第131話 え、パパが勇者!? 潮騒に背を向けて、再び歩む王都への道!? 違和感さえも日常の一部に変えて、家族で目指す次なるステージ!?
いつもの宿屋。
夕方のやわらかい光が窓から差し込む中、食卓には湯気の立つ料理が所狭しと並んでいた。
おかみさん「ほれ、焼けたよー。一番いいところをサービスしといたからね!」
こんがりと絶妙な色に焼かれた魚の香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。
ベアトリス「いい匂いですわ! 胃袋が歓喜の歌を歌っておりますわ!」
みゆ「焼き加減、皮のパリ付き具合共に問題ありません。最適なメイラード反応得られています」
あんな「……ほんと、いつも通りだね。さっきまで親書がどうとか言ってたのが嘘みたい」
亮「そりゃ、何があろうと飯は飯だからな。まずは食べなきゃ始まらん」
亮は軽く笑いながら、定位置の席につく。
亮「いただきます!」
あんな&みゆ「いただきます」
ベアトリス「いただきますですわ!」
もっふる「ピィー♪」
いつもと変わらない食事の風景。
味も、家族の会話も、流れる空気も――あの灰色の世界を経験した後とは思えないほど、何も変わらない。
あんな「……ねぇ、パパ。明日、本当に出るの?」
亮「そうだな。ギルド長たちにも頼まれちゃったし、王都行きは決定だな」
亮は骨を器用に避けながら、あっさりと答える。
みゆ「優先ランク『特A』の案件ですので。遅延は合理的ではありません」
ベアトリス「王都がわたくしたちを待っていますわ! 騎士団の皆様にもご挨拶しなくては!」
あんなは小さく苦笑した。
この家族の、どんな非常事態でも日常に引き戻す力には、時々呆れそうになる。
亮「準備は進んでるか?」
みゆ「私の方で、各自の最低限の備品は既に整えています。消耗品の補充も完了済み」
ベアトリス「わたくしも準備万端ですわ! 予備の剣も磨き上げましたわ!」
あんな「私も……うん、大丈夫。いつでも行けるよ」
少しだけ間を置いて、あんなは皿の端をつついた。
あんな「……結局、お米を探すどころではなくなっちゃったね。この街なら見つかるかもって思ってたのに」
亮「まぁ、王都に行けばさらに情報があるだろ。また探そうぜ。パパもお米が恋しいしな」
みゆ「……」
ベアトリス「お米、パパたちが仰る伝説の食材ですわね! わたくしもぜひ食べてみたいですわ!」
もっふる「ピィー♪」
みゆ「移動ルートについては、既に最短経路を選定済みです。天候予測と魔物の出現分布を照らし合わせ、最もリスクの低い街道を通ります」
亮「さすがはみゆ。準備万端だな。パパはついていくだけで良さそうだ」
あんな「当たり前でしょ。パパに任せたら、気づいたら隣国まで迷子になってそうだし」
ベアトリス「それもまた冒険ですわ! 楽しみですわ!」
あんな「だから、観光じゃないんだってば!」
いつものような軽いやり取りが続き、食卓に自然と笑い声がこぼれる。
あんな「……」
その輪の中で、あんなは少しだけ視線を落とした。
あんな(……やっぱり、変だよね。あんなことがあったのに、みんな何もなかったみたいに笑ってる。世界が、無理やり“普通”を演じてるみたいで……)
頭の片隅にこびりついて離れない、あの音のない灰色の感覚。
でも――。
亮「おかわりいるやつー?」
ベアトリス「はい! はいですわ! 半分ほど頂戴いたしますわ!」
みゆ「私も、いただきます」
あんな「……あ、私も、もらう」
亮ののんきな声に、意識を現実へと引き戻される。
あんな(……今は、いいか。考えても答えが出ないなら、今はパパのペースに乗っかっとこ)
無理に答えを探さない。
今は、この温かい食事の時間をそのまま受け入れることにした。
食事が終わり、賑やかな片付けも終わる。
夜。 外は静まり返り、遠くから波の音と、いつも通りの穏やかな港町の生活音が聞こえてくる。
亮「じゃ、しっかり寝ろよ。明日から長旅だからな。おやすみ」
ベアトリス「おやすみなさいませ、 良い夢を!」
みゆ「睡眠ログの最適化に努めます。問題ありません」
あんな「……うん。おやすみ、パパ」
短いやり取り。それぞれが、寝床へ。
――そして、翌朝。
空は見事に晴れ渡り、海からは穏やかな風が吹き抜けていた。
港町ベーゼの大きな門の前に、神崎家一行の姿があった。
亮「忘れ物はないかー? 戸締り……は、宿だから関係ないか。よし!」
みゆ「機材、糧食。全て所定の位置に。問題ありません」
ベアトリス「身だしなみも完璧ですわ! いつ王都の人々に見られても恥ずかしくありませんわ!」
あんな「……パパが一番心配なんだけど。親書、ちゃんとアイテムボックスに入れた?」
亮「大丈夫だって。ほら、ここにあるよ。……よし、じゃ、行くか!」
あんな「……うん」
みゆ「了解です。出発します」
ベアトリス「王都へ、いざ出発ですわ!」
もっふる「ピィー♪」
一歩、踏み出す。
数々のやらかしと、謎の怪現象を経験した見慣れた街を背にして。
あんな「……」
ほんの一瞬だけ、あんなは振り返った。
活気に満ち、何も変わらないベーゼの街。
昨日と変わらぬ、いつも通りの景色。
あんな「……行こ」
あんなは小さく呟き、前を向いた。
――そして、その空のさらに遥か彼方。
女神は、穏やかな微笑みを浮かべていた。
ふふ……あの家族は、世界を救うことさえも、日常のひとコマとして笑い飛ばしてしまうのですね。
命を懸けて奪い返したはずの人々の記憶も、塗り替えられた歴史の真実も。
誰にも語られず、誰にも感謝されない「孤独な救済」を前にして、あの勇者はただ「パンが美味しいならそれでいい」と、いつものように穏やかに笑ってみせました。
「最強の力を持ちながら、最弱の称号を何よりも喜んで受け入れる」
周囲が彼らの偉業を忘れ去っても、家族の間にある絆と、交わした言葉の温もりだけは決して消えることはありません。
使命感ではなく、純粋な気持ちで……ただ大切な人の隣にいられる幸せを噛み締める彼らの姿。
その純粋な想いこそが、歴史の闇に埋もれることのない、世界で最も強く、そして優しい魔法なのかもしれません。
さて……次はどんな日々を紡ぐのでしょう。
潮風の街に別れを告げ、再び歩み出した王都への道。
その先で、あの家族はまたどんな「驚天動地のやらかし」を日常に変えてしまうのでしょうか。
光が揺れ、風がそっと旅立ちの背中をなでる。
その微笑みは、地平線の先を照らす暁光のように優しかった。
こうして――
日常の延長のような軽やかな準備を終え、神崎家は王都へと歩き出した。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
「王都への道」――その先で待つのは再会か、それとも新たな“ズレ”か。
【第十六章「忘却編」を終えて】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
誰にも感謝されず、命がけの戦いさえも人々の記憶から消え去っていく。
そんな理不尽な忘却の嵐の中でも、パパは腐ることなく、ただ隣人たちが笑って過ごしている「今」を肯定しました。
「記憶が消えても、救った事実は消えない」
パパのその揺るぎない在り方があったからこそ、娘たちもまた、自分たちの歩みに誇りを持って王都へと踏み出せたのだと感じています。
明日は外伝になります。
そして、外伝を楽しんだ後は、
いよいよ本編・第十七章がスタートいたします。
世界が何を忘れさせようとも、彼らの絆の記憶は、読み手である皆様の中に刻まれていく。
王都で待つ旧友たちとの再会、そしてお米への執念!
旅はさらに熱く、神崎家らしく加速します!
亮「よーし、外伝でも大暴れしちゃうぞ!」
あんな「ちょっとパパ! せっかくいい話で終わったんだから、外伝ぐらいはおとなしくしててよ!」
みゆ「……否定。パパですから。暴走は仕様です」
ベアトリス「ふふっ、さすがパパですわ! どこまでもついていきますわよ!」
もっふる「ピィ、ピィーー♪」
一同「どうぞお楽しみください!」




