第109話 え、パパが勇者!? 騎士道の教本をポイして火魔法が大暴走!? 救出ついでに街をキャンプファイヤーにしちゃう、爆裂お嬢様(ベアトリス)のパニック試練ー!?
ベアトリス「……ここは、一体どこかしらですわ」
ベアトリス・グラーディオが重い瞼を持ち上げた瞬間、視界を焼き尽くしたのは、海底王国の穏やかな蒼ではなかった。
鼻を突く熱風。
爆ぜる火の粉。
そして、鼓膜を劈くような無数の悲鳴と、獣の咆哮。
ベアトリス「きゃあああああ!! 燃えてますわ! 街が、街がキャンプファイヤー状態ですわ!」
反射的に叫んだ彼女の目の前には、崩壊しつつある市街地が広がっていた。
逃げ惑う人々、瓦礫の下で助けを求める掠れた声、そしてそこかしこで牙を剥き、暴れ回る小型の魔物たち。
ベアトリス「……はっ、落ち着きなさいベアトリス。これは試練、試練ですわね」
すっと背筋を伸ばし、愛剣の柄に手をかける。
その表情には、名門グラーディオ家の娘としての、そして騎士見習いとしての凛とした光が宿っていた。
ベアトリス「ならば――騎士として、神崎家の一員として、この窮地に応えるのみだわ!」
火災、魔物、要救助者。
情報の濁流が押し寄せる。
ベアトリスの脳内では、幼い頃から叩き込まれた「騎士道の教典」が高速でページを捲られていた。
「騎士とは、常に冷静沈着であれ。個別の情に流されず、全体の利益を優先し、最適なる正義を執行せよ」
その時、目の前の幻影に二人の姿が重なった。
あんな(幻影)「落ち着いて、順番に対応すれば大丈夫よ。一人で抱え込まないで」
みゆ(幻影)「最適解は、全体避難の誘導です。個別の事象に囚われるのは、全体の生存率を下げる非合理な行為です」
ベアトリス「お二人とも……! ああ、なんて完璧な判断ですの……! 左様ですわ、私はまだ未熟。ならば、お二人が示される『正しさ』を、そのままなぞれば良いのですわ!」
ぐっと拳を握り、彼女は喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
ベアトリス「聞きなさい! 全員、騎士の誘導に従って落ち着いて行動するのですわ! 順番に避難を開始しなさい! 魔物は私が食い止めますわ!」
だが、現実は無情だった。
「無理だ、子供がまだ中にいるんだ! 見捨てられるか!」
「順番なんて待ってられるか! どけ、邪魔だ!」
「騎士様なら、今すぐこの火を消してくれよ!」
ベアトリス「そんな……手順通りに、正しく導いているはずなのに……っ!」
混乱は収まるどころか、パニックとなって拡大していく。
マニュアル通りの「正解」が、目の前の混沌に一切通用しない。
焦燥がベアトリスの心を蝕む。
(……どうして? 私は『正しい騎士』の振る舞いをしているはずなのに。なぜ、誰も救われないのですの?)
その時、轟音とともに目の前の商店が崩落した。
バキッ――!!
舞い上がる土煙の向こう、瓦礫の山に一人の女性が閉じ込められる。
伸ばされた手、絶望に染まった瞳。
ベアトリス「……っ! 規律を守って全体を避難させるべきか、それとも目の前の一人を……。ああ、教本には……教本にはなんて書いてありましたかしら……!」
思考が空回りし、足がすくむ。
『一人のために全体を危うくする者は、騎士にあらず』
頭の片隅で、厳格だった父の声が響く。
けれど、あんなならきっと駆け寄るだろう。
みゆなら瞬時に救出ルートを計算するだろう。
「正しい騎士」であろうとすればするほど、彼女の体は重鉛のように動かなくなる。
自分が信じてきた「正しさ」が、今、目の前の命を殺そうとしていた。
ベアトリス「私は……私は、どうすればいいのですわ……!」
立ち尽くす彼女の耳元で、呆れたような、しかしひどく安心する声が響いた。
亮「……お前さ。難しく考えすぎじゃね?」
振り向くと、そこにはいつもの、笑顔の亮が立っていた。
ベアトリス「パ、パパ!? いつの間に……! ここは危険ですわ、下がっていてくださいですわ!」
亮「全部ちゃんとやろうとしてるだろ。……無理だって、そんなの」
亮は、燃え盛る炎を眺めながら、事も無げに言った。
亮「俺、難しいことは分かんないけどさ」
ベアトリス「で、でも! 正しいやり方を選ばなければ、私は立派な騎士になれませんわ! 神崎家の一員として、ふさわしい人間にならなければ……っ!」
亮「ふさわしいとか、どうでもよくないか?」
亮は肩をすくめて、ベアトリスの目を真っ直ぐに見据えた。
亮「正しいかどうかよりさ。――今、助けたいかどうかだろ」
ベアトリス「……っ!」
その一言が、彼女を縛り付けていた
「借り物の正義」
という名の鎖を、粉々に打ち砕いた。
瓦礫の中の人。
伸ばされた手。
震える吐息。
自分は、誰かに認められるための「完璧な騎士」になりたかったのか?
それとも、この温かな家族の側にいたいと願った、ただの「自分」になりたかったのか。
ベアトリス「……左様、ですわね。パパのおっしゃる通りですわ」
小さく、憑き物が落ちたように微笑む。
これまで彼女を支えていたのは、教本に書かれた冷たい文字だった。
けれど、今彼女を突き動かしているのは、胸の奥で燃える、熱いほどの我儘だ。
ベアトリス「規律も、手順も……確かに大事ですわ。立派な騎士ならば、それらを守るべきですわ。でも――」
一歩、踏み出す。
ベアトリス「今の私には、そんなものより大事なものがありますの!」
走り出す。
重い甲冑の音を響かせ、彼女は「正解」を捨てて「意志」を選んだ。
瓦礫の前に立ち、全魔力を指先に集中させる。
あんなのような包容力も、みゆのような計算力もない。
ベアトリスにあるのは、不器用なまでの真っ直ぐさと、制御不能なほどの情熱だけだ。
ベアトリス「待ってなさい! 今助けて差し上げますわ! 私の魔法は……少々賑やかですわよ!火魔法、出力最大……いや、これでは焼き尽くしてしまいますわね。制御……制御を……ああ、もう、面倒ですわ!」
勢いそのままに
ベアトリス「ええい、ままよ! いきますわよ、火魔法・爆裂――!!」
ドゴォッ!!
ベアトリス「きゃあああああ!? 燃えすぎましたわー!? 街が余計にキャンプファイヤーですわー!!」
瓦礫は一瞬で塵も残さず消し飛んだ。
だが、同時に周囲の木々や、隣の空き家まで景気よく燃え上がった。
ベアトリス「ちょ、ちょっと待ちなさい! これは想定外ですわ! お水、お水をどなたかー!!」
慌てふためき、右往左往しながらも、彼女は瓦礫の中から無傷で救い出した女性を抱き上げ、炎の渦から飛び出した。
女性は呆然としながらも、ベアトリスの煤けた顔を見て、小さく「ありがとう」と呟いた。
その瞬間、ベアトリスの胸に、教本を百回読んでも得られなかった充足感が広がった。
肩で息をしながら周囲を見渡せば、試練の光景が砂のように崩れていく。
天の声「……非効率。無計画。他者への被害を考慮しない力。騎士としての資質、皆無なり」
虚空から降ってくる冷たい声に、ベアトリスは煤けた顔を上げ、堂々と胸を張った。
ベアトリス「ええ、そうですわ! 私は完璧でもなければ、計画的でもございませんわ! 失敗もいたしますし、火加減も間違えますわ!」
ゆっくりと、息を吐く。
ベアトリス「でも――それでも、私はこの方を助けたいと思ったのですわ! 誰に言われたからではなく、私が、私自身で決めたことですわ! それが私の『正義』……いいえ、私の『心』ですもの!」
その瞬間、ベアトリスの体から眩い光が溢れ出した。
借り物の言葉ではない、自分自身の魂から出た言葉が、世界の理を塗り替えていく。
気づけば、元の海底王国。
頬を撫でる冷たい水の感触が、夢の終わりを告げていた。
ベアトリスはその場にへたり込んだ。
ベアトリス「……はぁ、はぁ。……難しいこと、考えすぎていましたわね」
少しだけ情けなく、けれどどこか清々しい表情で、彼女は自分の手を見つめる。
あの燃えるような熱さは、まだ掌に残っている気がした。
ベアトリス「でも……少しだけ、本物の『家族』に近づけた気がいたしますわ」
立ち上がり、前を向く。
あんな「ベアトリス、おかえり。なんか……ものすごく熱苦しい顔してたわよ」
みゆ「……精神的オーバーヒートを確認。冷却を推奨です」
ベアトリス「お二人とも! さすがですわ、すでに試練を終えられていたのですわね!」
あの騒がしくも温かな輪の中へ。
パパを、そしてこの家族を守り抜く。
その誓いだけを胸に、彼女はパパが戻る時を待った。
こうして――
ベアトリスは、自ら選び、自ら責任を取る「自分だけの強さ」を手に入れた。
ツッコミどころ満載な、家族の異世界スローライフ(?)は、
破壊的すぎる火力調整という新たな課題を抱えつつ、より一層賑やかに続いていく。
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「逃げないピィ!」——涙目のまま踏み出した一歩が、深海の理を打ち砕く!
次回、第110話 え、パパが勇者!? 震える足で踏み出した、もっふるの小さくも偉大な一歩!? 家族の笑顔を守るため、恐怖を越えた真の「勇気」を見せつけろー!?
びしょ濡れのふわふわ、プライドを懸けた大ジャンプ!
娘たち三人が見守る中、最後に残されたのは……
「試練の部屋でピクニック始めてそう」なパパただ一人!




