第九十八話『かけがえのない親友』
明くる日、今日の行動方針を話し合ったエレノアたちは、貴族だけが利用することを許された地下鉄道を利用して、ヴリテンヘルクの南西に位置する『ノワール領』へと到着した。手紙に記されていた取引場所がここであるが、ここからは地道な聞き込みになる。
慣れない街並みにエレノアが落ち着きなく街行く人々を視線で追っていると、リーリエが「はしたないわよ」とたしなめる。しかしエレノアは口をへの字に曲げながら「だって」と物申す。
「あの二人、いつまで経っても来ないのだもの。リーリエ、アルフレッドたちはもう着いているのよね?」
「そのはずだけど……迷子かしら。困ったものだわ」リーリエはため息をついた。
いい歳して迷子とは。確かに困ったものではある。春とはいえ、この地域はすこし冷える。南東にあるヴァインスター山脈にぶつかった寒気が停滞しているためだ。そんな寒空の下で女性二人を待たせるのはいかがなものだろうか。
いや、あるいは大人たちの追求を煙に撒くのに手こずっているのかもしれない。もし大人たちにこのことが気取られてしまえば、ヴェレニオン家はおしまいだ。お家はお取り潰しにされ、最悪の場合、アルフレッドだって責任を問われる可能性もある。ことの重大さはあの幼馴染の少年の方が分かっていそうなものだ。それを信じてエレノアは指を擦るほど待った。すると、二人の少女の元へ、二つの影が差し迫った。
「ごめん、二人とも待ったかな?」「今着いたのか?」
「ちょっと遅いわよ二人と、も……」
声のする方へ顔を向け、数回瞬きした。リーリエも同様の反応をしていたようで、言葉を失っている。唖然とする少女二人は、顔を見合わせながら、頬を引きつらせた。
「こっちの服装に合わせてみたんだけど……もしかして変、かな?」
いじらしく後ろ頭を掻く少年に、二人の少女は顎を引き、示し合わせた。
「変」「人格を疑うわ」
ほぼ同時だ。それはそうだろう。ここまで色味や生地の材質の組み合わせが悪いコーディネートをしてくるのは、もはや才能がないだとかそんな次元の話ではない。ジョークということにしようもしても思わず引きつった笑いしか浮かべられない自分に困ったエレノアは、親友の発した言葉を掘り下げることにした。
「リーリエ。あなた、そこまで言う?」
「貴族たるもの、人並外れた美意識は必要よ。でもその貴族に、人から外れた汚意識は必要ないわ」
ズバリと鋭利な刃物のような一言をあっけからんと言い放つ。リーリエは将来きっと大物に化けるのだろう。エレノアは苦笑を浮かべながらそう思った。
対するアルフレッドはと言えば「あはは……」と真っ青な顔して乾いた笑いを浮かべた。
「そ、そっか……。まずはネロに聞いてみれば良かったかな……」
「いえ、ネロもネロよ」
「リーリエ、何が起きたらこうなるの?」
分からないわ、とリーリエは頭を抱えた。二人の会話が聞こえても、ネロはどこ吹く風でアルフレッドの頭をポンポンと優しくあやしている。
「ネロ、その服装は何?」
ネロの服装もなかなかだ。生地の組み合わせ自体は悪くない。季節感もある。ただ、一言で言い表すならばそう……奇抜だ。大胆、と言えば聞こえはいいが、実際のところは衣装の突然変異体である。化け物の類とすら言えた。エレノアはネロへの苦手意識が増した。
「次世代の流行を先駆けている」
「あなたじゃなければ流行るかもね……」
ネロもどこがズレている。この二人だけで今回の目的を達するのは不可能だっただろうな、とエレノアが感じた瞬間だった。そしてリーリエにしては珍しいフォローを入れたのだが、これはネロでなくとも流行らないだろうと、エレノアは苦笑を浮かべるばかりだった。
だがそこはリーリエ。腕を組んで不遜な態度を示すと「そもそも」と眉を吊り上げながら声をわななかせた。
「別にお尋ね者でもないんだから変装なんていらないでしょ。さあ、馬鹿なことしてないでさっさと情報を、集めてきなさーいっ!」
「ご、ごめんよー!」「すまない」
二人はリーリエの剣幕に背筋を正すと、踵を返して全速力で走り出した。その様子がどこかおかしくて、エレノアはひとしきりくすくすと笑った。
「あの二人、本当に仲がいいのね」
「そりゃそうよ。物心ついた頃からの幼馴染だそうですもの。あたしと……エレノアみたいな関係ね」
なるほど、とエレノアは納得した。自分とリーリエも物心付いた頃から既に親しかった。泣いたり笑ったり、魔術も勉学もお互いに高め合ってきた。当然、家の取り組んでいる事業に必要な知識や、経験を積み上げていく過程であった悩みも打ち明けてきたし、その痛みも分かち合ってきた。あの二人がどんな友情を深めてきたのかは分からないが、それを思えばこそエレノアはすこし微笑ましくなり、あの二人に対する親近感がそこはかとなく高まった。
「さあ、わたし達も情報収集。昨日も言ったけど、今から教会の鐘が三回鳴ったら中央広場の噴水前に集合。無理は禁物、約束よ?」
行動開始に当たって、まずはリーリエに念を押しておく。時間に対してルーズなところがあると知っているからだ。それを知ってか知らずか、リーリエは「いいわよ」と二つ返事で答えてみせた。
「エレノアも気をつけてね」
「ええ。リーリエ、あなたもね」
「あら、心配ないわよ。知ってるでしょ? あたしの実力は」
屈託のない笑顔は眩しいものの、申し訳程度にぷにっと膨らんだ二の腕には説得力がない。この場合はやはり魔術における実力だろうとエレノアも知っていたものの、やはりその不安を隠しきることなどできやしない。
「それはそうだけど……それでも親友を心配してはいけない、なんて理由にはならないわ」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね、エレノア。そんなあなただからこそ、あたしも何かあったらと思うと心配なのよ」
「リーリエ……」ギュッと抱きしめてくる彼女の腕は、記憶にはないがもし母が生きていたならこうなのだろう、という優しさに満ちていた。
リーリエはわたしにとって友達であり、親友であり、好敵手でもある。そして姉であり、母であり、妹でもあるのだ。そんな関係なのだと、わたしは思っている。だからこそわたしも彼女の身を案じるのだ。そこになんの不思議もない。そう思えば途端に胸のうちが温かくなり、エレノアは思わずリーリエに抱きついていた。
「ふふっ。さ、無事に二人で帰りましょうね」
「リーリエ……。さりげなくもう二人を忘れてない?」
「あら、ほんと!」
声を出して笑い合った。アルフレッドとネロには申し訳ないが、この親友とのかけがえのない時間がいつまでも続けばいいなと。そう願わずにはいられなかった。




