第172話 え、パパが勇者!? 魔物襲来でやる気満々のパパが最初の一歩を踏み出す前に一瞬で完全決着する大誤算ー!?
南へ続く街道。
王都を出発してから、早いもので十日。
窓の外を流れる景色は、背の低い赤土の岩肌や見たことのない木々が増え、すっかり南方らしくなっている。
亮「ふぅ、それにしても本当に暑いなー」
ベアトリス「ええ、でもとっても快適ですわ!」
あんな「……パパ、私たちはもう暑くて限界が近いんですけど……」
みゆ「同じく。王都に比べて気温が約五度上昇しています。水分補給を怠れば、熱中症のリスクが跳ね上がりますね」
もっふる「ピィー♪」
そんな時だった。
ガタリ
と、突然馬車が速度を落とした。
先頭を進んでいた馬車の御者台から騎士が鋭い声を上げる。
レイン「前方に魔物です!」
ルーク「数は?」
レイン「十五匹! フレイムウルフの群れです!」
街道脇の赤茶けた茂みから、炎のように逆立つ赤い毛並みを持った狼型の魔物が次々と姿を現した。
フレイムウルフ。
この南方に広く生息する、好戦的な火属性の魔物である。
ルーク「各馬車、その場に止めろ! 戦闘配置!」
ルークの指示に、騎士たちが即座に動く。
だが、それよりも早く、亮が身を乗り出した。
亮「お、魔物か! よし、ここは俺に任せろー!」
ベアトリス「わたくしもご一緒しますわ!」
二人はもの凄い勢いで、まだ止まりきっていない馬車から軽やかに飛び降りた。
あんな「ちょっと、パパ! 勝手な行動は──」
みゆ「静観です。パパですから、止めるだけエネルギーの無駄です」
隣の馬車の窓からも、慌ててセリナたちが顔を出す。
セリナ「ちょっと待ちなさいよ! あんたたちみたいなFランクは、大人しく馬車の中で縮こまってなさい!」
リュシア「そうよ! 何勝手に飛び出してるのよ、危ないじゃない!」
ミレイア「邪魔です。お肉の丸焼きにされてもしりませんよ」
亮「大丈夫、大丈夫だよー。すぐ終わるから!」
ベアトリス「ええ、あそこにいる魔物をササッと片付けるだけですわ!」
セリナ「だから勝手に動くなって言ってるの! 規律ってものがあるでしょ!」
あんな「すみません、うちのパパですからね……もう病気みたいなものです」
リュシア「はあ!? 何それ!」
みゆ「補足。いつもの事です。日常茶飯事とご理解ください」
ミレイア「本当に丸焼きにされてもしらないわよ」
あんな「……あ、危ないからやっぱり私が行きます!」
リュシア「ちょっと、何でそこであなたが行くのよ!」
みゆ「肯定。お姉ちゃんを一人で行かせるわけにはいきません。私も行きます」
亮「いやいや、俺がやるからみんなは馬車にいていいって──」
神崎家と紅蓮の輪の間で、話が妙な方向へどんどん進んでいく。
だが、そのドタバタ劇の真横で、先頭の馬車にいたルークとオスカーは極めて冷静に、若手騎士たちに指示を送った。
ルーク「レイン、リリナ」
レイン「はい!」
リリナ「はい!」
オスカー「アルト」
アルト「お任せください!」
ルーク「二人は左右から挟撃、カイルは万が一に備えて援護を」
オスカー「アルトは後方から支援。迎撃しろ」
三人「は!」
カイル「は! お任せください。若手の腕前、特等席で見せてもらいましょう」
ルークの合図と同時に、王国の未来を担う若手組が鮮やかに飛び出した。
先陣を切ったレインの鋭い一撃が、飛びかかってきた一体目を一瞬で斬り伏せる。
リリナ「や、おぉぉーっ!」
続くリリナが勢い余って少し足をもつれさせながらも、持ち前の怪力で大剣を振り下ろし、しっかりと二体目の魔物を地面に叩き伏せた。
さらに後方からアルトが冷静に杖を掲げる。
アルト「──我が命に従い、駆けろ。『風刃』!」
アルトの放った鋭い風の刃が街道を走り、群がろうとしていたフレイムウルフたちを次々と吹き飛ばしていく。
王国精鋭の連携による戦闘は、本当にわずか数分で、呆気なく終わりを迎えた。
レイン「ふぅ……討伐、完了しました!」
ルーク「ご苦労。見事な連携だった」
カイル「どうやら俺の援護はまったく必要なかったようだな。頼もしい限りだ」
街道に、不自然なほどの静寂が戻る。
武器を構えたまま一歩も動けなかった亮が、ぽかんと口を開けた。
亮「……え?」
ベアトリス「……終わってしまいましたわ」
あんな「……本当に一瞬で終わりましたね」
みゆ「予測通り。王国の精鋭を相手に、あの程度の魔物ではデータにするまでもありませんでした」
セリナ「……」
リュシア「……」
ミレイア「……」
馬車から降りて武器を抜きかけていた紅蓮の輪の三人が、完全に石化している。
ガルド「……終わったな」
レオン「……見事なもんだ。終わったな」
亮「ええーっ!? 俺、まだ一歩も動いてないし戦ってないぞ」
ベアトリス「わたくしもですわ! これから火魔法の出力を調整して放とうと思っていましたのですわ!」
セリナ「……ちょっと! あんたたちがそこで無駄に騒ぎ立てるからでしょ!」
あんな「えぇ!? 私たちのせいですか!?」
リュシア「そうよ! あんたたちが変に目立つから、あっちの若手騎士たちに良いところを全部持っていかれて、私たちの出番が完全になくなったじゃない!」
みゆ「反論。理不尽な責任転嫁です。私たちは何もしていませんし、知りません」
ミレイア「全部そちらのせいです。私たちの華麗な戦闘シーンを返しなさい」
あんな「やっぱり理不尽です……」
みゆ「ええ、どこまでも理不尽です」
セリナ「だいたいあんたたちが、Fランクのくせに勝手に飛び出すからよ!」
あんな「……うっ。それは、その通りです……」
みゆ「肯定。そこに関しては否定できません。パパが全面的に悪いです」
亮「えぇ……。俺、良かれと思って……」
ベアトリス「お待ちになってですわ! 勝手に飛び出したのはパパだけではありませんわ!」
リュシア「うるさい、あんたもよ!」
ベアトリス「え? わたくしもですの!」
ミレイア「はい、完全な共犯ですね」
ベアトリス「そんな……わたくしとしたことが、パパと不名誉な共犯にですわ」
ガルド「いや、誰のせいでもないと思うんだがな……単に騎士団が強かっただけで……」
レオン「おいガルド、それ以上は言わない方がいい。火に油を注ぐぞ」
ガルド「……そうだな。触らぬ神に祟りなしだ」
男二人は、すでに人生の真理を悟っていた。
ここで良かれと思って口を挟んでも、女子たちのヒステリーに巻き込まれて被害が拡大するだけなのだと。
ルーク「はい、そこまでだ。魔石の回収が終わり次第、出発するぞ」
カイル「皆さん、置いていかれないように早く馬車に戻ってくださいね」
一同「は、はい!」
こうして、短い騒動を終えた調査隊は再び南へ向けて進み始めた。
目的地の交易都市フレイアスまでは、もうそう遠くない。
その頃。
街道から少し離れた、見晴らしの良い丘の上。
二つの影が、進んでいく調査隊の馬車をじっと見下ろしていた。
二つの影は、言葉を交わすこともなく、ただ静かに。
気まぐれな南方の風が吹き抜け、彼らのマントを大きく揺らす。
そして、その二つの影は、誰に気づかれることもなく、滑り込むように消えていった。
こうして──
フレイムウルフとの突発的な遭遇を終えた特級調査隊は、賑やかな笑い声を響かせながら南への旅を続ける。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?) は、
未だ誰も正体を知らない二つの影もまた、不穏な足音を立てずに静かに動き始めていた。
ついに到着した南方最大級の交易都市フレイアス。
どこからか漂う濃厚な香辛料の香りと、見たこともない南国の果物に包まれた凄まじい活気。
だが、この異国情緒あふれる大都市に一歩足を踏み入れた瞬間、あの男の脳内は完全にアレ一色に染まっていた……。
心の中で思っただけの「米!」を娘たちに完全先読みされ、可愛いお返事と共にトボトボ歩くパパのブレなさが大炸裂!?
次回、第173話 え、パパが勇者!? 思考を完全先読みする娘たちの食欲センサーと可愛いお返事でトボトボ歩くー!?
不穏な熱気を孕む本格調査を前に、パパの執念は早くも幻の南国米に届くのか――!?




