第165話 え、パパが勇者!? 魔術師団長が深刻な魔力の乱れを大警戒する裏で『火力が強ければお湯が早く沸いて便利』と言い放つパパ!?
宿屋『白風亭』食堂。
神崎家の朝は、今日も賑やかで楽しげな笑い声に満ちていた。
亮 「いただきまーす!」
あんな 「パパ、まだスープ熱いから――」
亮 「あっつ!?」
ずずっ、と勢いよく飲んだ亮が悶絶する。
みゆ 「学習能力……。過去のデータが一切蓄積されていません」
ベアトリス「皆さまご覧になってくださいですわ! 本日は完璧な焼き加減ですわ!」
ベアトリスの前には、綺麗に焼かれたベーコンと卵。
最近は料理の火加減も少しずつ安定してきていた。
ベアトリス「わたくし、日夜成長しておりますわ!」
あんな「確かに前より焦がさなくなったわね」
ベアトリス 「当然ですわ!偉大なるお姉様に褒めていただけるなんて光栄ですわ! 」
どや顔。
その時だった。
ぼわっ!!
コンロの炎が突然大きく吹き上がった。
ベアトリス「きゃあっ!?」
あんな「でかっ!?」
主人ボリス「うおっ!?なんだなんだ!? 」
もっふる「ピィー!」
炎は一瞬だけだった。
だが、明らかに火力がおかしい。
ベアトリス 「な、なんですの!?」
慌てて火を止める。
焦げた匂いが少しだけ広がった。
亮「おおー、朝から豪快だな!」
あんな 「豪快で済ませないでよ」
みゆは、先ほどまで炎が上がっていた場所を静かに見つめていた。
みゆ「……ベアトリスの過失ではありません。今、明確に火属性魔力が揺れました」
ベアトリス「そうですわ!」
みゆ「いつもより大気中の火の反応が強くなっています」
ベアトリス「ほ、本当にわたくしのドジのせいではありませんわ!」
あんな 「まあ、今のは確かに変だったけど……」
ボリス「いやぁ、実を言うとね、最近街の中でも火が急に強くなる時があるんですよねぇ」
ベアトリス 「ほ、本当にわたくしだけではありませんの」
亮 「へぇ、そうなんだ。でもさ、火力が強いならお湯もすぐ沸くし、料理が早くできて便利じゃないか?」
全員「便利じゃない!!」
亮の天然な一言に、食堂全体から一斉に息の合ったツッコミが響き渡るのだった。
そんな騒がしい朝を迎えていた神崎家とは対照的に、王立魔術師団の訓練場には張り詰めた空気が漂っていた。
今日も多くの熱心な団員たちが、己の術を高めるために訓練を行っている。
火球。
風刃。
水壁。
様々な属性の魔法が、規則正しく標的に向かって放たれていく。
その訓練場の中央。
アルト「次、火属性制御訓練に移ります!」
若手団員たちが一斉に返事をした。
アルトは、以前の傲慢だった頃とはまるで別人のように落ちついていた。
みゆから学んだ制御重視の理論。
ただ大きな火力をぶつけるのではなく、魔法の安定性を極めること。
魔力の流れを緻密に整える技術。
それを実践し続けた彼は、今や師団内でも若手筆頭として大きな期待を集める存在になっていた。
アルト「火属性は出力ではありません!制御です!」
団員たち「はい!」
アルトは小さな火球を作り出した。
見本を示すため、アルトは自身の掌の上に小さな火球を作り出した。
必要最小限の魔力で形成された、極めて安定した美しい炎の球。
彼の脳裏には、かつて淡々とデータを提示してくれたみゆの静かな言葉が浮かんでいた。
みゆ『火属性は暴れやすい。だから制御』
アルト「……よし」
これ以上ないほど綺麗にコントロールできている。
少なくとも、そのはずだった。
ゆらっ。
突然、手の平の上の火球が、不自然に波打つように揺れた。
アルト「……?」
次の瞬間だった。
ぼわっ!!
火球が突然膨れ上がった。
団員たち 「!?」
熱風が周囲へ広がる。
アルト「なっ――! 術式、強制遮断!!」
慌ててアルトが魔力の供給を断ち切ると、炎は霧が晴れるようにふっと溶けてなくなった。
しかし、静まり返った訓練場には、すぐに困惑のざわめきが広がっていった。
団員A「今の……」
団員B「アルトが制御失敗?」
アルト本人が一番驚いていた。
アルト「違う……。そんなはずはない……! 」
出力は上げていない。
むしろ抑えていた。
なのに、火力だけが僅かに増幅した。
その時だった。
訓練場の別の場所でも、変化が起きた。
ぼっ。
団員「え?」
小さな火球が一瞬だけ不自然に揺れた。
さらに別方向でも。
教官「……おい、今のはどういうことだ? 全体的に魔力が乱れているぞ!」
訓練場の空気の色が、じわりと困惑と緊張を孕んだものへと変わっていく。
何かドカンと派手な魔法の暴走が起きたわけではない。
だが、そこにある火属性魔法のすべてが、まるで何かに怯えるように、あるいは何かに興奮するように、微妙に、そして確実に不安定だった。
そこへ。
静かな足音が響く。
マルティナ「何が起きている。詳細な報告を」
王立魔術師団師団長マルティナ・アーヴェント。
訓練場に緊張が走る。
まだ誰も知らない。
この小さな違和感が、やがて大きな異変へ繋がっていくことを。
こうして――
王都では、誰も気づかぬまま“火”の異常が静かに始まっていた。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
朝の小さな火花をきっかけに、王都全体へ広がる“火の異変”へと静かに繋がっていくのだった。
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