第108話 え、パパが勇者!? みゆが導き出した「愛」という名の最強定数!? 数式を越えた絆の力で、残酷な二択を撃ち砕けー!?
みゆ「……ここ、どこ?」
みゆが目を開いた瞬間、海底王国の幻想的な蒼を切り捨て、残酷な「崩壊」の光景を目のあたりにしていた。
鼻腔を突くのは、焦げたゴムとコンクリートの粉塵が混ざり合った匂い。
鼓膜を震わせるのは、遠くで響く建物の軋みと、至る所で火災が上がる轟音だ。
みゆ「……状況把握。試練、あるいは観測用シミュレーション空間と断定。生存者、複数確認です」
彼女の思考は、冷静な判断をしていた。
「……状況把握完了。対象、二名」
右前方、30メートル。
崩落した鉄筋の山。
その隙間に、小さな人影。
「対象Aは幼い子供。生命反応は微弱。出血量多い。構造物の不安定指数、88%。残存可能時間、120秒以内。救助成功率、92%」
左前方、20メートル。
倒壊した壁の影。
血だまりの中に横たわる男性。
「対象Bは成人男性。生命反応は中。活動停止までの予測時間、300秒。ただし、止血処置の難易度は低い。救助成功率、98%」
みゆの瞳の中で、仮想の数式が火花を散らす。
距離、時間、自身の移動速度、瓦礫の撤去に必要な筋力値、処置に要する秒数。
それらを複雑に絡め合わせたシミュレーションが、一瞬で一つの結論を弾き出した。
みゆ「救助可能数、1。同時救助の試行は、両者の死亡確率を85%以上に引き上げます」
彼女の声に揺らぎはない。
みゆ「対象Aを優先。救助後、対象Bへ迅速に対応。ただし、対象Bの生存確率は12%まで低下。……救助、開始です」
合理的判断に基づき、一歩を踏み出す。
その決断に、一ミリの迷いも、一片の罪悪感もなかった。
効率と数字が正義であり、冷静な判断こそが全てだと信じてきた世界だったからだ。
――その時。
亮「……みゆ?」
聞き慣れた、この地獄のような惨状にはあまりに不釣り合いな温かな声。
みゆの右足が、地面に縫い付けられたように凍りついた。
視界の端。
瓦礫の山に背を預け、腹部を真っ赤に染めて座り込んでいる男。
ボロボロになったシャツ。
情けないほど困ったような笑顔。
紛れもない、パパだった。
みゆ「……パパ! 状態は重傷」
冷静な思考が、悲鳴を上げた。
未知の変数が、美しく整えられた数式の中に乱入し、すべてをかき乱していく。
亮「あはは……。ごめんな、みゆ。ちょっと、やらかしちゃったみたいでさ。俺のことはいいから……あっちの子を、助けてやってくれないか?」
パパは、いつものように笑っていた。
自分が消えてしまいそうな状況でさえ、彼は他人の心配をしている。
その「お人好し」という非合理な性質が、今の状況では最悪の毒としてみゆに突き刺さる。
みゆ「……再計算。パパの救助難易度は極めて高い。出血部位の特定困難。搬送による二次損傷の恐れ。……救助成功率、34%」
無慈悲な数字が、網膜に浮かび上がる。
パパを助けようとすれば、高確率で彼は死に、同時に確実に救えたはずの子供も見殺しにすることになる。
みゆ「……最適解に、変更なし」
みゆは自分自身に言い聞かせるように、震える唇を開いた。
みゆ「対象Aを優先すべきです。それが、この状況下で得られる最大の生存期待値です。……パパ、合理的判断に従ってください。私は、一番正しい道を選びます」
背を向けようとした。
合理的であること。
正解を出すこと。
それが、自分が家族の中で担っている役割のはずだ。
あんなが「心」なら、自分は「脳」でなければならない。
感情に流されて全滅を選ぶのは、神崎みゆの敗北を意味する。
なのに。
一歩が、出ない。
みゆ「……どうして?」
脳は「行け」と言っている。
数字は「捨てろ」と判断している。
それなのに、視界が滲んで、パパの姿が歪む。
胸の奥で、制御不能な熱が膨れ上がり、論理の壁を内側から叩き壊そうとしていた。
記憶の断片が、処理を妨げる。
テストで満点を取った時、数字の凄さではなく「頑張ったな」と頭を撫でてくれた、あの大きな手のひら。
みゆが熱を出した夜、おろおろと部屋を往復しながら、冷たいタオルを何度も替えてくれた、あの不器用な背中。
「みゆは賢いから、パパのこと助けてくれよな」
と笑った、あの無邪気な信頼。
みゆ「……やめてください。そんなデータ、計算には必要ありません」
みゆは、自分を叱咤した。
合理性は、残酷だ。
けれど、だからこそ世界を救える。
誰かを切り捨てなければ、誰も救えない。
それがこの世界の、逃れようのないシステムなのだ。
天の声「――残存時間、60秒。選択してください。最適解を執行しますか?」
無機質な声が、決断を促す。
右に行けば、見知らぬ子供が助かる。
それは数字上の「正義」だ。
左に行けば、パパを助けられる可能性は低い。
それは数字上の「愚策」だ。
みゆ「……あ……」
喉の奥が、熱い。
もし、ここでパパを見捨てて「正解」を選んだとして。
その後に残る自分は、果たして「神崎みゆ」なのだろうか。
パパのいない世界で、完璧な計算を続けて、一体何の意味があるのか。
みゆは、静かに目を閉じた。
そして、自分を縛り付けていたすべての数式を、自らの手で消去した。
みゆ「……最適解を、再定義します」
目を開いたとき、その瞳は静かで、しかし決して消えることのない「意志」の光。
みゆ「対象優先順位を変更です。……家族を、最優先します」
それは、効率をドブに捨て、生存率を無視し、ただ一つの「エゴ」を貫くという宣言。
合理性という名の鎖を、自らの手で引きちぎった瞬間だった。
みゆ「……非効率なのは、分かってます。でも、それで後悔するくらいなら――」
目が、はっきりと前を向く。
みゆ「こっちの方が、マシです」
走り出す。
向かう先は、瓦礫の下の子供ではない。
出血多量の男性でもない。
血を流し、倒れている世界でたった一人の父親のもとだ。
亮「……みゆ? こっちは、違うだろ……?」
みゆ「黙っててください、パパ……」
膝をつき、パパの体を抱きかかえる。
温かい。血の匂いが、パパが生きていることを教えてくれる。
遠くで、子供の泣き声が止んだ。
それが何を意味するか、みゆには痛いほど分かっていた。
「正しさ」を、一つ殺したのだ。
みゆ「……これで、いいんです。……いいんですよ、パパ」
自分自身に言い聞かせるように、彼女はパパの傷口を必死に押さえた。
震える手で、止血剤を塗り、包帯を巻く。
論理的には無駄な行為かもしれない。
成功率は、依然として低いままかもしれない。
それでも、彼女はもう迷わなかった。
天の声「――最適解からの逸脱を確認。合理性の崩壊を検知。エラー、エラー……」
世界が、みゆの選択を拒絶するように激しく振動し始める。
空間が歪み、計算不能な事態にシステムが悲鳴を上げている。
みゆ「……否定。エラーではありません。計算式に『パパ』という無限大の変数が代入された時点で、既存の合理性は無効化されました」
みゆは顔を上げ、虚空に向かって凛と言い放った。
みゆ「私は、より大きな目的のために手段を選択したに過ぎません。……最適とは、最大多数の救済ではなく。……私が、絶対に失いたくないものを、守ることです」
その声は、海底王国の水圧さえも跳ね返すほどに強く、澄んでいた。
次の瞬間、世界が、眩い閃光とともに弾け飛んだ。
気づけば、そこは元の海底王国だった。
周囲には変わらぬ静かな水の世界が広がっており、パパの血の匂いも、焦げた粉塵の臭いもしない。
あんな「……みゆ? 大丈夫?」
隣で、同じように試練を終えたらしいあんなが、心配そうに覗き込んでくる。
その瞳には、彼女自身が負ったであろう「選択の重み」が滲んでいた。
みゆ「……大丈夫です、お姉ちゃん」
みゆは、いつものように冷静に答えた。
だが、その内面では、今までの彼女なら決して許容できなかった「不合理な確信」が、静かに、しかし力強く根を張っていた。
自分の手を見つめる。
あの空間で、パパを抱きかかえた時の温もり。
本当に守りたかったもの。
しかし今なら、確信を持って言える。
みゆ「……それは、答えを導き出すための、最強の定数です」
こうして――
みゆは自らの論理を書き換えることで進化した。
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