第209話 え、パパが勇者!? 神聖な声に選ばれたのは…神崎家が繋ぐ新たな絆の輝き!?
あんなとベアトリスの猛烈な突撃、そしてみゆの正確無比な魔法によって完全に陣形を崩されたグラファイトとスタイラス。
グラファイトは重厚な兜の奥から、静かに周囲の状況を見渡した。
完全に戦闘態勢を維持している神崎家の娘たち。
そして、足元を凍らされて不満げな表情を浮かべるスタイラス。
まだ戦える。
自身の体力も十分に残っている。
だが、これ以上戦闘を継続したところで、本来の目的が果たせるかと言えば、それは完全に別問題であった。
これ以上続けても、完全に無駄骨に終わる。
そう冷静に結論づけたグラファイトは、構えていた大剣をゆっくりと下ろし、短く告げた。
グラファイト「……スタイラス。……今回は引く。これ以上の消耗は無意味だ」
スタイラス「あら、もうやめてしまうの? せっかく可愛いお嬢ちゃんたちと、もう少し楽しく遊んでもよかったのですけどね」
スタイラスはやれやれと肩をすくめ、剣を滑らかに鞘へ納めた。
あんな「ちょっと、待ちなさい! 急に現れて勝手に帰ろうなんて許さないんだから!」
ベアトリス「そうですわ! 逃がしませんわ!」
二人が逃がすまいと同時に地面を蹴り、その背中を追おうと駆け出した、まさにその瞬間だった。
スタイラスの細身の輪郭が、まるで真夏の道路に立ち上る陽炎のように、ゆらゆらと不自然に揺らぎ始めた。
あんな「えっ、また……!?」
ベアトリス「姿が……ぼやけていきますわ……!」
あんなたちが驚愕して足を止める中、その隣に立つグラファイトの巨大な身体もまた、同様に現実の境界線を失うようにして薄れていく。
みゆ「空間の位相異常を確認。周囲の光学的・魔力的な情報が急速に書き換えられています。……港町ベーゼで敵が撤退した際と、完全に同一の転移現象です」
あんな「くっ、またあの時みたいに、逃げられるのね」
ベアトリス「お待ちになって! 逃がしませんわ!」
もっふる「ピィ、ピィー!」
灰色のフードの奥から、スタイラスが不敵な微笑みを浮かべる。
スタイラス「ふふ、そんなに怒らないで。またすぐに会いましょう、面白いお仲間さんたち」
亮「おい、待てって!」
二人の姿は、細かな灰色の粒子となってサラサラと崩れ落ち、冷たい空気の中へと静かに溶け込んでいった。
二人は完全にその姿を消し去った。
神殿に、しんとした静寂が戻る。
すると――。
灰色に沈んでいた神殿が、ゆっくりと本来の色彩を取り戻していく。
灰色に変色していた巨大な壁画に、ぽっと命が宿るようにして赤い炎が灯る。
フェニックスの黄金の翼は再び眩いばかりの輝きを放ち、神殿の広大な大空間全体が、まるで祝福を告げるかのような神々しい光によって包まれていく。
あんな「……戻った。世界に、色が戻ったんだね」
あんなは自分の両手を見つめ、ほっと胸をなでおろした。
ベアトリス「元の、神聖で美しい神殿ですわ!」
みゆ「補足。外部からの魔力干渉の完全な消失を確認。空間内のマナの循環は、正常値へと回復しました」
亮「やれやれ、また逃げられちゃったか。でも、みんな怪我がなくて本当に本当によかったよ。戦わずに済むなら、それに越したことはないからな」
その時だった。
完全に静寂を取り戻したはずの神殿の最奥。
あの祭壇の方から、先ほどまでとは明らかに異なる、柔らかく温かな光が静かに溢れ始め、周囲を優しく照らし出した。
祭壇を包み込むその光は、先ほどまでの赤金色の激しい輝きとは違っていた。
目を眩ませるような強烈な光ではない。
ただそこにあるだけで、見る者の心を芯から優しく包み込み、癒やしてくれるような、得も言われぬ温かな輝きだった。
まるでその光に優しく手招きされているかのように、静寂の中を一歩、また一歩と、吸い寄せられるようにして祭壇へ向かって歩みを進めた。
だが、その途中で。
ベアトリス「……っ」
祭壇のすぐ手前で、ベアトリスの足がピタリと止まった。
その身体が、かすかに震えている。
亮「ん? どうしたんだ、ベアトリス。急に立ち止まったりして?」
ベアトリス「……分かりませんわ!」
ベアトリスは、自身の胸当ての上にそっと細い手を当て、困惑したように視線を揺らした。
ベアトリス「あの祭壇が、私を呼んでいるような気がしますわ!」
みゆ「異常な魔力反応を検出。……信じられません。祭壇の奥から放出されている固有波形と、ベアトリスの生体魔力が、完全に同調――いえ、激しく共鳴しています」
もっふる「ピィー……!」
亮は、静かに祭壇の真ん中を見つめた。
祭壇の中央には、燃え盛る炎を結晶化したような美しい五角形の石が浮かんでいた。
不思議と熱はなく、ただ温かく、心を静かに凪がせる光を放っていた。
ベアトリスは、まるで何かに導かれるようにして、無意識のうちにさらに一歩、前へと踏み出した。
ゴゥ……!
ベアトリスが近づいたことに反応したかのように、五角形の石が一段と淡く、深く輝き始めた。
あんな「わっ、光った……! 石がベアトリスに反応してる!」
みゆ「データの更新。両者の共鳴率が急上昇しています。すでに理論上の限界値を突破。計測不能です」
亮「やっぱり……この神殿が待っていたのは、ベアトリスだったのか……」
その光景を温かい眼差しで見守りながら呟いた。
石から溢れる光は、まるで永い眠りから目覚めて、愛しい家族を歓迎するかのように優しく揺らめいている。
ベアトリスは、ゆっくりと右手をその五角形の石へと伸ばした。
指先が触れようとした瞬間、空気がふっと静まり返った。
まるで神殿そのものが息を潜めたかのように、光も、音も、すべてが一瞬だけ止まる。
その静寂の中で、ベアトリスに、優しく慈愛に満ちた声が響いた。
――恐れることはありません、若き騎士よ。
ベアトリス「!」
あまりに鮮明なその響きに、ベアトリスは思わず息を呑む。
当然、その声は周囲の空気をごくわずかも震わせてはおらず、ここにいる誰の耳にも届いていない。
聞こえたのは、世界中でベアトリス、ただ一人だけだった。
――私たちは、永きにわたりあなたを待っていました。
――さあ、その手を伸ばし、この大地の記憶たる『炎環石』を受け取りなさい。
ベアトリスの大きな瞳が、驚きと感動で激しく揺れ動く。
亮「ベアトリス? 顔色が急に変わったけど、本当に大丈夫か?」
ベアトリス「パ、パパ……! 今、私の頭の中に、もの凄く優しくて神聖な声が聞こえましたわ!」
あんな「ええっ!? 声って何よ、私には何も聞こえなかったけど!?」
あんなが周囲を見回すが、もちろん神殿は静まり返ったままだ。
みゆ「私も同様です。音響データ、および精神干渉系の魔力波形は観測されていません。何も聞こえないです」
ベアトリス「いいえ、確かに聞こえたのですわ! 私の心に直接語りかけるように、私だけに、はっきりと聞こえていますわ!」
あんな「私だけって……。それって、前と同じ……」
あんなの言葉に、亮もまた、かつて自分にしか聞こえない不思議な声を聞いた時のことを、鮮明に思い出していた。
どうやら今度は、その大いなる役目が、ベアトリスへと受け継がれているらしい。
亮「そっか……。だったらベアトリス、その声の言う通りにしてごらん。俺たちがちゃんとついているから、何も心配いらないよ」
亮は、ベアトリスの背中を優しく押すように、これ以上ないほど温かい微笑みを向けた。
ベアトリス「……はいですわ!」
ベアトリスは大きく、静かに息を吸い込んだ。
その胸から、迷いや畏れは、雲が晴れるようにふっと溶けてなくなっていた。
彼女はもう躊躇うことなく、その真っ直ぐな瞳のまま、浮かび上がる炎環石へと迷いなく手を伸ばした。
そして、その指先が、透き通る石の表面に触れた、まさにその瞬間――。
ドォォォン……!
神殿全体を包み込むような、眩いばかりの赤金色の光の奔流が、祭壇から一気に溢れ出した。
その温かな光は優しく神崎家全員を包み込み、やがて名残惜しそうに静かに収まっていく。
光が完全に収まったとき、先ほどまで祭壇の空中に浮かんでいたはずの『炎環石』は、ベアトリスの小さな両手の中に、まるで最初からそうあるべきだったかのように、しっかりと、そして温かく受け取られていた。
こうして――
強敵たちの襲撃を見事な連携で退け、神殿に眠る謎の秘宝『炎環石』を、ベアトリスの手によって無事に受け取ることができた神崎家。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)が、
新たな絆の輝きとともに、神崎家はまた一歩、この世界の真実へと歩みを進めるのだった。
無事に元の山頂へと帰還し、ベアトリスの手に受け継がれた『炎環石』!
しかし、神殿が最後に残した「今はまだ、その時ではない」という謎の言葉の真意とは……!?
次回、第210話 え、パパが勇者!? 三姉妹の絆が奇跡の石を呼び覚ます神殿からの帰還!?




