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The Alter Story  作者: 水落護
第九章『選び取った未来』

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第六十四話『厚亡への陥惺』

「おい、オマエ」


 幼いジャンに突然呼びかけられ、肩を飛び跳ねさせたサリナ。場所はダザンの家で、厄介になっている二人であるが。村から疎まれていることをひしひしと感じていたからか、その様子は痛々しいほどおっかなびっくりであった。


「な、なんですか……」


 おどおどと目を逸らしながらそういうサリナに、ジャンは少し面食らったものの。八重歯をしっかり見せつけながら笑いかけ、肩を組み、ついと問いかけた。


「村の仲間に入りたいか?」「えっ」


 ジャンの言葉に、サリナは戸惑いの声を上げた。それは当然だ。父は不当に働かされ、村からは目くじらを立てられ、慣れない土地で過ごす日々。それを変えたいかと問われれば、サリナは無言で何度も頷くしかない。

 ジャンはニカッと笑った。


「よし。オレたちの仲間になりたかったら、北の森にあるメヒロスの花を取ってくるんだ」


「あ」サリナは当惑した。


 メヒロスの花。それ自体は魔除けの花であり、父もお守りを持っているから、当然サリナも知っている。問題はその場所だ。


 北の森は魔物の棲家だ。危ないから絶対に子どもは近づくな、と家主であるダザンに口を酸っぱくして言われている。父からも危ないことには首を突っ込んではいけないと教えられている。


「どうなんだ、行かないのか!」


「……!」いきなり大きな声を出されて。サリナは思わず頷いてしまった。ハッと気づいたが、もう遅い。


「よし、じゃあ行こうぜ。もし危なくなったらオレが助けてやるよ」


 そうして森への冒険は始まった。……それが後の悲劇に繋がるとも知らずに。


 森は陰鬱な雰囲気を醸しており、枝打ちのされてない木々が並ぶ様子など、まるで魔界の入り口のようだ。低木は少ない光にうんざりうなだれており、草も少なく、二人の来ることをあまり歓迎していないようだった。


「へへっ、なんかこーゆーの、ワクワクするよな!」


 意気揚々と先んじるジャンと引き換えに、サリナは言いつけや幼いメルを置いてきた後ろめたさに気が滅入り、足取りが重くなる一方だった。


「ちぇっ、なんだよ。こっちが盛り上げてやろうとしてるのに」

「ご、ごめんなさい……」


 ジャンは笑ってる姿が見たかったのに、サリナは落ち込んでばかりだ。面白くない。しかしサリナの気持ちを思えば、それは仕方のないことであった。


 母を失い戦火を逃れて、落ち延びた先ですら疎まれて。あまつさえこんな魔物のいる森へ、大人たちの言いつけすら守れず、意地悪く駆り出されているのだから。その心裏に関しては推して図るべきである。


「きゃっ!」

「へっ、魔物か!」


 現れたのはガルフ。小型の獣人だ。目の前にある柔らかくひ弱そうな子ども二人。それらに喉を鳴らしながら、唾液を滴らせる。自分一人で良いと判断したのか、仲間すら呼ばない。


「死ね」それが裏目に出た。ジャンが高速で弾き出された何かを手のひらから放つと、それはガルフの腹部にめり込み、ガルフの肉体を内側から炸裂させた。もはやうめき声など一つも上がらなかった。その肺すら破裂しているからだ。その恐ろしさにサリナは尻餅をついて震えた。


「さあ、いこうぜ!」


 そんなサリナへ。ジャンは力強く手を差し伸べた。


「……うん」


 二人の少年と少女は森の奥へと踏み出した。




 ──その同じ頃。


「む……?」


 ダザンは赤子の泣き声を聞きつけて、とある一室を開けた。そこはサリナに貸し与えていた部屋の一つで、見ればそれはサリナたち親子が連れていた赤子のメルであった。

「むう」


 これはどうしたことだ、とダザンは「サリナ、サリナ!」と名を呼ぶのだが、返事がない。仕方なく抱え上げながら探そうとするのだが。ダザンが抱えると、メルは家の外まで響くほど、余計に大きな声で泣き喚いた。


「どうされましたか?」

「む、マルタか」


 そこへ赤枯れ色の髪した赤子を抱えたマルタが現れた。マルタはダザンとメルを見比べると、抱えていた赤子をベッドに寝かせ、ダザンの手からメルを受け取った。


「……粗相をしているようです。おしめを替えますので、お手伝い願えますか?」

「……ああ」


「格別なるご配慮に、この上ない感謝を申し上げます」

 仰々しい言葉に続けて、マルタはダザンに清潔な布を手配するよう促した。それからメルのおしめを交換すると、ダザンと顔を見合わせる。


「妙だな。サリナがどこにも見当たらん」

「実は、息子ジャンも見当たらないのです」


 二人は顔を見合わせた。まさか、と、家の外を出た。


「おう、ダザンさんじゃねーか。この間はありがとよ、へへっ。お陰さんでこの通りよ! 名医だな、アンタは!」

「それはよかった。ところで──」


 村の者たちに話を伺うと、二人は揃って北の森へ向かったのだという。村の者たちはまたジャンの度胸試しだと思っていて、別段気にも留めていなかったらしい。


「なんということだ……」


 彼らが森に入ってしばらく経ったという。北の森からは倒木の音が響き渡った。ダザンは鍛冶場から剣を一本持ち出して、駆け寄ってきたマルタに言いつけた。


「お前は家で待っていろ、良いな!」


 ダザンの言葉にマルタは固まった。ダザンはそれで良いと振り返らずに、森の奥へ奥へと向かっていく。


「無事でいろよ……!」


 そう祈らずにはいれなかった。鬱蒼とした森は、ダザンの中に広がる不安をこれでもかと焚きつけた。燻る焦燥感に胸がつっかえて息の詰まる頃、


「……あそこか」


 赤い雷が立った。眩い閃光と、それに遅れて響く、凄まじい轟音。落雷と倒木の音である。ダザンが無事でいろと願いながら近づくと、震えて固まるサリナが見えた。


「どうした──」


 そうやって声をかけようとした瞬間だった。ダザンの目端から赤い閃光が見えたような気がして。ダザンが目の前にいたサリナを突き飛ばすと、ダザンの足首を何かが掠めた。


「うっ、ぐぉおおっ……!!」


 ダザンは、近年感じたことのない痛みに、反射的に回復魔術を使った。それは文字通りの『破壊』であった。何の前触れもなく裂傷が浮かび上がり、治してもまた広がるのだ。


 このままでは埒があかぬとひとまずサリナの手を引いて木の裏に隠れながら、どんな魔物の攻撃かと見遣ると。ダザンは目を丸くした。


「ジャンか……?」


 ジャンの体からは、その身に余る雷が放電されていた。幸い本人に害はないようだが、体から溢れる電気は触れたものを手当たり次第に壊している。木も森も、魔物も、岩も。全てが跡形もなく壊れていく。


 そして気がついた。ダザンの足を掠めたものの正体に。氷の塊だ。それらがジャンの体とを赤い稲妻が繋げている。そしてその稲妻に触れたものが破壊されていくのだ。


「これは、もしや遺跡の──」


 ダザンの脳裏をよぎったのは、遺跡の宝玉である。あの遺跡の力を、ジャンは使ったのだろう。しかし今その力を持て余し、止め方が分からないのだ。


 何故ならジャンの周囲にいた魔物は軒並み肉塊となるか、とっくに尻尾を巻いて逃げだしているからだ。


 どうする。ダザンは頭を抱えた。このままでは生態系はおろか、ジャンですらどうなるものか。ましてやこんな古木一本が盾では、いつまでつかも分からない。


 せめて足の傷が塞がれば。そうすればサリナだけでも逃してやれるのに。そう思いながら木の影から顔を覗かせると、紙一重で目の前を雹が掠める。退いた顔の前を電流が過ぎ去り、先にある木を破壊した。


 万事休すか。ダザンがそうして二人の若者の未来を守れないことを憂いていると。


「母ちゃん……!!」


 そんな叫び声が聞こえてきて。ダザンは耳を疑った。まさかと思い顔を覗かせると、その視線の先には──、無抵抗に暴発の全てを甘んじて受け入れる、子を憂う母の姿があった。


「バカな、やめろ、よせッ!!」


 ダザンの頬を鋭い刃が掠めた。鱗だった。


「竜鱗……竜人族(メギア)かッ!」


 しかし。それが何になる。ダザンは思った。竜人族の鱗は非常に硬質だ。滅多なことでは剥げることなどあり得やしない。それがこうしてめくれて吹き飛ばされているということは、彼女が無事でないということだ。そんなこと、背中しか見えていなくとも分かる。


「母ちゃん、腹が、腹からッ……!」

「ジャン。強くなりましたね。母は嬉しく思います。しかし──」


 まるで諭すような言葉。直後に続いたのが重たい吐瀉音だった。ダザンは自分の足を数回治して、無我夢中で駆け出した。痛みを堪え、血が噴くのも無視して。

 雷は既に止んでいた。マルタは抱きしめた我が子の頭を撫でながら、優しく言う。


「力に呑まれてはいけません。お前は、きっと強い子に育ちます。母はそう信じてます」

「母ちゃ──」


 ジャンが言うよりも早く。マルタはふら、ふらと倒れた。赤黒い肉なのか血なのか分からない塊が、辺りに飛び散っている。そこへマルタが沈むよりも早く。ダザンはマルタの痩身を抱え上げた。


「おい、おいッ、しっかりしろ!!」

「ダザンさん……いえ。賢者様……」


 喀血かっけつするマルタに、ダザンは「喋るな!」と促す。


癒しの兆し(ラフトリヤ)ッ!」


 回復魔術で抉れた腹を治療していく。腹に溜まった血の沼から肉が生まれ、筋組織が覆い、皮が包んでいく。いよいよ治る、というところで、ダザンは気がついた。


「マルタッ!!」


 良かれと思って行った結果が、新たな拷問でしかないということを。誇り高く息子を心配させまいと強がっていた気丈な母は、二度目の裂傷に苦悶の表情を見せた。脂汗が噴き上げ、苦痛に歯が鳴り、喉の奥からギリギリとした声がうめいている。


「母ちゃん、母ちゃんッ!!」

「マルタッ!!」


 ダザンが再び治療を始めようとすると、マルタはその手を掴み、首を振った。ダザンの手首にはべっとりとした血の手形が残った。


「おやめください……。私は、もうダメです」


 わかるのです、と続く言葉に。ダザンは、がっくりと視線を落とした。腹部の裂傷が再び一人でに開いていく。自分の足は三度みたび治せどまだ塞がらず。


 一体この怪我を何度治せば彼女は救われるのか。彼女がそれに耐え切れるのか。この腹部を抉る裂傷に。不可能だった。彼女が抗う術などありはしない。それは同時に、ダザンの医術の敗北であった。


 何が賢者か。何が名医か。目の前で死に征く一人救えないで、無様な称号だ。肩書きなど、何の意味も為さない。自分の傲慢さが、今再び彼女に血反吐を吐かせたのだ。


「ダザンさん……」


 無力を噛み締めるダザンの鼓膜を、震える唇がかすかに大気を撫ぜて震わせる。


「なんだ……?」


「このまま死ぬことは……怖くありません。これは、きっと、わたしが受けるべき罰、なのですから……」


 しかし、と。マルタは喘鳴ぜんめいにありったけの想いを乗せながら、言葉を続けた。


「心残りは、ジャンと、あの子」


 ダザンはハッとした。メルと共に置いてきた、あの赤枯れ色の髪をした赤子。


「あの子は、わたしの親友の子なのです。どうか、あの子だけは……」


 あの子だけは──。もう一度懇願して。マルタの肩はかすかに上下することすらやめた。


「母ちゃんッ、母ちゃあああんッ!!」


 ダザンの視界が愕然と暗んだ。後ろからリバルを呼んできたサリナが駆けつけたが、もう遅かった。マルタは旅立った。幼子を二人残して。無念の中、その願いを託した母の顔は、気丈にも穏やかであった。




「──……こんなことって……!」


 ブランクの目から一雫、紙面の文字を叩いた。

 大同小異はあれど、おそらくはこのような因果が重なった結果なのだろう。ブランクは、深くため息をついた。

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