変わらずいつも通りだね」
ベアトリス「ゼーマンさんは、人との物理的な距離感というものをご存じないようですわ!」
みゆ「測定完了。推定距離、約十五センチ。一般的なパーソナルスペースを大幅に下回っています」
ゼーマンは娘たちの呆れ顔など気にした様子もなく、いつもの調子で満足そうに笑った。
ゼーマン「いやぁ、人との距離は近ければ近いほど、商売も円滑に上手くいくものでしてね!」
亮「それ、絶対に間違った商売人の極意だと思うけどなぁ……」
通りかかる商会の従業員たちは、この凄まじい距離感のやり取りを見ても誰一人として驚かない。
どうやら彼らにとっては、これが日常茶飯事の光景らしい。
見かねた執事のフェリクスが、そっと脇から歩み寄ってきた。
フェリクス「ゼーマン様、神崎様が大変困惑されております。もう少し自重なされても良いかと思いますが……」
ゼーマン「何を言うかフェリクス! 神崎様との間柄においてはこの距離感こそが大切なのだよ!」
そう言い張っていたゼーマンだったが、ふっと表情を和らげ、少しだけ声のトーンを落とした。
ゼーマン「……さて、神崎家の皆様。それでは……参りましょうか」
亮「あ、はい。困っているお子さんがいるとお聞きして来たのですが、ここにはいないのですね?」
ゼーマン「ええ」
ゼーマンの細い目が、さらにすっと細くなる。
ゼーマン「私の屋敷の方で、お預かりしております」
その一言だけで、その場の空気がわずかに引き締まった。
ゼーマン「それでは、私の屋敷へご案内いたします」
亮たちは顔を見合わせ、深々と頷いた。
一体何が待っているのか。
どのような子どもなのか。
亮たちは静かにゼーマンの後に続いて歩き始めた。
しばらく歩くと、王都の一角に貴族の邸宅と見紛うほどに巨大で立派な屋敷が見えてきた。 門をくぐると、整列した使用人たちが一斉にお辞儀をして出迎える。
使用人たち「「お帰りなさいませ、旦那様」」
ゼーマン「神崎様たちをご案内しておくれ」
使用人「承知いたしました、旦那様。どうぞ、皆様こちらへ」
使用人が静かに先頭を歩き始めた。
静寂に包まれた屋敷の広い廊下を、奥へ、奥へと進んでいく。
外の賑やかさが嘘のように、静かな空気だけが流れていた。
亮「ずいぶん奥の部屋なんですね」
ゼーマン「ええ」
ゼーマンはいつもの笑みを浮かべたまま歩を重ねる。
細い目は相変わらずギラついているが、その語り口は静かだった。
ゼーマン「最初は手前の日当たりの良い客室を用意したのですがね。人が近くを通ったり出入りがあるたびに、怯えてしまいまして。今はできるだけ人の気配が届かない、静かな部屋で休ませるようにしているのですよ」
あんな「足音を聞いただけで怯えてしまうなんて……相当警戒してるんですね」
みゆ「環境に対する極度の防衛反応と考えられます」
ゼーマンは小さく頷き、静かに言葉を繋いだ。
ゼーマン「ええ。ですが、どんなに身を縮めて怯えていても……私には見えたのですよ」
亮「見えた……って、何がですか?」
ゼーマン「私は商人です。毎日毎日、あらゆる人間の顔を見て商売をしております。だから長年の勘で分かるんですよ」
ゼーマンは立ち止まり、チラリと亮たちを振り返った。
ゼーマン「自分勝手な悪人の目と――」
一呼吸、間を置く。
ゼーマン「……ただただ、誰かの助けを必要としている子の目くらいはね」
静まり返った廊下に、全員の歩く足音だけが静かに響く。
みゆ「……それで、その子を保護したのですね」
ゼーマン「ええ。周囲には『珍しい容姿だから研究者に売る』と言って連れてきましたよ。 ……そうでも言わなければ、手放してくれませんでしたからね」
あんな「……」
亮は、歩くゼーマンの横顔をじっと見つめた。
いつも通り細い目はギラつき、口元には笑みが浮かんでいる。
だが、その奥には温かな情があった。
亮「でもゼーマンさん、どうして俺たちに相談しようと思ったんですか?」
するとゼーマンはくるりと振り向き、ぐいっと亮の鼻先まで顔を近づけた!
細い目がギラリと光る。
ゼーマン「商人ってのはね、商品や金銭だけじゃなく『縁』という目に見えないものを見る仕事でもありましてね」
亮「縁……ですか」
ゼーマン「神崎様の周りには、普通じゃ到底考えられないような不思議な『縁』が集まってくる。だから一世一代の賭けに出てみたんですよ。このかわいそうな子にも、その神崎様の素晴らしい縁が繋がるんじゃないかとね」
亮はゼーマンの瞳を正面から見つめ返した。
亮「……ゼーマンさん。本当は、最初から売るつもりなんて全然なかったんですよね」
ゼーマンは一瞬だけ目を丸くし、すぐにいつもの食えない笑顔に戻った。
ゼーマン「いやぁ、神崎様は何をおっしゃっているんですかね。私はただの欲深き商人ですよ。珍しい商品を見つけたから確保しただけに決まっているじゃありませんか」
あんな「……ふふっ、素直じゃないですね」
みゆ「言語データと実際の行動パターンに明らかな矛盾が検出されました」
ゼーマン「おやおや、みゆ様は本日も厳しい分析ですね」
みゆ「事実に基づく分析結果です」
ゼーマンは少し照れくさそうに、小さく肩を揺らして笑った。
ゼーマン「まぁ……根っからの商売人にも、どうしても見過ごせないものくらいはありますよ」
その言葉を最後に、ゼーマンは再び前を向いた。
廊下の先。
やがて案内していた使用人が足を止めた。
屋敷の最奥。
重厚な一枚板の木の扉の前だった。
使用人「神崎様、こちらの部屋になります」
ゼーマン「……様子はどうだ?」
使用人「先ほど、温かいスープを少しだけ口にされました。ですが、それ以外は相変わらず……」
ゼーマン「そうですか」
使用人は悲しそうに頷き、神崎家に向き直った。
使用人「こちらの屋敷にお連れしてから十日ほど経ちますが、人の気配や足音を感じると、今も激しく怯えられます。どうか、驚かせませんようお願いします」
亮たちは真剣な表情で静かに頷いた。
使用人はそっと扉の取っ手に手を掛け、ゆっくりと引き寄せる。
ギィ……。
小さな木のかすれ音が、静まり返った部屋に響いた。
部屋の中は薄暗かった。
庭に面した大きな窓はあるものの、厚手のカーテンが固く閉ざされている。
部屋の隅。
そこに、小さな影があった。
まだ幼い少女。
頭頂部からは獣の耳。
今は恐怖でペタリと伏せられている。
お尻から伸びるふさふさとした尻尾は、自分の体を守るように強く巻き付けられていた。
人の気配と光が入ってきた瞬間、少女の身体がビクッと大きく跳ね上がった。
少女「……っ!?」
声にはならない。
ただ、大きく見開いた怯えた瞳で、扉の前に立つ大人たちを必死に見つめている。
亮は思わず息を飲んだ。
亮「……っ」
あんな「こんなに小さい子が……」
みゆは少女の姿を静かに観察する。
だが、いつもの冷静で合理的な分析の眼差しとは明らかに違っていた。
みゆ「……」
かけるべき言葉が見つからない。
ベアトリスも胸元でギュッと両手を握りしめた。
ベアトリス「……どんなに、怖かったでしょうね……」
少女の肩には、誰かに強く掴まれたような痕がうっすら残っていた。
少女は見たこともない大人たちを、ただただ恐怖に満ちた目で見つめていた。
今すぐにでも逃げ出したいのか、足を震わせている。
だが、過度な恐怖のせいか身体が固まって動かない。
その全身から痛いほど伝わってくるもの。
それは攻撃的な敵意などでは一切なかった。
ただただ、どこまでも深い恐怖と不安。
あんな「頭に可愛い耳……それに尻尾もある」
ゼーマン「恐らく、獣人族のお子様だと思われます」
亮「獣人族……思われる、ですか?」
ゼーマンがそっと亮の耳元に顔を寄せる。
ゼーマン「ええ。この国には獣人族はほとんどおりませんでね。私自身、実際にお会いするのはこれが初めてなのです」
亮は少女を刺激しないよう、ゆっくりと腰を落とし、その場にしゃがみ込んだ。
急に間合いを詰めたりはしない。
少女の視線の高さに目線を合わせ、温かく優しい声で語りかける。
亮「大丈夫だよ。怖かったね……でも、もう心配いらないよ」
少女の伏せられた耳が、ピクッとわずかに動いた。
しかし、 すぐにさらに身体を小さく丸め、膝の中に顔をうずめてしまう。
もっふるが静かな足取りで数歩だけ前へ進むと、心配そうに「ピィ……」と切ない声を漏らした。
少女は膝の間から、おそるおそる亮の姿を盗み見る。
優しく微笑む亮の温かい眼差し。
少女は再び深く俯いてしまった。
その痛々しい姿を見て、亮は胸が締め付けられる思いだった。
この幼い子はたった一人で、ずっと恐怖に耐え続けてきたのだ。
その時だった。
うつむく少女の小さな唇が、かすかに動いた。
声にならない、震えるささやき。
その言葉が何を意味するのか。
神崎家がその真実を知る時は、すぐそこまで迫っていた。
この怯える少女との出会いが、世界規模の転機となることを、 神崎家はまだ知らない。
こうして――
大商人ゼーマンの屋敷で出会った、怯える獣人の少女。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)が、
未知なる世界の扉を静かに開き始める。
誰にも通じなかった言葉。誰にも届かなかった叫び。
絶望の淵にいた少女が口にしたのは、なんとまさかの……!?
言葉が通じたその瞬間、止まっていた奇跡の時間が動き出す!
神崎家が示す温かな絆が、少女の閉ざされた心を包み込む。
次回、第223話 え、パパが勇者!? 届かなかった言葉が届く!? 少女の小さな願いとは!?
言葉の壁を越えた感動が、世界の運命を大きく変える!?




