第206話 え、パパが勇者!? シリアス崩壊の危機!? 灰色に染まる神殿と不気味な謎の女性襲来で一触即発!?
祭壇を優しく包み込んでいた、あの柔らかな赤金色の光。
神殿の壁一面に刻まれ、歴史の深さと厳かさをこれでもかと伝えていた、鮮やかなフェニックスの壁画。
そして、訪れた者の心を穏やかに凪がせていた、神聖に澄み切った空気。
そのすべてが、前触れもなく、ゆっくりと、しかし確実に変わり始めた。
あんな「……え?」
その視線の先で、壁画からじわじわと「色」が失われていく。
あれほど赤々と、命が宿っているかのように燃え盛っていた黄金の炎のレリーフが、そして生き生きと大空へ羽ばたこうとしていたフェニックスの黄金の翼も、瑞々しい生命の輝きを失い、 灰色へと急速に褪せていき、生命の輝きが完全に剥ぎ取られていく。
神殿を美しく、そして神聖に彩っていたすべての装飾が、まるで命そのものを吸い取られたかのように、ただの灰色の世界へと変質していくのだ。
ベアトリス「そんな……。先ほどまでの、あの大いなる神聖な輝きが、跡形もなく消え去っていきますわ……!」
ベアトリスは己の胸元に手を当てたまま、信じられないものを見るかのように目を見開いた。
見る間に灰色に染まっていく大空間。
温かかった空気が、急激に肌を刺すような冷気へと変わっていく。
亮「おい、なんだこれ……。模様替えにしては、ずいぶんと不気味だぞ」
みゆ「空間内における変質を確認。魔力の属性が、極めて異常な無属性へと強制的に上書きされています。原因は不明ですが、この空間のシステムエラーではありません。外部からの、極めて強力かつ悪質な魔力干渉によるものと思われます」
みゆのその冷静な言葉を聞いた瞬間。
以前、自分たちが巻き込まれたある強烈な光景が、鮮明によみがえった。
それは、海の香りが漂う美しい港町ベーゼでの出来事。
あの時も、灰色の世界へと変貌してしまっていた。
亮「まさか……」
あんな「パパ! 」
亮「あの時と同じだ! 港町ベーゼで、世界が灰色になった時と、全く同じ気配がする!」
亮の言葉に、みゆが素早くデータの照合を行う。
その瞳の奥に、確かな警戒の色が宿った。
みゆ「過去の戦闘データと現在の環境魔力を照合。……一致率九九・八%。パパの直感は正確です。港町ベーゼで発生した色彩の剥奪現象と、魔力波形が極めて酷似しています」
ベアトリス「では、あのベーゼを襲ったという不届き者たちですわ……」
亮「ああ、またあいつらの仕業か!」
亮は一歩前に出た。
カツン――。
その時、静まり返った神殿に、足音が不気味に響き渡った。
灰色に染まった回廊の奥。
色彩を失い、冷たい静寂だけが支配する空間の向こうから、一人の人物がゆっくりと、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
身にまとっているのは、神殿の背景と同化したかのような灰色のローブ。
細身の体躯。
深くかぶったフードが、その顔の上半分を暗い影で覆い隠し、その表情を伺い知ることはできない。
???「ふふ……。こんな最果ての忘れ去られた神殿に、先客がいるなんて……ずいぶんと珍しいわね」
その人物は、祭壇の手前、十数メートルの距離で不意に足を止めた。
フードの奥から響いたのは、落ち着き払った女性の声だった。
しかし、その声の響きには、他者をどこか見下すような、氷のように冷ややかなトーンが混じっている。
あんな「女性……?」
そっとその人物を見つめる。
亮は一歩前に出て、鋭い眼差しをそのローブの人物へと向けた。
亮「おい。お前、誰だ?」
その人物は、亮の問いかけに対して慌てる様子も、身構える様子もなく、ただフードの奥で小さく肩を揺らして笑った。
???「いきなり誰だとは、ずいぶんと不作法なおじさんね。初対面の相手に対して、少々礼儀が足りないんじゃないかしら?」
亮「お前は何者なんだ? この神殿の色彩を奪って、一体何が目的なんだ」
???「質問ばかりね。私の口から、あなたが望むような答えが簡単に返ってくるとは限らないわよ」
亮「……」
???「それに……。あなたたちは、少々何かを誤解しているようね」
亮「誤解? どういうことだ」
あんな「誤解って何よ! なら、この神殿をこんな風に寒々しい灰色に変えたのは、あんたたちの仕業じゃないって言うの!?」
あんなが亮の背後から声を荒らげるが、ローブの女性はくすくすと喉を鳴らすだけだった。
???「それをあなたたちに答える必要は、今の私にはないわよね」
どうやら、まともに尋問に応じるような相手ではないらしい。
亮「まぁ、これ以上聞いても、素直に話す気はなさそうだな」
???「あら、理解が早くて助かるわ。話の通じる相手は嫌いじゃないの」
亮「ただ、さすがにどこの誰かも分からない相手とやり合うのは味気ない。名前くらいは名乗ってもらおうか」
???「……ふふ。本当に礼儀知らずな方ね。名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗るものでしょう?」
亮は、コホンと咳払いを一つした。
亮「確かにそうだな。それが大人の礼儀ってやつだ」
あんな「ちょっとパパ……」
亮「――よし、紹介しよう! こちらの三人は、俺の愛すべき娘、あんなとみゆ、そしてベアトリスだ。誰もが羨む、世界一の美人三姉妹! そして、頼れる相棒もっふる! で、俺は神崎亮! お米の国からやってきた男だ!」
あんな「だから! そのわけの分からない自己紹介を緊迫した場面でやるのはやめてってば!!」
みゆ「補足。パパのお米の国という表現は極めて意味不明です。我が家の本籍は地球の日本であり、米の産地ではありますが国名ではありません。データとして不正確極まりないです」
ベアトリス「美人三姉妹ですわ! 」
もっふる「ピィー♪」
ローブをまとった女性は、そのあまりにも緊張感の欠片もない神崎家の掛け合いを前に、数秒間のあいだ、呆気に取られたように沈黙していた。
???「……本当に、面白い家族ね」
亮「よく言われるよ。まあ、楽しむのが我が家の自慢だからな」
???「ふふ、別に褒めたつもりは毛頭ないのだけれど」
あんな「面白いっていうか、ズレてるのはパパだけだからね!? 私たちは常にパパのやらかしの被害者なんだから!」
亮「で、こちらの自己紹介は終わったぞ。お前は誰だ?」
ローブの女性は、少しだけ考えるような素振りを見せた。
???「……スタイラス」
亮「スタイラスか」
スタイラス「ええ。それ以上は、女の秘密。これ以上詮索するのは、それこそ紳士のすることではないわよ」
亮「……でお前は、あいつらの仲間なのか?」
スタイラス「あいつら?」
亮「港町ベーゼをを灰色に染め上げようとした、あの悪趣味な連中だよ」
スタイラス「さあ? 一体誰のことなのでしょうね。私の知る名前かしら?」
あんな「しらばっくれるつもり!? あんたたちの仲間でしょ、あのグラファイトとか、インクとか、変な連中! 」
あんなが語気を強めて問い詰めるが、スタイラスはくすくすと冷たく笑うだけだった。
スタイラス「ご想像にお任せするわ。答えを簡単に聞いてしまうより、あれこれと想像している方が、あなたたちにとっても楽しいでしょう?」
あんな「……本当に、まともに答えるつもりはなさそうね」
スタイラス「そういうことよ。これでも、ちょっとおしゃべりしすぎたかしらね」
そう言うと、スタイラスのフードの奥の視線が、すっと神崎家を通り抜けて、その背後にある円形の祭壇へと向けられた。
その、貪欲な光を孕んだ一瞬の視線の動き。
亮がそれを見逃すはずはなかった。
亮「……やっぱり、お前の目的はその祭壇か」
スタイラスは否定しなかった。
かと言って、肯定もしない。
灰色のローブの隙間から、細剣の柄へと静かに手が添えられた。
その、動作だけで、この場にいる全員が瞬時に理解した。
ここから先は、言葉による話し合いなど、一切通用しない。
神殿を包む灰色の静寂が、再び、張り詰めた弦のように限界まで引き絞られていった。
こうして――
神殿の美しい色彩を奪い、突如として姿を現した謎の女性スタイラスと対峙することになった神崎家。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)が、
灰色に染まった神殿の中で、一触即発の緊迫した状況へと突入する。
神速の刃を操る高速剣士スタイラスを前に、あんなたちの完璧な挟撃すら最小限の動きで見切られる大ピンチ!?
パワーを一切寄せ付けない一撃離脱の猛攻に翻弄され、ジリ貧のデッドヒートへともつれ込むなか、みゆの冷静極まる分析と、もっふるの息の合ったサポート?で神殿を駆ける家族の団結力が試される!?
次回、第207話 え、パパが勇者!? 神速の刃に完全翻弄!?完璧な挟撃すら最小限で見切る高速剣士!?




