第181話 え、パパが勇者!? 壁の向こうで娘たちが命がけの死闘を繰り広げている最中にもっふると極楽気分で朝風呂を満喫する私欲百パーセントー!?
カルデア村。
調査隊がそれぞれの持ち場で調査を進める中、村の一角で一際大きな声を上げている男がいた。
亮「 温泉だ、温泉だーーっ!」
村の奥まった場所にある、温泉施設の前で、亮が元気よく両手を天に突き上げた。
先ほど流星のラウルから、最近、山の異変のせいで村の温泉が少し熱くなっているらしいという調査報告を聞きつけたためである。
亮「よし、これも調査隊としての重要な任務だ! 実際に浸かって、どれくらい熱いのか肌で確かめるぞ! 調査だ調査!」
あんな「パパ、目的が百パーセント私欲にまみれた朝風呂なのは、誰が見ても明らかだよ」
みゆ「データ分析。パパの言い分が事実である確率、およそ0.01%。残り九割九分は、純粋な温泉目的と推測されます」
ベアトリス「ですわ! ですが、現場を直接肌で知るのも立派な調査ですわ!」
亮「ほら、ベアトリスは分かってくれてるじゃないか! 本当に調査なんだってば!」
もっふる「ピィ♪」
ガルド「まあ、せっかく目の前にあるんだし、旅の疲れを取るついでに入っていこうや」
レオン「そうですね。ここまでずっと強行軍でしたし、少し体をもみほぐすのも悪くないですよ」
周囲の引き留めもどこ吹く風、こうして一行は男女に分かれて、湯煙の立ち上る温泉へと向かうことになった。
──ガラガラ。
木製の引き戸を開けて足を踏み入れた、女湯。
あんな「……あちち。なるほど、ちょっとこれ、普通より熱めだね」
みゆ「報告。泉質自体は非常に良好ですが、設定温度が一般的な適温を五度ほど上回っています」
ベアトリス「お姉さま、みゆ様、じんわりと体に染み渡って、とっても気持ちいいですわ!」
並んで湯船に肩まで浸かる。
大地の恵みを感じる心地よい熱さに一息ついた、まさにその時だった。
脱衣所からの戸が開き、新たな足音が響く。
セリナ「……ふん」
リュシア「なるほど。これが噂のカルデアの湯ですか」
ミレイア「確かに、お肌には良さそうですけれど、少し熱いですわね」
入ってきたのは、紅蓮の輪の女性陣三人だった。
あんな「あ、セリナさんたち。こんにちは、お疲れ様です」
セリナ「……ええ、こんにちは」
セリナは短く返事をした。
したのだが──なぜか、その視線はあんなたちをじっと射すように見つめており、周囲の空気が妙にピリピリと硬い。
みゆ「状況分析。彼女たちの視線の鋭さ、および筋肉の緊張度から、明確な対抗心を確認しました」
ベアトリス「確かに、何やらただならぬ気配を感じますわ!」
セリナ「は、はあ!? 別に対抗心なんてないわよ! なんで私たちがあなたたちなんかに!」
リュシア「そうですよ。私たちは王都のBランク冒険者。新人の皆さんに突っかかる理由なんて、まったくないわよ」
ミレイア「ええ、ありませんわ。ウチのセリナがそんな子供っぽい真似、するはずがありませんもの」
みゆ「……三名とも、質問に対してコンマ一秒の猶予もなく即答しました」
あんな「うん、逆に怪しすぎるよ……」
湯船の中に、気まずい沈黙が流れる。
湯気がゆらゆらと立ち上る中、じっとこちらを睨んでいたセリナが、不敵な笑みを浮かべた。
セリナ「……でも、この程度の温泉の熱さ、冒険者なら余裕だよね?」
リュシア「当然です。過酷な戦場を生き抜いてきた私たちにとって、このくらいはぬるま湯も同然ですね」
ミレイア「ええ。まだまだ、じっくり浸かっていられますわ」
あんな「……?」
ベアトリス「……?」
みゆ「……?」
セリナ「ふふん。まさか、皆さんが、私たちより先に熱いなんて言って湯船から出たりしないわよね?」
あんな「え?」
リュシア「まさか、そんな情けない姿は見せられませんよね?」
みゆ「論理的疑問。先ほどの発言から現在に至るまでの文脈において、なぜ出浴のタイミングが実力の証明に直結するのか、理解に苦しみます」
ミレイア「うふふ、簡単なことよ。女の意地をかけた──温泉我慢比べですわ!」
あんな「始まってないです! 誰もそんな勝負申し込んでないですから!」
ベアトリス「大変ですわお姉さま! 勝手に謎の大会が始まりましたわ!」
セリナ「私はぜーんぜん平気よ! 明日の朝までだって入っていられるわ!」
リュシア「私も、これっぽっちも熱くありません」
ミレイア「もちろんですわ」
挑発的な視線が、神崎家を真っ向から捉える。
あんな「……なるほどね。……いいですよ、ここで簡単に負けるのは、なんか無性に悔しいですし!」
みゆ「分析。お姉ちゃんの負けず嫌いメーターが急上昇。我が家側に、この不毛な戦いから引く気配は一切ありません」
ベアトリス「神崎家の名誉は私が守りますわ! 絶対に負けませんわーー!」
こうして──
誰も頼んでいない、熱すぎるカルデアの地での「謎の温泉我慢大会」が、唐突に開幕してしまった。
一方、その頃。
壁を一枚隔てた、男湯。
亮「かぁーーっ! 気持ちいいなー! 生き返るよー!」
ガルド「ですねぇ、亮さん。体に染みますなぁ」
レオン「いやぁ、本当に平和ですね。これがあるから冒険者はやめられませんよ」
もっふる「ピィ〜♪」
亮「これぞ温泉!」
ガルド「これぞ温泉!」
レオン「まったくです。世界がずっと、このくらい平和なら一番なんですけどね」
男たちが極楽の表情で湯船を満喫していた。
まさにその瞬間だった。
壁の向こう側。
──女湯から、すさまじい気迫のこもった絶叫が響き渡った。
『私は……絶対に……まだ出ませんからーー!』
『くっ……こちらも、一歩も引く気はありません……っ!』
『お姉さまのために、ベアトリス、限界の先を超えてみせますわーー!』
男湯の全員の動きが、ピタリと止まる。
亮「……向こうは随分と賑やかにやってるなぁ」
ガルド「ですねぇ。仲がよろしいことで」
レオン「……いや、僕には嫌な予感しかしないんですが……」
しかし、のんびりと湯に浸かる男たちは、まだ知る由もなかった。
この後、女湯側で誰も止める者のいない、文字通り命がけの意地の張り合いが、限界突破して加速していくことを──。
こうして──
カルデア村の温泉でも、なぜか神崎家の周辺はただの平和では終わらなかった。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?) は、
熱くなった温泉よりも熱い、女たちの謎の対抗心は、まだまだ終わる気配を見せないのだった。
村を死守するために過酷な鍛錬に励む最強の戦士二十人!
凶暴化し軍隊のように統率された魔物の急増に、限界寸前の防衛戦線と不気味な異変の影が迫る!
緊迫する訓練場で王国騎士団の精鋭たちが熱い模擬戦に挑む中、この激動のカルデア村で神崎家が巻き起こす予測不能なスローライフの嵐が今回も大炸裂。
次回、第182話 え、パパが勇者!? 全身刺青の戦士集団!? 村を守る最強戦士二十人!?
高まる戦意と不穏な鳴動、この大地の最果てで待ち受ける真実とは――!?




